一番の望み(3)
「ねえ、何か最近騒がしくない?」
ロキからの、何だか意味不明の手紙を届けたセロシアは姉に問うた。なぜかフェンリルの前足で胸元に引き寄せられているセルリア。ここに来るといつもこうなるらしい。
(親子そろって……)
と頭の片隅で思ったが口には出さない。まだ喰われたくなかった。
「そうだね。でも大体の想像はついちゃってるけど」
「え?」
「だって、フッラ様はお仕事以外は顔に出やすいから」
「ああ~、まあね」
ニッコニコの笑顔で、何度も『楽しみにしていてね』と言われたことを思い出す。自分達は神籍に入っているとはいえ、まだ半分人間だ。神々ほど日付に疎くない。
「で、知らない振りしてるんだ」
「ふふ、だって私達のためにしてくれてるのよ。嬉しかったから」
「本番で成功して喜ぶ顔を見て、もっと嬉しくなりたいわけね」
「うん」
ふわっと笑う姉は、やはり自分の自慢だ。だからセロシアもにっこりと笑った。
「セルリア、何か欲しいものある?」
「え? ヤダ、そんなのないよ。こうして、今一緒にいられるだけで嬉しいもの」
「それは別の方に言うべき台詞だわね。ねえ、フェンリル様」
問いかけると彼は片目をすっと開きこちらを見たが、すぐにまた閉じてしまった。
「セロシアは?」
「ん~?」
「欲しい物。ないの?」
そう言われて、セロシアは意地悪そうに笑った。
「あるわよ~。ブランド物のバッグ、服、アクセサリーっ! そして最近出たゲームと、CDとか、あとは……」
「もう! 相変わらずね」
ふくれっ面して笑うから、彼女はその頬を突いてやった。うまくヒットしてぷぅっと漏れる息。その音と真っ赤になるセルリアが面白くて、セロシアは大爆笑する。すると怒っていたセルリアもつられて笑い出していしまった。ツボにはまったのか、止まらない。
そのままひとしきり笑い続けて、二人はハァッと息をついた。
「あ~、おっかしぃ」
「ほんと~」
二人して見上げた空は、茜色に染まっていた。
「もうそろそろ戻っても大丈夫っしょ! んじゃ、あたし帰るわ」
「あ、それじゃ私も」
と言ってセルリアも立ち上がろうとするが、フェンリルが思いの他強く抑えていて抜け出せないようだ。パタパタと手を動かして必死に彼の足をどけようとしている。
「あ、あの、フェンリル様」
「いいじゃん。もうちょいそのままでいてあげなよ」
「う、うん。じゃあね」
後ろ手に手を振って歩き出したセロシアは、その途中でくるっと振り返った。驚いて目を見開くセルリアに、ニパッと笑ってみせる。
「ねえセルリア。あたし、もう欲しいもの貰ってるからね~っ!」
思いっきり叫ぶと、セロシアは駆け出した。ちょっとだけ、恥ずかしかったから。
そう、もう貰っている。自分が何より欲しい優しい温もり、そして安らぎを。
それだけで、十分なのだ。
※ ※ ※ ※ ※
駆け出して小さくなっていく妹を見送りながら、セルリアも小さく呟いた。
「うん、私も貰ってるよ」
強さを、そして何よりの心の支えを。だから、十分なのだ。
きっと同じようなことを考えている。双子だから分かる。それが嬉しくてセルリアは柔らかい笑みを零した。
「嬉しそうだな……」
隣から聞こえたのは低い声。見上げれば魔狼がこちらを見下ろしていた。
「はい、子供かもしれないけど、妹と同じだとやっぱり嬉しいです」
「そういうもんか?」
「そういうもんです」
フェンリルににっこり笑って、けれどはたと思い出したように顔を上げた。
「あ、あの、私そろそろ帰らないとロキ様に怒られるんですが……」
ここにはロキの用件をフェンリルに伝え、フェンリルの近況を知ってロキに伝えるために来ていたのだ。それほど時間はかからないのに遅くなるとまずい。
セロシアから渡された手紙には、ゆっくりしてきて良い、とは書いてあったが。
「大丈夫だろ。そんな余裕、今ないだろうし」
「はい?」
「なんでもねぇ。それに、これが俺からのプレゼントだ」
ぷいっと顔を背けられたが、これは彼が照れてる時のしぐさである。驚いて見上げていると、目だけをこちらに向けてぶっきらぼうに言った。
「俺は狼だからな。なんもやれねぇし。お前俺の毛に触るの好きなんだろう? 今日は好きなだけ触ってけ。親父には俺からうまく言ってやる」
ぼそぼそと小声で言われたが、間近で聞こえた言葉はしっかり伝わる。セルリアは破顔すると思いっきりその胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
「お前安上がりだな」
「良いんです!」
フェンリルの方も鼻を寄せてきて擦り寄る。とても温かい。
「時間稼いでやってんだ。感謝しろよ、親父」
「? 何か言いました?」
「いんや、何でもねぇ~」
一日だけ早い誕生日プレゼントに喜んだセルリアは、フェンリルの放ったなんとも情けない一言には幸い気づかなかった。




