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Myth  作者: 詞葉
Myth 外伝
74/83

Myth ~Ragnarok~〈Tor〉

「ヘイムダル!」


 いつもより急ぎ足で歩くあいつに、俺は何とか追いついた。

 その顔を覗き込んでギョッとする。

 強烈な殺気が、ヘイムダルからにじみ出ていた。表情も、もう無表情じゃねぇ。


「ヘイムダル……」

「殺させはしない。セロシアは……」

「ああ、よく抑えたよ」


 『注意しろ』とは、セロシアが裏切らないように、ではない。ヘイムダルが親父を裏切り、セロシアをセルリアの二の舞にさせないように『注意しろ』だ。

 セロシアではなく、ヘイムダルへの忠告だ。


「親父が……すまない……」


 強く、聡明で、誰よりもアースガルドを愛してた親父。尊敬だってしてた。馬鹿だと、ふざけてると思う時はあっても、それでも俺は親父を父として、男として尊敬してた。

 なのに初めてだ。その血が混じっていることに嫌悪を抱くなんてっ。


「お前が、謝ることではない」

「けど……っ、セロシア……大丈夫、なのか?」

「…………」


 答えないということは、大丈夫じゃねぇってことだ。


 誰もが微笑ましく見ていたあの姉妹。セロシアにとっちゃぁ、姉を失ったなんてものじゃない。きっと、自分の一部を失くしたに等しいんだ。

 何もしていないのに。何も悪くないのに奪われてしまった半身。奪ったのは俺の親父。

 謝罪の言葉すら、陳腐なものに思える。


「ロキは、来るんだよな……」


 疑問じゃなくて、確認だ。


「ああ。もう、あいつにとってこの世界に意味はない」

「ダチの俺らがいても、か……」

「『絶対』が……なくなってしまったからな」


 降り続ける雨を、ヴァラスキャルブが受け止める。それを見ながら、俺は目を瞑った。

 今にも、『何ボケてんのさ』とか言いながら、あいつが頭を叩いてきそうな気がして――


「ロキ……っ、すまねぇ…………」


 もう二度と、あいつが俺の前に笑顔で立つことはない。

 親友だと言っておきながら、俺は結局、あいつの一番大事なものを守ってやれなかった。


「俺は戻る」


 ヘイムダルが馬に跨り、手綱を握った。


「バルドルや、戦えない女神達は先に避難させるらしい……セロシアはどうすんだ?」

「……あいつに、決めさせるつもりだ」

「だけど!」

「セロシアは、俺の従者だ」


 ほんの少し顰められたヘイムダルの顔。それを見て、気づいちまった。

 ああ、こいつにも大事なものができてたんだな。

 安全なところにいて欲しい。でも、目の届かないところに行かせるのは、不安で、寂しくて、辛いんだろう。


「何があっても……俺が守る」

「そうか……」


 口に出して言えるようになった。

 なら、セロシアはヘイムダルに任せれば良い。俺は、俺で守りたい者があるから。


「気ぃつけろよ」


 別れ際だというのに、平凡な言葉しか浮かんできやがらねぇ。

 あ~あ、マジでロキの言ったとおりもっと勉強すべきだったな。


「お前もな」


 駆けていくヘイムダルを見送り。俺は空を見上げた。

 顔の上に、嫌になるぐらい冷たい雨が落ちてきやがる。


「お前の心は、もう、これ以上に冷え切っちまったんだよな……」


 きっと痛いほどに、心が凍ってしまっているんだ。炎を司ってるあいつが、溶かせないほどに。


「謝ったって、何にもならねぇのは分かってる」


 俺達の声や言葉では、お前に届かないだろうから。


「だから……全力で、迎えてやるよ」


 お前が自分で決めたこと。俺達のしたことに対して、お前が出した答え。何の罪滅ぼしもできないというのなら、せめてその怒りや憎しみを、全力で受け止めよう。


「待ってるぜ、ロキ」


 生涯一の大喧嘩、始めようや。


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