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Myth  作者: 詞葉
Myth 外伝
77/83

Myth ~Ragnarok~〈Baldur〉

 ラグナロク

 それが起ころうとしているのに、ここはずいぶんと落ち着いていると思った。

 というか、私自身が、かな。


「兄さん」

「やあ、ホズ」


 私の館、ブレイザブリクに姿を現したのは、双子の弟のホズ。盲目だけど、槍と弓が得意な自慢の弟なんだ。

 私を見て、いや、きっと気配で感じ取ったんだろうけれど、ホズは困ったように笑った。


「落ち着いてますね」

「ラグナロクが始まるというのに?」


 彼が本当にしたかった質問を返せば、笑いながらこちらにやってきて横に並んだ。

 そのまま、二人して雨の降るアースガルドを見つめる。

「実感が湧かないんだ。ラグナロクが起こるっていう」


「静かですからね」

「いや……違うよ」


 彼の言葉に、私は首を振った。そうじゃない。そんなことじゃない。


「私が、君に殺されていないからだ」

「兄さん……」


 悲しそうに笑う弟に、小さく『ごめん』と謝った。


「覚悟してたんだ。どこかで。もしラグナロクが起こるなら、その始まりは私の死だと」


 ミッドガルドに伝わるという神話。それを聞いて、漠然と、その時はそうなんだろうと思っていた。それが蓋を開けて見ればどうだ。


「槍を投げたのは父上で、貫かれたのはセルリア嬢だ」


 本来なら、投げるはずだったのはホズ。貫かれるのは私だったはず。それがなぜ、父親が手を汚し、何の罪もなかった少女が死ぬのか。

 なぜ……あの誰よりも孤独だった青年ばかりが奪われるのか。


「君は、どうするんだい? ホズ」

「私は……」


 きっと、私と同じように彼にも打診が来ているだろう。逃げろ、生きろ、と。

 皮肉なものだ。本来死ぬはずの私達に言われた言葉だとは。


「私は……父上を、許せません」

「うん」


 君はセルリア嬢を想っていたものね。いつも私の陰にいて、あまり主体的に動かなかった君が、初めて自ら動いたことだったものね。


「でも、アースガルドを壊させたくもない」

「うん」

「兄さんは、どうするんですか?」


 問われて、答えはすでに出ていた。

 迷う必要などどこにもない。アースガルドの神々は、皆自分のできることをしようとしている。その大半は、神としてではなく、一個人として動くだろう。

 トールも、フレイも、そしてヘイムダルとセロシア嬢も。


 なら私は――


「逃げるよ」

「兄さん……」

「だって私は戦えない。でも……主神の息子であり、光の神だから」

「え……?」


 戸惑ったようなホズに、私は笑いかけた。

 できることを、したい。


「必要だよね。新しい世界が幕を開ける時。たとえどんなに戦えなくても、光は」


 このアースガルドで、この世界で幸せになれないというのなら、私がやるべき事は一つだ。


「今度は私が、よりよき世界を作ってみせるさ。皆のためにね」


 それが、バルドルたる私の役目。


「そのためには、光だけじゃ無理なんだ」

「それは……」

「分かるよね。ホズ」


 光だけの世界なんてない。世界には、昼と夜、そして、光と闇が必要だから。

 死ぬはずだった私達が死なないならば、そのおかげでできることをしなければ意味がない。

 手を差し出した私に、数瞬ホズが戸惑う。でも――


「はい……やりましょう、一緒に」


 握られた手に、安堵感と心強さが湧いてくる。一人ではないのだと、分かる。


(ロキ……私ができることは、こんなことしかない)


 孤独に苛まれているだろう彼。

 光の神といえど、彼を照らすことは叶わなかった。その役目は、彼女にしかできなかったから。だからこそ、せめて――


「二度と、こんな過ちを起こさぬように。それが、私達の罪滅ぼしです」


 許してくれなくても良い。認めてくれなくても良い。

 ただ、そう思い行動した者がいるのだと、それだけを、覚えていて欲しかった。


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