一番の望み(5)
宴会場より担ぎ上げられて来た場所は、いわゆるセロシアにとっておなじみの場所だった。彼女の趣味の一つである散歩。その時によく訪れる丘の上。神界らしく巨大で元気な大木が青々と茂っている。
セロシアはここが好きだ。眼下に広がる景色もすばらしいが、この木が好きだった。大きくて、温かくて、力強くて。セロシアの理想だった。
「はぁ……で、恥ずかしい思いして連れて来られたのがここですか」
「不満があるなら別の……」
「ありませんよ~。ちょっと悔しいだけです」
べっと舌を出して、彼女は隣に立つヘイムダルを見上げた。
彼と過ごして二年ちょっと。ほぼ四六時中一緒にいるといっても過言ではない。それでも自分はまだ彼の事をよく知らない。いいとこ真面目でエビフライが好きで、怖いが素直で――ああ、あと根は優しいということぐらいか。
(なのに何でヘイムダル様はあたしの行きたいとこが分かるのよ。また差を見せ付けられたみたいじゃない。ああもうムカつく)
セロシアの目標は彼の隣に立つことだ。普段も、そして例え、その身が戦場におかれることになろうとも。従者になったからにはとことんやらせてもらうつもりである。
そうあの日に、彼の強さと自分の弱さ知った日に誓った。
「くそぅ、やっぱあたしらがゴキブリだったか頃から生きてる奴は違うわね」
「何が言いたい」
「長生きしてる割に疎いですねってことです」
そう言ってやれば、彼は不快なのか戸惑っているのか眉を寄せた。最近は可愛いと思えるようになった顔だ。
最初は何でこんなぶっちょう面に仕えなきゃなんないの? と考えていたが。まあ、今はそれなりに自慢できる主かな、と思っている。
そんなことを考えながら含み笑いをしていると、突然ぽとんと膝の上に何か落ちてきた。小さな指輪である。装飾も美しく、中央に治まった青い石は揺れる波のように色を変える。
セロシアは目をまん丸にして彼を見上げた。
「おお! プロポーズですか?」
「? 何だそれは? その指輪にはまだ名前はないが……」
そういう名にするのか? と真面目に問い返されてしまった。冗談が通じないのは時にものすごく寂しかったりする。
「いや、そんなこっぱずかしい名前の指輪はいらないです……綺麗ですね~。海みたい」
「海からできる石だからな」
「そうなんですか?」
「ああ」
指輪はサイズ的にセロシアの右手中指に収まった。
手を掲げれば月明かりに反射して石は様々な顔を見せる。
「お前は防御が弱い」
「は?」
「才能もない」
「ちょっ……」
知っているが、面と向かって言われるのはハッキリ言って嫌である。というかイライラする。
ぶすっと頬杖をついていると、かすかにクッという笑い声が聞こえた。そのまま三白眼をあげると、微かに唇の端を上げている彼が目についた。
「笑いましたね」
「ずいぶん膨れる頬だと思っただけだ」
「セルリアの方が膨らみます~」
髪からのぞいた目が優しそうに細められた。ずるい。そういう顔をされてはこれ以上文句が言いにくい。
「その指輪は結界の魔法を織り込んだものだ。威力はあまり強くなく、対して扱いづらいが、お前なら利用法も考えられるだろう」
「ああ、なるほど~」
もう一度まじまじと指輪を見る。
確かに戦闘中これを発動して剣などを止められればその隙に……結界の魔法に対してまったく態勢のない自分にはお似合いだ。
「うん、ありがとうございます!」
たぶん悩みにぬいた末にこれを選んでくれたのだろう。昨日遅かったのはきっとこの指輪の石を探しに、彼の母の所にでも行って来たのかな、と考える。自分のためにわざわざそこまでしてもらっては、もう素直に嬉しいというしかないだろう。
と、突然ヘイムダルはマントから何か取り出した。両手で持てる大きさの――
「鉢植え……?」
突然のそれに、彼女は目を点にするしかなかった。
「えっと……ラッキョウでも植えますか?」
「……もう球根が入っている」
「ラッキョウのですか!?」
「…………違う」
「ん~この芽の感じだと……チューリップ?」
「…………」
無言は肯定ということだろう。
「しかし何でまたチューリップ?」
「以前のは切花で枯れたのだろう?」
そういえば、昔なぜか彼にチューリップを貰った。誕生花でもあり、大好きな花だったので、部屋にたくさん飾ったのだ。切花で、あまり長くは持たなかったけど。
綺麗なのにもったいないですね、と言ってたのを覚えていたらしい。あれはあれで花びらを押し花にして栞として使っているのだが。
(今度は自分で育てて増やせってか?)
「良いんですか? ヒミンビョルグにチューリップ畑とかできても」
あの堅牢強固な屋敷にそんな物ができたら、綺麗と言うより怖い。
「好きにしろ」
珍しい。答えたという事は、異存はまったくないということだろう。彼の屋敷にチューリップ畑。からかえる組み合わせではある。
「んじゃ、作らせていただきます!」
自分の好きな花だ。それが目の前に広がるのも悪くない。鉢植えを抱えて笑みをこぼしていると、やはりまだ立ったままのヘイムダルが問いかけてきた。
「望みは?」
「へ?」
「何かあるなら言え。今日は特別なのだろう? ロキから何か願いを言われれば叶えてやれと言われた」
「そりゃまた壮大なことを」
あの神なら何でもやりそうである。
セロシアは考えてみた。願いごとと言われても。
(世界征服とか言ったらどうするんだろう)
考えて頭を振った。願いごとは叶えてやるべき、と考えている今の彼ならやりかねない。何せ冗談が通じないのだから。
だったら、自分は――
「相手、してください」
「……何の?」
主語を抜かせば、戸惑った表情がこちらを向いた。それに笑いかけながら、セロシアはう~んっと伸びをする。
「色々です。話すのもそうだし。散歩に行くのもそうだし。でもうん、時々、暇な時で良いから、あたしに剣とか、戦い方の稽古をつけてください」
彼の隣に立つために、そのためには彼を知るのが手っ取り早そうだ。きっと最初は何もせずとも負けるのだろうけれど。
「ほら、せめてバルドル様は自分で対処できるようになってたいなって」
「…………」
「ヘイムダル様に鍛えてもらったら強くなりそうだし」
「…………やるからには厳しいぞ」
前を向いたまま、ぶっきらぼうだけどどこか嬉しそうに言われて、セロシアはまた含み笑いをこぼした。意外にも頼りにされたのが嬉しかったのかもしれない。
「はい、もちろん望むところです!」
遠く、闇の線が途切れて朝日が昇ってくる。光に青い指輪が輝き、鉢植えが綺麗に照らされる。この鉢植えのチューリップが立派な花畑になる時、その時には、きっと自分はもっと大人になっているだろう。
そして、きっとこの隣にいる男の側に立てるぐらいにはなっているだろう。
「ん~、頑張るぞっ!」
「元気だな……」
鉢植えを掲げて立ち上がったセロシアに、曙光の神はやはり優しい笑みで呆れたようにこぼすのだった。




