夢の花
※注意
この話は、もし本編が続いていたら、こういうエンディングにしてたという産物です。
話というよりダイジェストです。尻切れトンボで最後が分かりません。
ユグドラシルに人格があります。生来のユグドラシルと、邪気を吸いすぎて闇に染まったユグドラシルの二人です。
話の過程でセルリアには『浄化と祈り』セロシアには『退魔と希望』の素養があることが分かっています。
それらをふまえた上で、大丈夫という方のみどうぞ。
チューリップという花は
王冠の花びら
剣の葉
財宝の球根を
持つという
最近、私は夢を見るようになりました。
暗闇の中にたたずむ巨大な樹と、小さな花の夢です。
『ごめんなさい』
と言いながら樹は泣きます。
『どうして謝るの?』
と花は問います。
『止められなかった』
と樹はさらに泣いてしまいます。
『もう一人の僕が起きた……』
そう言った樹は、花を真っ直ぐに見つめて告げます。
『逃げてっ』
『いったい何を……』
と花が問おうとして、私の目は覚めました。
暗い闇が、
『見つけた』
と笑ったのを最後に。
※ ※ ※ ※ ※
最近、セルリアは夢を見ているかのように遠くを見ている。
正確には、遥か彼方に佇む世界樹ユグドラシルを。
「セルリア?」
「……っ、ロキ、様?」
呼びかけてようやく気づく。
たった今、僕の存在に気づいたかのよう。
「最近ずっとユグドラシルを見てるね。どうかしたの?」
笑いながら、僕の鼓動は酷く早くなる。
感じるのは嫌な予感。
セルリアはまた、ぼうっとしたような目で世界樹を見る。
「呼ばれて……」
「え?」
「呼ばれている気が……するんです」
不安定に揺らぐ目。それは僕ではなく世界樹を映す。
不意に、彼女の姿が消えるような気がした。
「っ!」
「ロキ様?」
「見なくて良いんだよ……あんなの、いつでも見られるんだから」
それを妨げるように抱きしめ、彼女の目を覆う。
あんなもの見ないでよ。
ちゃんと、僕を見てよ。
どうか、いなくなってしまわないで――
※ ※ ※ ※ ※
あれから、夢は、毎晩続くようになりました。
樹と花は、暗闇の目を盗んで話しをしています。
『清い力がね、足りないんだ……』
と樹は言います。
『私の力は役に立つ?』
と花は提案します。
『ダメだよ』
と樹は止めます。
『悲しむ人が多すぎるよ』
と樹は悲しげに笑うのです。
『でも……』
と花は逡巡していました。
花は、暗い闇が出てきてしまえばどうなるか何となく分かっていたのです。
そんなことになってしまえば、花の大切なものが傷ついてしまうことも。
『私は……』
そこで、目が覚めました。
※ ※ ※ ※ ※
最近、セルリアがおかしい。
何か悩んでいる。そんなことすぐに分かる。
だって、あたし達は双子だから。
「何を、悩んでるの?」
「セロシア……」
「言えないこと……?」
聞いても、セルリアは笑うだけ。
明るかった、優しかった笑顔は儚くて、今にも消えてしまいそう。
「セロシア、ここ、好き?」
「え?」
「アースガルド、ヘイムダル様の傍。好き?」
とても綺麗に笑うセルリア。でも、その笑顔は本当に儚くて――
あたしは、思わずセルリアに抱きついた。
「好きよ。でも、あたしセルリアの傍が一番好き。ずっと一緒にいるんでしょ?」
「うん……いるよ。セロシアは大事な妹だもん。ずっと、ずぅっと傍にいるよ」
抱きしめて、温かくて、けれど今にも消えてしまいそうで。
どうしてかな。セルリアの考えてること、よく分からないよ。
※ ※ ※ ※ ※
夢はまだ続きます。
暗闇に立つのは樹と花ではなく、中性的な雰囲気のある人と、私。
『ダメだよ……』
その人は言います。
『もう、決めました。私、ここが好きだから』
私はそう説き伏せます。
『ダメだよ……君がいなくなったら、彼らが……』
まるで自分のことのように言うこの人。
とても優しい人です。自分も大変なのに、人のことばかり気にしています。
『いなくなりません。ずっと傍にいるんです。ずぅっと、見守るんです』
だから行きましょう、とその人を促しました。
振り返ったりしません。
だって――きっと泣いてしまうから。
この夢は、どこまで続くのでしょうか。
※ ※ ※ ※ ※
「ヘイムダル!」
転がり込むようにロキが来た。
セルリアがいないのだと、酷く焦った表情で。
様子がおかしいのは知っていた。だが、常と違う彼女の姿は、自分が踏み込める雰囲気ではなかった。
それが、間違いだったのかもしれない。
隣でセロシアが不安げに見上げてくる。
一度頭を撫でると、久方ぶりに両目とも使った。
「っ!?」
見えなければ良いと思ったのは、どれぐらいぶりだっただろうか。
「ヘイムダル……?」
「ユグドラシル……」
「え?」
「急げ! 間に合わないぞっ!」
それだけで、ロキには伝わった。
困惑したままのセロシアを引きつれ、ユグドラシルへと向かう。
全てを見通す目が、的確に彼女を捉えていた。
振り返った笑顔。微かに動いた口元。
『セロシアを、お願いします』
冗談ではない。
ただでさえもてあましていると言うのに、お前がいなくなったら……
※ ※ ※ ※ ※
「いやぁぁぁぁっ、ああっ、セルリアッ、セルリアアァッ!」
失うことは簡単だと。私達神は知っている。
何度も、何度も、手に入れては、失くしてきたから。
「セロシアッ!」
オーディン様が見たフリズスキャルブからの様子に、神々は私を含め慌てて駆けつけた。
けれどそれは、全てが終わるその瞬間。
あの誰より儚い少女が、消えていくその瞬間。
発狂し、泣き叫ぶ片割れは己の魔力で自身を傷つけ、ヘイムダルがようやく魔力を相殺させて抑えている状態。
「ユグドラシルよ……なぜだっ」
オーディン様が問おうとも、返る言葉はただの葉の擦れ合う音だけ。
「なぜ……セルリア君なんだ」
私がそう言っても、返す言葉は誰にもない。
失うことは簡単だ。私達神は慣れている。
なのになぜ、慣れていないセロシア君から奪う?
なぜ……ようやく手に入れたロキから奪うんだっ。
世界樹というだけでそんな資格があるというのなら……私はお前を認めない。
※ ※ ※ ※ ※
「おい、ロキッ。ロキ!」
俺が駆けつけた時、それは、ロキがユグドラシルから弾き飛ばされる瞬間。
セルリアが、飲み込まれるその瞬間だった。
受身も取れないまま放り出されたあいつを、何とか受け止めた。
でも……
「ロキ、しっかりしろよ! ロキ!」
受け止めたあいつからは何の反応もない。
意識もあるのに、呼吸もしているのに、目が虚ろだった。
右手に握られた青いリボン。
ついさっきまで、セルリアがつけていた、ロキがあいつにやったリボン。
「…………ぅ、し……て……」
「ロキ……」
たった一筋だけ、ロキの頬を伝った雫。
俺が初めて見た、親友の涙。
なあ、どうしてロキなんだ? どうしてこいつから奪う?
元巨人族だから? まっとうな神じゃねぇから? それともお前を滅ぼすと言われた存在だったからか? ユグドラシル。
セルリアを取り込めば、ロキが手を出せないと思ったのか!?
「……セルリア」
許さねぇぞユグドラシル。ぜってぇ返してもらうからな。
世界樹にだって、人の大事なもん奪う権利はねぇ!
※ ※ ※ ※ ※
美しい世界だと思う。この北欧神界は。特に、このユグドラシルの周りは。
邪気を吸い上げ浄化する樹。それを表すように、美しい。
「ハデスよ……神とは何じゃ?」
後ろに現れた気配に、わしは問う。
「人より先に生まれ、人より長く生き、人よりも貪欲で、人よりも愚かな生き物だろ」
「そうか……」
「神に神の本質を問うなよ。正解なんてきっと答えられねぇんだから。今のは俺の持論だ」
「そうか……」
美しい世界だ。わしが創った神界だ。何よりも守るべきものだ。
だが――
「この世界ほど、神は美しくないのぉ」
今自分は、心のどこかでホッとしている。
これでロキがユグドラシルを壊すことはない。ラグナロクは起きない、と。
ロキが長い年月の中でやっと見つけた大事な少女。それを取り込んだこのユグドラシルを、ロキは壊すことなどできないだろう。
これで、主神である自分が望んだ永久の平安が続くのだ。
なんとも浅ましい心。
「美しくありたいのか? お前が? 今更?」
「ダメか?」
「……さぁな。だが、弟思いの兄、ぐらいにはなってもいいんじゃねぇか」
驚き振り返ったそこに、もうあいつの姿はなかった。
珍しく照れたか。
わしはゆっくりと世界樹を見上げる。常に共に生きてきた樹。
「のう、ユグドラシルよ。今までお前にばかり負担を背負わせたな」
少し前まで溜まっていた邪気は、今やあの少女のおかげで浄化されている。
「これより先、お前の苦しみも辛さも共に背負おう。だから……」
青葉の茂るその幹に手を当て、小さく呟く。
「我が弟の想い人。返してもらうぞ」
ロキに恩を売るのも、また一興だろう。
※ ※ ※ ※ ※
夢を見た。暗くて寒いところに一つだけ咲く小さな花の夢。
その花だけが淡く光ってて、あたしはそれが凄く嬉しかった。
王冠のような花びらをまとい、剣のような葉を広げる花。
『ねえ、聞こえてる?』
『…………』
聞こえてるんだよね。でも返事しない。ずるいよ。
『許さないから。一生恨むんだから。いっつも一人で決めちゃってっ』
流れてくる涙を拭って、あたしは花に語りかける。
『ねえ、〈ロキ様をお願い〉とか言われたけど無理。あの人あたしじゃ制御不能だし』
『…………っ』
『迎えに行くから。取り戻すから。あたし達は双子なんだから! 二人で一つでしょ!?』
そう叫んだ瞬間、目が覚めた。
「起きたのか」
枕元にヘイムダル様。何回も見ているのに、久々にまともに目を合わせた気がする。
あたしが魔力を暴走させたせいか、彼の腕にも包帯が巻いてあった。
「セルリアに、会いました……」
「……ああ」
「まだ、ちゃんと生きてます」
溢れてくる涙を何度も袖で拭って、あたしは彼の銀色の目を真っ直ぐ見る。
「取り戻したいんです」
大事な子なの。あの子がいなくちゃ、ここにいても意味がないの。
「力を、貸してください」
それは神人なんかが願って良いことじゃないだろう。
だってこの状態でアースガルドは平穏なのだ。
でも、あたしにとってはここよりもセルリアが大事だから。
ヘイムダル様はしばらくあたしを見つめたまま。けど、すぐに立ち上がってマントを羽織った。
「オーディン様達はすでに準備をしている」
「へ?」
「ただし条件を一つ提示された」
「じょう、けん?」
準備って何のだろう。そんなことを思いながら、いつもの格好に戻った彼を見る。
「『未だにぼけている邪神を起こして来い』」
「っ!」
「あいつが起き次第、北欧の神々は全員が動く。行かないのか?」
「行きます!」
あたしはベッドから飛び降りて、急いで準備を始めた。
セルリア、あんたが何て言おうと、拒否したって助けてやるから。
誰も認めてないんだから。
セルリアを、世界を救った英雄になんて絶対にさせないからね!
※ ※ ※ ※ ※
少し埃が溜まった棚の上。
いくつも置かれた写真の一つに目を留める。
いつだったか、たぶん彼女がここに来て間もない頃撮った写真。
ギリシャのエーゲ海をバックに撮った、彼女と僕の写真。
きっとあの子は覚えてない。
ここが、彼女と僕が初めて会った場所だということを。
「セルリア……」
約束したよね。もしもの時は君が僕を止めてくれるって。
これが君のやり方? まだ『もしも』も起こっていないのに、勝手に行動したこれが?
「ははっ……あり得ない……」
こんなことになるなんて誰が予想した?
この僕が、退屈も、絶望すらも感じないなんて……
もうこの世界を残しておく意味なんてないのに、破壊しようとすら思えない。
ずるずると座り込み、目を閉じてみる。
右手に持ったままのリボン。ここにはまだ、彼女の面影が残っているから
「こんな所で何してるんですか? ロキ様」
「っ!?」
聞き覚えのある声に、身を起こして振り返る。
扉の前に、見慣れた姿があって――
「セル……っ」
途中で気づき、言葉を止めた。
「あたしとあの子を間違えるなんて、本気で重症ですね」
「セロシア……」
扉を開けたのは、彼女と瓜二つの、けれど彼女じゃない少女。
「二週間、経ってます……」
「そう……」
「いつまで、そうしてる気ですか?」
いつまで? 問われて、考える。
「さあ……いつまでなんだろうね。ずっとかも、ね」
「……そうですか。分かりました」
答えて、彼女はつかつかと僕の前まで歩いてきた。で――
バキィッ!
「っ! セロ……っ」
「よし」
「『よし』!?」
何が良いのか分からない。頬を押さえたまま見上げれば、彼女は仁王立ち。
「今のはセルリアを止められなかった分とか、あたしのフラストレーションとか全部ひっくるめての一発です。本当なら後十発ぐらいいきたいけど……」
セロシアは、グッと唇を噛んだまま、怒ったような泣きそうな顔をする。
「『ロキ様をお願い』ってセルリアに言われたけど……あたしじゃ無理だし。今のロキ様をお世話する気にもなれません!」
「セロシア……」
「セルリア……まだ生きてるんですよ」
「っ!」
「生きてるんです。まだ、手は届くんですよ」
ねえ、セルリア。
「いつまでそうしてる気なんですか……貴方は……」
僕の手は、君を掴めるかな? 君を、捕らえておけるかな?
「貴方は、邪神ロキなんでしょう!? とっとと破壊しに動いたらどうなんです!」
それだけ叫んで、セロシアは部屋を出て行った。
彼女の気配は外にある。ヘイムダルも一緒だ。いや、他の神々も。
これだけの気配に気づかなかったなんて、ホントどうやらボケすぎていたらしい。
「邪神、か」
ずっと、冗談で言いながらも好きじゃなかった僕を表す言葉。
「今回ぐらいは、その名前を着てもいいかな」
あの世界樹に対抗するのがそうだというのなら。彼女を取り戻すためにその力が必要だというのなら。僕は……
「さあ、どうするセルリア?」
右手に握ったままの青いリボン。それを腕に巻き、指を一つ鳴らす。
現れたのは、自分で作り、けれど今まで使うことなかった一振りの剣。
全てを灰に帰するための、炎の剣、レーヴァテイン。
「君が戻らないと、僕は世界を破壊してしまうよ」
もうずっと昔に見つけた僕と同じ闇を持つ子。
唯一、僕が繰り返しても退屈を感じない時間を作れる子。
僕は遠くにたたずむ世界樹を見て、笑みを刻む。
これが、きっと邪神としての笑み。
「返してもらうよ、ユグドラシル」
彼女は僕のものだ。
だから返してもらう。たとえ、この世界を壊してでもね。
※ ※ ※ ※ ※
夢を見ました。
王冠の花、剣の葉、財宝の球根を持つ花の夢を。
花はひっそりと咲こうとしているのに、誰もがその花を求めます。
何より愛しい花だから、何より大切な花だから。
『いきなよ』
花の隣にいた樹が呟きました。何だか苦笑しているようです。
『このままじゃ、こっちが燃やされちゃいそうだし』
「――――ッ」
誰かの呼ぶ声が聞こえます。
夢に咲く花を求める声がたくさん聞こえます。
夢の世界ではなく、現実の世界に咲いて欲しいと願いを込めて。
望んでも良いですか? 伸ばされた手をとることを。
願ってもいいですか? 全てがうまくいくようにと。
私はゆっくりと目を開けます。
今日が夢を見る、最後の日であることを願って。




