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好きな女の子と同じ高校に行くために自転車競技を始めたら光速スプリンターと呼ばれるようになっていました  作者: 中原圭一郎
全国高校自転車競技会 2年生編

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【外伝11】狂気

 メイン集団を牽引するチームメイトのマニー・ヘルナンデスの仕事ぶりを見て、フランク・ブランデルは、使える男だ、と思った。

 逃げ集団に追いつきたくない連中がふたをする形でどん詰まりになっていたプロトンは、今では縦長に伸び、力不足のサイクリストたちは次々とふるい落としていっている。

「どこまで引っ張ればいい、フランク?」

 マニーが脇の間からフランクを振り返って言った。

「しばらく、今のペースで。もう少し集団を絞りたい」

「逃げ集団に追いつくぞ」

「かまわん。吸収してしまっていい」

 脚を使い果たした逃げ集団など、存在意義はない。このペースならば、コンチネンタルチーム達も、アタックする余地は無い。

 マニーの牽引するプロトンは、散り散りになって下がってくる、逃げ集団にいた選手たちを飲み込み、最後にコンチネンタルチームから逃げに乗っていた4人も吸収した。

 直後、エミリオを含む、チームキングプロサイクリングの6名が先頭のマニーとフランクに合流してきた。たった一人で牽引するマニーに対して、6名は細かいローテーションを行う事でほとんど息を乱すこともなく追いついてきた。

 フランクが驚いたのは、エミリオが残り全員を引き連れて先頭に戻ってきたことだ。これはフランクがほとんど予想していなかったことだ。

 スタッフが変な気を回した結果、ミーティングにも呼ばれなかった、そんな男がチームの中心になりつつある。

 自分とは違う、とフランクは思った。

 20代前半でWCIワールドツアーのステージレースを一度、総合優勝した。たまたま調子が良かっただけだ。フランク・ブランデルという名を世界的に有名にした出来事だったが、他の優勝候補の不調にも助けられたと思っている。

 たびたび、チームのエース的な立場に据えられた。だが、結果は出せなかった。いいところまでは行くこともあったが、勝つということは、それほどまでに難しいことだ。

 人付き合いは、得意な方ではない。チームを率いるリーダーシップを自分が備えているとは、どうしても思えなかった。

 エミリオは、不貞腐れて、常に不機嫌な顔をしている、という印象しか持ってなかった。上手く流れに乗れている時、この男はこれほどまでに力強さを発揮するのか、とフランクは羨ましく思った。自分には持てなかった才能だった。

「フランク、このレースは俺は勝ちたい」

「覚えているよ、エミリオ。やってみせろ」

 たやすく勝てるとは思わなかった。4つのコンチネンタルチームがどこまで本気で勝ちにくるかにもよるが、全てを相手にすることも、覚悟しておかなければならなかった。

「フランク、他のチームが先頭交代に加わったタイミングで仕掛けてくれ」

「俺はもうそういう仕事をやりたくない。自分で駆けるのではなく、レース全体をコントロールする役割を担う年齢になっているんだ」

「そこは諦めるんだな。プロの自転車ロードレーサーになった時から、俺たちは走り続ける以外の道はないんだ。引退するまではな」

「厳しいことをいう」

「誰でも歳はとっていくだろう。だが誰もが老け込んでいく必要はない」

 フランクは、エミリオの目を見た。

 自分が、あと10年若ければ、と思わずにはいられなかった。

 エミリオが持っていた身勝手さ。それはある種の鋭さに変わっていた。


 コンチネンタルチームであるヘルマンの選手が一人、先頭交代に加わった。プロチームのキングの選手のトレインの前に出た形だった。その瞬間、キングのフランク・ブランデルがアタックした。そしてすぐに吸収された。

「見えたか、天野」

「見えた。青山はどうだ」

「見えたよ。紫のジャージ、青いジャージ、あと黄色いジャージもだ」

 冬希は指差した。

「ああ。ハーネ、ヘルマン、グロッグだ」

 天野は言った。

 チームキングプロサイクリングのエースであるブランデルのアタック時、吸収されるまでの一瞬だったが、間違いなくマークに行く動きをした。

 それが勝ちに行く意思のある3チーム。

 多い。だがどこも動かないよりはマシだと冬希は思った。キング以外にこのレースをとりに行くチームがなければ、冬希たち自身が動かなければならない展開となるところだった。

「いつでも仕掛けられる位置へ」

「ダナーの選手の後ろにはつかないようにしなければな、天野」

 コンチネンタルチームで唯一、ブランデルのアタックに反応しなかったダナーは、おそらく軽い足慣らし程度のつもりで出ているのだろう。走りにある程度、満足すれば、集団から千切れていく可能性が高い。ダナーの後ろにつければ、巻き添えで一緒に千切れてしまい、追いつくのに余計な脚を使うことになる。

「ペースが緩んだ。少し前に上がるぞ、青山」

「任せるよ。俺は勝負どころまで脚を溜めることに専念する」

 ゴール前までの位置どりを、冬希はすべて天野に任せることにした。信頼している、というより、勝つためには他に方法がない。

「ブランデルの動きは、無視していいんだな、青山」

「ああ、キングは最終的にはエミリオ・ロスで勝負してくる。キングのあらゆる動きは、全てエミリオ・ロスを勝たせるということに帰結する」

 ブランデルの中途半端なアタックも、キングが他のチームの動きを見るために行った、というのであれば説明がつく。

 想定外のタイミングで本命チームのエースが動けば、このレースで勝つことを目標としているチームは、どこか不自然さを見せるはずだ。エミリオも冬希たちとは違った場所から、それを見ていただろう。

 冬希は、エミリオが自分を見て笑っていた意味を、考えはじめていた。


 フランクのアタックで、一瞬メイン集団が動いた。しかし、フランクが再び集団に飲み込まれてからは、そのことがなかったように、静まり返っていた。

 フランクのアタックが本気ではないことは、多少注意して見ていれば、アマチュアにもわかることだった。

 エミリオとしても、フランクを様子見のアタックだけで使い潰す気は無かった。まだまだやってもらわねばならないことがある。

 アタックを終えて、フランクが下がってきた。息一つ切らしていないところは、さすがというべきだった。

「またペースがゆるみ出したぞ、エミリオ」

「メリハリがある展開にしたい。キレのあるアタックが生きる」

「お前の戦い方に、とやかくいうつもりはないのだ。集団スプリントはリスクが高い。どこかの段階で抜け出して、差を広げ、勝つ。当然の考えだ」

「理由はそれだけではないんだ。フランク」

「理由はどうだっていい。ただお前の戦い方を聞いて、それと向かい合うだけだ」

「話しておきたいのだ。敵についてだ」

「敵はコンチネンタルチームのエースたちではないのか」

 エミリオは、身震いするような気持ちをおさえていた。

「一人、獲物を狙う猛禽のように、遠くから一撃を狙っている男がいる」

「なんだと。どういう選手なのだ」

「わからない。パンチャーなのか、クライマーなのか、スプリンターなのか、脚質もわからない。クライマーにしては背が高く、スプリンターにしては体が細かった」

「おい、エミリオ。その程度の話で」

「ただ一つ確かなのは、その男に戦う機会を与えたのは、俺だということだ。俺がその危険な男を勝負の場に引き込んだ」

「なぜそんなことをした。お前はこのレースに勝ちたかったのだろう」

「その男がいなければ、俺はレースに出ずに帰っていただろう。チームも辞めていたと思う」

 エミリオがジャージを与えた男は、驚くほどきれいなフォームで走っていた。良いトレーナーに育てられたのだろう。

 そして震え上がるほど、鋭い気を放っていた。

「フランク、俺は愉しくなったのだ。自転車に乗ることがだ。このレースは俺にとって大きな糧になるだろう」

「メンバーに指示を通すところは、きちっとやってくれ。エミリオ」

 これ以上話すことはない、とでもいうかのように、フランクは離れていった。

 最終周であることを知らせる鐘が、メインストレートで鳴らされている。

 まだ20km以上もある。

 しかし、鐘に追い立てられ、集団は活性化していった。

 それはまるで、巨大で鈍重な生き物がうごめくようだった。

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