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Myth  作者: 詞葉
Myth 外伝
79/83

Myth ~Ragnarok~〈Odin〉

 誰もいなくなったヴァラスキャルブの大広間。

 これから戦争が起こるとは思えないぐらい、静かだ。


「わしは……」


 なぜ、この道をとったのだろうか。

 分かっていたはずだ。セルリアを殺せばこうなることは。

 分かっていて、なぜこの道をとってしまったのだろうか。


「主神とも、あろうものが……」

「怖かったんだろう?」

「っ!?」


 突然響いた声。目を見開いて前を見れば、扉に見知った男が寄りかかっていた。

 くすんだ金の髪。血のような紅黒い瞳。


「ハデス……」

「一応門番に許可は貰って入ってきたぜ。主神様」


 わざとらしく腰を折るハデス。珍しく、大人の姿をし、実体で来ている。

 知らず知らず、手はグングニルを握った。


「おっと、物騒なもんを握るな。俺は闘いに来たわけでも喧嘩しに来たわけでもない」

「ならば何をしに来た」

「見物さ。当然だろう」


 ニヤリとした笑みは、いつ見ても腹が立つ。

 どれだけ殺気を送ろうが、この男は飄々として流す。ロキよりも性質が悪い。


「先程、お前はわしが『怖かったんだ』と言ったな」

「ああ」

「わしはラグナロクを恐れてなどいない。来るべき時が来れば動くことは昔から……」

「違うね」


 話を途中で区切り、ハデスはニッと笑った。

 全てを見透かしたような笑い。何もかも、一人で把握し楽しむ笑い。


「違うだと」

「そ、お前はラグナロクを恐れてたわけじゃない」


 帽子を指先で回しながら、あいつはこちらを肩ごしに見やった。


「お前は『ラグナロクが起こるか起こらないか分からないこの状況』が怖かったんだ」

「っ!」


 一つ、胸の中に石を放り込まれた気分だった。それも、特大の石を。


「ロキだけなら起こる可能性もあったラグナロク。でも、セルリアが来て、その可能性が少し減った。ただし、ゼロじゃない」


 そうだ。

 あの当時のロキはラグナロクを起こす可能性が高かった。全てに退屈し、興味を失っていたから。だが、セルリアが来たことでその可能性が減っていった。

 年を追うごとに、少しずつ、少しずつ。

 けれど、わしが望む『絶対』にはならなかった。


「起こる可能性は減った。でも、何かの拍子に起こるかもしれない。いや、起こらないかもしれない。そんな考えがお前の頭の中で渦巻くようになった」


 その通りだ。そして――


「その状況を続け、不安と恐怖ばかりが募り、先は見えない」


 ああ、そうだ。だから――


「お前は自分でその恐怖に終止符を打った。セルリアを殺し、ラグナロクを起こすという破滅の終止符を、ね」

「黙れ!」


 投げたグングニルは、ハデスに突き刺さる前に跳ね返った。


「愚かとしか言いようがないな」

「五月蝿い!」

「ほぼ不老不死の神ならば、先の見えない道を歩いていくのは当然だろうに」

「黙れ!」

「お前は自分の弱さのためにセルリアを殺し、アースガルドを潰すんだよ!」

「黙れぇぇ!」


 放った魔法も、攻撃も、嫌味なほどに軽やかな動作で阻まれる。

 この男は昔から……っ。


「ハデス、セルリアの遺体はどこだ!?」

「それを盾にロキを霍乱するつもりか?」

「そうだ! どこにある!?」


 たとえわしの弱さが起こしたのだとしても、アースガルドを潰させるわけにはいかぬ。ここは、わしが創った世界だ。わしらの世界なのだ。


「教えないよ」

「貴様!」

「何? ギリシャも敵に回すか? 良いぜ 受けてたつ」

「っ!」


 ほの黒い紅い瞳が嫌な光を放った。これ以上は、まずい。

 ハデスはわしが怯んだのを確認すると、優雅にマントを翻し、扉から出て行く。

 最後に、肩ごしに一瞥して吐き捨てた。


「俺は、お前よりセルリアの方が好きなんだよ」


 重い音をたてて閉まった石の扉。

 戻ってきた静寂の中、わしは膝をつくしかなかった。



『ラグナロクを起こすのは僕じゃない……この神界を滅ぼす原因は、お前だ!』



 ヘイムダルから伝えられたロキの言葉が蘇る。

 戯言でも何でもない。事実だ。


「それでもわしは……ここを」


 守らねばならない。それが主神としての役目。このアースガルドで生きる者達のために。



『うっわぁ、ねえねえ! ほんとに俺、今日からここで暮らして良いの?』

『ああ、お前は俺の兄弟になったんだからな! この世界で目いっぱい好きにしろ!』

『やった! ありがとな、オーディン! 俺、ここもオーディンも大好きだ!』



 なぜ、今更こんなことを思い出すのか。


「ロキ……我が弟よ……っ」


 それでもわしは、もう後戻りなどできんのだ。

 お前と、同じように――

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