Myth ~Ragnarok~〈Surtr〉
ここに、あの男が現れるのは二度目だった。
巨人族に生まれながら、神の中に入った男。
誰よりも神らしい容姿を持ちながら、神になりえない男。
炎を司っていながら、それとは真逆の青い瞳と、絶対零度の笑みを持つ男。
「何用だ。ロキ」
炎の国、ムスペルヘイム。灼熱の業火によって何人も立ち入らせないこの国に、あいつはあっさりと入ってきた。
「やあ、スルト」
以前と同じ呼びかけ。違うのは、その顔に笑みがないことと、服が血に濡れていること。
自分の血ではないようだ。誰かを殺した返り血か、はたまた――
「一人か? 従者ができたのではなかったか?」
この炎の国にまで届いたロキの噂。彼がすいぶん前に従者を採り、今なお、彼の傍に仕えているのだと。
あのロキ神が、心から大切にしているのだと。
聞いた瞬間、青い瞳はさらに凍りつくような殺気を投げつけてきた。
炎の国で生まれ育った俺に、この冷気はきついな。
「無駄話はしたくない。本題に入るよ」
「何だ……」
「君に渡したもう一本のレーヴァテイン。あれの封印を解いて欲しいんだ」
「なっ」
絶句した俺にも、ロキは表情を変えない。昔のこいつなら、ニイッと口角を上げたりしただろう。それがない。本気なのだと、分かる。
「あれの封印を解かないと、僕のレーヴァテインも本領を発揮できなくてね」
武器を作る才を持つロキ。そのロキが、己で作りながらも封印した剣。レーヴァテイン。
あまりに強力すぎるその炎の剣に危惧を抱いたこいつは、もう気も遠くなるほど昔ここへ来た。レーヴァテインは双子剣。その一本を、このムスペルヘイムの炎で封じ、自分の持つ剣の威力を減らして欲しいのだ、と。
それを解き放つということは――
「お前……」
「うん、ちょっとラグナロクを起こそうと思って」
まるで、散歩にでも行こうかという口調。だが、こいつは本気だ。
「見返りは?」
「君は戦うの、けっこう好きだろう? 僕がいった後、好きにしてくれて良いよ」
それは、アースガルドに何の未練もないことを思わせた。いや、この世界そのものにか?
「……シンマラ」
名を呼べば、妻は恭しく一つの箱を持ってきた。九つの鍵で封された一つの箱。それを、一つ一つ丁寧に解いていく。
最後の一個。それをはずした途端
「っ!」
炎の国だというのに、熱さに慣れた俺だというのに、その熱気に圧倒された。
ロキは無表情でそれを眺めたまま、己の剣を取り出した。含まれた魔力、炎の精度、刀身を彩るのは赤の炎ではなく、それよりも熱いといわれる青から透明の炎。
「感謝するよ。僕は一週間後に動く。君もそのつもりでいてくれ」
その剣を平然と握って去っていく男。
おそらく、あいつはこの時完璧に『終焉』を司ったのだろう。
「馬鹿な主神だ。ただ一つ与えておけば、業火の熱を知らずにすんだものを……」
絶対零度の冷たさと、この世にあらざる灼熱を持つ男。
彼から奪ったことで、神々の運命は破滅に廻り始めたのだろう。




