Myth ~Ragnarok~〈Frey〉
「どういうことだっ、親父!」
「今言ったとおりだ。近々ロキがアースガルドに攻め入るだろう。各自戦闘の準備をしておけ。おそらく、有史以来、最も過酷な戦になる」
トールの言葉にも、オーディン様はいつものように答えるだけだった。
ロキがアースガルドを出た、と。ラグナロクを起こすつもりだ、と。
「そうじゃねぇ! セルリアを……あの子を殺したってのは本当か!?」
ざわりと神々が揺れた。
私の元に来たヘイムダルから聞いた言葉。オーディン様がセルリア君を殺し、ロキがアースガルドから去ったと。
それが真実かどうか、咄嗟に判断はできなかった。けれど、いくらアースガルド内を探ろうと、セルリア君の声や音は聞こえない、とヘイムダルが言う。
どんなに落ち着かせても、セロシア君がセルリア君の存在を確認できないという。
「オーディン様……本当ですの?」
フレイヤの震えた言葉。セルリアと仲の良かった女神達が、沈鬱な表情で主神を見上げた。
「逆らわなければ……命は助けたものを」
「親父っ!!」
トールが激昂し、オーディン様に飛び掛った。だが、その裂ぱくの拳も結界に阻まれる。
「拳を向ける相手が違うであろう」
「何でだ!? 何でセルリアを殺さなきゃならなかった! あの子は何もしていない! 脅威ですらなかったはずだ!」
その通りだ。セルリア君はただの神人。ロキの傍にいたとしても、決して驚異になる存在ではなかったはずだ。
「ロキの思想につくものは後々邪魔だ」
その主神の言葉に、トールは愕然として拳を下げた。女神達が、セルリア君と仲が良かった彼女達が、膝をつき泣き崩れていく。
「準備をしろ。それともこのままロキに殺されたいか?」
それ以上、抗議の声を上げるものはいなかった。
戦わなければならないのだ。そうでなければ、我々は死を辿ることになるから。
だがその時、ヘイムダルだけが一歩前へ進み出た。いつものような無表情に、いつものように淡々とした足取り。けれど、私やトール、それにオーディン様は気づいていただろう。
その目に、怒りが見えていることを。
「何だ、ヘイムダル」
「ロキから伝言を預かっております」
静かな声が、部屋に響き渡った。
「『ラグナロクを起こすのは僕じゃない……この神界を滅ぼす原因は、お前だ』と」
再び揺れた大広間。
オーディン様は一瞬目を見開き、次いで笑った。
「戯言を……」
「言いえて妙だとは思いますが」
ヘイムダルの返しに、私とトールが驚愕した。あのヘイムダルが、今まで決して主神に逆らわなかったヘイムダルが、口答えをしたのだから。
そのまま大広間を出て行こうとする彼に、オーディン様は見下ろし声をかけた。
「ヘイムダル。セロシアには注意しろ」
「っ!」
勢いよく振り向いたヘイムダルの手を、私は見えないように咄嗟に押さえた。マントの下で、剣の柄を握ったその手を。
小さく唇を噛み締めているヘイムダルに、目線だけで訴える。
「…………言われなくとも、あいつは私の従者です」
ヘイムダルは、私の手を振り払い部屋から出て行った。後を追うように、トールも足を踏み鳴らしながら出て行く。
私はゆっくりと息を吐き出すと、できる限りオーディン様から目線をそらし、顔を上げた。今目が合ってしまえば、きっと私も斬りかかるだろうから。
「それでは私も、準備に取り掛からせていただきます」
それだけ言って、返事を聞かずに部屋を出た。
あの人は気づいているだろうか。
アースガルドに集っていた神々の心が、今はもう、バラバラになってしまっていることに。
「ロキ……すまない…………」
止められなかったことも、気づけなかったことも、守れなかったことも。
それでも、私はお前に立ちふさがるのだろう。
ここには、私の大切なものがあるから。
望んでいないけれど、迷っているけれど、きっと、向かい合わせにしか立てないのだろう。
「もう一度……お前と酒を酌み交わしたかったな」
私と、トールと、ヘイムダル。そしてロキ。
光の下で、あの四人で、ただ、笑っていたかった。




