40.5話 ~魔国にて side神崎葵~
目が覚めると見知らぬ天井が出迎えてくれた。
そもそもこの世界で知っている場所など限られているから、知らない天井であっただけマシと言えるわね。
もし私の記憶にある天井だった場合、ここはヒューマン国であり脱出は失敗に終わったことを意味するから。
体を起こすと痛みが走ったがどうやら適切な治療がなされているようで、動けない程ではなかった。
だけど戦闘はできるレベルではないので今の私は無力ね。
状況から察するに私はどうやらどこかの国の客室に寝かされていたらいしい。
比較対象がヒューマン国しかないのでわからないけど、少なくとも無駄に華美な部屋ではなく機能性を重視した部屋に感じられる。
寝かされていたベッドに体を拘束されていなかったことから推察するに、今の私の対場は良くて客人悪くて捕虜かしらね。
それよりも私はこれからどうするべきかしら? 出来る事ならアリアを捜索したいけれど現状それも可能かどうか・・・
「カチャ」とドアの鍵が解除される音がしたので反射的にそちらに目を向けると、そこには1人の魔族の女性が立っていた。
どうやらここは魔族領らしい。これで私の今の立場は捕虜で確定したわね。
もしこれで聖女だとバレたらどんな扱いを受けるのかしら? 抵抗手段がないから背筋が震える。
「そんなに怯えなくとも我々はあなたに拷問などはしませんよ? ヒューマン国で召喚された聖女、神崎葵さん」
「!!」
正直比喩でもなんでもなく心臓が止まるかと思った。
私が聖女であることもそして実名までも掴まれている。手元に武器もなく怪我も完治していない状態でどう動くか。そんなことを思考しながら目を動かしていると・・・
「安心して下さい。現段階であなたが脱走などの無駄な抵抗をしない限りは、こちらから危害を加えることはありません。ですので今は傷を癒すことに専念して下さい」
魔族の女性が言った言葉を全面的に信用することは出来ないけれど、武器もなく怪我を負った状態では満足に戦えない。
それにたとえ私が万全な状態であろうとも、彼女には絶対に敵わないだろう。
相手と向かい合って彼我の実力差が理解できない程、弱くはないつもりだ。
手の震えが止まらない。頭より先に本能が彼女には「勝てない」と理解してしまったみたい。
無駄な抵抗は逆効果であると理解し私が再びベッドに横になると、魔族の女性は傍らまで歩みを進めてきた。
「賢い選択です。理解が早くてこちらとしては助かります」
そういうと私のベッドの隣の椅子に腰を掛けた。
「いくつか質問をしますので、あなたが答えられる範囲で答えて下さい」
「答えられる範囲で、ですか?」
「はい。ですから答えたくないことや嘘をついて話をでっちあげてもかまいません」
「それでは質問の意味がないのでは?」
「こちらとしてはあなたが魔国に敵対さえしないでいてくれれば、他は正直な話しどうでもよいのです。確かに拷問や精神操作系の能力で無理やり情報を引き出すことも可能ですが、そういった行為は緊急時を除き魔国の法律で禁止されている行為ですから」
「はあ・・・随分と捕虜に対して寛大な扱いをする国なのですね」
「確かに昔は野蛮な行為も横行していましたが、今の魔王様の代になってからそれらの行為は禁止されまたその行為を行った者は厳しく罰せられるようになりましたから。捕虜にも人権はあります。こちらに対して必要以上に敵対行為をしなければ今のあなたのような対応になります」
この時点でヒューマン国との格差が露呈した形になる。
召喚された私たちには伏せられていたけれど親しくなった兵士から聞いた話では、捕虜の扱いは酷いものだと小耳に挟んだことがあったからだ。
「それにこれはいささか失礼な言い方になりますが、現在のあなたではこの国の一般兵と互角程度なので抵抗されてもさして脅威ではありませんから」
「そうですか・・・」
薄々自覚はしていたがやはり私は「弱い」ようだ。
「聖女」などと言われても実戦経験は乏しく実際にレベルも低い。悔しいが魔族の女性の言う通り今の私は何の脅威にもならないのだろう。
「では質問にうつります。まずあなたが何故魔国の川に流れついたのか話して頂けますか?」
私は魔国の川まで流れついたから、魔国で捕虜になったのか・・・自分が意識を失っていた間の情報を意図せずに入手することが出来た。
「簡潔に言えば脱走の結果です。ヒューマン国の王族が信用できなくなったからです。言動だけでなくその人柄も。だから一度ヒューマン国以外の国に行ってこの世界について調べようと思い脱走をしました。結果は見ての通りの有様ですけど」
「それはあなたお1人でですか?」
「いえ、協力者は何人かいました」
「そうですか。ですが私が聞きたいのは召喚された他の3人の方は一緒ではなかったのか、ということです」
召喚された人数まで知られているのか。この分だと脱走した人数も知っていると思った方がいいわね。
魔族の女性からしたら答え合わせのような質問なのでしょうね。下手に嘘をついても印象が悪くなるだけだから、ここは正直に話すのがbetterかしらね。
「脱走を企てたのは私ともう1人の2人だけです。あとの2人はヒューマン国に残っていると・・・思う」
「「思う」という表現を使用したのは何故ですか? 脱走は召喚者4人の同意で行われたものではないのですか?」
「違います。ヒューマン国に残っている2人は何故か無条件かつ全面的に、ヒューマン国の言動を信じている。だから脱走計画自体を話していません。もう1人の脱走者にしても脱走の日取り以外は合わせていません」
「そのもう1人と一緒に脱走しなかったのは何故ですか?」
「脱走した後の行動目的が異なっていたのと、万が一一緒に行動して2人とも捕まるのを避けるためです」
「最悪の場合、どちらかが囮になりもう一方を逃がすためですか?」
「ええ、そうです」
魔族の女性は少し考え込むような仕草を見せ、一拍置いてまた質問が再開された。
「ちなみにもう一方の方が無事に脱走できたかどうかはご存じですか?」
「いいえ、知りません。私自身このざまで自分のことで精一杯だったから・・・」
「そうですか」
今の質問は加藤涼太の脱走の成否を知っているからのカマかけなのか、それとも純粋にもう一方の脱走の成否を知りたかっただけなのか・・・魔族の女性の声音や仕草表情からでは判断できないわね。
「次で最後の質問にしましょう。意識を取り戻したばかりでまだ色々と混乱しているでしょうから」
こちらを気遣うようなセリフを笑顔で言っているので一見良い人そうに感じてしまうけれど、本当に私のことを気遣っているのなら意識を取り戻したタイミングを狙ったかのようにこの部屋には来ないはずよね。この人、見かけよりもかなり腹黒いわね。
「あなたは怪我が全快したら何をしたいですか?」
さて何て答えようかしら? 最大の目的はアリアの生死の確認だけど・・・ここは無難にそれっぽい理由にしておきましょう。
「もう1人が無事に脱出できていると仮定して仲間との情報交換と、もとの世界に戻る方法を探したいですね。それが可能ならばですけど・・・」
「そうですか。魔国に対して敵意はなさそうですし、ついた嘘もこちらに不利益を被るものではなさそうですね。魔王様は寛大な方なのであなたの願いは意外と叶うかもしれませんよ?」
私の供述を書いていたとおぼしきノートらしきものを閉じて、魔族の女性は椅子から立ち上がりドアの方に向かっていく。
どうやら本当に質問は終了のようね。ずっと緊張しっぱなしだったから背中を嫌な汗が垂れていくのを今さらになって自覚した。
「ああ、言い忘れていました。何か用がある場合はこのドアの外に兵士を待機させているので、ドア越しに伝えて下さい。ちなみに兵士は2人とも女性ですからデリケートな用件でも大丈夫ですよ」
「それは・・・ご親切にどうも」
裏を返せば「24時間監視されている」と釘を刺されたものね。
ドアが閉まりかけたところで先ほどの魔族の女性がひょいっと顔を出した。
「そう言えば自己紹介を忘れていました。私の名前はタチアナと言います。ではまたお会いしましょう」
軽く手を振るタチアナと自己紹介した魔族の女性の姿が、閉まるドアに見えた最後の光景だった。
それにしても・・・
「ヒューマン国のタチアナから逃れられたかと思えば、脱走した先でまたタチアナだなんて・・・悪夢かしらね」
「ところで葵、今日は何について調べるつもりなの?」
「奈落の樹海という場所が気になっているの。だから今日はそれをメインに調べるつもりよ。て、どうしたのナツキ? 顔色が悪いけれど」
私が「奈落の樹海」という単語を出した瞬間、ナツキの表情が強張った。
「好奇心から調べるのは構わないけれど葵、絶対に足を踏み入れてはダメよ。とくに運よく捕虜から解放されて葵の目的が大事なら尚更・・・・」
「好奇心から聞くけれど何故?」
「私レベルで奈落の樹海に入って10秒しないうちに命を落とすからよ。魔王様ですら全力で戦闘を行って奈落の樹海に入っても、100mしないうちに絶命するのよ」
私は一瞬思考停止してしまった。「魔王」といえばこの世界でも頂点の一角を担う「絶対強者」。その「絶対強者」が入って100m足らずで殺される奈落の樹海って・・・いったいどんな化け物の巣窟だというのか?
「ナツキ、奈落の樹海については一応基本知識が今身についたから調べるのはやめるわ」
「懸命だけれど、葵はそれでいいの?」
「私の元の世界でね「好奇心は猫を殺す」ということわざがあるのよ」
「どういう意味なの?」
「簡単に言えば『過剰な好奇心は身を滅ぼす』という意味よ」
「言い得て妙ね」
「それに・・・」
「それに?」
「藪をつついてでてくるのが蛇じゃなくて、災厄だったら困るから」
「???」
私の言った意味が分からずナツキが頭にクエスチョンマークを浮かべている。
図書館に行く予定がキャンセルされたので、自由に移動できるようになってからのもう1つの日課の場所に向かうことにした。
私がどこに向かっているのか察したナツキは微妙そうな表情をした。
「葵、あなた訓練場にいくつもりでしょ?」
「ええ、怪我が治ったとはいえまだ体が鈍った状態だから。それに脱走の時に己の力不足を嫌というほど味わったから・・・二度とあんな無様はさらせないわ」
脱走のとき私は下手をすれば命を落としていた。今こうしているのは本当に運が良かったからだと思う。どんな状況でも戦い抜けるようにならないと・・・
「はあ・・・」
隣で私の言葉と決意に満ちた表情を見たナツキが、何故か盛大な溜息をついた。
何かおかしなことを言ったかしら?
「出会ってからまだ日にちは浅いけれど、葵は基本的には真面目だけど意外とバトルジャンキー的な側面もあるわよね」
「バトルジャンキー? 私が??」
「だってどこの世界の聖女が武器を担いで最前線で戦おうとするのよ。聖女と言えば後方で回復と支援魔法がメインでしょ」
「それはあなた達が「聖女」のイメージを固定しすぎだからよ。ヒューマン国でも「聖女らしく」とよく小言を言われたけれど、そもそも「聖女らしく」って何? 聖女の奇跡とか神々しさや権威なんかで崇め奉られるなんで想像しただけでも鳥肌が立つわ。それに私は私自身が望んで「聖女」になったわけではないわ。都合の良い偶像崇拝は他でやって欲しいものね」
「確かに「聖女=奇跡の癒し手」のようなイメージは過去の人たちが勝手につけたものだけれど・・・じゃあ、葵の中での「聖女」のイメージはどんな感じなの?」
「そうね・・・最前線に出て常に周囲を観察しつつ負傷兵を回復させながら、自身も近接戦闘をこなすような感じかしらね。最前線に出て負傷者を回復できれば死者も少しは減らせると思うし」
「言っていることはわかるけれど、それだと葵が狙われる危険性がない?」
「それならそれで私が囮役になって敵を引き付ければいいし、万一負傷しても自分で回復できるから長期戦闘が可能よ。それに魔力が底をついても体力は残っているから戦闘を継続できるわ」
「葵、あなたがバトルジャンキーかもしれないという発言は撤回するわ」
「そう、わかってくれて嬉し・・・」
「あなたは「修羅」の類の方ね。うん、これで納得したわ」
「バトルジャンキー」という私にとっては不名誉な分類から外れたと思ったら、何故か「修羅」に鞍替えされたうえに酷く納得された。
「私の「聖女感」を聞いた結果が何故「修羅」認定に繋がるのか納得できないのだけれど?」
「葵、訓練場に急ぎましょう」
私の発言をスルーして監視役であるはずのナツキが先に行ってしまう。
モヤモヤしつつもナツキに追いつこうとした瞬間に、背後から視線を感じたので振り返った。
しかし振り返った先には誰もいなかった。気のせいかしら?
「何をしているの葵、私があなたを監視しづらいから早く追いついてきて!」
監視対象の捕虜に対しての発言としてどうかと思うけれど、今はナツキに追いつくことを優先しましょう。さっきの視線は気になるけれど・・・
訓練場に着くと魔国の兵士(男女問わず)達が、日課となる訓練を行っていた。
私とナツキが訓練場に現れると注目が集まり、私に対しては訝し気な視線を向けられナツキには多くの兵士が敬礼を向ける。
異世界召喚聖女である私を快く思わない者たちも当然ながら大勢いるけれど、それを大っぴらに態度には表さないだけ兵士として精神面も鍛えられている証拠と言えるわね。
しっかりと男女で分けられた更衣室で魔国の兵士に支給されている訓練服に着替えて、ナツキと一緒に訓練場の端で準備運動をする。
すると唐突にちょうど私の頭のあたりに訓練用の片手剣が飛んできたので体を捻り飛来してきた大剣を躱しつつ柄の部分を掴み取り、体を捻った遠心力を利用して飛んできた方向に投げ返した。
片手剣を投げたであろう持ち主は私が投げ返した片手剣を難なく掴むと、満足そうに笑いだした。
「ガハハハッ。とっさの奇襲にも冷静に対応できるようになったな! 成長しているようで感心感心」
準備運動中の私に片手剣を投げた張本人であるルー隊長は、非常に満足そうに頷いている。
「ルー隊長、何度言えばわかるのですか! 葵はまだ傷が完治したばかりで本調子ではないのですから、ああいった危険な行為は慎んで下さい!」
ルー隊長の行為にやられた私でなく、ナツキが抗議をしてくれている。
「硬いこと言うなよナツキちゃん。「常在戦場」の精神でいることは兵士の基本だぞ。だからこうやって俺が・・・」
「奥さんに連絡してタチアナさんに報告してきます」
ナツキそう言い残し踵を返そうとすると、ナツキの前で見事な土下座をするルー隊長の姿があった。
「ナツキちゃん、俺が全面的に悪かった。謝るから職場と自宅でのダブルパンチは勘弁してくれ! マジで死んじゃうから!?」
さっきまでの威勢と言うか威厳はどこへやら。しかも若干涙目でのマジ土下座だ。
余程奥さんとタチアナさんに頭が上がらないのね。
公衆の面前で隊長と呼ばれる人物がこのような姿を見せて「今後の指揮に影響はないのかしら?」と思い周囲を見渡すと、兵たちは「あ~またやってるよ」的な感じで笑いながら見ていた。普通なら部隊運営に影響がでそうだけれど、それを補う強さと人望があるからかしら?
「ナツキ、私は大丈夫ですから、そのくらいにしてあげて下さい」
流石に不憫に思えてきたので助け舟を出すことした。
「はあ・・・そうね。葵がそう言いうなら今回は報告なしにしましょう」
呆れた様子でナツキのお許しが出た瞬間にルー隊長は立ち上がり、元気を取り戻した。
「さっすが葵の嬢ちゃん! 話がわかるね。よ、イイ女!!」
「仮にあの攻撃を避けられずに受けたとしても訓練用に刃は潰してあったし、意識さえ刈り取られなければ大抵の傷は自分で治せますから。私にとっては然したる問題ではなかったというだけです」
私の言葉を聞いたナツキは頬を引きつらせ、周囲の兵士達は「聖女ってあんなんだっけ・・・」とドン引きしている。
唯一私の言葉を聞いて喜んでいるのは、片手剣を投げつけたルー隊長だけである。
はて? そんなに変なことを言ったかしら?
「それで今日も俺と戦るかい?」
「ええ、お願いします」
訓練用に刃を潰した薙刀を手に取りルー隊長の前に立つ。
ちなみに薙刀が魔国にあるのは目の前のルー隊長の酔狂による結果である。
私が初めてこの訓練場に来た時、完全アウェーの状態でナツキが私の立場を説明してくれたけれど、それでも敵意のこもった視線が多かった。
端っこの方で鈍った体の具合を確かめているとルー隊長が私を模擬戦に誘ってきたのでそれを了承して、結果私はコテンパンにやられた。
しかし聖女の名は伊達ではなく腕を折られようと殴られ歯が抜けようとも、瞬時に回復して何度も立ち向かっていたら何故か気に入られた。
その際に使っていた武器が片手剣だったのだけれど、私のぎこちない動きから本来の得物ではないことに気づいたルー隊長が職人に命令して薙刀を作らせたのだ。
慣れ親しんだ得物があることは喜ばしいことだけれど、私はこれでも一応捕虜なのだけれど?
その模擬戦のおかげで私に対する敵意の視線は減ったのだけれど、大怪我を負ってもすぐに回復して立ち向かっていく私を見て「ゾンビ聖女」と呼ばれるようになってしまった。
レディに対してまったく失礼よね。
模擬専用の片手剣を投げ捨てて、ルー隊長は手甲を装備し始めた。
「準備運動はやらないでいいのかよ? いつもは結構念入りにやるだろ?」
「準備運動の最中に片手剣を投擲した人がよく言いますね。それに「常在戦場の精神でいることは兵士の基本」なのでしょう?」
中段の構えをとると見せかけて光魔法で強力な光源を発生させ、視界を潰す。
光源を作り出したらすぐに近くにある訓練用の武器置き場に向かい、薙刀を使って台座ごとルー隊長目掛けて投げつける。
視覚を奪ったところに大量の訓練用の武器と台座が飛来してくる状況は、一般兵なら対応は出来ないけれど隊長格は例外だからあっさりと対応してみせる。
故に私はすぐに次の行動に移る。詠唱破棄で自分の影に薙刀を突き立てる。
未だに強力な光源がある中、飛来する模擬専用の武器を叩き落としきった隊長から「うお!?」という声と共に金属がぶつかり合う音が響きわたった。
数秒後に光源が消滅すると、手甲で薙刀の切っ先をガードした状態のルー隊長の姿があった。
「あっぶねぇ・・・いきなり不意打ちのオンパレードかよ。つーか葵の嬢ちゃん、いつの間に闇魔法なんて習得したんだよ! 仮にも聖女だろ! 「聖」がついているのに闇魔法を使っていいのかよ!!」
「腐っても隊長格、不意打ちにもあっさりと対応しますね。ちなみに闇魔法はタチアナさんに教えてもらいました。あと聖女が闇魔法を使うことに何か問題がありますか? みんな聖女に対して清らかなイメージを持ちすぎです。まだ見ぬ世界にはドス黒く性根が腐りきった聖女だっているかもしれないですよ?」
私の返答に対して周囲の魔族からは「聖女って攻撃的なんだな・・・」という声が聞こえたが、無視しておこう。
八相の構えをとり細かく淡い粒子の光を全身に纏い、身体強化して相手に接近しつつ薙刀のリーチを生かして切りかかる。
その際に全身に纏った光の粒子が剥離して、短い間だけ自身の光学残像を作り出し相手の防御のタイミングをずらす。
使用時間が短いからまだ上手く使いこなせていないけれど、使っていくたびに使用時間は伸びているのでまだ伸びしろはある。
ルー隊長に接近して上段から切りかかるがあっさりと受け流され、逆に手甲を装備した拳でこちらの胴を殴りにきたので寸前でそれを回避する。
この一連の動作で身に纏っている光の粒子を既に半分近く使っている。
バックステップで一度距離をとろうとするが、すぐに距離を詰められて拳による突きが腹部に迫ってくる。
薙刀で受けると破壊されるので両手を体の前でクロスさせ、さらに光魔法でシールドを5枚重ねで展開する。
シールドに手甲が触れた瞬間にガラスの割れるような音と共に、5枚のシールドが数秒で砕け散った。
クロスされた両腕に魔力を集約させて、身体強化を今できる限界レベルにまで引き上げる。
手甲が私の腕に触れた瞬間に地面を蹴り後方に飛んで、少しでも打撃による衝撃を緩和する。
後方に跳んだ勢いそのままに私は訓練場に壁に激突して、壁を粉砕して止まった。
周囲の兵士からは「おおお!」などの声が上がり、崩れた壁と巻き上がった粉塵に視線が集中した。
粉塵が晴れて姿を現した私は両腕をだらんと下げて、薙刀を足元に落としている。
「手甲が触れただけで5重のシールドを貫通して、身体強化した両腕の骨を砕きますか。馬鹿力ね」
「そういう葵の嬢ちゃんも地面を蹴ってダメージを軽減してたじゃねぇーか。そうそうできる芸当じゃないぜ。それでまだ続けるかい?」
「当然よ!」
両腕を治癒魔法で一瞬で回復させて砕かれた両腕を完治させ、薙刀を手に取る。
そんな私を遠巻きに見ている兵士は何故か微妙に恐怖し、ナツキは呆れた表情をしていた。
「ハハハ! 女にしておくにはもったいないタフさだな」
「それ男女差別発言になりますよ? タチアナさんに報告しておきます」
「ナツキちゃ~ん。許してくれー」
タチアナさんの名前が出るたびにこの反応・・・そんなにタチアナさんが怖いのだろうか?
私に魔法を教えてくれていたときは優しかったけれど・・・
ナツキにルー隊長の意識が一瞬逸れた隙に今回の切り札の準備をする。
『貫くは光剣穿つは闇剣数多に舞いて敵を撃て。表裏一体閃暗剣』
私の周囲に数多の光剣と闇剣が出現し、空中で待機する。
正直恥ずかしいから無詠唱で放ちたいのだけれど、私のレベルと魔法に対する理解度が低いからまだ詠唱しないと発動できないのよね。
これは私のオリジナル魔法。だから目の前のルー隊長も唖然とした表情をしている。
「すげぇーじゃねえか。いつの間にそんなことできるようになったんだよ」
「構想はできていたんだけど私の力不足で中々実現できなかったのよ、完成したのはつい最近よ」
「へーそうかい。こいつは少しは楽しめそうだな」
獰猛な笑みを浮かべた隊長は、今までとは違い真剣に拳を構える。
切り札なだけあって数多の光剣と闇剣にはかなりの魔力を込めているので、直撃すれば多少のダメージは見込めると思う。
「来な」
「参ります」
数多の光剣がルー隊長目掛けて高速で飛来する中、数多の闇剣は未だ私の周囲に待機している。
私が片足で地面を踏み鳴らすと半径10メートルほどの黒色が地面を覆った。
自分目掛けて高速で飛来する光剣を手甲で捌きつつ、ルー隊長は私の動きを注意深く観察している。
私が薙刀の切っ先を足元に広がった黒色の地面に突き刺すと、周囲に滞空していた闇剣が黒い地面に突入した。
観戦していた兵士たちが闇剣の行方を気にする中、ルー隊長付近のありとあらゆる陰から闇剣が出現しルー隊長を奇襲した。
流石にこの数は対処できないと判断したのかルー隊長は防御姿勢をとり、過剰なほどの妖力をその身に纏い迫りくる光剣と闇剣をすべて受けた。
私の攻撃を受けたことで爆風が起こる中、私は闇魔法「ダークミスト」で周囲の視界を悪くする。
未だに爆風で巻き上がった砂埃で視界が悪い中を、気配だけを頼りにルー隊長目掛けて進みルー隊長の胴を目掛けて切りかかる。
が、すでにルー隊長は体勢を立て直しており胴への一撃をあっさりと受けきられた。
「結構な威力だし相手の意表もつけるいい魔法だ。しかしその分消耗もかなりのもんだろう。その証拠にこの胴を狙った一撃・・・軽すぎるぜ」
薙刀の攻撃は防いだようだが、土煙とダークミストで視界が悪いため私の姿は視認できていない。
ルー隊長が薙刀の一撃を受けたその瞬間を狙い、最初に投げつけた模擬専用の片手剣を二振り拾い両手に持ち背中に切りかかる。
薙刀の一撃をいまだに受けていた隊長は片手剣が当たる直前に私の気配に気づき、前方に前転することで回避した。
すかさず私は両手に持っていた片手剣を投げつけたが、地面に刺さるだけに終わった。
完全に土煙が晴れダークミストの効果も切れたことで、お互いの姿をはっきりと視認することができるようになった。
私のオリジナル魔法『表裏一体閃暗剣』を受けたルー隊長の体は、着ている鎧は破壊できたようだがその肉体には大したダメージを与えられなかったようだ。悔しいな・・・
その結果を残念に感じつつも私は空中に浮遊している薙刀に手を向けて、自身の元に引き寄せ中段の構えをとる。
「一応聞いておくがなんで薙刀が空中に浮いた挙句に、葵の嬢ちゃんの手元に戻って行くんだ?」
「念力・・・いわゆるサキコキネシスというやつです。ちなみにルー隊長が軽すぎると言った攻撃は念力で薙刀を操って放ったものです。ご指摘通りまだ物を軽く動かす程度しかできないので、精々陽動に使えるくらいですね」
「それもタチアナ仕込みか?」
「いえ、念力は魔国の図書館に文献があったのでそれを参考に自分で覚えました」
これには流石のルー隊長も驚いていた。
「大した成長速度だな。そのストイックさの源はなんなんだ?」
「別に・・・ただ脱走した時に思い知っただけですよ。自分の弱さと考えの甘さを」
「うん? 弱いってのは分かるが考えの甘さってのはなんのことだ?」
「戦いは常に自分に対して不利なものであるということですね」
「うん?」
「ルー隊長達にとっては当たり前のことかもしれませんが、多勢に無勢や武器がない状況、人質をとられたりなど自分にとって限りなく不利な状況で戦ったことが脱走するまではなかったのです」
「それで?」
「私が元いた世界では国や場所にもよりますが、幸いなことに私がいた国では滅多なことでは戦闘行為や命のやり取りを行うような経験をすることは一般人ではほぼありませんでした」
「そのわりには葵の嬢ちゃんは武器の扱いや立ち回りが様になっていたが?」
「私の場合は祖父が薙刀の道場を営んでいたので、幼い頃から祖父に薙刀術を叩きこまれていましたから」
「なるほど。基礎・・・つーか下地はあったわけだ」
「はい。ですがそれはあくまで模擬刀を使った訓練のみです。しかも一対一でルールに則ったものです。だから当たり所さえ悪くなければ多少の怪我で済みますし多勢に無勢というシチュエーションはまずありえないし、遠距離からの攻撃ははなからありません」
「確かに俺らからしたらそれは随分とお優しい模擬戦だな。欠伸が出るぜ」
「そう感じるのも無理はないと思います。私自身脱走を経験してそう思いましたから」
「んで、脱走から葵の嬢ちゃんは何を学んだんだい?」
「自身の目的のためなら利用できるものは何でも利用して、どんな汚い手を使っても生き残ることですね。過程はどうあれまずは生き残らなければ意味がないですから。後悔も他者からの非難も生きていなければありませんから」
「それが最近の俺との模擬戦でのスタイルの大幅な変わりように繋がるわけかい? 葵の嬢ちゃんは最初の俺との模擬戦じゃ愚直なまでに片手剣で近接戦を挑んできてたもんな」
「祖父から教わったことと元の世界での模擬戦のルール・・・というより綺麗な戦闘の概念から抜け出せていなかったことが原因でしたね。本当の生死のかかった局面では騎士道精神なんてクソくらえ、邪道だろうが生き残れば正解という考えに目下切り替えている最中です」
私の発言を聞いたルー隊長は獰猛な笑みを浮かべ、周囲で聞いていた兵士たちはゴクリと喉を鳴らした。
「か~、いいね! 葵の嬢ちゃんのストイックさを今期の新兵どもに少しでも分けてやりてぇよ」
「全くよね。根性論信者ではないけれど、今年の新兵はとくに根性がなさすぎるわ」
模擬戦は終わりとばかりにナツキが、2人分のタオルと飲料水を持ってこちらにやってきた。
「ありがとう、ナツキ。隊長と副隊長にそこまで言わせるほど、その新兵たちは問題児なの?」
タオルを受け取り汗を拭いつつそう切り返すと、2人揃って大きなため息をついた。
「葵はルー隊長と私の部隊が別の部隊なのは知っているわよね?」
「ええ」
「件の新兵たちはいわゆる「お偉方のご子息」なのよ」
「・・・つまり我儘なガキというわけね」
「そういうことよ」
2人によると今年の新兵には「お偉方のご子息」が多いため、どの部隊でも手を焼いているそうだ。
親の権力をチラつかせて隊長を脅す者までいるらしい。
私がボソッと「1人くらい見せしめに斬ってしまえばいいのに・・・」と呟いたところ、ルー隊長とナツキにドン引きされた。私としてはかなり良い案だと思うのだけれど、ダメなのかしら?
他の部隊には「お偉方のご子息」の親と知り合いの隊長もいるようで、自身の保身も兼ねて「お偉方のご子息」に便宜を図る者たちも多いらしい。
しかし目の前のルー隊長とナツキの部隊の隊長(まだ会ったことはないけれど・・・)は、叩き上げのため権力には一切屈しないタイプのようで「お偉方のご子息」から不満が親を通じて部隊に届いているそうだ。
中には「部隊そのものを変更してくれ」という要望を出している「お偉方のご子息」もいるそうだ。
それに対してルー隊長やナツキは「使えないガキは必要ないから引き取ってもらえるなら助かる」だそうだ。
どこの世界にも親の権力にすがりつき、それを自分の権力と勘違いするガキはいるのね。
「ぶっちゃけあんな新兵どもより、俺は葵の嬢ちゃんが俺の部隊に欲しいわ」
「何を言っているのですか? 仮にも私の立場は捕虜ですよ?」
「だってよ、戦える聖女だぞ! 回復も出来て自身で近接戦もこなせる。おまけにこれまでの成長速度をからすれば中距離魔法もその内ある程度ものにするだろうよ。それにストイックだしタチアナの補佐としてついてくれれば俺の部隊は結構盤石になると思うんだがな」
いつものおちゃらけた表情ではなく、ルー隊長は至極真面目な表情で私の方を見ながら勧誘してきた。
「捕虜である私が魔国の部隊に入ることはまずありえないですよ」
「いーや、魔王様に直談判すれば意外といけると思うぞ俺は。葵の嬢ちゃんをうちの部隊に獲得するためならタチアナも本気になりそうだしな」
「あーずるいですよ。それなら葵はうちの部隊にだって欲しいですよ!」
何故か私の意思を置き去りにしてナツキまで私を自身の部隊に引き抜こうとしてきた。
「いやいや、ナツキちゃんの部隊は「ナツキ親衛隊」がいるから統率もとれているしうちの部隊より人数多いだろう?」
「人数が多いと言ってもほんの少しの差ですよ。それに毎回戦場でシンが問題を超こすからその都度私が現場を離れて戦場を駆け巡ることになるのは、同じ問題児のルー隊長ならお分かりだと思いますけど?」
「ああ・・・いやまあ、ね・・・」
「私が現場を離れる際にその場を預けられる人材がまだ我が部隊にはいないんです。その点で言えば味方の回復ができて、合理的で冷静な判断が出来る葵はうってつけです。葵は私のものです!」
だから「捕虜」が正規軍に参加できるわけないでしょうが。しかも捨て駒ではなく副隊長補佐のような重要なポジションにつけるわけがない。2人とも色々と疲れているのは分かるけれど、現実を見ましょうね?
「2人とも私の意思を無視して実現不可能な話を飛躍させないでもらえるかしら」
「まあ実現可能かはこの際置いておいて、葵の嬢ちゃん自身はどっちの隊に入りたい?」
「また本人達を目の前に答えにくい質問をしてきますね。私としてはどっちの隊でも構いません。私の目的に近づくことが出来るのならどちらの隊でもかまいません。限りなく不可能とは思いますけど・・・」
「かあ~なんとも無難な答えで返してきたな。もっとこうはっきり言っちゃおうぜ!」
「捕虜の身で無駄に波風を立てたくないだけです」
「やっぱり葵は賢いですね。だからこそ大馬鹿揃いの私の隊に来てほしいです」
ナツキまで神妙な顔でそんなことを嘆いた。これは戦闘面とかじゃなくて他の余計なことで苦労しているのね。
私は捕虜だから万が一にもどちらかの部隊に配属されるなんて未来は訪れないだろうけれど、目的のためとはいえ馬鹿が原因で精神を病むのはごめんだわ。
「よし! じゃあ俺の隊に来てくれるなら俺の馴染の武器職人に、葵の嬢ちゃんの薙刀の製作を依頼しようじゃないか!」
「・・・それは本当ですか?」
「おう、男に二言はない。もちろん料金もこっちで持つぜ」
正直これはかなり心揺らぐ魅力的な条件だ。薙刀はこちらの世界では私しか使っていないため、完全オーダーメイドになる。
既製品よりオーダーメイド品は製作に手間がかかる分、かかる料金は必然的に高くなる。
そして現在の私は捕虜の身であるため無一文。
武器を受け取ってしばらく魔国で鍛錬を続けて、いざというときに脱走できるくらい力が身に着いたらアリアの件について相談するのもアリね。
幸いなことに魔国の住人はヒューマン国の王族と違ってまともだし、この世界の情報網を何も持っていない私とでは集められる情報量も桁違い。
それにどうやら召喚組というか異世界人の特徴なのか幸いなことに私は通常より成長速度がかなり速いらしいから、万が一の脱走の際には今よりは遥かに力をつけているはず。
私が頭の中で考えを巡らせていると、これは脈ありと思ったのかルー隊長が上機嫌になった。
「葵の嬢ちゃんのその反応からすると、これはあとは魔王様に直談判して許可が下りれば葵の嬢ちゃんは晴れて俺の隊に入隊だ。これで面倒な書類仕事から解放されるぜ・・・」
「今最後に何か小声で言いませんでしたか?」
「いや、言ってねぇーよ」
白々しく誤魔化そうとしているけれど、聞こえてますからね。
「ルー隊長、なに勝手に話を進めているんですか! 葵も物で簡単に釣られないで下さい!!」
「だって現実的な問題として私には使い慣れた薙刀が必要だし、現在無一文の私にはそれほど悪い条件ではないから」
「じゃあ私も葵の薙刀をオーダーメイドで製作しましょう。しかも予備を含めて2本です!」
ナツキが力強く私の目の前に2本指を突き出した。
「捕虜の身で可能ならば私はナツキの隊でお世話になります」
私の発言にさっきまで勝ち誇った表情だった隊長の顔が絶望に染まった。
「葵の嬢ちゃん、そりゃーないぜ!」
「残念ながら私は物で簡単に釣られるタイプなので」
密かに書類仕事から解放されないかもしれないという絶望感に浸るルー隊長を、ナツキが勝ち誇った目で見降ろしていた。
「ルー隊長、これで葵は私のものです。魔王様への直談判も私が行います」
「待てナツキちゃん! 俺が紹介する武器製作者以上の職人に心当たりがあるのかい? いや~あるはずがない。武器を作らせたら魔国随一のアイツ以外によ。ナツキちゃんはまだアイツに完全には認められてねぇーから頼めないだろう?」
「痛いところをつきますね。しかしそれはルー隊長も同じなのではないですか?」
「何がだ?」
「でははっきりと言います。浪費癖があるうえお小遣い制のルー隊長に高額なオーダーメイドの武器の代金が支払えるわけがありません! いったいどこからそのお金を捻出するつもりなんですか?」
隊長なのにお小遣い制なのか・・・夫婦間のお小遣い制ってどこの世界でも健在なのね。
ナツキの発言を聞いた訓練場の兵士から、生暖かい視線を一身に受けたルー隊長からは何故だか哀愁が漂っているように見える。
「それはだな・・・お小遣いの前払いとタチアナに借金をしてだな・・・」
「やっぱりお金持ってないじゃないですか! 大体ルー隊長はいつもいつもタチアナさんに・・・」
ナツキによる説教は10分ほど続き最終的に直談判ではなくまず連名で書面を提出して、私を両部隊に組み込む案を魔王に打診することになった。
ちなみに何故連名になったかというと「お金はないが腕の良い職人へのつてがあるルー隊長」と「お金はあるが腕の良い職人へのつてがないナツキ」の妥協案で、名目上両部隊に所属させて日にちを決めて私をどちらかの部隊に貸し出すらしい。
「貸し出す」って私はモノではないのだけれど?
ちなみにナツキの財源が気になったのでそれとなく聞いてみたところナツキの「将来の結婚資金」から捻出するつもりだったらしい。
そういうことは先に言ってほしい。もしそのこと知らずにトントン拍子に話が進み薙刀を受け取り「この薙刀の代金はナツキの将来の結婚資金から捻出されました」と聞かされたらたまったものではない。
敵を薙刀で屠るたびに「この薙刀はナツキの結婚資金」、「一撃の重みはナツキの結婚資金」と脳内に幻聴が響き渡りそうだ。そんな一撃ごとに他人様の結婚資金を削るような真似をしつつ戦闘などしたくはない。
私がナツキからの「将来の結婚資金からの捻出」を丁重に断ったため、もし案が採用され部隊への加入が許可された場合は魔国から代金を捻出してもらうよう書面にも記載されたようだ。
もし異世界人かつ聖女で捕虜でもある私が魔国の部隊に加入するという馬鹿げた案が採用された場合は、私は魔王に捕虜の扱いについての見直しを提案しようかしら?
「へっくち!」
汗で体が冷えたのかくしゃみがでた。
私がくしゃみをすると訓練場が何故か静まり返り、みんなの視線が集中した。
「何か?」
「いや、なんつーか随分と可愛らしいくしゃみだな~とたぶん全員が思っただけだ」
「その言い方だと私はくしゃみ以外は可愛げがないと聞こえるのですが?」
私がルー隊長を睨んだ後で訓練場を見渡すと、兵士たちは全員目をそらした。
「なんて失礼な!」と思いナツキを見ると私に背中を向けて、口元を押さえて小刻みに震えていた。
ナツキの反応に幾分ショックを受ける。私ってそんなに可愛げないように見えるのかしら?
「汗をかいた状態で長く話し込み過ぎましたね。葵はこのまま浴場に向かって汗を流してきて下さい」
眼の端に微妙に涙の跡があるから、やっぱりさっき爆笑してたな。
「ルー隊長は・・・」
「俺の方はもう少し兵士どもをシゴいてから風呂だな。またな葵の嬢ちゃん」
ルー隊長のシゴキの矛先が自分たちに向いたことで、訓練場の兵士たちは戦恐々々としていた。
「ナツキは一緒に来ないの? 曲がりなりにも私の監視役でしょ?」
監視役が捕虜を1人で行動させるのは「あとでお咎めを受けるのではないか?」と思い聞くと・・・
「1つどうしても片付けなければならない案件があるから、それが片付いたら合流するわ。それに監視していなくても葵は逃げないでしょ?」
「はあ・・・実力不足なのは私自身が一番分かっているから脱走なんて無意味な行為はしないけれど、捕虜を信用しすぎるのは良くないと思うわよ」
「私は捕虜を信用しているのでなく、葵を信用しているのだけれど?」
「笑顔でそんなことを言われたら何もできないじゃない。じゃあ私は汗を流してくるわ」
「ええ、のぼせない程度にごゆっくり」
ナツキと別れて浴場に向かっているとまた視線を感じた。
見られているのは感じ取れるけど相手の位置までは把握できない。
監視されて当然の立場だから文句もないしそこまで気にしてはいないけれど、ここ数日ずっとあの妙な視線を感じる。
たぶん裏の監視役だろうとあたりをつけて、脱衣場で服を脱いで湯船に向かう。
驚いたことに魔国の入浴形式は私が元いた世界とほぼ変わらなかった。
大きな湯船に見た目は異なるがシャワーらしきものや蛇口みたいなものまである
もしかしたら魔国にも過去に異世界から召喚された者がいて、その知識を広めたのかもしれないわね。でも・・・
「流石にケロリン桶はないか」
髪を洗い手早く体の汚れを洗い流し、濡れた髪の水気を拭きとって髪をまとめて湯船に浸かる。
魔族用で温度が高めなのかと最初に入るときは警戒したが、ナツキ曰く「ちゃんと適温だから大丈夫よ。確かに皮膚が分厚い種族用の高温のお風呂はあるけれどここは適温よ」とのことだった。
足先から湯船に徐々に入り最終的に肩までざぶんと浸かる。
「はあ~極楽極楽♪」
我ながら年寄りっぽい発言だが、湯船に浸かると自然と口から出てしまうのだから仕方なない。
それにしても・・・
「私が魔族の部隊に配属ね。現実的ではないけれどもしそうなったら得られるものは多そうね」
実際問題捕虜になって怪我が回復してからの生活で、武力知力の両面でヒューマン国にいたときよりも成長していると自分自身で確かな実感がある。
「私個人で集められるアリアの情報にも限りがあるし、何より薙刀が手に入るのは魅力的なのよね」
この世界に存在しない薙刀は完全オーダーメイド製になるので、製作にお金がかかるし何より下手なところに製作を依頼したら私の居場所が露見する恐れがある。
私の行方を大々的に探しているかは定かではないけれど、用心にこしたことはない。
それに・・・
「ナツキやタチアナさん、ルー隊長は少なくともヒューマン国の王族よりかは信用できそうだしね」
この後捕虜の自分の処遇がどうなるかは定かではないが、もし良い方に転ぶならアリアの件について相談してみるのもありね。
それにしても・・・
「あの監視の視線も流石に浴場までは覗いてこなかったわね。脱衣場で私が服を脱ぎ始めたあたりから視線がなくなったから、捕虜でも多少のプライバシーは守られているみたいね。ホント手厚い捕虜だこと」
そんなことを考えていると脱衣場の方に何者かの気配を感じた。
気配から察するに相手は1人。ナツキが来たのかと浴場の入り口に顔を向けた瞬間・・・
「確保!」
という大きな声と共に浴場の扉付近にいた人影が数名によって地面に倒されて、取り押さえられた。
何事かと湯船から飛び出そうとしたが、自分が今裸なことを思い出して再び湯船に浸かりなおした。
「今の「確保!」って声はナツキの声よね? 入浴の前に片付けたい案件がこれだったのかしら? まあ私があれこれ考えても仕方ないから脱衣場が空くまで待つしかないかな。思わず長風呂になりそうだけれど、私がのぼせる前に終わってくれないかな」
一方脱衣場では・・・
「確保!」
私の号令と共に私とタチアナさんの直属の女性兵士たちが、女湯の脱衣場で1人の男の魔族を地べたに拘束していた。
脱衣場で拘束された変質者とは・・・
「こんなところで一体何をしているのかしら? シン」
そう目の前で拘束されている変質者は我が部隊の隊長であるシンである。
「ちょっと待て、ナツキ! これには深い理由が・・・」
「極刑ですね」
シンが言い訳をしようとした瞬間、それを遮るようにタチアナさんがそう発言した。
「女湯の脱衣場に侵入した時点で罪であるのに、その上で浴場の覗きを企み使用積みの下着を盗もうとするとは・・・嘆かわしい。死刑です。そこのあなた、すぐに魔王様に連絡して刑の執行準備をして下さい」
私の真横でタチアナさんが淡々と部下に指示を出して、シンを死刑にしようとしている。
「タチアナさん。一応シンの遺言・・・んん、弁明を聞いておきませんか?」
「おい、ナツキ! 遺言って今言っただろう。だから誤解だ!」
「シン、申し開きの機会はちゃんと与えるから少し黙っていてくれる?」
私が笑顔でそういうとシンは首を縦に激しく振って黙った。
「相変わらずナツキはシンに甘いですね。問題を起こす隊長をいつまでも甘やかすと自分が余計な苦労を背負うことになりますよ。私が良い例です」
タチアナさんが遠くの方を見ながら自嘲気味に重みのある言葉を発した。
脱衣場を静寂が支配する中、「コホン」っとタチアナさんが空気を切り替えた。
「ではナツキ、あなたがこの場で簡易的な尋問を行って下さい。私の考えは「極刑」で固定なので」
そういうとタチアナさんは近くの壁に背を預けて、静観の構えをとった。
「では被告人シン、これより簡易的ですが尋問を始めます」
「おいナツキ、だから誤解だって!」
「誤解も六回もない! それに勝手に発言しない! そして正座!!」
「はい!!」
私がまくしたてるように言うと、シンは目の前で正座した。
シンの両脇を固めている女性兵士が顔を背けて必死に笑いを堪えている。
これが隊長ですものね。確かに笑えるわよ。
「まず初めに何故ここ数日間、葵のストーカーをしていたの?」
「いやストーカーじゃなくて監視だよ! ナツキだけだと何かあったとき対処できないかもしれないだろう? 不意打ちとか」
「お生憎様、確かに葵の成長速度は速いけれどそれでも私が負けることはないわよ。例え不意打ちであってもね」
「それでも・・・心配なんだよ」
私とシンの視線が真っ向からぶつかり絡み合い・・・
「胸焼けするような甘い空間をこの後展開しないで下さいね、2人とも」
氷のように冷たい声音でタチアナさんに突っ込まれ、羞恥で自分の顔が赤くなるのが自覚できる。恥ずかしい・・・
「んん、じゃあここ数日のストーキング行為は監視であると言いたいのね?」
「そうだよ。曲がりなりにも異世界からの召喚者で「聖女」だぞ? 誰だってヒューマン国の間者の可能性を考えるだろう。だからオレなりに監視してたんだよ」
拗ねた子供のようにぶっきらぼうに言うと、シンは横を向いてしまった。
ホントシンはいつまでたっても子供なんだから・・・
「葵を監視していた目的はわかりました」
「じゃあオレの無罪・・・」
「いえ・・・まだ一番重要なことが残っているでしょう?」
「一番需要なこと?」
シンは本気で心当たりがないのかポカーンっとしている。
「じゃあはっきり言うわね。なんで女湯の脱衣場に侵入して葵の使用済みの下着を手に持っていたのかって聞いているのよ!!」
私が大声で言ったものだからタチアナさんは寸前で耳を塞ぎ、女性兵士たちはビクッと反応しさらには廊下まで聞こえたようで廊下からは「痴漢? 覗き魔がでたの?」「違うわよ、下着泥棒がでたみたいよ」という大きなヒソヒソ声が聞こえてきた。
私がはっきりと最大の罪状を告げたことで流石のシンも「あ!」っと自分の行動を思い返したのか、冷や汗が出て顔を真っ青にしていた。
さらには周囲の女性兵士達からのゴミを見るような視線にさらされ、完全に委縮している。
「さあシン、私たちを納得させるような理由があるなら聞いてあげるから、言ってみなさい」
私の怒気のこもった視線を受けてシンは叱られた子供のように必死に弁明を始めた。
「いやだって捕虜だぞ! なのに何故かみんな好意的だしそれに自由にさせすぎだろう?」
「シンだって我が国の捕虜の扱いが他国に比べて寛大なのは知っているでしょ? 下手に締め付ければそれだけ反発して魔国に対して敵意を抱くけれど、ある程度手厚くもてなせば捕虜だって大人しくするしあわよくばこちら側に寝返らせて敵方の情報も手に入れることができるわ。そこになんの問題があるのかしら?」
「ただの捕虜ならまだしも異世界召喚された「聖女」だぞ! もしヒューマン国の間者だったら・・・」
「はあ・・・そんなことは重々承知の上よ。だから副隊長である私とタチアナさんが交代交代で監視しているのでしょうが。それに葵は魔国に対して敵対心はなさそうだしね」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「葵の目的に魔国が関与していないからよ」
「はあ? あいつの目的ってなんだよ?」
「本人の言葉を信用するなら「元の世界への帰還方法探し」ね。どうやらヒューマン国では元の世界に帰るためには「魔王を殺さなければならない」みたいなことを吹き込まれたらしいわ。まあ4人の召喚者のうち葵を含むもう1人は全く信用していなかったみたいだけれど」
「魔王様を殺したら元の世界に帰れるって、馬鹿じゃないのか?」
「ええ、馬鹿な話よね。でもあとの2人の召喚者は鵜吞みにしたみたいよ」
「救いようのないアホだな」
「ええ、そうね。まるで今のシンみたいね」
「くっ!」
私の言葉を聞いてシンは悔しがり、周囲の女性兵士達は笑いを堪えるのに必死だ。
「話が脱線したわね。はい、じゃあ弁明の続き!」
「・・・訓練場であいつとナツキが別れたあとで誰もあいつを監視しているそぶりがなかったから、せめてオレだけでもと思って・・・」
「それで女湯の脱衣場に侵入したと?」
「ナツキが追いついてきたらすぐに出ていくつもりだったんだ! あいつが服を脱いでいるときはちゃんと目を逸らしたし、浴場は覗いてない!」
「当たり前でしょうが!! 今の状態でもシンの無罪を勝ち取るのが困難なのに、そこまでしていたら本当に極刑よ!」
私が大きな声を出したのでみんながビクッとしてしまった。感情的になってはダメね。
「ここまではシン隊長の言い分を仮に信じたとしても、どうしても言い逃れできない案件が残っています。それについてはどう弁明するのですか?」
それまで壁に寄りかかって静観の姿勢を貫いていたタチアナさんが、最大の案件の説明を求めてきた。そうシンが「何故葵の使用済み下着を握りしめていたのか?」である。
シンは一旦口を開きかけたが何故か閉じてしまった。
はあ・・・そんな意味深なことをしたら益々疑われるのがわからないのかしら?
「弁明がないということはその下着を良からぬこと、具体的にはオカズに使用するつもりであったという認識で良いのですね? まだ若く童貞で性欲を持て余すのは仕方がありませんが、下着泥棒はいただけませんね。盗まなくともナツキに頼めば済んだものを。シン、あなたが必死に頼み込めばナツキなら大抵のアブノーマルなプレイにも応じてくれるはずですよ」
「まあ、私の使用済み下着くらいならシンが欲しいのならいくらでも・・・はっ!?」
タチアナさんの発言に誘導されるように我ながらとんでもない失言をしてしまったことに気づき、羞恥から一瞬で顔が真っ赤になったことが自覚できる。
タチアナさんの方を見ると無表情のように見えて若干口元が笑っており、明らかにシンの行為を出しにからかわれたのが分かった。
周囲の女性兵士達は私に温かい目を向けてくる。やめて! 今はあなた達の優しさと心遣いが逆に痛い。
そしてシンの方はというと・・・こちらも羞恥で顔が真っ赤になっている。まあそうなるわよね。
「さて魔国公認のバカップルをイジメるのは一旦保留にします。シン隊長、これだけ私に言われてもはや羞恥心もなにもないでしょう? 本当にやましい理由がないのなら理由を述べて下さい」
ああそうか。タチアナさんは意味なく私やシンをイジッたのでは無く、シンが話しやすいような雰囲気づくりをしてくれたのね。細かい心配りが出来るタチアナさんはやっぱり尊敬に値する人ね。
「・・・武器を仕込んでないかと確認していたんだ」
「そうですか。わかりました」
「え?」
「何か他の理由もあるのですか? シン隊長?」
「いや、ないですけど・・・それだけですか?」
「ええ。ナツキという相手がいるシン隊長がもとより下着泥棒などする必要がありませんからね。ストーキング行為についてもナツキが目を離した隙に捕虜に何か起こされたらナツキの責任問題になることを避けたかったからでしょう? さらに言えば自分が最初に葵を発見したことで関係各所に迷惑をかけてしまったことへの贖罪のつもりで勝手に監視していたのでしょう? 使用済み下着を手に持っていた理由も暗器などの隠し武器の有無の確認ためで間違いないでしょう。人は・・・とくに男はときより私たち女性からは考えられない突飛かつ意味不明な行動をすることが多々ありますから。今回は実害はそこまで出ていないのでこの場での厳重注意で済ませることにしましょう。こんなことで報告書を書くのは馬鹿らしいですから」
これで話は終わりとばかりにタチアナさんは女性兵士達に撤収するように伝え始めた。
「タチアナさんは初めからシンが無実であると確信していたのですか?」
「ええ。ですが実際に本人の口から弁明を聞きたかったですし、その際の反応も確かめたかったので少し意地悪をしてしまいました」
「でも最初に「極刑」って・・・」
「少しくらいは脅さないと真実を語らないですし、それにお灸は据えないと反省しないでしょう」
全てはタチアナさんの手のひら上だったのね。私としてはシンが無実ならそれだけで良かったわ。それにしても・・・今度私の使用済み下着をシンにあげた方が良いのかしら? 喜ぶかな?
そんなことを考えていると浴女の扉がノックされて、扉から葵が顔を出してきた。
「ナツキ、脱衣場での簡易裁判はまだかかるかな? 流石に長風呂のし過ぎでのぼせそうなのだけれど・・・」
申し訳なそうに言う葵の発言で私たちはすぐにその場を後にした。
この出来事以降、シンは葵に対するストーキング行為を辞めた。私も恥ずかしい思いをしたかいがあったのかしら?
脱衣場での一件以来、私への変な視線はなくなった
タチアナさんとナツキからは「もう変な視線の心配はないから安心して」と説明を受けたが、何故視線の心配がなくなったのか聞くと理由ははぐらかされた。
たぶん私には言えない内容なのだと思い納得することにした。
今日は遂に魔王と謁見することになっている。
魔王は多忙なためスケジュールの調整に手間取ったらしい。
私としては捕虜の身の私に国のトップが直接会うということが異常事態なのだけれど・・・それに正直私魔王にとくに用はないし。
今日の私の監視役はナツキとタチアナさんの両名が珍しくついている。
捕虜(異世界召喚者兼聖女)が自国のトップと会うのだから、いつもより監視が厳しくなるのは当たり前か。
姿は見えないけれど他にもいくつもの視線を感じる。
今のところ私は魔国に対してなんの敵意もないんだけどな~アリアを探すためにいずれは魔国を出ることになるだろうけど、この様子だと普通に送り出されそうな気がするのよね。
それならそれで良いのだけれどもし魔王が信用に値する人物だったら、アリアの所在について何か情報がないか聞いてみようかしら?
正直、元の世界にはもう帰れないと8割がた諦めているから、今はヒューマン国の王族の良心と呼ばれたアリアの安否確認が一番の目的なのよね。
万が一死亡していたら殺した奴らを八つ裂きにしてやる。
魔王に謁見に行くさ中にそんなことを考えていたものだから、殺気と闘気が漏れていたようで両脇のナツキとタチアナさんから「魔王様の首でも取るつもりですか?」と冗談交じりに言われてしまった。
「別のことを考えていただけよ」と説明したら「殺気や闘気が漏れる考え事って何よ? お願いだから脱走とかはしないでよね」とナツキ言われてしまった。
ごめんなさい。
「ここよ。この部屋の中で魔王様があなたを待っています」
両脇の2人が歩みを止めて扉の前に立って、タチアナさんが目的地に到着したことを告げた。
私はてっきりヒューマン国での謁見のように玉座に座っている魔王との謁見をイメージしていたので、目の前のこじんまりとした扉に思わず面食らってしまった。
「葵、あなたもしかして重厚感ある巨大な扉とか高い位置にある豪華な玉座で、魔王様が座って待ち構えているのとか想像していたのでしょう?」
「ええ。ヒューマン国ではそうだったからてっきりこっちの世界共通なのかと思っていたわ」
「歴代の魔王様方はそういうのが嫌いで「魔王としての威厳は大事だが華美な装飾は必要ない。はっきり言って無駄だ。そんなところに金を使う余裕があるなら国民のために使え」とみんな揃って言うらしいのよ。今の魔王様も然り、葵の目の前にある執務室=魔王様の
部屋よ。あとは大勢で議論するため会議室くらいしかないわよ」
予想はしていたが魔国とヒューマン国でここまでの差があるのね。
ヒューマン国の王族に魔王の爪の垢を煎じて飲ませたいくらね。
「コンコンコン」とタチアナさんがドアをノックし「捕虜である神崎葵を連れてまいりました」とドア越しに発言すると、中から「入れ」とだけ返答があった
タチアナさんがドアのノブに手をかけて「行きますよ」と言い、ドアが開かれた。
さっきのナツキの言葉通り部屋に入った第一印象は「執務室」だった。
全体的にシックかつ落ち着いた雰囲気で纏められた部屋で、調度品も華美なものは一切なく機能美に重点を置いた部屋だと感じた。
部屋には魔王の他にルー隊長ともう1人見知らぬ魔族の男性が魔王を守護するように立っていた。
「誰だろう?」と考えているとナツキが「私の部隊の隊長よ」とこそっと耳打ちしてきた。
あれが魔国中で噂されている公認バカップルであるナツキの旦那か。
心の中で言ったつもりが口から漏れていたようで、ナツキにお尻を蹴られた・・・痛い。
「何をやっているのですか、あなた達は・・・」
心底呆れた表情でタチアナさんに注意され、魔王の元にゆっくりと歩みを進める。
魔王まである程度距離が近づいたところでナツキの未来の旦那に「そこで止まれ」と指示を受けた。
まあそうよね。忘れがちだけど私捕虜なのよね。
守護する側としては魔王になにかあったらことだから、この位置が私が魔王に近づける限界なのだろう。
「お初にお目にかかります魔王陛下。神崎葵と申します。御多忙の中、捕虜である私に謁見の許可を頂き感謝いたします。また捕虜の身でありながら格別な配慮をしていただきこの場をお借りして感謝を申し上げます」
私が片膝をついてそう言うと魔王とナツキの将来の旦那以外(ルー隊長、ナツキ、タチアナさん)から「お前誰だよ!」みたいな胡散臭そうな視線を向けられた。
まったく失礼な人達だ。私だって命を救われたのだからこれくらいの礼節はするわよ。
「うむ、そうかしこまらんでも良い。恥ずかしながらあまり堅苦しいのは苦手なのだ。こちらに来て話そうではないか」
間近で見た魔王の第一印象は気さくな苦労人という感じだった。
確かに「王」としての風格は持ち合わせているけれど、権力で下の者達を支配するタイプではなく調和を重んじるタイプに思えた。
まあ全ては私の勝手な印象なのだけれど、国民からの人望は厚そうだ。
気さくな感じで魔王は私に声をかけて、部屋の中央にあるソファーを指さした。
魔王がソファーに座るとその真後ろにルー隊長とナツキの未来の旦那が陣取った。
「さあ座ってくれ」
「失礼します」
魔王に促されて私も対面のソファーに腰を下ろす。
すると私の隣にタチアナさんが座り、真後ろにナツキが陣取った。
「魔王様、失礼ですが私も同席させていただきます。葵は捕虜の身ですし万が一魔王様の御身に何かあるとことですので、私が葵の隣ですぐに対処するための措置ですのでご容赦下さい」
そういうと私の右隣に座ったタチアナさんは、私の利き手である右腕に自身の左腕を絡めてきた。
「少しの間不自由を強いるけれど我慢してね」と、私にだけ聞こえる声量でタチアナさんが声をかけてきた。本当に気配りができる人だ。大人の女性という感じで憧れる。
そのあとは魔王と形式的な挨拶を交わし大まかな会話の内容を簡潔に言ってしまえば私の脱走までの経緯の説明と、私が発見された状況を改めて確認しあった形だ。
そうして魔王との会話も終盤に差し掛かったところで、私のこれからについての話がされた。
「我が国としては君が魔国に敵対しない限りは、君の目的に協力したいと思っている。捕虜という身分からはまだ解放できないが、出来るだけ不自由がないように勤めるつもりだ。まあ監視役は常についている状態にはなるがね」
苦笑しながら魔王が私のこれからの扱いについて、明言した。
「私としては寛大な処置に感謝しかありませんが、その・・・ちょっとというかかなり捕虜に寛大すぎなのではないですか?」
監視付きとはいえほぼ城の中を自由に行動できてしまうのは、果たして「捕虜」と呼べるのか怪しいレベルの扱いについて直接聞いてみた。
「他の捕虜になった者たちも同じようなことを言っていたな。我々としては魔国に敵対しない限りは基本的に丁重にもてなすようにしている。もちろん我々に対して敵意や殺意をむき出しにしてくる輩や意思疎通ができない輩に関しては、牢に閉じ込めて然るべき処置はするがね。それに君は異世界召喚という言わば誘拐されたような境遇だ。それなりに配慮はして当然だと思うがね」
「然るべき処置」ね・・・友好的な捕虜は優遇して自国の利にして、敵意が強い捕虜は私が最初に想像したような捕虜の扱いになるのかしらね。
なんにせよ今は模範的な捕虜でいることが得策ね。
大方の話が終わりソファーから立ち上がろうとすると、魔王が「そういえば・・・」と言い出した。
「第4部隊と第5部隊から君を借り入隊させたいと連名で書面が届いたが、知っているかね?」
ソファーに再び腰を下ろした私がルー隊長とタチアナさん、ナツキに順番に視線を向けると3人ともニヤリとしていた。なに「してやったり」みたいな顔をしてるのよ。
「はい、一応そのような話は聞いています。けれど私は捕虜の身ですので仮に私がどちらかの部隊に配属された場合、その部隊の足並みを乱す恐れがありますのでやめた方がよいかと思います」
私が至極真っ当な意見を言っている傍らでナツキの未来の旦那が「何だよそれ、オレは聞いてないぞ!」とナツキに食って掛かっていた。
しかしナツキが凄みのある笑顔で「脱衣場」と一言いうとナツキの未来の旦那はたじろぎ「ずるいぞナツキ! その件は・・・」と言いかけたが「私は別にここで本人に暴露しても構わないわよ? ただしその後シンがどんな目で見られるかは知らないけれど」というと「分かったよ、分かりましたよ!」といじけながら返事をしていた。
気になっていた脱衣場の件について詳しく聞けるチャンスかしら? あとでナツキに聞いてみよう。
それにしても隊長が副隊長の尻に敷かれているのはどうなのかしら? この2部隊だけかもしれないけれど・・・
「ああ、その点については心配しなくとも大丈夫なようだよ。タチアナやナツキからの報告ではどちらの部隊でも君の評価は高いようだし、仕事ぶりもかなり評価されている」
「はあ・・・仕事ぶりですか? 確かにタチアナさんやナツキの書類整理や雑務は多少はお手伝いしましたが、それだけですよ?」
嘘かお世辞かはともかく私自身の行動を振り返ってみても、そこまで評価される覚えはないのだけれど?
「まずルー隊長の部隊の模擬戦を見ていた兵士達からは「ストイックかつクレイジーな聖女だ」と、かなりの人気を博しているようだね。それと両部隊の副隊長の側近からは「隊長がデスクワークをサボるから書類仕事が溜まっていて大変だったんです。副隊長の仕事を減らしてくれてありがとうございます!」という感謝が多く寄せられているな」
私が魔王の背後に立っている両隊長に視線を向けると、見事なユニゾンで目を逸らした。
なるほど。だからタチアナさんとナツキは私を自分の部隊に加入させたいのね。隊長がデスクワークをしない分を私に手伝ってほしいわけね。
手伝うのは構わないけれど条件として「隊長の減給」とか提案してみようかしら?
いかに戦場で成果を上げたとしても「働かざる者食うべからず」。デスクワークでも成果をあげないとね。
でも両部隊の兵士達からそんな風に思われていたのね。なんだか複雑な心境だわ。
「それでどうかね? 君自身は両部隊への仮入隊については?」
「私としてはデスクワークをお手伝いすることで個人では集められない情報を合法的に得ることができますし、戦闘技術の向上にもなるので願ったり叶ったりです」
「正直だね。では君の両部隊への仮入隊を許可しよう」
「一応確認ですが捕虜の身ですよ?」
「なに、前例がないわけではないのだよ。過去にも何度か魔国に対して協力的な捕虜が部隊に参加することはあった。戦場で散った者たちもいるが魔国で妻子を持って、のんびりと暮らしている者も多いのだよ」
おそらくヒューマン国の兵士だった捕虜が多いとみた。あの国は色々と劣悪だから。
「わかりました。捕虜の身ですが色々と利用させて頂きます」
「ハハハ! 面白いな君は。ではお互いの利益のために利用し合おう」
「私の利益は先ほど述べましたが、そちらの利益とはなんですか?」
「両部隊の副隊長の負担軽減だ」
「・・・納得しました」
「部隊での仕事に関しての詳細は、両部隊の副隊長から説明があると思うからそちらの指示に従ってくれたまえ」
そこは隊長からの指示ではないのね。
「私からの話は以上だが、君から何かあるかね?」
魔王にそう言われて一瞬アリアの所在関連の情報に関して探りを入れようと考えたが、今はやめておいた。
こうして実際に対面してみて魔王が少なくともヒューマン国の王族よりは人格者であることは分かったけれど、それはあくまで「魔王」個人に限ったことで魔国の上層部が全員人格者であるはずがない。一枚岩の組織なんてUMA並みに確認できないのだから。
「私からもとくにはありません。寛大な措置と貴重な時間を割いていただきありがとうございました」
「いやいや、私としても話せて良かったよ」
そのやり取りで話は終わりと判断したタチアナさんが、私の右腕を開放してくれた。
ずっと腕をホールドされていたせいか少し痺れたようだ。
タチアナさんは平気そうね。流石は軍人。
ソファーから立ち上がると私の両脇に、タチアナさんとナツキがすっと並んだ。
魔王もソファーから立ち上がり最後の挨拶を交わしたので、私が退出しようとすると「最後に1ついいかな?」と魔王に声をかけられた。
「なんでしょうか?」
「君たち以外に今回異世界から召喚された者について何か聞いたことはあるかね?」
「私たち4人以外でですか? いえ聞いたことはないですが・・・もしかしているのですか?」
もしいるとすればヒューマン国以外でも元の世界から強制的にこちらの世界に連れてこられた人達がいることになり、そして魔国はその人達の存在を知っている可能性がある。
「誤解を招く言い方をしてすまない。念のために聞いただけだ。それに確かに私の知り合いには以前に異世界から召喚された者達もいたのは確かだ」
「「いた」と過去形なのは・・・」
「もう亡くなってしまったよ。90歳まで生きた大往生だったよ。我々魔族とは生きている時間が異なるからな・・・人間の寿命は短かすぎるものだ」
どこか懐かしむような表情をしたのは、その異世界人が魔王と親しかったからだろう。
「すまない。年寄りの戯言に付き合わせてしまったな。君の目的が叶うことを願っているよ」
「失礼しました」
タチアナさんが開けてくれたドアの前で魔王に一礼して部屋から退出しつつ、魔王の最後の言葉に注意をはらう。
「君の目的」ね。私の公言している「元の世界に戻る」ことが、最大の目的ではないことを見透かしたような言い方ね。実際そう思われているのだろうけれど。
捕虜である神崎葵が退出すると魔王は少し減ったが、それでもいまだうず高く積まれた書類が置かれた自身のデスクの椅子に腰を下ろした。
「で、魔王様は葵の嬢ちゃんと実際に話してみてどうよ? 中々面白い嬢ちゃんだろ?」
魔王に対して不敬ともとれる発言をしたルー隊長に、私が返答をする前にシン隊長が感想を述べた。
「オレは認めてませんからね! なんでヒューマンの捕虜がオレの部隊に所属するなんて!」
「なんだよシン。お前さっき納得してたじゃねぇーか?」
「あれは・・・ナツキに脱衣場の件で脅されたから仕方なく・・・」
「あーそれタチアナから聞いたわ。「まさかの浮気か!? シンのストーキング&下着泥棒&女湯覗き事件」だろ?」
「何なんですかそのタイトルは! てかタチアナさんも「内密に処理します」って言っときながら、なんで一番面倒くさい人にバラしてるんですか!!」
「そりゃーお前、俺がタチアナの上官だからだろう? 副隊長は隊長に報告の義務とかあるからな」
「どう考えても別に報告しなくてもいい内容でしょうが!」
「いーや、流石に現役の隊長の性犯罪や変態的な行為は部隊や軍の規律を乱す行為になるからな、しっかりと対処していかないと・・・」
「それっぽいこと言ってますけど笑いを堪えながら言われても、なんの説得力もないですから!」
2人の愉快な掛け合いは和むのでもう少し眺めていたいが、時間は有限なのでそろそろ話を戻そう。
「パチン!」と私が手を叩くと楽し気な会話は中断され、2人の視線が私に注がれる。
「シン隊長、その件に関しては私も報告を受けている。彼女は君自身が発見した手前若干思うところがあるのは理解できるが、行動には責任が付きまとうことを忘れずに慎重に動いてくれ。君は部隊を束ねる隊長なのだから」
私の言葉を聞いたシン隊長は明らかに落ち込み「・・・はい」とだけ短い返事をした。
「そうだぞシン、隊長なんだからしっかりと自覚を持てよ!」
「あんたにだけは言われたくないですよ、そのセリフ」
ルー隊長がさっそくシン隊長をからかっている。裏を返せば落ち込み過ぎないようにメンタルケアを行ってくれているのだが、若いシン隊長はまだそのことには気づけてはいないか。
「つーか数日ねちっこくストーキングして、葵の嬢ちゃんがどんな人間かは少しは分かってるんだろう?」
「ええ・・・まあ。今のところは魔国に敵意がないのは分かりましたよ。でもオレは部隊への仮入隊には完全には納得していませんから!」
そんな捨て台詞を残してシン隊長も部屋から退出していった。
ルー隊長と2人だけになったので改めて神崎葵という人物について問うてみる。
「戦闘センスと成長速度はずば抜けてるな。とっさの状況判断も早い。それに「聖女」だから自身と周囲の回復も出来る。自身も戦える回復役なんて貴重な存在だ。あとはもうちょっと視野が広く持てれば即戦力になるだろうよ」
「お前がそこまで評価するのは珍しいな」
「事実だからな。はっきり言ってその辺の兵士よりもよっぽど役に立つと思うぜ」
「間者や裏切りの可能性は?」
「俺とタチアナ、ナツキちゃんの3人とも「その可能性はない」と今のところは思ってるぞ」
「その根拠はあるのか?」
「勘だな」
「勘なのか・・・」
「呆れ顔すんなよ。タチアナとナツキちゃんからの監視対処の報告書は魔王様も今日葵の嬢ちゃんと会う前に目は通したんだろう? それに間者だったら意識不明で深手を負った状態で川を流れてこないだろう?」
「まあ確かにそうだな」
「引き続き監視は続けて何かあったら報告するよ」
「ああ、頼む」
「じゃあ俺も仕事に戻るわ。書類片付けないとタチアナに怒られちまうからな」
そう言ってルー隊長も部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋でため息をつき脱力して、椅子の背もたれに全体重を預ける。
ひと先ず「神崎葵」の件は大丈夫だろう。
報告書は読んでいたが実際に会ってみると、魔国に敵意はなく反抗的でもない。
ただ彼女の目的が「元の世界に戻る事」というは、半分嘘だろう。
確かに戻りたいという気持ちはあるのだろう。しかし心のどこかでは「もう戻ることは出来ない」と、割り切っているようにも見えた。
おそらく他にそれよりも優先して達成したい目的があるように思える。
でなければあそこまで力と知識を急激に求めないはずだ。
それこそ私の直感がそう告げているだけで、ただの勘違いかもしれない。
しかし直感も馬鹿にはできないので、一応頭の隅にはおいておこう。
「しかしヒューマン国で召喚されたのは4人か。おっさん殿とは無関係とみて間違いないな。本当はおっさん殿という存在について聞きたかったがあれ以上踏み込んだ発言をした場合、魔国が亡びる可能性が高いからあれが限界だな」
そして最近おっさん殿とアリシアがダークエルフの捕虜たちを、届けに来た時のことを思い出す。
あのメイド服を着たシゼルと呼ばれた女性。あれはダメだ。絶対に敵にまわしてはならない存在だ。
敵にまわすどころか機嫌を損ねただけでも、国が亡ぶだろう。
一目見ただけでそう感じた。今でも思い出すと恐怖で体が震え、冷や汗が出る。
「おっさん殿の存在は世間に知られるわけにはいかない。下手をすれば世界が滅び兼ねん。それに温水洗浄便座の恩もある・・・金輪際森の外の情勢には巻き込まないようにしなければ・・・」
そして私はぬるくなったコーヒーを一口飲み、目の前の書類と格闘する。
「両部隊にではなく私の補佐に神崎葵が必要なのでは?」という考えが一瞬頭をよぎった。
今度提案してみるか?
そんなことを思いつつ書類の束に目をとおす。今日も帰宅は遅くなりそうだな・・・
ようやく最新話が投稿できました(^-^;
相変わらず執筆速度が亀さんなので、数少ない読者のみなさんに作品の存在を忘れられていないか心配です。
そして自分で作った設定を確認しながらの作業は、結構シンドイです(>_<)
わりと忘れている設定もあるので、もし「おや?」っと感じた方は指摘していただけると助かります。
できるだけ期間を空けないで投稿できるように頑張りますので、作品が気に入った方は「いいね」をしてくれると励みになるのでよろしくお願いしますm(__)m




