神様と猫(ロキ編)
本編から五年後のちょっとした小話2
自分の屋敷の庭で、ロキは寝転んでいた。
空は青く、太陽の日差しはきつくなく、風も心地いいため絶好の昼寝日和だ。ロキもそのために庭に出てきたのだが、一向に眠気が来ない。
「暇だ~」
普段なら、この時間は従者であるセルリアがお茶やお菓子を作ってくれるのだが、昨日からヘルの所へ泊りがけで出ており、いない。
ロキも一緒に行ってもよかったが、寒いところは苦手な上、ヘルに
『私、女の子同士二人でお喋りしたりするのが夢でしたの』
と、お願いされたため留守番だ。
まあ、ヘルの周りにいる女性といえば、死者か動きの遅い従者だけ。セルリアがこちらに来てから、彼女はずいぶんセルリアに懐いているし、それぐらいは叶えてやらないとな、と父親心が出たのも事実だ。
「でも暇~……」
暇ならばトールやフレイのところへ行けば良いし、ヘイムダルのところへ行っても良い。だが、なぜか今日はそんな気も起こらないのだ。
「はぁ……」
無意味に溜息が出た時、ガサガサと茂みが動いた。『何だ?』と思ってそちらを見ると、揺れた茂みから小さな白い塊がひょこりと顔を覗かす。
「に~」
「猫?」
それは真っ白な猫だった。まだ小さくて、子猫と呼べる部類。神気は感じないから、たぶんミッドガルドから迷い込んでしまったのだろう。
なにやら心細そうなその猫に、ロキは投げ出していた手で手招きした。
「おいで」
暇つぶしにもなるな、とちょいちょい指を動かせば、猫はそれに気づき数歩だけこっちに近づいてくる。だが、それだけでピタリと立ち止まってしまった。
(警戒してるのかな?)
そう思いつつ指を動かしていると、やはり数歩進んで立ち止まる。まだ手は届くことがない。
猫の様子を見ていると、警戒と困惑が交じり合っているようだった。
数歩進んでは立ち止まりロキを見る。そんなことを繰り返していると、ふと、ロキの頭に己の従者が思い浮かんだ。
「君、セルリアに似てるね~」
どこか遠慮して、距離を測るような仕種。でも一人は嫌なのか、決して遠くへは行かず、ある程度の距離にいるその姿。
真っ白な子猫、というのも彼女の姿を思い出させた。
自分の付き人に似ているとなると、妙に親近感が沸く。ロキは体を子猫の方にむけ、さらに手招きをした。
「おいで。別に傷つけたりしないから。大丈夫だよ」
そう言えば、空気でそれが伝わったのか、猫はあと少しの距離をつめてきた。そのままロキの指をひくひくと嗅いで、頭を摺り寄せてくる。警戒が解けたらしい。
ロキもそのまま指で子猫の顎を撫でてやった。心を許したものには素直なのか、子猫は安堵してロキの懐に入ってくる。
こういった部分も――
「ホント、セルリアにそっくりだ」
心を許した相手にはどこまでも優しい。まあ、セルリアはこんな風に甘えてくることはないけれど。
ロキは白い子猫を抱えると仰向けに戻る。猫はロキの体温に安心しているのか、胸の上で丸くなって寝始めた。
そんな猫を見ていると、ロキにも眠気が襲い、くわっと欠伸が漏れる。
そして子猫を撫でながら、ロキ自身もゆっくりと眠りの中へと落ちていった。
※ ※ ※ ※ ※
夕刻前、セルリアはニブルヘルから戻ってきた。ヘルから美味しいお茶の葉も貰え、夕食前にロキに淹れようと思い、黒曜で庭へと入っていく。
すると、目の前に主たるロキの姿を発見した。部屋ではなく、庭で昼寝をしたらしい。
「黒曜、静かにね」
黒曜の住処へ行くのにはそこを通らねばならない。己の騎獣に告げると、彼は『分かっている』と言いたげにロキの横をすり抜けていく。
さてロキを起こそうか、と思ったセルリアは、彼の胸の上からこちらを見ている子猫と目が合った。真っ白な普通の猫だ。
子猫はセルリアを見つけると、一度ロキを見、ピョンッと胸の上から下りて黒曜の後をついていく。同じ猫科だからか、黒曜は嫌がるでもなく猫を受け入れていた。
「ん……」
「あ、ロキ様。起きられましたか?」
「セルリア……帰ったの?」
「はい、ただいま戻りました」
ロキは眠たげな目をこすり、体を起こす。その時、何かに気づいたのか胸の上を触った。
「あれ? ここに子猫乗ってなかった?」
「あ、白い猫さんですね。私が帰ってきたら、黒曜についていきました。そこにいると思います。つれてきましょうか?」
「ん~……いいや。本体が帰ってきたからバトンタッチしたんでしょ」
「はい?」
「こっちの話」
ロキは楽しげに笑うと立ち上がり、セルリアも立たせた。
「お腹減ったんだ。何か食べるものある?」
「クッキーがあります。あとヘル様からお茶の葉をいただいたんです」
「じゃあ、それよろしくね」
「はい!」
二人そろって屋敷に入っていく。その後姿を、真っ白な子猫は尻尾を揺らしながら見ていた。




