もう一歩!(2)
「ねえ、どうしたらセルリアとロキ様みたいにできるのかな?」
こちらを見やる主従に、セロシアは小さく俯きながら聞いた。
「と、いうと?」
「だからほらつまり、さっきのお爺ちゃんと孫、みたいなことです」
「……引きずるね、君」
「じゃあ、無駄な会話、ですか?」
「日常会話だろうね、言うなら」
唯一ロキをからかえる『お爺ちゃんと孫』発言。それを連発しても、どうも気分が晴れなかった。
「ヘイムダル様とお話しないの?」
「う~ん、前よりはするかな? 何かあの言葉を気にしたみたいで」
「なんて言ったのさ」
「ビフレスト前の門の両側に立って『この距離って、あたし達の心の距離ですよね』って」
「うわ、言ったね~」
驚きつつも、なぜか妙に納得した顔でロキは言った。
「じゃあセロシアはヘイムダル様と『お爺ちゃんと孫』みたいな会話がしたいの?」
何の疑問も持たずそうセルリアに聞かれ、セロシアは考えてみた。その瞬間、ブルリと悪寒が背筋を駆け上る。
「いいいいいや、いい、いい! そんな会話。何か怖いよ。あの人の老後って縁側でボウッとしてるイメージだもん。ロキ様みたいだと怖い」
「何か引っかかる箇所があるけど……ところで縁側って何?」
「典型的な日本家屋に付随している物の名前です。部屋から地続きで、庭に面した所に作られてるんです。庭と一体化するよう木で作られた物が多くて、日向ぼっこには最適ですよ」
「へぇ、何だかのんびりできそうだな。今度作ってみようか?」
「え? いや、このお屋敷には合わないかと……」
「だからそういう会話がないんだよ~っ!」
ああ、もうっ! と喚いてセロシアはテーブルに突っ伏した。
「何かこう、言葉のやり取り? ちょっとした気の使い? それがないっ!」
「まあ、ヘイムダルは僕じゃないからね。僕達の会話は無理だよ」
「断言しないでくださいよ!」
確かに自分の主はロキじゃない。だからロキ達の会話は無理だ。先も言ったとおり、彼がロキみたいだったら怖い。
だが、ほんの少し、爪の先程で良いからこういう雰囲気を見習って欲しい、と思うのは罪だろうか?
「セルリアはさ、普段どういう生活なの?」
不貞腐れながらセルリアに問えば、彼女は考えながら話し始めた。
「え? そうね。えっと、朝起きて、朝食を用意して、ロキ様が起きてなかったら起こしに行って……」
「八割方は、起きてじないんじゃない?」
「どうして分かったの?」
こんの変態神っ、とばかりにギロッと睨みつければ、ロキはそ知らぬ顔でお茶をすすり続けていた。
「で、一緒に食事をとって、次が仕事でしょう。間に一回ぐらいお茶を用意して、しばらくしたら昼食を準備してまた食事をとって。午後からはお仕事のある日は仕事で、逃げ出したりするロキ様を追いかけたり……」
「仕事の時は逃げるのが多い、と」
「うん、それは困ってる」
彼は、絶対セルリアを困らせて楽しみたいだけである。
「でも見つからなくても夕方までに帰ってこられるから、お茶を出して仕事してもらって、夕食の準備をして、お食事して……それで終わりかな?」
「夕食後は一緒に喋ってることが多いよ」
「ああ、そうですね」
付け足したロキに彼女はポンッと手を叩いた。
「…………で、仕事がない日は?」
「え? えっと……」
「セルリアの勉強を見るか、魔法の訓練。息抜きの時は出かけることもあるね」
当たり前のように答えるロキ。
セロシアは体全体でテーブルの上に崩れ落ちた。
つまりこの二人、ロキがセルリアに仕事を命じるか、よっぽどの状況でない限り、本当に四六時中一緒にいるのだ。
(あたしのポジションだったのに……)
恨めしそうにロキを見上げれば、彼は余裕を含んだ笑みを見せた。殴りたい。
「あ、で、その、セロシアの方は?」
崩れ落ちた妹を心配して、セルリアはそっと頭をなでながら聞いてくる。やっぱり彼女の傍が一番安心できるなぁ、と改めて思った。
「朝起きて朝食を作る。ヘイムダル様はもういないから、一人で食べて残りを門に持ってく。後は門番するか、あの人に言われた仕事を部屋でこなすかだよ。昼食も同じ。その後はさっきの続き。夕食も同じようにして、んで、先に帰って寝てろって言われるから寝て終わり」
以上です。と、もう投げ出したようにセロシアは言った。
「ちなみに、机仕事のない日はずっと門の見張り」
「はぁ~、それはまたヘイムダルらしいというか何というか……」
そう言うロキは呆れを通り越して、感心してしまってるようにも見えた。
らしい。確かに彼らしいが、それに付き合わされるセロシアはたまったものではない。
もともとセロシアは、楽しく騒がしいことが好きだ。静寂が嫌いなわけではないし、仕事はしっかりやる心づもりだが、毎日があれでは息が詰まる。
まだ頭をなでてくれるセルリアに椅子ごと近づいて、その肩にもたれかかった。向かい側から視線が刺さっているけれど気にしない。
昔から二人は、何かあるとこんな風に寄り添っていたのだから。
「何で、セルリアとあたしが逆じゃなかったのかなぁ」
セルリアなら要領も良いし、あの無表情な主とも無言の会話ができるから、上手くこなしただろう。セロシアもロキのノリになら、反射神経で答えられる自信がある。
「いや、僕は君みたいな言うこと聞かない従者は要らないよ」
きっぱり切り捨てるロキ。言うにしても、もう少しオブラートに包めないのか。
「セロシア、そんなこと言っちゃダメよ。噂に聞いたけど、ヘイムダル様、セロシアを指名してくださったって聞いたよ。凄いことじゃない」
その言葉に、セロシアはバッと身を起こした。
「嘘、それホントなの?」
「そういう噂を聞いたけど……」
苦笑して首をかしげるセルリアから、ロキへと視線を移す。
「そうなんですか?」
「さあ? ヘイムダルのことを僕に聞かれてもね」
当たり前の返答だが、一向にこちらを見ないロキに不信感がつのる。
「何か隠してますね?」
ジト目で問うたが、彼は肩をすくめるだけでその後は口を開かなかった。
「とにかくそういう噂があるんだから、少しは自信をもって良いと思うの。ヘイムダル様は確かに分かりにくいけど喋らないわけじゃないでしょう? それにセロシアが女の子だから、どういう風に接して良いのか、いまいち分かってないんだよ。きっと」
「ああ、それ言える。今まで浮いた話の一つもない奴だったから」
言われてみれば、そうかもしれない、と思えてしまう。
だが彼のその戸惑いを解消するのにこの先何年かかるのか。その頃には、もう自分は辞めたいと思っているのでは? もしくは辞めてしまっている気もする。
「まあ、何とかなるんじゃない? 今はああだけど、昔は僕に怒鳴って突っこんでくる奴だったんだしさ」
「「え!?」」
驚愕の発言に、双子はそろってロキを振り向いた。
あのヘイムダルが怒鳴っていた? しかもロキに突っこんでいた? 想像できない。
しかし、昔そうだったのなら、今でもその部分が消えたわけではないだろうし。
「……分かりました。じゃあ、もうちょい突っついてみます」
「その表現はどうかと思うけど、まあ頑張れば?」
「何かあったら相談してくれて良いからね」
ロキを無視して姉に抱きつく。ばっちり目のあった彼に口パクで『セルリアに手出したら殴りますよ!』と言ってみたが、彼はただ笑うだけだった。
どの道、セルリアの天然さと鈍さがあれば、数十年は大丈夫な気はする。
「んじゃ、あたし戻るわ」
そう言って、セロシアは元気よくヒミンビョルグに向かって駆け出した。
今日は昼食を持っていかずに来てしまった。彼は気づいてないだろうし、神だから別に食べずとも良いのだが、どうにも気になる。夕食はヘイムダルが好きなエビフライでも作ってやろう、と。ちょっとした作戦を練ってみた。
真実は分からないが、噂があるのなら多少は自信を持っても良いだろう。
彼がわずかとはいえ自分に興味を持ってくれているのだ、と。
※ ※ ※ ※ ※
「ヘイムダルのことは噂になってるのに、何で僕の方はなってないんだ?」
「え? 何かおっしゃいました?」
「いや、何でもないよ」
「そうですか? それでは片付けて夕食の準備に入りますね。何かご希望は?」
「そうだな。今日は温かいものがあると良いな」
「それではシチューか何かにしましょう」
ニコッと笑ってセルリアはテーブルの上を片付け始めた。
ロキはそんな彼女とセロシアの去っていった方を見やる。
「よく分かったね。セロシアがヘイムダルとのことでここに来たって」
「まあ、双子ですし。生まれる前から一緒にいたわけですから」
「それもそうか……」
他人より、ましてや親子よりも深い繋がりをこの二人は持っているのだ。
「もともとセロシアの周りはたくさん人が集まってました。だから、あの子も今の暮らしに戸惑いがあるんだと思うんです。で、ヘイムダル様も戸惑ってるからすれ違って……」
そういうことなのだろう。たとえここに来るまでに、養成学校で一年間の勉強期間があるとはいえ、今までとまったく違う立場、環境にそうなじめるはずもない。
それをカバーすべきなのが主たる者なのだが、あの不器用なヘイムダルではままならないだろう。それに――
ロキは茶器を片付けるセルリアを眺めた。
「寂しいんだろうね。僕がとっちゃったから……」
「?」
こっちを向いて首を傾げるセルリア。顔つきは若干違うが、本当によく似ている。髪形と服装を変え、無表情なら浅い付き合いの者は見ただけでどちらか分からないだろう。そんな生まれる前からの半身を引き離したのはロキだ。
養成学校で二人を見た時、両方を従者にすることもできた。だが、ロキが選んだのはセルリアだけ。それは、未だに互いの道に分かれていない彼女達にとって、結構無体な真似だったのかもしれない。
「セルリアは寂しくないわけ? セロシアが傍にいなくて」
そう聞いてみれば、彼女はちょっと泣きそうな顔になった。それを見ればありありと分かる。彼女だって寂しいに決まっている。
「ずっと一緒じゃダメになるなって分かっていましたし……でも、すぐ会える距離にいられるのは嬉しいし……それにほらっ、ロキ様も良くしてくださいますから!」
二コッと笑う彼女を見て、ロキは溜息をついた。二ヶ月で変わるとは思っていなかったが、やはり彼女は自分を押し殺している。
「セルリア、本音を言いなさい」
きっぱり言って見下ろすと、セルリアは一瞬ウッとつまり、ポツリと言った。
「寂しい……です」
「はい、よくできました」
セルリアは頭をなでてもらいながら、そっとセロシアが去った方を見つめた。
「きっと、ヘイムダル様のことをもっと知りたいんだと思います。セロシア好奇心旺盛だし。それに少しでもヘイムダル様が答えてくだされば、何とかなるんでしょうけれど」
「そうだね~。っと、セルリアは僕のこと知りたいとか思わない?」
何なら色々教えるよ、と笑って言えば、セルリアもにっこり笑って
「はい、これからゆっくり知っていきたいと思います!」
爽やかに切り返された。他意はないのだろうが、胸に何か刺さった気がする。
「ああ、そう……ゆっくりね……」
ご飯作ってきますね、と去っていく彼女を見ながら、ロキはちょっとした寂しさを感じた。
「何か色々問題が山積みだな。しかもこっちまで巻き込まれそうだ」
セロシアとヘイムダル。二人とも問題はあるが、多分に悪いのはヘイムダルだ。セロシアが交流を試みているにもかかわらず、彼はそれを無碍にしている。自分から動くことも少ない。これではあんまりだとロキも思う。
「今度、何かあったら、さすがに真面目に釘を刺さないとな」
このままでは自分の従者を出張貸し出し、もしくは本当に交換なんてことになるかもしれない。悪いがそれはごめんだ。
まあ、今日の調子なら何とかなるかな、という甘い考えが、実は明日破られることになるのを、このロキ神は知る由もなかった。
ヘイムダルがエビフライ好き、というのは友人と話していてできたネタでした。
その経緯はもう忘れましたが(笑)
うちのヘイムダル様はエビフライが好きです。




