第三話 第一都市ランビリンス
ある日、俺は町の外で、これまでに見たことのない魔物と遭遇した。
巨像。
ゴーレムと呼ばれる存在だった。
その体は巨大で、全身が硬い素材で構成されている。人間と比べれば、その大きさは圧倒的だった。
しかも、一体ではない。
三体。
三体のゴーレムが、俺の前に立ちはだかっていた。
「……冗談だろ」
俺は思わずつぶやいた。
一体でも厄介なのに、三体もいる。
しかも、こいつらは普通の魔物とは違う。
防御力が高く、並の攻撃では大きな損傷を与えられない。
その強さは、Bランク。
この世界のBランクのゴーレム一体は、第二次世界大戦時代の戦車二両分に相当するほどの脅威とされる。
それが三体。
まともに正面からぶつかれば、苦戦は避けられない。
ゴーレムの一体が腕を振り上げた。
次の瞬間、巨大な拳が地面へ叩きつけられた。
轟音。
土煙が舞い上がり、地面が大きくえぐれる。
「うわっ!」
俺は後方へ飛び退いた。
危なかった。
直撃していたら、無事では済まなかっただろう。
俺は四十八本の剣を展開した。
剣が空中に広がり、ゴーレムたちを取り囲む。
「まずは、動きを止める!」
俺は剣を一斉に飛ばした。
剣がゴーレムの関節や腕に命中する。
しかし、硬い装甲に阻まれ、決定的な損傷には至らない。
「硬すぎる……!」
ゴーレムが腕を振り回した。
俺は剣を防御に回し、攻撃を受け流す。
一体目の攻撃を避けたと思ったら、二体目が迫ってくる。
三体目も、こちらの隙を逃さない。
数の差は大きかった。
俺は無理に攻撃を続けず、ゴーレムの動きを観察することにした。
すると、一つの特徴に気づいた。
ゴーレムの腕は、一定の動作のあと、肩の接続部にわずかな隙間が生まれる。
そして、その腕は本体から取り外すことができる構造になっていた。
「……なるほど。そういう仕組みか」
俺は四十八本の剣を分散させた。
正面から装甲を貫くのではない。
関節を狙い、動きを制限する。
ゴーレムが腕を振り上げた瞬間、剣を肩の接続部へ集中させる。
鉄化で硬度を高め、物質操作で角度を調整する。
ガキンッ!
接続部が破損した。
巨大な腕が、本体から外れて地面に落ちた。
「よし!」
一体の攻撃力が低下した。
だが、まだ終わりではない。
ゴーレムの王が存在するという情報を思い出し、俺は嫌な予感を覚えた。
この三体は、ただの魔物ではない。
何かの目的を持って動いているのではないか。
考え込んでいる暇はなかった。
残る二体が同時に襲いかかってくる。
俺は地面の土を操り、足元を盛り上げた。
二体の動きが、ほんのわずかに鈍る。
その瞬間、四十八本の剣が一斉に動いた。
関節を破壊し、腕を外し、体勢を崩す。
ゴーレムの巨体が傾いた。
そして、俺は最後の弱点を探した。
胸部の奥。
そこに、他の部分とは違う反応があった。
ゴーレムの心臓とも呼べる核だ。
「そこが本体か!」
俺は剣を一点に集中させた。
防御を崩し、胸部の装甲をこじ開ける。
最後の一撃が核を貫いた。
ゴーレムの体が停止した。
一体。
二体。
そして三体目。
最後の核を破壊したとき、周囲には静寂が戻っていた。
「……勝った」
俺は膝に手をつき、息を整えた。
勝利した。
だが、喜んでばかりもいられなかった。
倒したゴーレムの残骸から、気になる情報が見つかったのだ。
それは、ゴーレムの王が動き始めているという知らせだった。
しかも、その勢力はニア国へ向かっているらしい。
最初の部隊が、五か月後には第一都市ランビリンスへ到達するという。
「五か月……」
俺は考えた。
マルノからランビリンスまでは、馬車で四か月ほどかかる。
つまり、今出発すれば、敵が到着する前に現地へ行ける可能性がある。
俺はまだ八歳だった。
八歳の子供が、国を脅かす勢力に関わろうとしている。
冷静に考えれば、無謀だ。
だが、俺には物質操作がある。
戦うための技術も、少しずつ身につけてきた。
それに、何も知らないまま危険が迫ってくるのを待つわけにもいかない。
「……行くしかないか」
こうして俺は、ランビリンスへ向かうことを決めた。
出発の準備は、簡単ではなかった。
父と母は、俺がランビリンスへ向かうと聞いて、当然のように反対した。
「エレト、お前はまだ八歳だぞ」
父の声は、いつになく厳しかった。
「危険なのは分かっている。でも、ゴーレムの王が本当に国を襲うなら、何もしないわけにはいかない」
「それでもだ。お前一人でどうにかできる相手とは限らない」
父の言葉は正しい。
俺だって、自分が何でも倒せると思っているわけではない。
それでも、今できることを探したかった。
母は心配そうに俺を見つめた。
「必ず帰ってくるのよ」
「うん。約束する」
俺は二人を抱きしめた。
出発の日、俺は必要な荷物を馬車に積み込み、マルノを後にした。
四か月の旅。
長い道のりだった。
道中では、森や平原を通り、いくつもの町を経由する。
時には魔物の痕跡を見つけ、時には旅人たちと情報を交換した。
ゴーレムの王について尋ねても、詳しいことを知る者は少なかった。
ただ、気になる話は耳に入ってきた。
遠くの地域では、魔王たちが連盟を組み、互いに協力しているという。
その連盟に名を連ねる存在の一人が、龍人族の王だった。
龍人族の王は、ただの王ではない。
魔王として恐れられる存在だ。
そして、その王の勢力には、黒牛と呼ばれる存在も関わっているという。
黒牛は、人馬族を支配する王として知られていた。
それぞれの勢力が、どのような目的で動いているのか。
俺には、まだ分からないことばかりだった。
しかし、世界は俺が思っていたよりもずっと広く、そして複雑らしい。
旅が進むにつれて、俺は自分の知識がいかに少ないかを思い知った。
そんなある日、馬車が突然大きく揺れた。
「な、何だ!?」
御者が手綱を引く。
馬がいななき、馬車が急停止した。
前方に、人影が立っていた。
いや、人間ではない。
人間の上半身に、獣のような下半身。
鋭い角と筋肉の盛り上がった腕。
人馬族の魔物だった。
しかも、ただの人馬族ではない。
Aランク。
危険度の高い相手だった。
「全員、動くな!」
御者が叫んだ。
人馬族は、こちらを見て口元を歪めた。
「人間か。こんなところを通るとは、運が悪いな」
俺は馬車から降りた。
相手はAランク。
正面から戦えば、苦戦する可能性が高い。
だが、俺には一つ、試してみたい技能があった。
透明化。
ミラージュ。
光の進み方を操り、自分の姿を相手から見えにくくする技術だ。
俺は呼吸を整え、周囲の光を意識した。
体の周囲を通る光を曲げ、背景に重なるように調整する。
少しずつ、自分の輪郭が曖昧になった。
やがて、俺の姿は相手の視界から消えた。
「なっ……!?」
人馬族が周囲を見回す。
その隙に、俺は背後へ回った。
四十八本の剣を操り、逃げ道を塞ぐ。
「そこまでだ」
俺が姿を現した瞬間、人馬族は驚愕した。
「いつの間に……!」
俺は必要以上に戦闘を長引かせるつもりはなかった。
相手の武器を弾き、体勢を崩し、剣を喉元の手前で止める。
勝負は、一瞬で決まった。
人馬族は動きを止めた。
「……人間が、こんな力を」
俺は剣を下ろした。
「無駄な戦いはしたくない。ここを通してくれ」
人馬族はしばらく俺を見つめたあと、ゆっくりとうなずいた。
「いいだろう。だが、覚えておけ。黒牛様の勢力に逆らえば、いずれ災いが降りかかる」
黒牛。
また、その名前だ。
「黒牛は、龍人族の王に従っているのか?」
俺が尋ねると、人馬族は口を閉ざした。
「余計なことを知ろうとするな」
そう言い残し、人馬族は森の奥へ姿を消した。
俺はその背中を見送り、考え込んだ。
ゴーレムの王。
龍人族の王。
黒牛。
これらの存在が、どこかでつながっているのだろうか。
今は、まだ答えが出ない。
だが、ランビリンスへ近づくほど、世界の裏側が少しずつ見えてきているような気がした。




