もう一歩!(1)
本編終了、二ヶ月後の話。
今回のメインはセロシアとヘイムダルです。
このお話には、北欧神話・ギリシャ神話などの神々が登場します。
ですが、小説に出るキャラクターとして描いておりますので、作者の想像による容姿、性格、生い立ちをしており、正規の神話に出てくる神々とはかけ離れております。
『あの神様はこんなんじゃない!』と思われる方もおられるとは思いますが、何卒、寛大な目で見ていただけますよう、お願い申し上げます。
別に、仲良く和気あいあいになりましょう。って言ってるんじゃないんですよ。
ただ、やっぱり付き合いってものには、ある程度の会話が要るわけで。
しかも、数年じゃないんですよ。数十年でもなければ数百年でもない。数千年。もしくは数万年。いや、数十、数百万年かな、もっとかもしれないんですよ、一緒にいるの。
別に信頼しろとか言いませんよ。そんなのまだ無理だろうし。
でも、少しぐらい知ろうとしたり、かまってくれたりしても良いんじゃないですか?
あたし、貴方様の従者なんですけどっ!
「ロキ様、お茶が入りました」
「ああ、ありがとう。セルリア」
爽やかな風が吹く庭で、優雅に足を組みながらロキはカップを受け取った。
「あれ? 今日なんかいつもと違う?」
「分かります? 今日はリンゴのフレーバーティーを淹れてみたんです……ロキ様はこういうのお嫌いですか? だったら淹れ直してきますけど」
「そんな事ないよ。初めてだったからね。人間界にはこういう物もあるんだ。うん、良い香り。ところで、もしかしてイドゥンのリンゴで作ったとか?」
「まさか! そんな恐れ多い事しませんよ。これは普通のリンゴです。でもイドゥン様のリンゴなら、さぞかし素晴らしい物ができるでしょうね」
「そうだね。それにセルリアのお茶は美味しいから」
「へ? い、いえ、私は別に。ただ淹れてるだけですからっ」
「そう? ああ、気持ちが違うんだね。僕の淹れてくれる時は素晴らしく美味しいよ。君の気持ちがこもってるから」
「あ、ありがとうございます……」
頬を染めて可愛らしく答えるセルリアと、優しげに見つめるロキ。
とても良い雰囲気だ。そこはかとなく良い雰囲気だ。
だがしかし、これを横で見ていて引きつらない者が、むず痒くならない者がいるだろうか? いや、絶対に、確実に、完璧にいない。
「ねえ、もうやめてくれる? そのお爺ちゃんと孫ごっこ」
ロキの正面に座り、テーブルに頬杖ついた格好でセロシアは憮然と言った。もちろん、その口元はヒクヒクと引きつっている。
痒い、非常にむず痒い。今すぐこのテーブルをちゃぶ台のようにひっくり返したくなるほど、痒い。
「お爺ちゃんと孫、って。セロシア、この状況を見たならせめて恋人ごっことか、おしどり夫婦ごっことか言えないの?」
「誰が言いますか! セルリアの恋人や夫がロキ様なら、あたしは問答無用でセルリア連れて実家に帰りますよっ!」
「セロシア、私達に帰る実家なんてあったの?」
「「いや、ツッコムとこそこじゃないし」」
お茶を出して座ったセルリアに、セロシアとロキはそろってツッコミ返した。
分かってない様子で首をかしげる姉に頭が痛くなる。
セルリアとセロシア。双子がそれぞれ従者になって半年が過ぎた。出だしから色々あり、それが解決して二ヶ月たったところだ。早いのか、それとも遅いのか。
神と人間が混じった自分達には、なんとも曖昧な時間経過だとセロシアは思った。
(セルリアと離れてるってこと自体、変なのよね)
セロシアはそっと息をつく。
双子だからか知らないが、二人はいつも一緒にいた。一日の内、離れていることなど数時間だっただろう。それが、神人になってからは一日、二日は当たり前に会わないこともあるし。長いと二週間ぐらい空くこともある。
神界に来た当初は、それでひどくモヤモヤした。情緒不安定だったせいもあるが、いつも傍にいてくれた人がいないのは少し不安だった。そして、自分が守ってきた人が他の奴に守られている、という状況にもムカついた。
「ん? 何だいセロシア?」
「い~え、何でもありません」
「何か棘あるなぁ」
三白眼で睨んでくるこの男。これが今、自分の姉を守っている奴である。いや、聞けば守っている、と言うより『面倒見てるんだよ』と返されそうだが。
この北欧神界でも有力な神の一人。ロキ神。
人間界での彼の解釈は『終焉』と『炎』を司り、『ラグナロク・偉大なる神々の運命』において神界に終わりをもたらす者、となっている。
事実、彼の力はそれぐらい大きいし、炎をよく使う。しかし、実際に会ったセロシアが受けた印象は、『善悪の意識が少ない子供』だった。
確かに長く生きているだけあって悟ったような言動もする。それでも、普段の彼はどこか子供のように見えるのだ。行動は悪戯じみていて、どうやらこの長く続く単調な世界で『刺激』のような役割をしているらしい。
実力は申し分ない。彼なら、早々セルリアを危ない目にあわせたりしないだろう。さらには顔も良ければ頭も良い。女性の扱いも心得ている。文句のつけようはないはずなのだが――
(その性格と手の早さだけで、莫大なおつりがくるっつぅの!)
セルリアの前であることと、後の報復が怖いのでセロシアは胸中で叫んだ。
姉は色々な事情が重なって男性恐怖症になっている。その状態にはセロシアも心配していたのだ。こっちに来てからもすぐに治るわけがなく、今でも男神にはあまり近づかない。
それがどうしたことか、二ヶ月前からこのロキには触れられるのである。
「他の男より、この人に触れる方がよっぽど危険だって……」
「セロシア?」
「何でもないよセルリア。あ、ねえそうだ。今度、人間界から有刺鉄線かっぱらってきて、部屋とベッドの周りに巻きつけてあげるよ。どっかの誰かに襲われないように」
「そうだね。ハデスとか来たら危ないよね」
いけしゃあしゃあとお茶をすすりながら言うロキが恨めしい。
「へえ、危ないのはハデス様だけですか?」
「ん? トールとかは一途だしね。まさかヘイムダルが来るとも思えないし」
「……もぉっと身近にいるんじゃありません?」
「フェンリルかい? あいつはあそこから動けないよ」
「……よくもまあ、つらっつら言葉が出てくるものですね~」
「そうやって生き抜いてきたからねぇ~」
この煌びやかな彼の笑顔なら、ほとんどの女は堕ちるだろう。眩しすぎるぐらい極上の笑みで返された。一方的な火花が二人の間に散る。
ふふふ、はははは、という二人の嘘くさい笑みはきっと端から見れば妙にぶきみだっただろう。
ちょうどその二人の間にいたセルリアは、空になったロキのカップにお茶を注ぎながらセロシアに向けて困ったように微笑んだ。この二人の雰囲気に、まったく怖気づいていないのが驚きだ。
「ところでセロシア。今日はヘイムダル様とどんなケンカしてきたの?」
「へ?」
いきなりそう言われて、セロシアはマヌケな返事を返してしまった。セルリアはそれを気にする事なく、彼女のカップにもお代わりを淹れる。こちらの視線から疑問を汲み取ったのか、セルリアはやはり困った笑みのまま口を開いた。
「だって、今日何だかイライラしてるし。でも最近、誰かに何かされたとか聞かないし。なら原因はいつも一緒にいるヘイムダル様かなって……」
「何だ、じゃあ僕は八つ当たりされていたわけか」
違った? と言う姉と、呆れたように息をつくその主に、セロシアはこの場に居辛くなった。
昔からこうだ。セルリアは聡くて、隠し事をしようとしてもすぐに気づいてしまう。
セロシアは、ハァッと重い溜息を吐くと、きょとんとこちらを見る二人を眺め、口を開いた。




