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Myth  作者: 詞葉
Myth 外伝
64/83

一番の望み(5)

 宴会場より担ぎ上げられて来た場所は、いわゆるセロシアにとっておなじみの場所だった。彼女の趣味の一つである散歩。その時によく訪れる丘の上。神界らしく巨大で元気な大木が青々と茂っている。


 セロシアはここが好きだ。眼下に広がる景色もすばらしいが、この木が好きだった。大きくて、温かくて、力強くて。セロシアの理想だった。


「はぁ……で、恥ずかしい思いして連れて来られたのがここですか」

「不満があるなら別の……」

「ありませんよ~。ちょっと悔しいだけです」


 べっと舌を出して、彼女は隣に立つヘイムダルを見上げた。

 彼と過ごして二年ちょっと。ほぼ四六時中一緒にいるといっても過言ではない。それでも自分はまだ彼の事をよく知らない。いいとこ真面目でエビフライが好きで、怖いが素直で――ああ、あと根は優しいということぐらいか。


(なのに何でヘイムダル様はあたしの行きたいとこが分かるのよ。また差を見せ付けられたみたいじゃない。ああもうムカつく)


 セロシアの目標は彼の隣に立つことだ。普段も、そして例え、その身が戦場におかれることになろうとも。従者になったからにはとことんやらせてもらうつもりである。

 そうあの日に、彼の強さと自分の弱さ知った日に誓った。


「くそぅ、やっぱあたしらがゴキブリだったか頃から生きてる奴は違うわね」

「何が言いたい」

「長生きしてる割に疎いですねってことです」


 そう言ってやれば、彼は不快なのか戸惑っているのか眉を寄せた。最近は可愛いと思えるようになった顔だ。

 最初は何でこんなぶっちょう面に仕えなきゃなんないの? と考えていたが。まあ、今はそれなりに自慢できる主かな、と思っている。


 そんなことを考えながら含み笑いをしていると、突然ぽとんと膝の上に何か落ちてきた。小さな指輪である。装飾も美しく、中央に治まった青い石は揺れる波のように色を変える。

 セロシアは目をまん丸にして彼を見上げた。


「おお! プロポーズですか?」

「? 何だそれは? その指輪にはまだ名前はないが……」


 そういう名にするのか? と真面目に問い返されてしまった。冗談が通じないのは時にものすごく寂しかったりする。


「いや、そんなこっぱずかしい名前の指輪はいらないです……綺麗ですね~。海みたい」

「海からできる石だからな」

「そうなんですか?」

「ああ」


 指輪はサイズ的にセロシアの右手中指に収まった。

 手を掲げれば月明かりに反射して石は様々な顔を見せる。


「お前は防御が弱い」

「は?」

「才能もない」

「ちょっ……」


 知っているが、面と向かって言われるのはハッキリ言って嫌である。というかイライラする。

 ぶすっと頬杖をついていると、かすかにクッという笑い声が聞こえた。そのまま三白眼をあげると、微かに唇の端を上げている彼が目についた。


「笑いましたね」

「ずいぶん膨れる頬だと思っただけだ」

「セルリアの方が膨らみます~」


 髪からのぞいた目が優しそうに細められた。ずるい。そういう顔をされてはこれ以上文句が言いにくい。


「その指輪は結界の魔法を織り込んだものだ。威力はあまり強くなく、対して扱いづらいが、お前なら利用法も考えられるだろう」

「ああ、なるほど~」


 もう一度まじまじと指輪を見る。

 確かに戦闘中これを発動して剣などを止められればその隙に……結界の魔法に対してまったく態勢のない自分にはお似合いだ。


「うん、ありがとうございます!」


 たぶん悩みにぬいた末にこれを選んでくれたのだろう。昨日遅かったのはきっとこの指輪の石を探しに、彼の母の所にでも行って来たのかな、と考える。自分のためにわざわざそこまでしてもらっては、もう素直に嬉しいというしかないだろう。

 と、突然ヘイムダルはマントから何か取り出した。両手で持てる大きさの――


「鉢植え……?」


 突然のそれに、彼女は目を点にするしかなかった。


「えっと……ラッキョウでも植えますか?」

「……もう球根が入っている」

「ラッキョウのですか!?」

「…………違う」

「ん~この芽の感じだと……チューリップ?」

「…………」


 無言は肯定ということだろう。


「しかし何でまたチューリップ?」

「以前のは切花で枯れたのだろう?」


 そういえば、昔なぜか彼にチューリップを貰った。誕生花でもあり、大好きな花だったので、部屋にたくさん飾ったのだ。切花で、あまり長くは持たなかったけど。


 綺麗なのにもったいないですね、と言ってたのを覚えていたらしい。あれはあれで花びらを押し花にして栞として使っているのだが。


(今度は自分で育てて増やせってか?)


「良いんですか? ヒミンビョルグにチューリップ畑とかできても」


 あの堅牢強固な屋敷にそんな物ができたら、綺麗と言うより怖い。


「好きにしろ」


 珍しい。答えたという事は、異存はまったくないということだろう。彼の屋敷にチューリップ畑。からかえる組み合わせではある。


「んじゃ、作らせていただきます!」


 自分の好きな花だ。それが目の前に広がるのも悪くない。鉢植えを抱えて笑みをこぼしていると、やはりまだ立ったままのヘイムダルが問いかけてきた。


「望みは?」

「へ?」

「何かあるなら言え。今日は特別なのだろう? ロキから何か願いを言われれば叶えてやれと言われた」

「そりゃまた壮大なことを」


 あの神なら何でもやりそうである。

 セロシアは考えてみた。願いごとと言われても。


(世界征服とか言ったらどうするんだろう)


 考えて頭を振った。願いごとは叶えてやるべき、と考えている今の彼ならやりかねない。何せ冗談が通じないのだから。

 だったら、自分は――


「相手、してください」

「……何の?」


 主語を抜かせば、戸惑った表情がこちらを向いた。それに笑いかけながら、セロシアはう~んっと伸びをする。


「色々です。話すのもそうだし。散歩に行くのもそうだし。でもうん、時々、暇な時で良いから、あたしに剣とか、戦い方の稽古をつけてください」


 彼の隣に立つために、そのためには彼を知るのが手っ取り早そうだ。きっと最初は何もせずとも負けるのだろうけれど。


「ほら、せめてバルドル様は自分で対処できるようになってたいなって」

「…………」

「ヘイムダル様に鍛えてもらったら強くなりそうだし」

「…………やるからには厳しいぞ」


 前を向いたまま、ぶっきらぼうだけどどこか嬉しそうに言われて、セロシアはまた含み笑いをこぼした。意外にも頼りにされたのが嬉しかったのかもしれない。


「はい、もちろん望むところです!」


 遠く、闇の線が途切れて朝日が昇ってくる。光に青い指輪が輝き、鉢植えが綺麗に照らされる。この鉢植えのチューリップが立派な花畑になる時、その時には、きっと自分はもっと大人になっているだろう。

 そして、きっとこの隣にいる男の側に立てるぐらいにはなっているだろう。


「ん~、頑張るぞっ!」

「元気だな……」


 鉢植えを掲げて立ち上がったセロシアに、曙光の神はやはり優しい笑みで呆れたようにこぼすのだった。


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