一番の望み(1)
本編二年後のお話。
このお話には、北欧神話・ギリシャ神話などの神々が登場します。
ですが、小説に出るキャラクターとして描いておりますので、作者の想像による容姿、性格、生い立ちをしており、正規の神話に出てくる神々とはかけ離れております。
『あの神様はこんなんじゃない!』と思われる方もおられるとは思いますが、何卒、寛大な目で見ていただけますよう、お願い申し上げます。
その日、たまたま真面目に仕事をしていて、たまたまオーディンに出さねばならない書類があって、たまたま従者の手が空いてなかったので、たまたま起こった気まぐれで主神の邸宅にロキは来ていた。
書類は大した物ではない。期日が二年ほど前だっただけだ。
一応オーディンの怒鳴り声は響いたものの、彼だって忘れていたのだからお相子だろう。
それに、仕方がないじゃないかとロキは思う。二年前は忙しかった。いつもそれなりに騒がしい自分の周りが、あの時からかなり騒がしくなったのだ。
「そっか、二年は経つんだね」
その過ぎ去った時を『もう』というか『まだ』というか、どちらが正解だろう。
神である自分には『まだたったの』だが、未だ人間の部分を持っている彼女達には『もう』かもしれない。
そんなことを考えていると、楽しげな声が聞こえてきた。それも女性の声である。首をもたげて外を見れば、中庭で何やらはしゃいでいる女神達がいた。
「おやおや、ずいぶん楽しそうだね……しかもフリッグまで混じっているじゃないか」
この北欧神界で女神の最高峰たる彼女が、他の女神達に混ざって楽しそうに笑っている。よく見れば神の他に、多々の従者もいた。皆でテーブルを運び、クロスをかけ、様々なところに飾りつけなどをしている。
(宴会の企画なんてあったっけ?)
総じて神は暇である。いや、時間が余りすぎて仕方ないのだ。そのため、親睦を深めると称したドンちゃん騒ぎは日常茶飯事。それでも催される前にはちゃんとその旨を書いた回覧板がまわるのだが、最近は来ていなかったはずだ。来ていれば自分の従者がきっちり報告してくれている。
見落としていたのか? と彼が首をかしげていると、準備をしている一人の女神と目があった。二年前、無理を通してくれた女神だ。
「あら、ロキじゃない。めっずらしい~……って、もしかしてそこにセルリアちゃんがいるんじゃないわよねっ!?」
呆けた顔でかけてきた声が突然あわただしくなった。彼女の台詞に周りの者達もわたわたと準備していた物を隠そうとする。
「珍しくて悪かったね。それと、残念ながらセルリアは今日は別の用事で使いに出したよ。カワイイ弟子に会わせてあげられなくてごめんね、フッラ」
嫌味ったらしく返してみるが、どうやら彼女はそこに重点を置いたわけではないらしい。むしろホッとした表情で息を吐いた。
その仕草にまたもロキは首をかしげる。フッラは彼の従者、セルリアの師匠のような神だ。彼女と彼女の双子の妹を溺愛している。何ゆえそんな反応なのか?
「その宴会の準備、知られちゃまずいわけ? 宴会には従者の参加も認められてるでしょう。仲間はずれにする気なの?」
ついでに自分もそうされては非常にムカつく。
半眼でフッラを見下ろすと、彼女は怒ったような呆れたような顔でロキを見た。
「何? 悪いけどそんなに熱く見つめられても僕、君には手を出さないよ」
「こっちから願い下げよっ、んなの! ってか何であんた気づかないの!? あんたはあの娘の主だから『裏・回覧板』回さなくても良いと思ってたのに!」
そんな物があったのか。
どうも要領を得ない彼女の話に首をかしげたままでいると、その後ろからフリッグが優雅に前に進み出た。
「ロキ、貴方本当に気づいていないのですか? ふざけているのではなく?」
「セルリアに関することなんだよね。悪いけど彼女と宴会が結びつかないよ。意外に酒豪ということぐらいしか……」
フリッグの顔がいやに真剣なので、ロキはちゃんと思い返してみた。それでも出てくるのは宴会の時につぶれず隣で笑っている彼女だけである。
彼の様子を見たフリッグ達は、そろって重いため息を吐いた。
「貴方がそうなのだから、ヘイムダルなど露ほども気づいていないでしょうね」
重い重い溜息をつくフリッグ様。あの門番の名前が出てきたということは――
「え、セルリアだけじゃなくてセロシアにも関係あるの?」
彼女の双子の妹セロシアは、自分の友達――ではないが妙な腐れ縁のあるヘイムダルの従者だ。同時期に従者になったことと、妹であるということロキとも親交はある。
目を見開いたロキに、フッラはまだ気づかないのか、と言いたそうな顔で口を開いた。
「ロキ、貴方は現界の日付というものを知っていますか?」
「人間が作った暦でしょ。一日を二十四時間として一年が三六五日。十二の月に分けたもの」
「そう、その通りね。では明日は何月何日かご存知?」
「え? そんなの分かるわけないじゃん。今が冬ってごとぐらいしか頭にないよ」
総じて神の住まう場所は季節感がない。山の方に行けば雪があったり、火山があって暑い場所も存在はするが、一年の間に気候が変動することはないのだ。
ロキの場合は、従者のセルリアが屋敷のインテリアや花を季節ごとに変えたりするので、最近ようやく季節の移り変わりを認識するようになったぐらいだ。
「こんの人でなし上司っ!!」
結論を出したロキの額めがけてナイフが飛んできた。当たっても銀製なので破傷風にはならなさそうだが、やはり痛そうだし、とロキは難なく受け止める。
「僕は人じゃないから『人でなし』と言われても頷くしかないんだけど。それに女の子がこんな乱暴しちゃダメだよ。せっかく姿形が可愛くても男は引いてしまうからね。あと当たったら脳みそ全部出ているところだ」
「こんな時でも甘い言葉を吐くなっ! っていうか出せ! 脳みそ全部出せ! あたしが全て綺麗に整理整頓してやるぅ!」
ウキーッ! と何か猿化して真っ赤な顔のフッラがはたきを振り上げていた。それを後ろから三人ぐらいが止めている。
「落ち着きなさいフッラ。ロキ、これ以上時間を無駄にすると貴方も後悔するだろうから、単刀直入に言います」
「ふうん、僕が後悔するようなことなんだ」
フリッグの厳しい視線を受け流して、ロキはにやりと笑った。それはそれで面白い。
だがロキは知らない。この後ひたすら後悔して奔走することを。
彼の笑みにも余裕なのか、フリッグは端的にロキの疑問を解消してくれた。
「明日はセルリアとセロシアの二十歳の誕生日です」
あれから二年たちました。




