神様と猫(ヘイムダル編)
本編から五年後のちょっとした小話。
その日、ヘイムダルはいつものようにビフレストの前に立っていた。
特に代わり映えがなく、違うといえば今隣に従者であるセロシアがいないことだった。ちょうど昼食前となり、一度ヒミンビョルグに調理しに戻ったのだ。
彼女が従者になって五年。ハッキリ言ってつまらない仕事だろうに、あの元気な少女は当たり前のように同じ日を過ごしている。
その点に関しては、ヘイムダルも内心感嘆しているところだ。
(俺も、当初は嫌々やっていたような気がするしな……)
ヘイムダルがこのアースガルドに来た頃。今となってはほとんど思い出せないほど昔だが、この仕事にふてくされていたような記憶がある。
ヘイムダルの持つ目と耳は確かに有用だろう。神々はそれに目をつけたわけだが、まだ外見も少年だったあの頃に、この仕事が面白いとは思えなかった。
まあ、別に今も面白いとは思っていないけれど。
そのためか、昔はよく居眠りもしていて、その頃にロキに初めて会った記憶もある。うたた寝していた時に、上から思い切り棒で殴られたのが出会いだった。
そう思うと、あの少女は文句は言うが仕事をきっちりやっていると思う。暇なのかよく喋るし時々うるさいとも思うが、別にヘイムダルも辟易しているわけではない。時にはそれを楽しい、と思う時すらある。
そんなことを考えていると、ふと足元に違和感を覚えた。
目だけをそちらに向ければ、黒いマントの下で何かもぞもぞと動いている。軽くマントをめくってみれば、その物体と目が合った。
「に~」
「……猫」
三毛猫だった。まだ大人とまでは行かないほどの大きさ。
時々、ミッドガルドと神界が妙な通路で繋がることがある。そのため、人間や動物が迷い込んでくることもあるのだ。この猫は別に神界の生き物という気配ではないから、おそらく迷い込んできた猫だろう。
三毛猫はしばらくヘイムダルを見つめていたが、すぐに足元にすり寄ってきた。どうやら先程の違和感の正体はこれだったらしい。
何がしたいのかよく分からなかったが、別に相手にすることもないか、とヘイムダルは一歩横に避けた。すると猫は、擦り寄っていたものがなくなったことが気に入らなかったのか、すぐに追いかけてまた足に擦り寄ってくる。
「…………」
ヘイムダルはまた一歩横に避けた。だがやはり猫は追いかけてくる。さらにもう一歩避けるが、猫は意地になったようにヘイムダルに追いつく。
少し眉間に皺を寄せて猫を見るが、そんなヘイムダルの不機嫌もなんのその。猫は楽しそうに足に擦り寄ってきていた。
何となくヘイムダルもそのまま妥協することができなくて、今度は猫をまたいで反対側へと移った。すると、猫はなんだかムッとしたようにヘイムダルを見上げる。
そして何を思ったか、ちょっとだけ助走をつけると、ヘイムダルの足、槍を持った腕、とぴょんぴょんと飛び上がり、肩の上まで登ってきた。
止める間もなかったため猫を横目で見ると、達成感があるのか、ふんっと胸を張ったように肩に乗っている。
尻尾もゆらゆらと上機嫌そうだ。
別に重くはないが、さてどうしようか、と考えたところで、この猫の行動に既視感を覚えた。
何度あしらっても、めげずにちょいちょいとちょっかいを出してくる姿。それでもダメだと最終的に突撃してくる猪突猛進さ。
「……くっ」
知らず、ヘイムダルの口から笑いが漏れた。思い出し笑いなんて何年ぶりだろうか。
「に?」
急に変わったヘイムダルの態度に気づいたのか、猫が覗き込んでくる。
槍を持ち替えて顎を撫でてやると、ゴロゴロと気持ちよさそうに今度は頬に擦り寄ってくる。
それを見ながらヘイムダルは、『ああ、やっぱりな』と思っていた。
※ ※ ※ ※ ※
数分後、ヘイムダルの耳にタタッと駆けてくる足音が響いた。すでに聞きなれた音だ。
「ヘイムダル様、お待たせしました! 昼食…………猫?」
ひょいっと顔を出したセロシアは、ヘイムダルの肩に乗っている猫を見て首をかしげた。ヘイムダルと猫、という組み合わせも不可思議だが、ヘイムダルがその猫をあしらっていないことにもまた違和感を抱いたのだろう。
「何で猫?」
眉を寄せているセロシアを見て、ヘイムダルは猫の首を掴み、ひょいっと彼女に向かって投げた。慌てて受け取るセロシアの腕の中で、気持ちよさそうに丸くなる猫。
「ちょ、なんなんですか? この猫」
「お前の分身だ」
「はぁ!? 何で!?」
目を大きく見開いてこちらを見るセロシアと三毛猫。
(やっぱり似ている……)
そんなことを、ヘイムダルは無表情の裏で一人納得していた。




