表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きな女の子と同じ高校に行くために自転車競技を始めたら光速スプリンターと呼ばれるようになっていました  作者: 中原圭一郎
全国高校自転車競技会 2年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

403/409

【外伝12】三つ巴

 ヘルマンというコンチネンタルチームは、ラスティ・ジャスパーにとって、ようやく手繰り寄せた、細い糸のような希望だった。

 ドイツに本拠地がありながら、ジャンカルロ・パトレーゼという自転車好きのイタリア人が、半ば慈善事業のようなつもりで始めたという、若い選手を育成するためのチームに、欧州で走りたかったオーストラリア人のラスティは、抵抗もなく受け入れられた。

 子供の頃から体が小さく、力も弱かったため、よくいじめられていた。

 運動神経も悪く、タッチフットボールやクリケットも上手くできなかったため、前向きな気持ちで友人たちと付き合うことが出来なかった。

 ラグビーの試合を観戦した帰り、友人たちと自転車で競争をすることになった。ラスティの乗る自転車は、普通のシティサイクルであったが、特にのぼりで、他のだれも、ラスティについていくことができなかった。

 自転車にのめり込んでいった。

 地元のクラブチームに入り、誕生日に買ってもらったロードバイクで、大人たちに混じって走りつづけた。

 どんなスポーツをやっても人並みにできることがなかった少年が、大人たちとも対等にやっていけた。

 初めて、人に誇れるものを見つけた。

 もはや、自転車ロードレースしか、自分が生きる道はないと思えた。

 オーストラリア、ニュージーランドの同世代の、少なくともヒルクライムでは敵がいなくなった。

 トップカテゴリを目指すには、欧州に渡るしかなかった。自国の成績だけでは、欧州のチームから認められることが難しかったのだ。

 前期中等教育を終えると、すぐに自転車一つでドイツに渡った。オーストラリアとは、レース開催数が比べ物にならないほど多く、そのほとんどで勝つことで、ようやくコンチネンタルチームの1つから声がかかった。それがヘルマンだった。

 ヒルクライムでは、絶対的な強さを見せた。

 シチリア島のレースでも、山頂ゴールのステージでは勝ってみせた。

 総合優勝こそ、同じコンチネンタルチームであるハーネの、ディラン・クルーゼに譲ったが、のぼりでは負けていないという自負がある。

 今日もハーネは、オールラウンダーのクルーゼで勝負してくるだろう。ラスティは、プロチームであるキングのフランク・ブランデルよリも、クルーゼの方が今日のコースでは強いと見ていた。

 フランス人チームメイトのジャン・ルークが並びかけてきた。

「そろそろ上りだ。仕掛けるならここしかないぞ、ラスティ」

「頼む、ジャン。行ってくれ」

 ジャンは、すでに来月にオランダで行われる、WCIポイントのかかるレースでアシストとして出場することが決まっている。今日は足慣らし程度の予定であったはずだが、ラスティのアシストを積極的に買って出てくれていた。

 ジャンはシチリア島のレースでもラスティのアシストをしてくれており、それがジャンカルロ・パトレーゼの目に留まった。そのことを少なからず恩に感じてくれていた。

 決してキレのあるペースアップではない。しかし、ラスティの脚を使わせない、絶妙なペースアップで、キングの牽引する集団から抜け出すことに成功した。

 チームキングプロサイクリングから追ってきたのは、同年代のエミリオ・ロスだった。

「キングのエースはお前ということか、エミリオ・ロス」

「コンチネンタルチームだけが、新しい世代で戦おうとしているわけではないということだ。ラスティ・ジャスパー」

 エミリオが、ジャンとラスティを抜いて、先頭を突き抜けた。

 だが、すぐに二人はエミリオのチェックについた。

「アシストも連れずに、たった一人で出てきて、この俺と勝負できると思っているのか!」

 ハーネのクルーゼも迫ってきた。ここが勝負どころと見たのだろう。

「今度はクルーゼか!」

 エミリオが呻くように言った。

 クルーゼも、ラスティやエミリオほどではないが、若い選手だ。

「自分がプロチームだからと、私を甘くみるなよ。エミリオ・ロス」

 追い抜きざまにエミリオを一瞥してクルーゼが先頭に立つ。ジャンが再びチェックにつく。

 真後ろにラスティ。エミリオが続く。

 メイン集団では、コンチネンタルチームのグロッグがアタックを仕掛けたようだが、何事もなかったかのように吸収されるのが見えた。

 ラスティ、エミリオ、クルーゼの3人と勝負できるほどの選手は、そうそういるわけではない。

 メイン集団の動きを見たクルーゼが、脚を緩めた。

 抜け出した先頭グループは、再びジャン・ルークが牽引し、ラスティ、エミリオ、クルーゼの3者が同じ間隔を保ちながら、メイン集団を引き離しにかかった。


 迷いがなかったわけではない。冬希の動きは気になっていた。しかし、エミリオにとって、目の前にいるラスティとクルーゼの二人は、想像以上に強力だった。

 クルーゼは、シチリア島で行われたコンチネンタルサーキットのステージレースで総合優勝するほどのオールラウンダーだ。しかし、今はジャンとラスティという、ハーネの二人の登坂能力のほうが脅威だ。ここで引き離されれば、登りが終わった後も先頭交代しつつ、逃げ切られてしまう可能性がある。

 エミリオのアシストはいない。最終周のこの時点まで集団を牽引したことで、チームキングプロサイクリングのメンバーは、力を使い切っていた。

 それにしても、ジャンというヘルマンのアシストも見事なものだった。作り出す上りのペースは、エミリオにとってかなり厳しいものだった。

「プロチームの力はその程度か。エミリオ」

 そう言ったクルーゼは、まだペダリングに余裕があるように見える。

「舐めるな」

 エミリオは言う。しかし、コンチネンタルチームを甘く見ていた部分はあった。個人としては、クルーゼもラスティも、まだ底知れぬ力を持っている。

「まだ、ヘルマンに先に行かせるわけにはいかん。お前だってそうだろう、クルーゼ」

「私は、このレースは見物を決め込むつもりだった。お前が私を動かしたのだ。エミリオ」

 確かに、コンチネンタルチームのレースで十分に結果を残しているクルーゼが、WCIポイントも得られないこのレースで勝ちに行く意味はない。

 であれば黙って下がっていれば良いものを、という考えをエミリオは打ち消した。ここでクルーゼに負けるようでは、所詮はその程度だということなのだ。

「その程度の力で、私に勝てると思うなよ!」

 クルーゼは、エミリオを突き放した。同じオールラウンダーでも、登坂能力はクルーゼの方が数段上のようだ。

 先頭はジャン、ラスティのヘルマンの二人。少し間があいてハーネのクルーゼ。

 クルーゼがヘルマンの二人に追いつくのは時間の問題に見えた。エミリオはついていけない。

「まだ終われんのだ」

 力を使い果たしても追いつかねば、エミリオがそう決心しようとした時、後ろから声がした。キングのジャージ。

「力を貸してやる。だが、坂をのぼり切るまでだぞ」

 フランク・ブランデル。疲労の色が濃い。ここに至るまで仕事をさせすぎた。

「頼む」

「ついてこい。まずは奴らに追いつくぞ」

 フランクは、エミリオを牽引しはじめた。キングも二人になった。

 どこにそんな力が残っていたのか、と思うほどフランクの走りは力強かった。まるで平坦を走っているようなスムーズなフォームで坂をのぼっていく。エミリオも引き寄せられるようにペースが上がった。

 あっという間にクルーゼに追いつく。

「ブランデルか。もう貴様の時代ではないぞ!」

 クルーゼが言った。

「お前一人で勝てるほどキングは甘くないぞ、小僧」

 フランクが、並ぶ間もなくクルーゼを抜き去った。

 強い。

 これほどの男だとは思っていなかった。

 クルーゼも追いすがってくる。表情に余裕はない。

「ヘルマンに追いつくところまでは連れて行ってやる。エミリオ」

「しかし、ヘルマンとハーネのクルーゼを同時に相手をしなければなりません」

「お前は、このレースの最終的にどちらとの勝負になるか、想定はあるのか」

「ありますが、それが間違っていたら」

「良いんだ、エミリオ。決めてかかればいい。ハーネかヘルマンか。どちらと勝負になるか思い定めて、それに勝つための走りをすればいい」

 ヘルマンの二人に追いついた。驚愕の表情でフランクを見ている。

 エミリオは、なぜか自分が誇らしい気持ちになっていることに気がついた。

「俺はもう疲れた。あとは任せたぞ」

 フランクの小さくなった背中が、エミリオの脇を下がっていった。


 集団からヘルマンの二人が抜け出した。エミリオ、そしてハーネの選手が一人、それを追って行った。

 ヘルマンのアタックの切れがよく、エミリオとハーネの選手は一旦遅れた。

 ハーネの選手が追い、エミリオは離されて行った。

 集団からもう一人、キングの選手が抜け出し、エミリオと合流するとこれを引き連れ、前の3人に追いつき、下がって行った。

 先頭は4人。メイン集団をどんどん引き離していく。

 冬希は、全体の動きを把握していた。それ以上に詳細に把握する必要は、なにも感じなかった。強い選手が抜け出した。あとは個々の選手の強さの問題であり、チームが戦略を云々する段階は、もう終わったと言うことを意味していた。

「あれを追いかけるのは無理だ。力が違いすぎる」

「わかっているよ、天野。追いかけられても俺がついていけないところだった」

「あれがプロ選手というものなのだな」

 直線的に上っていくコースで、どんどん遠くなっていく4名の背中を、天野と冬希、そしてそのほかのメイン集団の選手たちは見送ることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ