第二話 超越者
超越者だと判明してから、数日が経った。
俺は、自分の能力を理解するため、毎日少しずつ訓練を始めていた。
とはいえ、三歳児にできることには限界がある。
重い物を持ち上げようとしても、体が追いつかない。遠くにある物を動かそうとしても、思いどおりには動かせない。
そもそも、物質操作という能力が、具体的にどこまでのことを可能にするのかさえ分かっていなかった。
「……難しいな」
俺は床に置かれた小石を見つめた。
動け。
そう念じてみる。
小石は動かなかった。
もう一度。
動け。
……動かない。
「うーん……」
もしかすると、能力を使うためには、何か条件があるのかもしれない。
俺は小石を手に取り、表面を観察した。
石の形、重さ、表面の凹凸。
頭の中で、石の形を想像してみる。
すると、不思議な感覚が生まれた。
石の存在を、手で触らなくても理解できるような感覚。
俺は、その感覚を逃さないように意識を集中した。
その瞬間。
小石が、ほんの少しだけ浮いた。
「おっ!」
驚いた途端、小石は床に落ちた。
コトン。
……できた。
ほんのわずかだが、確かに動かした。
俺は思わず拳を握った。
これは、練習すれば伸ばせる能力なのかもしれない。
そう考えていたとき、部屋の扉が開いた。
「エレト、何をしているんだ?」
父のローニスだった。
「能力の練習!」
「そうか。もう始めていたんだな」
父は嬉しそうにうなずき、手に持っていた小さな包みを俺に差し出した。
「これを、お前に渡しておこうと思ってな」
包みを開くと、中には小さな石が入っていた。
ただの石ではない。
表面には細かな模様が刻まれ、内側から淡い光が漏れている。
「これはルーンだ」
父が説明した。
ルーン。
この世界では、能力を補助したり、特定の効果を与えたりするために使われる石らしい。
ルーンにはいくつかの等級がある。
普通級、強級、希少級、超希少級、伝説級、神級。
そして、能力の熟練度や技能に関係する能力級も存在する。
等級が高いものほど希少で、強力な効果を持つとされていた。
「このルーンには、鉄化の効果がある」
「鉄化?」
「物を硬くするための力だ。お前の物質操作と組み合わせれば、何か役に立つかもしれない」
父は俺の目を見た。
「ただし、ルーンがあれば何でもできるわけではない。使い方を覚え、練習を重ねることが大切だ」
「うん!」
俺はルーンを大切に握った。
これがあれば、能力をもっと使いこなせるかもしれない。
そして、いつか自分の身を守れるくらい強くなれるかもしれない。
父が部屋を出たあと、俺は再び小石を見つめた。
今度は、鉄化の効果を意識しながら、石の表面を硬くするイメージを思い浮かべる。
すると、小石の表面に、かすかな光が走った。
「……おお」
成功したかもしれない。
俺は指で石を叩いてみた。
コン。
さっきよりも、硬い音がした。
小さな変化だ。
だが、俺にとっては大きな一歩だった。
この能力は、ただ物を動かすだけではない。
工夫すれば、物の性質にも干渉できる可能性がある。
俺は、その可能性を確かめるため、毎日訓練を続けることにした。
普通の人生を望んでいたはずなのに、気がつけば、俺は能力の研究に夢中になっていた。
……人間というのは、案外単純なものなのかもしれない。
訓練を重ねるにつれて、俺は少しずつ物質操作に慣れていった。
小石を浮かせる。
形を変える。
複数の物体を同時に動かす。
最初は一個を動かすだけでも精一杯だったが、毎日続けるうちに、二個、三個と扱える数が増えていった。
もちろん、失敗も多かった。
思った方向に飛ばせず、石が壁にぶつかる。
硬くしようとした物が、逆に砕ける。
集中力が切れると、操っていた物体が一斉に落ちる。
それでも、俺は諦めなかった。
そんな日々(ひび)が続いたある日、俺は父と一緒に町の外へ出ることになった。
「今日は、魔物が出る場所には近づかないようにしよう」
父はそう言った。
「分かった!」
俺は元気よく返事をした。
しかし、世界は俺の予定に合わせてくれるほど親切ではなかった。
森に近づいたとき、茂みの向こうから、不気味な音が聞こえた。
ガサッ。
ガサガサッ。
父の表情が変わった。
「エレト、下がれ」
「え?」
「俺の後ろにいろ」
茂みから現れたのは、二体の魔物だった。
毒牙獣。
鋭い牙を持ち、獲物に毒を与える危険な魔物だ。
二体は俺たちを見つけると、低いうなり声を上げた。
「グルルル……」
父が武器に手を伸ばす。
そのとき、俺は気づいた。
二体の動きには、わずかな癖がある。
一体が前に出ると、もう一体が少し遅れて動く。
連携はしているが、完全に息が合っているわけではない。
そして俺の腰には、訓練用の剣があった。
「お父さん、俺も戦えるよ」
「駄目だ!」
父の声が飛んできた。
「相手は毒牙獣だ。遊びではない!」
分かっている。
危険なのは、十分に分かっている。
だが、俺はただ守られるだけで終わりたくなかった。
自分の能力が、本当の戦闘でどこまで通用するのか。
その答えを知りたかった。
もちろん、無謀に突っ込むつもりはない。
俺は地面に落ちていた石を三個、物質操作で浮かせた。
「エレト!?」
父が驚く。
石を操り、敵の動きを妨害する。
それなら、直接接近しなくても戦える。
俺は三個の石を、毒牙獣の足元へ飛ばした。
一体が飛んできた石を避け、もう一体が一瞬だけ動きを止める。
その隙を逃さなかった。
俺は訓練用の剣を抜き、物質操作で刀身を支えた。
剣を自分の手だけで振るのではない。
能力を使い、動きを補助する。
さらに、鉄化の力を加える。
刀身が淡く光った。
「これで……!」
俺は剣を振り抜いた。
一撃が毒牙獣の動きを止める。
もう一体が俺に向かって飛びかかってきた。
速い。
避けきれない。
そう判断した瞬間、俺は地面の小石を操り、魔物の進路へ飛ばした。
魔物の体勢が崩れる。
その一瞬を利用して、俺は横へ飛び退いた。
そして、剣を構え直す。
戦闘は長く続かなかった。
二体の毒牙獣は、俺の攻撃と父の援護によって倒された。
静けさが戻った森で、俺は大きく息を吐いた。
「……勝てた」
手が震えていた。
怖かったのだ。
頭では冷静に考えていたつもりでも、命の危険を目の前にすると、体は正直だった。
父は俺の肩をつかんだ。
「無茶をするな。お前が強い能力を持っていても、命は一つしかない」
「……うん」
俺はうなずいた。
父の言葉は正しい。
勝てたからよかったものの、判断を一つ間違えれば、今頃どうなっていたか分からない。
その後、俺は戦闘で得た経験を振り返り、能力の使い方を見直した。
武器を強化する。
石を飛ばす。
敵の動きを妨害する。
複数の物体を組み合わせる。
単純な能力でも、使い方によって戦術は大きく変わる。
そのことを、俺は身をもって学んだのだった。
第三話 四十八本の剣
それから、俺はさらに訓練を重ねた。
物質操作で操れる物体の数を増やし、より細かな動きができるように練習した。
剣を一本操る。
二本。
三本。
一本ずつ増やすたびに、集中力の使い方を工夫する必要があった。
それでも、俺はやめなかった。
剣が一本しかなければ、一方向からしか攻撃できない。
しかし、複数の剣を同時に操れれば、敵の正面だけでなく、側面や背後からも攻撃できる。
守りにも使える。
相手の攻撃を剣で受け止め、その隙に別の剣で反撃することもできる。
もちろん、剣の数が増えれば、それだけ制御も難しくなる。
だが、俺は一度に複数の物体を認識し、それぞれに異なる動きを命令する方法を身につけていった。
やがて、俺は魔力を強化するルーンを手に入れた。
その効果は、俺の能力に大きな変化をもたらした。
扱える物体の数が増え、長時間の制御にも耐えられるようになっていく。
訓練を続けるうち、俺の魔力は二十八万にまで達していた。
そして、俺が同時に操れる剣の数は、四十八本にまで増えた。
四十八本。
自分でも、なかなかの数だと思う。
目の前に四十八本の剣が浮かび、俺の意思に従って整然と動く。
一本もぶつからず、無駄な動きもない。
剣が円を描き、次の瞬間には一斉に前方へ向きをそろえた。
「……よし」
俺は満足してうなずいた。
これだけ操れれば、相当な敵にも対抗できるはずだ。
ただし、ここで調子に乗ってはいけない。
剣が四十八本あっても、相手がそれ以上の速度や防御力を持っていれば、簡単に勝てるとは限らない。
強い敵ほど、能力の使い方が重要になる。
そして、その考えが正しかったことを、俺はすぐに知ることになった。




