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Myth  作者: 詞葉
Myth 外伝
78/83

Myth ~Ragnarok~〈Fenrir〉

 その日、珍しい客が来た。


「ヨル!?」

「まあ、ヨル兄様!」


 氷の世界、ニブルヘイムに現れたのは、もう長い年月会っていなかった兄弟。大蛇ヨルムンガンドが、人間の姿をしてやってきた。

 ありえねぇ、蛇だから寒いの苦手で絶対ここには来なかったはずなのに。


「おまっ、どうしたんだよ!」

「……父上に呼ばれた」

「親父に? それって……あ、親父!」


 ヘイムダルの後ろから歩いてくるのは見慣れた姿。親父という言葉が似合わない俺達の父。それが霧の向こうから現れ、俺とヘルは息を呑んだ。


「お、お父様……?」


 ニブルヘイムの氷よりも冷たい目。ムスペルヘイムの炎よりも恐ろしい殺気。

 いつも笑顔の親父が、無表情だった。


「お、親父、どうし……っ!」

「まあ、お父様! お怪我をなさってるの!?」


 親父の服にべったりとついた真っ赤な血。ヘルが慌てて寄るが、俺はそれ以上に困惑した。

 何でだ? どうしてその血がついてる? 何であいつの臭いなんだ?


「ど、いう……ことだ?」

「リル兄様?」

「どうしてセルリアの血がついてる!?」


 力の限り叫べば、強風が吹き荒れ親父をうがった。それでも、表情をピクリとも変えずこちらを真っ直ぐに見つめてくる。


「セルリアさんの……血? お、お父様?」

「フェンリル、ヘル、ヨルムンガンド」


 ゆっくりと、親父は俺達の名前を呼んだ。いつも笑って呼ばれた名前。どんなに俺達が化け物で嫌われ者でも、可愛がってくれてた親父。

 そんな親父と同じように、何のてらいもなく接してくれたあの少女。

 そのどちらもが、今はない。


「僕は、ラグナロクを起こす」


 その一言で、全員察することができた。


「誰だ……?」


 悲しい? 怒り? 違う。そんなもの、もう通り越してる。


「誰がセルリアを殺したっ!?」


 誰が奪った? 俺達から、親父から、誰があの優しい少女を奪った。


「……オーディンだ」

「っ! あのクソ爺! 食い殺してやる!!」


 俺達のような化け物ならまだ分かる。だがセルリアが何をした!? 力だってほとんどない。何の危険性もなかったあいつが、何で殺されなきゃなんねぇんだよ!


「そんなっ……セルリアさんっ」


 隣でヘルが泣き崩れた。ヨルも、いつもの無表情ながら唇を噛み締めている。

 大事だったんだ。

 友達のようで、姉のようで、妹のようで、母のような彼女が。俺達の、俺達や親父の、何よりかけがえのなかったもので。


「紐を切ってくれ、親父」

「今はまだダメだ」

「親父!」


 何をためらう必要があるのか。今更、何を躊躇する必要があるのか。


「確実に、あの世界を壊す。そのためには、まだもう少し時間が要るんだ」

「っ……分かったよ」


 淡々と言ってのけた親父に、戦慄した。

 もう、全て手は回してあるらしい。後は時を待つだけ。あの神々の世界を、完膚なきまでに潰す。親父は、本気でそれを考えて、実行してる。


「君はどうする? ヘル」

「え……?」

「君は、セロシアとも仲が良かっただろう?」


 ああ、そうだ。あそこにはあの少女の妹がいる。あいつは大丈夫なんだろうか。半身を失って、ちゃんと立てているんだろうか。

 セルリアとは違った、あの温かい光を持つ彼女は。


 ヘルは涙を拭うと、真っ直ぐ親父を見上げた。


「私、家族を奪われることが一番嫌いですの」


 それが、答えだ。


「分かった。死者の軍勢は君に任せる」

「はい」


 たとえそれで、あの少女と敵対することになっても、俺達に悔いはない。

 セロシアが選んだ道は俺達とは違うかもしれないけれど、その道を選んだ誇りを汚さないように、全力で相手をしよう。

 同じ少女を愛した、同士として。


「待ってろよ、オーディン……ッ」


 お前は一番やっちゃいけないことをやったんだ。

 その身をもって、思い知らせてやる。


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