第一話 物質を操る能力
第九話くらいから、力入れまくるんで期待して下さい!
人生というものは、思いどおりにならない。
それは、俺が前世で学んだ数少ない教訓の一つだった。
努力すれば必ず報われるわけではない。真面目に生きていても、理不尽な目に遭うことはある。望んでいない出来事ほど、なぜか絶妙なタイミングでやってくる。
……だが、さすがにこれは予想外だった。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
誰か、俺を止めてくれ。
いや、正確には、俺の口を止めてくれ。
頭の中では、必死に冷静な言葉を並べている。なのに、口から出てくるのは赤ん坊の泣き声だけだった。
俺は今、誰がどう見ても赤ん坊だった。
手を動かそうとしても、思うように動かない。起き上がろうとしても、首すら満足に支えられない。
それなのに、頭の中には自分が自分であるという感覚が、はっきりと残っていた。
俺は、どうやら別の世界に生まれ変わったらしい。
どうしてそうなったのか。
前世で何があったのか。
考えようとすると、記憶は霧の向こうへ遠ざかってしまう。
少なくとも、今の俺に分かるのは、ここが以前に暮らしていた場所ではないということだけだった。
「元気な男の子ですよ」
柔らかな声が聞こえた。
俺を抱いているのは、一人の女性だった。疲れているはずなのに、その顔には穏やかな笑顔が浮かんでいる。
その隣には、ほっとした様子の男性が立っていた。
「ありがとう。本当にありがとう」
男性は女性の手を握り、それから俺の顔をのぞき込んだ。
「お前が生まれてくるのを、ずっと待っていたんだ」
……どうやら、この二人が俺の両親らしい。
「名前は決めてある」
男性は、少し照れくさそうに笑った。
「ヴァラシーム・エレト。お前の名前だ」
ヴァラシーム・エレト。
それが、この世界での俺の名前だった。
父親の名はヴァラシーム・ローニスというらしい。
母親は、俺の頬を優しくなでた。
「よろしくね、エレト」
その声を聞いた瞬間、俺の胸に不思議な感覚が広がった。
前世でどんな人生を送っていたのか、すべてを思い出せるわけではない。
それでも、今の俺は確かに、この二人に愛情を注がれている。
だったら。
この人生を大切にしよう。
せっかくもう一度、生きる機会をもらったのだ。
今度こそ、平穏に暮らしたい。
大事件に巻き込まれることもなく、命がけの戦いをすることもなく、家族と笑いながら生きていく。
それが、俺の新しい人生の目標になった。
……このときは、本気でそう思っていた。
まさか三年後、その目標が盛大に崩れ去るとは、夢にも思わなかった。
三年という時間は、長いようで短い。
赤ん坊だった俺は、少しずつ歩けるようになり、言葉も覚え、簡単な会話ならできるようになった。
そして、三歳になった俺は、この世界について少しずつ学んでいた。
俺が暮らしているのは、ニア国の第三都市、マルノ。
町には石造りの建物が並び、商人たちが道を行き交い、見慣れない道具や食材が店先に並んでいた。
魔法が存在し、魔物が人々(ひとびと)の脅威となり、職業によって人間の能力が大きく変わる世界。
前世の常識だけでは、到底理解できないことばかりだった。
「エレト、こっちへおいで」
ある日、父に呼ばれた俺は、家の中を小走りで移動した。
「なに、お父さん?」
「今日は、この世界の職業について教えておこうと思ってな」
父は椅子に座り、俺を自分の前に座らせた。
「人間には、生まれ持った適性がある。三歳になると能力診断を受け、自分の職業を知ることができるんだ」
「職業って、仕事のこと?」
「似ているが、それだけじゃない。職業によって、戦い方も、得意なことも変わる」
父は指を一本立てた。
「まずは魔導士。遠くから魔法で攻撃するのが得意だ。ただし、敵に近づかれると不利になりやすい」
二本目の指が立つ。
「剣士は近距離で強い。高い攻撃力を持つが、防御力は低い。攻撃を受ける前に、敵を倒す必要がある」
三本目。
「格闘士は攻撃と防御のバランスがいい。ただし、どちらも専門職には及ばないことが多い」
四本目。
「盗賊は素早さが武器だ。動きの速い戦闘や、相手の隙を突く戦いを得意とする」
五本目。
「僧侶は仲間を支える職業だ。後方から回復や支援を行い、失われた命を蘇生させる力を持つ者もいる。高位の僧侶だけが使えるパニッシュメントという魔法は、敵を消滅させるほど強力だ」
最後に、父は六本目の指を立てた。
「そして絶防。一般にはタンクと呼ばれている」
「タンク?」
「敵の攻撃を受け止める役目だ。攻撃力は低いが、物理攻撃にも魔法攻撃にも強い。仲間を守るために欠かせない存在だよ」
なるほど。
遠距離攻撃の魔導士。
高火力の剣士。
万能型の格闘士。
高速戦闘の盗賊。
支援役の僧侶。
防御役のタンク。
役割が分かれているのは、合理的だと思った。
「それなら、どの職業でも、頑張れば強くなれるの?」
俺が尋ねると、父は少し考えた。
「もちろん、努力は大切だ。ただし、職業によって得意な分野は違う。苦手なことを克服するには、それだけ工夫が必要になる」
「ふうん……」
俺はうなずいた。
正直、戦闘に関わる仕事なんて、できるなら避けたい。
この世界には魔物がいる。
それだけでも十分に怖いのに、わざわざ自分から危険に飛び込む理由がない。
できれば、普通の職業に就いて、平和に暮らしたい。
「ちなみに、お父さんは何の職業なの?」
「俺か? 俺は――」
父が答えようとした、そのとき。
母が台所から顔を出した。
「ローニス、エレトに怖い話ばかりしないでね。まだ三歳なんだから」
「いや、これは大切な知識だぞ」
「そうかもしれないけど、怖がらせたら駄目よ」
二人が言い合う様子を見て、俺は思わず笑った。
この家は、居心地がいい。
だからこそ、俺はこの暮らしを守りたかった。
どんな職業になっても、家族と一緒にいられるなら、それでいい。
そう思っていた。
少なくとも、明日までは。
第三話 超越者という最悪の結果
能力診断の日は、あっという間にやってきた。
朝から父は落ち着かなかった。
服を整え、俺の髪を直し、何度も「忘れ物はないか」と確認する。
いや、俺は三歳なんだけど。
忘れ物を気にする年齢だろうか。
「エレト、緊張しているか?」
「ちょっとだけ」
「そうか。大丈夫だ。何が出ても、お前は俺の息子だからな」
父はそう言って笑った。
その言葉に、俺は少し安心した。
診断の場所には、同じ年頃の子供たちと、その家族が集まっていた。
子供たちは緊張している者もいれば、はしゃいでいる者もいる。
その様子を見て、俺は心の中で祈った。
魔導士でもいい。
剣士でもいい。
格闘士、盗賊、僧侶、タンク。
どれでもいいから、普通の職業であってくれ。
強くなくてもいい。
特別じゃなくてもいい。
目立たず、危険を避け、静かに生きられれば、それで十分だ。
やがて、診断の順番が回ってきた。
判定者が俺の前に立ち、手をかざす。
「では、始めます」
淡い光が広がった。
最初は何も起きなかった。
ところが、数秒が経つと、光の色が変わり始めた。
判定者の眉が動く。
もう一度、手をかざす。
光が強くなった。
「……おかしいな」
その一言を聞いた瞬間、俺の背中に嫌な汗が流れた。
おい。
何が起きている。
普通に診断してくれ。
判定者は結果を確認し、慎重に口を開いた。
「この子の職業は……超越者です」
空気が止まった。
周囲のざわめきが、一瞬だけ遠くなった気がした。
「超越者……?」
誰かが小さくつぶやく。
父は目を見開いていた。
母は驚いた顔のまま、俺を見つめている。
判定者は、さらに説明した。
「六つの一般職とは異なります。超越者は、通常の職業の枠に収まらない、特別な分類です」
……終わった。
俺の平穏な人生、終了。
いや、まだだ。
職業が珍しいだけかもしれない。超越者だからといって、必ず戦わなければならないわけではないはずだ。
そうだ。
落ち着け、俺。
問題は、能力の内容だ。
「それで、エレトの能力は何なのですか?」
父が尋ねた。
判定者は、結果を見直した。
「物質を操る能力です」
「物質を……操る?」
父が聞き返す。
俺も心の中で、その言葉を繰り返した。
物質操作。
土や石、金属などを操れるのだろうか。
それとも、もっと別のことができるのか。
具体的なことは、まだ分からない。
しかし、もし本当に物質を自由に操れるなら、使い方次第では強力な能力になるかもしれない。
……問題は、俺がそれを使いこなせるかどうかだ。
「すごいじゃないか、エレト!」
父は俺を抱き上げた。
「お前は特別な才能を持っているんだ!」
母も笑顔で俺を抱きしめる。
二人が喜んでくれるのは、素直に嬉しかった。
けれど、俺の気持ちは複雑だった。
特別な才能。
珍しい職業。
未知の能力。
そんな言葉が並ぶほど、俺の望みからは遠ざかっていく。
「……普通に暮らすのは、難しいのかな」
小さくつぶやいた声は、誰にも聞こえなかった。
その日、俺は一つのことを決めた。
特別な職業になってしまったのなら、せめて能力をきちんと理解しよう。
自分の身を守れるようになれば、危険な目に遭う可能性も減るはずだ。
俺はまだ三歳。
先のことを心配しすぎても仕方がない。
まずは、自分に何ができるのかを知るところから始めよう。
こうして俺の訓練が始まることになった。
そして、俺はまだ知らなかった。
この世界には、俺の能力だけでは説明できない、奇妙な仕組みがあることを。
人は百歳に達すると、自分の望む年齢の姿を選べる。
一度選んだ姿は、その後、一生変わらない。
そして、いつか俺は、その法則と、伝説の勇者と呼ばれた自分の祖父に出会うことになる。
その再会が、世界の運命さえ揺るがすことになるとは。




