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好きな女の子と同じ高校に行くために自転車競技を始めたら光速スプリンターと呼ばれるようになっていました  作者: 中原圭一郎
全国高校自転車競技会 2年生編

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【外伝16】フランクフルトの夜

 3人の日本人の出ていった後、JJはエミリオに向き合った。

「エミリオ、今日はいい走りをしてくれた。最後はクルーゼとの調子の差が出たかもしれないが、勝ってもおかしくないレースだった」

「ありがとうございます」

 エミリオの返事には元気がない。だが、慰めと受け取られたかもしれないが、これはJJの本心だった。エミリオの走りを見るに、実力としては申し分ない。

「拾いものをしたな。フユキもそうだが、君もだ」

「それよりも、ワールドチームへの昇格を目指す話、本当なのですか」

「そうだ。正式にオーナーから連絡があった。我々も、それを見据えたレーススケジュールを立てていく。どれほど効率的にWCIポイントを獲得していくかが鍵だ」

 ワールドチームへの昇格は、ひとつ下のカテゴリにあたるプロチームの中から、獲得したWCIポイント数の上位が選ばれる。ポイントが取れそうなレースは全てエントリーしていきたいし、相手関係を見ながら、どのレースに注力するかも綿密に計画していく必要がある。

「既に5月ですが、現時点からで可能なのでしょうか」

「今年は無理でも、3年でいったん可能性を探るという形になるだろうということだ。私は来年には決めたいと思っている」

「来年、ですか」

「昇格争いの目下のライバルチームは、ローレル・カルフールだ。ツール・ド・フランスで5勝した名スプリンターのピーター・ウォーを獲得した。だからこそのフユキなのだ」

「まさか、あのピーター・ウォーにフユキをぶつけるつもりなのですか」

「直接二人が戦う機会は、それは出てくるだろう。胸躍る瞬間になる。だが、私が言ったのは、そういう意味ではない」

「どういうことでしょうか」

「いまキングには、勝利を期待できるスプリンターがいない」

「そこに関しては、そうだと思います」

「大抵のステージレースは、前半にスプリンターが活躍できる平坦コースが複数ステージ用意されている。言い方は悪いが、うちのチームはそういったスプリンター向けステージについては、ただ走っているだけ、という状況だ」

「はい」

「だが、そこに関しては、ローレルも似たような状況だった。だからこそ、彼らはピーター・ウォーという大物を獲得した。うちは、フユキが入ってくれば、同じような役割を期待したいと思っている。使うレースが重複するしてもいいし、しなくてもいい。効率よくWCIポイントを獲得でいるように考えていけばいい」

「うちのチームがピーター・ウォーにオファーを出しているという噂がありましたが、本当だったのですか」

 JJは、人の悪そうな笑みを浮かべた。

「ローレルというチームは、釣りあがったピーター・ウォーの契約金に、多くのコストを費やすことになった。我々は、彼を獲得することは出来なかったが、その分他の選手の補強やチームの運営に回せるお金がなくなったわけだから、それでいいだろう」

 ワールドチームに昇格すれば、ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャという三大グランツールへの出場が確約される。だが良い面だけではなく、出場が義務付けられるレースが格段に多くなり、同日に複数の個所で行われるレースに同時に出場しなければならないなど、複数チームの編成による選手やスタッフの頭数を増やさなければならず、資金的な負担ものしかかってくる。

 JJの考えを聞いたエミリオは黙り込んだ。

 やさしいだけではやってはいけない。味方には手厚いサポートを行い、敵には徹底的に厳しくする。それがJJのやり方だ。

「これからは、出なければならないレースも格段に増える。君にもフル稼働してもらう事になる。頼りにしているよ、エミリオ」

 そういうと、JJはチームバスの外に出て、スタッフにいくつかの指示を出した。


 フランクフルト空港の手荷物検査場前で、冬希と裕理は、搭乗手続き中の天野を待っていた。

「裕理さん、これを坂東さんに渡しておいてください」

 冬希は、賞金の入った封筒を手渡した。1000ユーロ入っている。

「いいのか」

「飛行機代とレースへのエントリー費用を出してくださったのは、坂東さんですから」

 厳密にいえば、飛行機代は坂東の父親のマイルから支払われているという話なのだが、坂東に返しておいても、間違いではないだろうと冬希は思っていた。

 キングのモーターホームでJJと話をした後、冬希は表彰式に出た。賞金のほかに、副賞でスポンサーから色々な賞品を受け取ったが、ジャガイモのような食料品やビールのような、未成年の冬希が受け取れないものは、チームに引き取ってもらった。それ以外の自転車用品などは、JJの方から高校の自転車競技部あてに送ってくれるということになった。今思えば、高校の正確な連絡先をJJは容易に手に入れるために申し出てくれたことではなかっただろうか。

「お前はよく頑張ったよ、冬希」

 賞金の入った封筒を懐に入れながら、裕理が言った。ちゃんと彼の兄に渡してもらえるのだろうか、冬希は少し不安になった。

「裕理さんは、諦めるの早かったですね

「お前結局のところ、どうするんだ」


「日本に戻って、学校の監督に状況を話してみます」

「相談、ではなくこういう話があったという事を知らせるだけか」

「はい。俺は自転車競技部の推薦で、高校に入学しているので、まずは筋を通さなければならないと思っています」

「律儀な奴だ。高校に入れてもらった恩がある、というのであれば、お前はもう十分に恩を返していると思うがな」

「恩があるから、というのとはちょっと違う気がしますが」

「お前のところの監督が、プロに行くなんざ許さん、と言ったらどうするつもりだ」

 監督の神崎はそういう言い方はしないと思うが、冬希がプロチームに加入という事になれば、今後の大会出場に影響があるだろうし、迷惑をかけることになるのは間違いない。ただ現状で、冬希は何にどの程度の影響が出るかもわかっていないのだ。まずはそこを確認するところから始めなければならないと思っていた。学校の事もあれば、家族のこと、そして彼女である春奈のこともある。細かいところも含めて、何一つ明確に出来てはいないのだ。

「冬希。日本で走っているチームは、WCIコンチネンタルチームだ。日本で走るプロ選手になろうと思ったら、コンチネンタルチームしかない。兄貴たちが走っているのは、フランスに本拠地があるとはいえ、それもコンチネンタルチームだ。そのひとつ上のカテゴリであるプロチームに加入できるのは大きなチャンスだと言っていい。コンチネンタルチームとプロチームの間には、大きな違いがあるからな」

「そこはなんとなく理解しています」

「高校の監督が、お前の今後のすべてを保証してくれるわけではないんだぞ。うちの兄貴にしても同じだ。最終的にお前と天野を自分たちのチームに入れたかったんだろうと思うが、兄貴たちもそれをわかっていたから、最後にはお前の判断に任せると言ったんだ」

「天野はどうするんですか」

「あいつはあいつで決めるさ。ああ見えてもあいつ、俺や兄貴に対しても、自分の意見をはっきり言ってくるぞ」

 裕理にしては珍しくまともなことを言う、と冬希は思ったが、口に出して茶化すのはやめた。自分の事を思って言ってくれているのがよく分かった。

 冬希の中に、少し感動にも似た感情が湧き上がってきていたが、当の裕理は急に頭を抱えて転がり始めた。

「ああ、兄貴からはお前と天野に海外で走る経験をさせろとだけ言われてたが、暗に兄貴たちのチームに入るよう話をつけろという意味だったはずなんだ。なんでこんなことになってしまったんだぁ」

 ソファーの上をごろごろ転がり、床に落ちて悶絶している。そこに天野が戻ってきて冬希に言った。

「裕理さんは?」

「おかしくなってしまった」

 冬希は、床に転がっている裕理を指さして言った。

「天野、戻ったか」

 裕理はゆっくり体を起こした。

「どうしたんですか?」

「何でもない。それより飯を食いに行こう。俺のおごりだ」

 懐から封筒を出して言った。賞金の1000ユーロの入った封筒。

 冬希は、ちゃんと坂東に渡してもらえるのか、一層不安になった。

 

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