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好きな女の子と同じ高校に行くために自転車競技を始めたら光速スプリンターと呼ばれるようになっていました  作者: 中原圭一郎
全国高校自転車競技会 2年生編

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【外伝10】急転

 序盤は一列だった集団が、残り1周半の時点で二列、三列と幅を増し、それに比して集団内の密度が高くなりつつあった。原因はわかりきっていた。

「ペースが上がらないな」

 冬希の前を走る天野が言った。

 スローペースでの走行を続けるメイン集団に、次々後続の選手たちが追いついてきた。集団は肥大化を続けている。

「まずいな」

 これ以上密度が上がれば、集団前方への進出が難しくなる。選手同士の接触による落車の危険性も上がる。決断を迫られているという事だ。

「調子はどうだ」

 きいておかなければならない事だった。

 冬希と天野の間に上下関係はない。同じ学年であり、どちらもチームのエースとしての立場で戦った。どちらがこのレースで勝ちに行き、どちらがアシストに回るか、坂東からの指示はない。自分たちで決めろということだと思っていた。

「実は背中が痛む」

「なに」

「厩舎で馬の飼料を運ぶ手伝いをやっていた時、だんだん肩から背中が硬くなった気がする」

 手伝った天野を責めるつもりも、決して厩舎を責めるつもりもない。滞在場所を提供してもらうお礼に自主的に手伝った。ただ、普段使わない筋肉を使った分、そこに想定外の負荷がかかった。冬希の未経験があることだった。体を絞っていた時期、ウォーターサーバーの水を替えるために10kg程度の水を持ち上げただけで、背中に凝りが残った。

「呼吸は問題ない。調子自体は悪くないんだ。アシストなら普段通り戦えると思う」

「わかった。俺が勝ちに行くという方針としよう」

「すまない」

「いいさ。スプリントなら俺で、アタックして押し切る展開なら天野が勝ちに行く、という流れが一番良かったのだろうが」

 現状では、どちらの流れになるか、判断がつかなかった。前の方がどうなっているか、冬希たちの位置からはわからない。だが、冬希は勝つために動き始めなければならない。

「少し、前に上がっておきたい。いつでも仕掛けられる位置に」

「今は密集しすぎている。前に上がるにも隙間がない。ペースが上がれば、もう少しバラけ始めて、前に上がりやすくなるのではないか」

「ペースが早くなれば、前にとりつくのに脚を使うことになる。レースが動く前に、少しずつでも上がっておいた方がいいだろう」

「わかった。少しずつでも、前に行こう」

 天野は、前を走る選手たちの間を見つけては、そこに入り、徐々に冬希のポジションを引き上げていった。


 レースのペースをコントロールする仕事は、唯一のプロチームである、キングプロサイクリングが果たさなければならない。チームリーダーであるフランク・ブランデルにそのつもりがなかったわけではない。しかし、市民レーサーも混在し、無線の使用も禁止されているこのレースで、計画を前倒してメンバーを集合させることは困難だった。チームは、残り1周のホームストレートまでに先頭に集合するという計画が、レース前のミーティングで周知されている。

 逃げ集団がたれるのが早すぎた。だらしない、とフランクは舌打ちを禁じ得ないでいた。ほとんどがアマチュア連中とはいえ、かなりの人数で逃げさせたはずだった。コンチネンタルチームの選手も一人ずつぐらい逃げに乗るのを容認した。だが、その意味もなかった。

 逃げ集団を吸収してしまえば、アタック合戦が始まり、それこそ収拾がつかなくなる。逃げ集団との距離を保つことを意識した結果、メイン集団はどん詰まりになってしまった。

 どうするべきか考えている間に、エミリオが、フランクの位置までやってきた。チーム一番の期待の若手だという。

「フランク、集団のペースが遅すぎる。密集しすぎて危険な状態だ。なぜ集団のペースを上げない」

「うちのチームは、残り1周で先頭に集まる計画になっている」

「そうなのか」

「知らなかったのか?」

「俺はミーティングに出ていない」

「なぜ出なかった。マネージャーから連絡がいっていたのではないのか」

「俺のところに連絡は来なかった」

 フランクは、それ以上エミリオに何も言えなかった。

 エミリオがミーティングにいなかったことに気づけなかった。チームリーダーとして責任がないとは言えない。

 忌々しい気持ちでいっぱいだった。

 今日、参加している選手たちは全員若手で、フランクのアシストにどうかと、フランク寄りのチームスタッフが集めたメンバーだ。初めて見る顔も少なくなかった。フランクは今年で37歳になる。実績だけはあるベテランに、気を遣うスタッフは少なくない。スタッフが意図的にエミリオを除外しようとしていることに、フランクはようやく気づいた。

 チームを牽引するエースを引き継ぐなら、エミリオのような男にするべきだと、フランクは常々思っていた。スタッフは、自分たちが盛り立ててきたフランクのポジションを脅かすエミリオを攻撃することを選んだということだ。

「状況はわかった。エミリオ」

「どうするか決めてくれ」

「すぐにチームメンバーを私のところに集めてくれ」

「フランク、俺はこのレースに勝ちたいんだ。WCIポイントもつかない、アマチュアも一緒に走っているようなこのレース、あんたにはどうでもいいと思っているかも知れないが」

「お前の考えはわかった。だが、メンバーを集めるという仕事はやってくれ」

 エミリオは不満そうな表情はしていたが、フランクの目を見て頷くと、集団を下がっていった。

 4つのコンチネンタルチームは、逃げに選手を送り込んでいる。メイン集団を牽引するつもりはなさそうだ。

 メンバーを集めたら、キングプロサイクリングはメイン集団を牽引、逃げ集団を吸収し、そのまま先頭を牽引したままゴールまで突っ走る。それ以外の選択肢がなくなったことを、フランクは理解した。


 集団の中を下がっていると、密集している集団の中においても、自然と道が出来ていった。

 これがキングというプロチームのジャージの力だとエミリオは思った。グランツールにすら出場するチームの選手に接触し、落車でもさせたならば、欧州のレースでは走れないと本気で信じられている。畏怖されている。そしてきっと近づきたくない、と思われている事だろう。

 しばらく下がると、最初の、同じジャージのチームメイトを見つけた。

「マニー、前へ上がってくれ」

「先頭に集まるのは、まだ先だぞ」

「それは、フランクからきいた。プランを前倒しする。これはフランクの指示だ」

「フランクの?」

「そうだ。密集した集団を縦に伸ばしたい」

「今、フランクのそばにはだれがいる」

「誰も。もともと俺しかいなかった。そんなのおかしいだろう。お前たちは、フランクのアシストとして今回のレースにエントリーされたはずだ。だれも近くにいないなんて馬鹿げている」

 マニーの表情が驚きにかわった。

「だれかがついていると思っていたんだ」

 エミリオは心底呆れていた。寄せ集めのメンバーなど、そういうものかもしれない。何度も組んでいたメンバーならば、もっと役割分担も明確になっていただろう。

「マニー・ヘルナンデス。フランクのところまで上がったら、集団の先頭に出てペースを上げろ。集団をもう少し引き伸ばすんだ」

「エミリオ、お前はこのチームのリーダーにでもなったつもりか」

「俺は残りのメンバーを集めて、先頭まで連れていかなければならないのだ。この集団の状態では、それにもリスクが高すぎる」

 マニーは、視線を下げて考え込んだ。

 自分の意見の正しさを認めた、とエミリオは思った。

「こういったらいいか、マニー。俺はフランクに、このレースを勝ちにいきたいと言った」

「なんだと、フランクは何と?」

「わかった、とだけ」

 マニーは少し考えこんだが、そうか、と小さく頷いて、前へ上がっていった。

 チームの利益を優先し、自分が何をすべきかをとっさに判断したマニーは、さすがと言えた。

 自分の主導権を主張できた。大きな収穫だった。

 他の5名のチームメイトに対しても、同様に自分の指示に従わせることができれば、このレースだけではなく、今後もチーム内で自分が中心人物であることを認めさせることができるはずだ。

 諦めかけていたレース。消えかかっていた闘志に火がつくのを感じた。

 エミリオは、もう前方に意識を向けるのをやめ、後ろのメンバーを集めるため、集団の中を下がっていった。


 集団の動きが急に変わった。それは冬希にもはっきりわかった。

 ペースが上がったのだ。

 それ以外にもある。

 50mほど前、冬希たちがペースメーカーにしていたチームキングプロサイクリングのジャージの選手。

 複数のキングのメンバーが下がってきて合流する。6名になった。

 最後方の選手がこちらを見ている。

 エミリオ。

 そのまま、他のメンバーに牽引され、上がっていった。

 冬希にはわかった。

 エミリオは、こちらを見て笑っていた。

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