一番の望み(2)
今日も今日とて、ヘイムダルは門番の仕事をしていた。腰に剣、右手に槍を持ち、門の左側に立つ。
いや、別に常に立っているわけではない。何かしらの異常があれば自分は遠くにいても感知できるし、誰かが来ても、ここにたどり着くまでに察して戻るぐらい造作もない。そうでなければ他の仕事が出来なくなる。
ただ他の仕事がなく、余裕のあるような日はここに立って門番をする。今日もそういう日だったのだ。
「今日も誰も通りませんね~。ここが高速だったら国は事業に失敗してますよ」
自分の左隣。その下方から高い声が聞こえる。見るまでもなく彼はその人物を知っていた。
セロシア。己の従者で神人という特殊な立場の者である。
彼女は自分の知り合いに似ている。退屈が嫌いで面白いことが好きなのだ。そんな性格だからこのような単調な仕事はやりたくない最たるものだろう。それでも毎回付き合っている。時間があればヘイムダルがいなくてもここに立っていることもある。
(真面目、なんだろうな)
自分もそう言われるが、どうやら彼女もその類のようだ。文句は出てくるが。
「ねえヘイムダル様」
「…………」
問いかけられても答えない。当初は何度も問いかけてきたし、最終的に気づいてないのかと叩かれたこともあったが、最近は返事はしないが聞いていると分かったからだろう。彼女はそのまま話し続けている。
「何か面白いものとか聞こえないんですか? こう、どっかのへんな組織が絶対に失敗するであろうマヌケな銀行強盗の相談をしてるとか」
「…………」
「もしくはデバガメするには最適! 離婚間近の夫婦喧嘩っ! とか」
「…………」
その後一通り話しかけて満足したのか、彼女はまた『暇ですね~』と言って黙り込んだ。
ある一件以来会話をするようにしてはいるのだが、どうも自分は『ないこと』を『ある』とは言えない性格らしい。先程までのは全てなかったので答えられなかった。
「あ~あ、誰かが急ぎの用事でこっちに来るとかないのかなぁ?」
「……ある」
「はい?」
「足音が、近づいてくる」
「え、ホントですか?」
「ああ……」
そこでヘイムダルは眉をひそめた。
「どうしたんです?」
「ずいぶん、慌てているな。速い」
耳に入ってくるのは速い足音だ。問答無用で門を突っ切って行こうという感じ。そしてこの軽い足音にも聞き覚えがある。かなり焦ってはいるが――
「……ロキか」
「じゃあ、許可証は持ってませんね」
そう断言するとセロシアは門の右側に移動した。二人で同時に突っ切ろうとする彼を止めようという算段である。
一度、足元にテグスでも引いといたら、とセロシアに言われたが、遊びに来ただけのセルリアが何度もひっかかるので却下した。
重要なのはお互いが槍と杖を下ろすタイミングである。
「……来るぞ」
「はい!」
既に足音はセロシアにも聞こえるほどになっていた。どんどんと近づいてくる、軽く、けれど慌てた足音。二人は一度目線を交わし、相手が通り過ぎる瞬間、獲物を――
「ロキ様、また無断でっ……て、え?」
「ごめんセロシア! 悪いんだけどこれフェンリルの所に行ってるセルリアに届けてっ。今すぐ至急早急に確実に頼むね! 帰りはなるたけ遅く! はい、行ってらっしゃいっ!」
がっと落とされた槍と杖。相手を止めるかと思われたそれは、見事に手前で急ブレーキをかけたロキに掴まれた。そのまま彼はセロシアに書類らしきものを渡し、さらに彼女の杖を回してなんなく遠くへ放り投げてしまった。
「な、何するんですかぁ! この借りは返しますからねぇぇぇぇぇぇ…………っ」
などというエコーを響かせながら、彼女は宙に舞って森の中へ消えていった。聞こえた音では茂みに落ちたので大丈夫だろう。
翼もなく飛んだ飼い主に呆然としていたミッドナイトホーンが、一瞬間をおいて慌てて追いかけていった。
「ロキ、お前一体何を……」
「そんなことどうでも良いよヘイムダル。ちょっと厄介なことになった」
どうでも良いのか? とか、お前が厄介事を起こしたんだろう? とか思わないでもないが、いつになく困った様子の彼にヘイムダルは黙った。
「ヘイムダル。明日は何の日か覚えているかい?」
「……暦は知らんが、神界も現界も何の行事もない日のはずだが」
「さすが真面目君。模範解答だね。でも不正解。ある人達限定で行事があったんだ」
『そういえばそうだったと今更思い出したよ』と、珍しく彼は自分の失態を悔いているようだ。明日あたりラグナロクが起こらないか少しだけ心配してしまった。
「回りくどい。何なんだ」
「明日はセルリアとセロシアの誕生日だ」
『僕としたことがホント失敗だよ』と肩を落とすロキに対して、ヘイムダルは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
ラグナロクが起こる心配は消えたが、どうにも苦手分野が来たようである。
「参ったよねホント。フッラやフリッグ達はちゃんとプレゼントを用意しろって。しかもサプライズパーティーらしくて明日まで秘密だそうだ。何を用意しようか」
「なぜ今更パーティーなんだ。フリッグ様まで。去年も一昨年もなかっただろう」
「一昨年は仕方ないよ。彼女達も来たばかりでそんな余裕なかったし。でも去年はほんとに内輪だけでやったらしいよ。僕らはのけもので女性だけで」
そう言えば去年の今頃、セロシアは嬉しそうな顔で遅くに帰ってきていた気がする。プライベートに干渉するつもりはないので問いかけなかったが。裏目に出たようだ。
ヘイムダルは一層皺を深めるしかなかった。
※ ※ ※ ※ ※
目の前で難しい顔をするヘイムダルを見て、ロキは安堵の息をついた。同士はいた。
「ところで、なぜ今年はそのような盛大なパーティーを?」
「セルリア達がここに来て二年たった。彼女達は十七で死んで一年勉強を養成学校でしていた。それから二年。つまり、彼女たちが人間として生きていれば、今年は現界の日本でいう成人、二十歳になるんだよ」
二十歳。その年齢は人間界、特に日本では重要な年齢らしい。何でも大人の仲間入りになるとか。この先、生き続ける彼女達には関係のないことだし、外見も変わっていないから何とも言えないが、それでもその年になる頃には色々な儀式があるという。
「だからフリッグ達が人間の儀式の代わりに、せめて北欧神界の皆で祝ってやろうって。それに直属の主である僕達が手ぶらで行ったら笑いものにされるだけでしょ?」
彼女を雇う時に渡された履歴に確かに誕生日は書いてあった。忘れていたのは自分が悪い。だが笑いものにされるのは嫌だし、他の奴――特に赤いマントの神――のプレゼントを彼女が貰うのに自分は何も与えないなど――
(ははは、きっと屋敷に帰ったらそのプレゼント燃やし尽くしてるだろうな~)
ロキは爽やかに笑って考えたが、マジである。
前を向くと、どうやら彼もほぼ同じ考えらしい。結構怖い顔をしながら考え込む顔と目があった。
「……珍しいな。お前が贈り物で悩むなど」
「セルリアは難しいんだよ」
それも悩みの一つだ。自分の従者は欲がない。
別におしゃれが嫌いなわけではないだろう。身だしなみには気を使っているようだ。だが、高価な物にも煌びやかな物にも『いえ、結構ですから』という言葉を何度も返された。無理やり押し付けたのもいくつかあるが、素直に受け取ってもらったのは今までに一つだ。
「当たり障りない物というと……」
お互いに顎に手を当てて考え込む。そして同時に顔を上げると
「「あれか……」」
同時に声を発した。顔を見れば同じものを思い浮かべたのだと察しがつく。
特に何の記念日でもなかったが、あの双子が好きだと知って贈ったものがあるにはある。
「……でも、以前と同じ物って男としてどうかな……?」
「余裕をこいていられる場合か?」
「そうなんだけどさぁ……」
どうにも格好が悪いと思う。
「なら、なぜさっきセロシアを行かせたんだ。そのお得意の口八丁であいつに聞けば良かっただろう。セルリアの欲しがりそうな物を」
「あ…………っ!」
策士で悪知恵の働くロキ。
この時ばかりは焦りすぎていたのか、こんな簡単なことにも気づけなかったという。




