Myth ~Ragnarok~〈Baldur〉
ラグナロク
それが起ころうとしているのに、ここはずいぶんと落ち着いていると思った。
というか、私自身が、かな。
「兄さん」
「やあ、ホズ」
私の館、ブレイザブリクに姿を現したのは、双子の弟のホズ。盲目だけど、槍と弓が得意な自慢の弟なんだ。
私を見て、いや、きっと気配で感じ取ったんだろうけれど、ホズは困ったように笑った。
「落ち着いてますね」
「ラグナロクが始まるというのに?」
彼が本当にしたかった質問を返せば、笑いながらこちらにやってきて横に並んだ。
そのまま、二人して雨の降るアースガルドを見つめる。
「実感が湧かないんだ。ラグナロクが起こるっていう」
「静かですからね」
「いや……違うよ」
彼の言葉に、私は首を振った。そうじゃない。そんなことじゃない。
「私が、君に殺されていないからだ」
「兄さん……」
悲しそうに笑う弟に、小さく『ごめん』と謝った。
「覚悟してたんだ。どこかで。もしラグナロクが起こるなら、その始まりは私の死だと」
ミッドガルドに伝わるという神話。それを聞いて、漠然と、その時はそうなんだろうと思っていた。それが蓋を開けて見ればどうだ。
「槍を投げたのは父上で、貫かれたのはセルリア嬢だ」
本来なら、投げるはずだったのはホズ。貫かれるのは私だったはず。それがなぜ、父親が手を汚し、何の罪もなかった少女が死ぬのか。
なぜ……あの誰よりも孤独だった青年ばかりが奪われるのか。
「君は、どうするんだい? ホズ」
「私は……」
きっと、私と同じように彼にも打診が来ているだろう。逃げろ、生きろ、と。
皮肉なものだ。本来死ぬはずの私達に言われた言葉だとは。
「私は……父上を、許せません」
「うん」
君はセルリア嬢を想っていたものね。いつも私の陰にいて、あまり主体的に動かなかった君が、初めて自ら動いたことだったものね。
「でも、アースガルドを壊させたくもない」
「うん」
「兄さんは、どうするんですか?」
問われて、答えはすでに出ていた。
迷う必要などどこにもない。アースガルドの神々は、皆自分のできることをしようとしている。その大半は、神としてではなく、一個人として動くだろう。
トールも、フレイも、そしてヘイムダルとセロシア嬢も。
なら私は――
「逃げるよ」
「兄さん……」
「だって私は戦えない。でも……主神の息子であり、光の神だから」
「え……?」
戸惑ったようなホズに、私は笑いかけた。
できることを、したい。
「必要だよね。新しい世界が幕を開ける時。たとえどんなに戦えなくても、光は」
このアースガルドで、この世界で幸せになれないというのなら、私がやるべき事は一つだ。
「今度は私が、よりよき世界を作ってみせるさ。皆のためにね」
それが、バルドルたる私の役目。
「そのためには、光だけじゃ無理なんだ」
「それは……」
「分かるよね。ホズ」
光だけの世界なんてない。世界には、昼と夜、そして、光と闇が必要だから。
死ぬはずだった私達が死なないならば、そのおかげでできることをしなければ意味がない。
手を差し出した私に、数瞬ホズが戸惑う。でも――
「はい……やりましょう、一緒に」
握られた手に、安堵感と心強さが湧いてくる。一人ではないのだと、分かる。
(ロキ……私ができることは、こんなことしかない)
孤独に苛まれているだろう彼。
光の神といえど、彼を照らすことは叶わなかった。その役目は、彼女にしかできなかったから。だからこそ、せめて――
「二度と、こんな過ちを起こさぬように。それが、私達の罪滅ぼしです」
許してくれなくても良い。認めてくれなくても良い。
ただ、そう思い行動した者がいるのだと、それだけを、覚えていて欲しかった。




