38話
ティアさん主催の太極拳が毎朝の日課となった今日この頃。
目に見えた季節の変化はないけど、朝方は少し気温が下がって冷えてきた。
暖房器具の整備をして冬支度の準備の時期かな?
おっさん寒くなると喉を痛めるからマスクを自作しないと。
あとハンドクリームも早い段階で冬仕様verを作成して、水仕事後の手荒れ対策を完璧にしておかないとね。
おっさん元の世界では手荒れのケアをサボっていたから、冬場はひび割れが酷くていつも手が痛かったのだ。
しかし心と時間に余裕がある今はそんなヘマはしない。目指せ美しい手!
この世界ではケガなら回復魔法を使えば一瞬で治る。でも安易に回復魔法に頼りすぎると自然治癒力が低下する。
それにいつも回復魔法が使えるとは限らない。
日常生活で治るレベルのケガは元いた世界基準で対処するのが吉。
太極拳終わりの朝風呂、そしてフルーツ牛乳という完璧な流れで気持ちの良い1日の始まりだ。
浴場から自宅に戻ると虎徹と小雪に熱烈な歓迎を受けた。
「さっき会ったばかりじゃん!」と思う反面、毎日おっさんを全力で出迎えてくれることを嬉しいとも感じる。
そしてキッチンの方から良い香りが漂ってくる。
今日の朝食当番はシゼルとレヴィさんだ。
太極拳の最中からティアさんの「お腹減った・・・」というボヤキを聞き取ったシゼルが「でしたら今日は日本らしい朝食にします」、と言っていたので白米と味噌汁は確定。
何故「お腹減った・・・」=「日本らしい朝食」になるかというと、単純にティアさんがパン派ではなく白米ラブだからである。
メインは・・・この香りから察するに焼き魚と納豆かな? あとは漬け物を添える感じとおっさんは予想!
答え合わせも兼ねて虎徹と小雪を連れてキッチンへ向かう。
キッチンではシゼルとレヴィさんが焼き魚を人数分盛り付けていた。
どうやら今朝は焼き鮭のようだ。お、納豆は予想通りだ。漬け物は沢庵ときゅうりの○ューちゃんか。きゅうりの○ューちゃんと黄色い沢庵って白米に抜群に合うよね。
運ぶのを手伝おうと申し出たらやんわり断られ、先に食卓に座っているように言われた。
はい、おっさん大人しく座ってます。
食卓にはすでにティアさんがスタンバっていた。
アリシア、セレス、アリアはまだのようだ。
席についてティアさんを見ると集中してキッチンの方を凝視していた。
「ごはん・・・まだかな」とボソッと心の声が漏れていた。
時間潰しにティアさんの様子を観察していると、残りの3人がやってきた。
「3人ともおはよう」
「おはようなのじゃ!」、「おはようございましゅ」、「おはよう」
ジャージ姿ではなくまたさっぱりとした雰囲気から、アリシアとアリアは朝トレ終わりに入浴してきたようだ。
「2人ともトレーニングの成果はどんな感じ?」
アリシアはノーライフキング先生、アリアはデュラちゃんから教えを乞うている。
「ようやくおっさん殿に貰った武器を使いこなせるようになってきたところじゃ。師匠との模擬戦では相変わらずボコられておるがのう」
アリシアは肩を回しながら「ふう・・・」と深いため息をついた。
「私はまだ刀での動きになれなくてな。やはり盾で攻撃を受ける癖がついているせいか、盾なしで攻撃をかわすという行為に不安を感じてしまうのだ」
そう話すアリアの表情はどこか深刻そうに見えた。
「アリア、眉間にシワがよってるよ。あんまり悩まない方がいいよ。だってデュラちゃんが要求してる回避って一寸の見切りでしょ? 回避の奥義みたいなのものだからそんなに簡単に習得できるものじゃないよ」
「そうなのか? でも師匠は初歩の初歩と言っていたが・・・」
「アリア、そんな高度な初歩はないから安心していいよ」
弟子が出来たからってデュラちゃんは少し張り切りすぎだな。
アリアの成長レベルにあった速度で教えてあげないと、アリアは真面目だからどつぼにハマりそうだ。
あとでデュラちゃんと話そう。
「うふふ、朝食が出来たわよ~」
シゼルとレヴィさんによって食卓に朝食が並べられていく。
白米、茄子の味噌汁、焼き鮭、納豆、沢庵、きゅうりの○ューちゃん、味付け海苔。
THE・日本の朝ごはんだ。
ただ1つ違和感があるとすれば、ティアさんの茶碗にだけ山盛りのご飯が盛られていることだ。
しかもすでに「おかわり」を予約している。あれ、そういえば・・・
「シゼル、熊師匠の姿が見えないんだけど何か知ってる?」
おっさん、熊師匠が食卓にいないと少し寂しい。
「ご主人様が来る前に空に向かって鼻をヒクヒクさせて、その後で森の上層付近に用があると言ってお出かけになられましたよ。その際に「先に朝食を食べていてくれ」と仰っていました」
「そっか。上層になんて熊師匠一体何しに行ったんだろう?」
ちなみに同じく食卓にいないノーライフキング先生とデュラちゃんは、弟子の育成について朝トレの後で筋トレ広場で熱い意見交換をしているらしい。
「それはわかりかねます」
「もう、おーちゃんせっかくの朝食が冷めちゃうわ。早く食べましょう」
「そうですね」
レヴィさんの言う通りだし熊師匠も先に食べて良いと言っていたらしいから、それではみなさんご一緒に・・・
「いただきます」
「「いただきます!」」
おっさんの「いただきます」を合図で食事が始まる。
朝トレの後だからかみんなガツガツと白米を口に運んでいく。
ちなみに日本食の時はみんなお箸を使って食事をしている。
以前におっさんが箸を使っているのに興味を持った面々が真似をしだし、今ではみんな箸を使って食事をしている。
セレスはまだ幼いから箸を使って食べるのは難しいので、スプーンとフォークで食べている。
「別に箸で食べる必要性はないのでは?」とおっさんが発言したら、「これは気持ちの問題です!」と全員から言われた。
だからなのかセレスも熱心に箸の習得にこだわっている。
おっさん的には美味しく食べられて楽しく食事できれば良いのだが・・・
「「おかわり!」」
ティアさん、アリシア、アリアの3人が同時に茶碗を空にしておかわりを要求した。
君たち食べるの早くない? ちゃんと噛んで食べてる?
ちなみにおっさんとセレスもおかわりはするけど、もっと後の話しです。
「あらあら、朝から気持ちの良い食べっぷりね。うふふふ」
レヴィさんが3人から空になった茶碗を受け取り、炊飯器に向かう。
ちなみに我が家では基本的にみんなおかわりをするので、炊飯器は業務用レベルのものを使用しています。
「うふふふ。ご飯の量はどのくらいにする?」
「超大盛りを希望」
「妾は普通盛りで」
「私も普通盛りでお願いする」
実はティアさんだけは3杯目なのに1杯目と同じような超大盛りだ。
というかティアさん1杯目、沢庵ときゅうりの○ゅーちゃんのみで完食しているよ。しかもしれっと自分で2杯目をよそっているし。
なかなかの玄人具合だ。
「おーちゃん、今日の朝食はどうかしら? 私の溢れんばかりの愛情をたくさん込めたのだけれど? うふふふ♪」
レヴィさんがニコニコしながら見つめてくる。なんで頬を赤らめているんですか?
「レヴィ、訂正してください。私の僅かながらの愛情も入っています。それと愛情をいくら込めようと味に変化はありません」
「シゼルちゃんは相変わらずいけずね。もっとおーちゃんにラブラブビーム出せばいいのに♪」
「そんな非現実的なビームは発射されるどころか存在すらしません」
シゼルとレヴィさんの間に凄まじい力の奔流が発生している。
前ほどではないけど・・・近くにいる人間としてはマジで怖いです。
「えーとご飯はすごく美味しいですよ。美味しいからもう少し安心して食べさせてもらっても?」
絶対強者達の力に当てられたら、流石のおっさんでも食欲が落ちるよ?
「え? おーちゃんは食べさせて欲しいの? わかったわ! はい、あ~ん♪」
レヴィさんが焼き鮭をほぐした身を箸でおっさんの口許に運んでくる。
「食べさせてもらっても」だから文章の意味としては間違ってはいない。でも今の状況打破の方法としては不適切だ。
もしかしてレヴィさん・・・わざとシゼルを煽っている?
「折角ですけど自分で食べられるので大丈夫です」
これ以上緊迫した状況が悪化するのを避けるため、レヴィさんの申し出を断った。
「え~おーちゃんのいけず」
おっさんの言葉を聞いたレヴィさんは鮭の身を掴んだ箸を自らの口に運んで、残念そうにしていた。
おっさんとレヴィさんの様子を冷めた目で見ていたシゼルは、レヴィさんのおっさんイジリが終わったのを確認すると食事を再開しだした。
これで安心して朝食を味わって食べられる。
ティアさんが5杯目の茶碗を空にして満足し、みんなで「ご馳走さま」をしてしばし和んでいると玄関のドアが開かれた。
「あ、熊師匠が帰ってきた」
「そのようですね」
玄関から感じる熊師匠の気配におっさん達が反応すると同時に、セレス&虎鉄と小雪がダッシュで熊師匠のお出迎えに向かった。
この歳になると食事してからすぐに動けなくなるな~とおっさんは密かに思いました。君たち食後によくそんなに機敏に動けるね。やっぱり若さかね~
お出迎え組に歓迎された熊師匠はどこか嬉しそうに見えた。
「お帰りなさい熊師匠」
「ぐぁ!」
「朝食はお召し上がりになりますか?」
シゼルが熊師匠に朝食の有無を確認すると、熊師匠は「ぐぅあ!」と元気よく食べる意思を示しました。
熊師匠・・・今朝はかなりの空腹のようだ。良かったですね、今朝は好物の鮭ですよ。
熊師匠の返事を聞いたシゼルとレヴィさんが立ち上がり、熊師匠の朝食の準備に取りかかる。
その間に熊師匠は担いでいたものをソファーに寝かせ、洗面台で手洗いうがいを済ませ食卓についた。
食卓に並べられている料理はおっさん達と同じだが、その量は熊師匠仕様である。
ちなみにお皿や茶碗も熊師匠のイラストが入った専用である。
「ぐぅあぐぁ」=「いただきます」
熊師匠は大好物の焼き鮭にかぶりつき、一杯目から納豆を乗せた白米をほうばっている。
食卓には熊師匠以外の他のメンバーも座って、食後のお茶を飲んでいる。
そしておっさん以外のみんなの視線は熊師匠の後ろにあるソファーに向いている。
「熊師匠。今朝は何かあったんですか? 急に上層付近に出掛けたと聞きましたが・・・」
食事中に無粋だと思いつつも、熊師匠の出掛けた理由が気になったので聞いてみた。
「ぐぅーあ、ぐぁ」
シゼルとレヴィさんに白米とお味噌汁のおかわりを頼みつつ、おっさんの質問に答えるように熊師匠が箸を持っていない左手で後方のソファーを指差した。
「ソファーがどうかしたんですか?」
「ぐぅーあ、ぐぁ・・・」
熊師匠が困ったような表情をした。え、何ですか? 現実から目を背けるなですって? はてさて何のことですか? おっさんの視力は正常ですよ!
「ご主人様・・・」
「おーちゃん・・・」
熊師匠のおかわりを持ってきた二人に、何故か哀れみを込めた目で見られてしまった。
「なあアリシア殿。おっさん殿は一体何を言っているのだ? ソファーには・・・」
「アリアよ、それ以上は言ってやるな。おっさん殿は意地でも現実逃避したいのじゃ」
食後のお茶を飲みながらおっさんの行動に対してコソコソ言うアリアとアリシア。
終いにはセレス&虎鉄と小雪に不思議そうに小首を傾げられる始末だ。
まだだ、おっさんはまだ諦めない! 諦めたらそこで・・・
「ご飯の人・・・いい加減に現実を受け止めた方が良い。いかに過酷な現実でも美味しいご飯を食べれば問題ない」
誰もが結論を言わなかったのに、以外な伏兵ティアさんによって止めを刺されるおっさん。
「ぐぅは!?」
「これは致命傷ですね。良かったですねご主人様。今回も巨乳ですよ」
シゼルが空になったおっさんの湯飲みに追加の玄米茶を注ぎながら、最後の一撃を入れてくる。
「熊師匠・・・なんで拾ってきたんですか?」
おっさんが恨みがましい視線で熊師匠に問いただすと、熊師匠はキョトンとした表情をして「人間(?)が倒れていたらここに運んでくるんじゃないの?」とアリシアとアリアを見ながら返答された。
やべえ・・・言い返せないよ。
考えてみればおっさん前科がありますもんね。
観念して現実を直視するとソファーには全身に擦り傷があり、服のところどころが破れた女性が横たわっている。
種族はアリシア曰く「ダークエルフ」とのこと。
ダークエルフは褐色の肌に赤い瞳、白髪が特徴らしい。
またアリシア曰くダークエルフはエルフより遥かに巨乳とのこと。
確かにおっさんが元いた世界でも「エルフ=貧乳」というイメージがワリと浸透している。
純潔のエルフという種族を見たことがないため何とも言えないが、アリシアの口ぶりからするとエルフという種族は胸部が慎ましい種族なのだろう。
「おっさん殿、とりあえず回復させてはどうじゃ?」
アリシアが珍しくまともなことを言いやがった。何か腹立つ。
「そうだな。で、回復はおっさんがやるの?」
「第一印象が大事ですよ。ご主人様」
いや、気を失っている相手に第一印象もクソもないと思うんだけど。
それより回復した途端に目を覚まして、不審者扱いされることをおっさんは非常に心配してます。
「ご飯の人よ、腹を括ることを推奨する」
今日はティアさんが要所要所で鋭い一撃を放ってくるな。満腹だから機嫌が良いのか?
おっさんが諦めてソファーに横たわっているダークエルフに回復魔法をかけようとすると、セレス&虎鉄と小雪がソファーにかじりついて匂いを嗅ぎまくっていた。
初見の匂いチェックだね、わかるよ。
ダークエルフに回復魔法をかけると全身の擦り傷は綺麗に消えて、安らかな寝息をたてはじめた。
致命傷がなかったのはもともとなかったのか、熊師匠が回復したのかは不明だが命に別状がないならまあいいか。
「シゼル、彼女に何か毛布のようなものをかけてくれる? おっさんが目のやり場に困るんで」
そうなのだ。服の所々が破れているため、見えてはいけない部分が際どい感じになっているので正直なんとかしてほしい。
「毛布をかけるのは構いませんが、よろしいのですか?」
シゼルが神妙な表情で問いかけてくる。え・・・何か問題があるのだろうか?
「毛布をかけなければダークエルフの際どい姿を目に焼き付けることが可能ですよ」
「はあ・・・結構です。おっさんそこまで性欲をもて余してませんから」
何を言い出すかと思えば・・・シゼルはたまにおっさんを18禁ルートでいじって楽しんでいる節がある。
レヴィさんが来てからストレスが貯まっているのかな?
「そうですか。ご主人様最近体調はどうですか?」
「? 別にいつもと変わらず普通だけど??」
「最近自室のゴミ箱にある固く丸まったティッシュの数が減っているので、私としては心配です」
「シゼルさんや。そういう心配はしなくていいから! それと公衆の面前でおっさんの性事情を暴露するのはやめて。流石のおっさんも恥ずかしいから!!」
シゼルの言葉を聞いた女性陣はおっさんの方をガン見してきたかと思うと、それぞれが何らかのリアクションをしていたがおっさんの精神衛生上気にしないことにした。
くいくいっとおっさんの服を引っ張られる。
視線を下に向けるとセレスが小首を傾げ心配そうな表情をしていた。
「みんなどうしたの? おっさんしゃんはどこかわるいの?」
今のやり取りを聞いていたセレスは、どうやらおっさんの体調が悪いと解釈したようだ。
セレスや、おっさんの癒しは君だけだよ。
「大丈夫。おっさんは元気だよ。安心して」
そう言って頭を撫でてあげるとセレスは嬉しそうに笑って、アリシアの方に向かっていった。
「ふう・・・全く純粋な子供がいるんだから、アダルトな話題は控えてよねシゼル」
「すみません。おふざけが過ぎました」
頭を下げて謝罪するシゼルに対してどうしてか頭を撫でたくなり、流れで撫でてしまった。
撫でてから「あ、これ殺されるかも・・・」と思ったのだが、意外にもシゼルは頭を下げた状態を維持しておっさんに頭を撫で続けられている。どうしよう・・・この状態。
「あー! おーちゃんがシゼルちゃんを甘やかしてる~私の頭も撫で撫でして♪」
おっさんとシゼルのやり取りを見ていたレヴィさんが、何故か羨ましがって頭を下げようとしてきた。
しかし頭を下げきろうとした瞬間、手のひらにあったシゼルのサラサラの髪の感触がなくなった。
「レヴィ、熊師匠の食事が終わったようです。片付けをしますよ」
いつの間にかシゼルがレヴィさんの顔にアイアンクローを決めて、キッチンへ連行していきました。
とりあえず一件落着?
「ところで熊師匠、どういう状況でダークエルフの女性を拾ってきたんですか?」
食事が終わって玄米茶を飲んで和んでいる熊師匠に保護の状況を確認する。
「ぐぁーぐ、ぐぅあ、ぐぅあ」
熊師匠曰く「今朝鼻で感じる空気に妙な匂いを感じたらしく暇だから確認しに行ったら、上層付近の洞窟にボロボロの状態で倒れていた」らしい。
命の危機に関わるような傷がなかったから、そのままゲットしてきたらしい。
熊師匠にとって「ダークエルフの女性」=「戦利品」という認識らしい。
今朝は大物ゲットですね! おっさんにとっては「ダークエルフの女性」=「厄介事」という認識です。
「それでダークエルフの女性はどうしますか? 熊師匠の戦利品(?)ですから面倒は・・・」
「ぐぅあ!」
「・・・マジですか」
熊師匠のお言葉を直訳すると「ゲットして満足したからおっさんにあげる」だそうです。
いらんわ! サンタさんにこんなプレゼント頼んでないわ!!
おっさんが頼んでいない熊師匠からの時期じゃないクリスマスプレゼントにうな垂れていると「わん!」というおっさんを呼ぶ虎鉄の声が聞こえた。
尻尾をブンブン振っている虎鉄の方を見ると、ダークエルフの女性が身じろぎをしていた。
覚醒の前兆があったから教えてくれたのね。ありがとう、虎鉄。
「ここは・・・どこだ? 私は生きているのか?」
ダークエルフの女性が体を起こすと、かけてあった毛布が床に落ち・・・る寸前で小雪がキャッチ。やるな、小雪。
キョロキョロと周囲を見渡したダークエルフの女性は、おっさん達を視界に収めると大量の汗をかきながらガタガタと震えだした。
「キャー変質者!」と叫ばれて免罪の流れになると思ったんだけど、何か様子が変だな。
体の怪我は治してあるから精神的なダメージがぶり返して恐慌状態なのかな?
「ご主人様、ダークエルフの女性が恐慌状態に陥っている原因は我々だと思いますよ?」
おやおや~シゼルがおかしなことを言い始めたぞ。さっきの撫で撫でが原因か!?
「見当違いなことを考えているのが表情に出ていますよ、ご主人様。ダークエルフの女性はなまじ精霊に愛されているせいで、私達の力が異常なレベルであることを感じ取ってしまったのでしょう」
あ~だからあんなにガクブル状態なのか。おっさんやアリシア、アリアは除外するとしてもこの場には熊師匠と神(?)みたいな存在が3人もいるからな・・・そりゃ~一般人には酷だわ。
「おーちゃんはしれっと自分を原因から除外しているけれど、おーちゃんも私達サイドなのよ? 自覚はなさそうだけれど」
熊師匠の使用したお皿洗いが終わったレヴィさんが、ハンカチで手を拭きながらおっさんを強者の枠に入れようとする。レヴィさん、おっさんは弱者サイドの人間(?)ですよ。
あ、良かったらハンドクリーム使いますか? 水仕事の後は入念に塗っておかないと手荒れが心配ですからね。
え? 塗ってほしい? 自分で塗ってください。
両手を差し出してニコニコしてもダメです。後ろでシゼルが見てますよ。
そうです。初めから自分で塗って下さい。
「大丈夫、落ち着くのじゃ。ここにはお主の敵はおらんよ。だからゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着かせるのじゃ」
恐慌状態のダークエルフの女性にアリシアが優しく声をかける。
おや? 珍しくアリシアが最初に世話を焼いたな。
もしかしてダークエルフは種族的には魔国所属なのかな?
「はあ、はあはあ・・・あなたはもしや魔国の魔女アリシア様ではありませんか?」
ダークエルフの女性はアリシアを視界に収めるなり、ソファーから降りて跪いた。
何か新鮮な光景だな。おっさんの認識では「アリシア」=「魔国の幼女」だから崇め奉られている光景を見ると何故だか笑える。
「そんに畏まらんでも良い。妾はすでに隠居したような身じゃ。それにここでは妾なぞひよっこみたいなもんじゃからな」
大人モードのアリシアが肩をすくめながらおっさん達の方を見る。
アリシアの認識もおっさん強者サイドなのか・・・納得いかん!
アリシアの言葉を聞いたダークエルフの女性はまたビクッと震えた。
「まあそう怯えんでも大丈夫じゃよ。お主が彼らに敵対行動をとらぬ限りは殺されることはないのじゃ。それでお主はどうしてこの森で倒れておったのじゃ?」
そうそう、おっさんもそれが知りたいのよ。
「実は・・・ダークエルフの集落がヒューマンに襲撃されたのです」
「何故お主らがヒューマンに襲撃されるのじゃ? 何か思い当たることはあるのか?」
あっさりと答えが聞けると思ったのだが、アリシアの質問に対するダークエルフの女性の返答は沈黙だった。
その瞬間、おっさんの面倒事センサーがビビっときた。これ以上聞くと確実に面倒事に足を突っ込む予感・・・
「あのさ、アリシアこれ以上は無理に聞かなくても良いんじゃないかな? 彼女も話しづらい内容みたいだし」
「ご主人様」
「おーちゃん」
「ご飯の人」
「「シャーラップ!!」」
何故か予想外の方向から注意を受けた。why?
「話しづらい内容なら無理に話さんでも良い。ただもしお主が妾に助けを求めるなら、微力ながら力になってやれるかもしれん」
アリシアの言葉を聞いたダークエルフの女性は、俯いて肩を震わせ始めた。
「・・・お願いします。私達を助けて下さい」
「何があったのじゃ?」
「私達の村は魔国の端にありヒューマンの国との国境に近いです。そのため・・・あの・・・」
話すと言いながらダークエルフの女性はアリシアの顔色をうかがいながら、黙り込んだ。
「何故黙り込むのじゃ? あ~もしかしてお主の村がヒューマンの国と魔国に無断で交易していること、それと情報を密告していることがバレることを恐れて黙り込んだのか? それなら心配ないのじゃ。もう知っているのじゃ」
アリシアの言葉を聞いたダークエルフの女性は、「はっ!?」とした表情をしてアリシアを見た。
「何じゃそんなに驚いた顔をして。お主らがヒューマンの国と通じていることなどとうに知っておるわ。そもそも国境付近の村には隣接している国と接触の可能性があることなど、想定の内じゃ。お主らがヒューマンの国と「何を売り買いしたのか?」「どんな情報を売ったのか?」なんてことは筒抜けじゃ。じゃから気にせず話すと良い」
ダークエルフの女性はポカーンとした表情をしたかと思うと、謝りながら泣きじゃくり始めた。
「黙りの次は泣くのか? 感情の起伏が激しいやつじゃのう」
小言を言いながらもダークエルフの女性の背中を優しく撫でて、落ち着かせるアリシア。
こんなにまともなアリシアを連続で見るとは・・・明日は天変地異が起こるのではないだろうか?
あとで建物とその他諸々の補強をして、結界をはっておこう。
「落ち着いたか? お主が何を言っても妾はちゃんと聞いてやるぞ?」
アリシアの再三にわたる説得で、ダークエルフの女性は少し落ち着いたのか深呼吸をして再び話し始めた。
「アリシア様の仰る通り私達の村では頻繁に国境のヒューマンの国と交流がありました。お互いに双方の国の特産品や情報をやり取りすることで、利益を得ていました。そのお陰で近隣の村よりも少しですが裕福な暮らしが出来ていました」
「まあそうじゃろうな。特産品はともかく情報の方は内容によっては高く売れるからのう。じゃがお主らが売った情報の大半は魔国の上層部が選定した情報じゃ。最初から他国に流しても問題ないものじゃから妾達はお主らの行動を黙認しておったのじゃ。それに他国の情報も入手できるしのう」
なるほど。最初から国境付近の村は隣接している国と通じること前提なワケだ。
だから監視をして他国に流す情報を最初から自分達で選定して、リークしても問題ない情報だけを故意に流していたのか。
たぶんどの国も同じようなことをしているのだろう。知らぬは情報を密告していると思っている当人達だけか。
「でもある日見慣れない人間達と見たこともない異形の化け物がやってきて、私達の村を襲撃して同胞を拘束し村を焼き払ったんです」
アリアの時も思ったけどヒューマンの国は、何でそんなに好戦的なんだ?
もっと国同士で協力もしくは利用し合えば効率が良いのに。もしかして・・・正真正銘のお馬鹿さんなのか? 絶対に関わりたくない類いの国だね。
「うん? お主らは抵抗しなかったのか? 曲がりなりにもお主らは魔族でしかも魔法が得意な種族じゃろう。いかに異形の化け物が相手でも簡単にはやられんと思うのじゃが?」
「私達もそう思っていました。でも実際は・・・魔法が効かなかったんです」
「魔法が効かなかったじゃと? どういうことじゃ?」
「魔法で攻撃したら敵に近づくにつれて徐々に威力が弱まっていって、着弾する直前で消滅したんです。広範囲攻撃でも同じような感じで攻撃を防がれたんです」
「魔法無効化じゃと? そんな馬鹿な・・・その技術は魔国でもようやく実用段階まで達したレベルじゃぞ。とても実践投入出来るものではない。それをヒューマンの国が先んじて実践投入じゃと・・・」
アリシアが「魔法無効化」に興味を引かれて、一人言をブツブツと言い始めた。
「おっさんが端から聞いてる限りだと「魔法無効化」というより「魔法弱体化」のように聞こえるけど。それより話が逸れてダークエルフの彼女が困ってるから、本筋に戻してあげれば?」
積極的に関わるつもりはないけど、話が進まないので少し合いの手を入れたあげた。
「おっとすまんのじゃ。話を進めてくれなのじゃ」
アリシアに促されてダークエルフの女性は再び話始めた。
「魔法が効かなかったので弓矢や近接武器で応戦したのですが、弓矢はともかく私達の種族は近接戦闘は苦手だったので徐々に戦況が不利になり最終的に化け物どもに負けて拘束されてしまいました」
ダークエルフの女性は悔しそうに拳を握りしめ、その手からは血が滲んでいる。さぞかし悔しかったのだろう。
「しかしお主だけは逃げのびて今ここにいる、何故じゃ?」
アリシアの目付きが鋭くなった。もしかしてスパイの可能性を考えているのだろうか?
でも他国に流す情報をコントロール出来るなら、もしスパイがいた場合すでに判明していると思うけど。
「私は・・・戦局が不利になり始めた時点で父に近隣の村に情報を伝え、助力をこう名目で逃がされたので難を逃れました」
目に涙を浮かべながら語るこの姿がもし演技だったら、素晴らしいレベルの演技力だ。
普通の人間相手なら十分通用するだろう。しかしここにいるのは「普通」じゃないレベルの者達ばかりだ。万が一嘘だった場合はすでに気づかれて拘束されているだろうから、嘘ではないのだろう。
「兵士と化け物どもに追撃されたのですが、一か八かこの森に逃げ込むことで追っ手から逃れました」
「結果として追っ手からは逃れられたから良かったものの、お主無茶をするのう」
アリシアが指を額に当てて呆れた表情をしている。あ~そっか、この森って外の世界からしたら魔境扱いだもんね。いくら追っ手から逃れるためでも、この森に足を踏み入れることは死を意味するから呆れてるわけね。
「なんとかこの森に逃げ込んだのですが追っ手の姿が見えなくなったので、気が抜けたのか意識を失ってしまったようで気がついたら・・・」
「ソファーで寝かされていたというワケじゃな」
「はい・・・」
大体の事情は把握したけどこの流れだとアリシアは魔国に戻って、ダークエルフ奪還のために動くのかな? その場合はセレスも一緒に帰還になるな・・・寂しくなるな。
「おっさん殿・・・」
「短い期間だったけどわりと楽しかったよ。魔国に戻っても達者でなアリシア」
「何を言っておるのじゃ? 妾は魔国に戻る気などないぞ?」
「え? じゃあなんでこの流れでおっさんに声をかけたの?」
「ダークエルフの女性の気分を落ち着かせるために、お風呂を借りて良いか尋ねるためじゃ。それと何か軽食をもらえないか聞くためじゃが?」
えーこの流れで何故そうなるの? 今後どんな展開になるんだろう・・・知りたくないな。
「別に構わないよ。シゼル、お風呂って沸いてる? それと朝食のあまりとかある?」
「朝食はあまりがありますので問題ありません。お風呂に関しては15分程で入浴可能です」
「さっぱりしてからご飯の方が良いか。それじゃアリシアはお風呂が沸く間にトイレとお風呂周りの説明をしてあげて。始めてだと色々とわからないだろうから」
おっさん宅は元の世界の技術を基準に制作してあるから、こっちの世界の住人には使い方の説明が必須になる。
「わかったのじゃ。と、その前に魔王に連絡しても良いかのう? 流石に自国の村が襲撃を受けたのじゃ、動いているとは思うが一応確認と情報収集を兼ねてじゃのう」
「あれ? アリシアって念話使えたんだっけ?」
「以前から使えてはいたがここで修行するようになってから念話可能距離が格段に伸びてな、魔王城くらいまでなら余裕じゃ!」
ノーライフキング先生との修行の賜物だね。
「おーい小童魔王聞こえておるか? 妾じゃ、アリシアじゃ!」
「!? 念話か? ビックリさせないでくれ。危うく心臓発作で死ぬところだったぞ!」
「突然の念話に驚いて心臓発作で死んだ魔王か・・・後世に語り継がれるな。良かったのう」
「いや良くはないだろう。それよりよくここまで念話が届いたな。おっさん殿に中継してもらっているのか?」
「いや、妾が自力でお主と念話をつないでおる」
「なんだと!? いつの間にそこまで・・・」
「凄いじゃろう! 妾もこの歳になってここまで成長できるとは思っておらんかったわ。まあ、その分みっちりしごかれたからのう・・・」
なんかアリシアが遠い目をしている。ノーライフキング先生も容赦ないから結構な地獄を味わったんだろうな。
「妾の成長話はあっちに置いておいてお主、領内のダークエルフの村が襲撃されたのはもう知っておるじゃろう?」
「ああ、もちろんだ。さっき先遣隊から報告があったところだ」
「それで村はどんな状況だったのじゃ?」
「報告によると火を放たれたようで壊滅状態で、村人の姿はなかったそうだ」
「その村人というのは生存者のみか? それとも死体も含めてか?」
「両方の意味で誰も確認出来なかったそうだ」
「生きたまま拉致したのか、それとも死体にして持ち帰ったのか。どちらにせよエルフ系統の種族は全身が貴重な魔力媒体じゃからな。死体がないのも不思議ではないのう」
「アリシアよ、今回の出来事をどうみる?」
「どうみると言われてものう・・・まず目的がわからんのじゃ。ヒューマンの国の強行は今に始まったことではないが、今回の襲撃はいかんせん雑すぎるのじゃ。一歩間違えば魔国だけではなく同盟国を巻き込んだ大戦になりかねんのじゃ。現状奴等にそれに対応出来るだけの戦力はないじゃろうし、かといってそれが分からぬ程愚かではあるまい?」
「そうなのだ。襲撃があってからもヒューマンの国に特別な動きは確認できないし宣戦布告もない。不気味なくらい何のアクションもないのだ」
「つまり今回のダークエルフ拉致はヒューマンの国の総意ではないと言いたいのか?」
「その通りだ。あの愚王もその辺りはきっちり線引きしていたし、第1王子に至っては他国民を拉致をするほど暇ではあるまい。もしそんなことをする可能性があるとすれば・・・」
「あのマットな王女の仕業じゃろうな。おそらく愚王も第1王子も知らんのじゃろう。今ごろは襲撃の件がバレて他の王族に糾弾されている頃ではないかのう?」
「だとしてもだ、魔国としては自国の領地が襲撃されて領民まで拉致されたのだ、このまま何もしないという選択肢はない!」
「じゃがヒューマンによる襲撃だという確固たる証拠があるのか? それがない限りは「ヒューマンの国以外の襲撃ではないか?」と言い逃れされるぞ?」
「そう、それが問題なのだ。まさにさっきまでその件で幹部達を召集して会議をしていたところだったのだ。しかし途中から穏健派と強硬派が揉め始めてな・・・会議室の外から中の音を聞いている限りだと乱闘しているようだったな」
「会議室の外じゃと? お主は今どこにおるのじゃ?」
「巻き込まれたくなかったのでな、すぐに自室に避難したよ」
「お主のう・・・それにしても仮にも魔王が会議室から出ていくのに誰も気がつかなかったのか?」
「そこは強硬派をワザと焚き付けて興奮状態にして、混乱のうちに隠密スキルを駆使してな!」
「お主・・・本当に魔王か?」
「ああ魔王だ! 一応な!!」
「はあ・・・まあ良い。そんな会議から逃げてきた魔王に朗報じゃ! 件の襲撃された村のダークエルフが妾の目の前におる」
「何だと!? それは本当か?」
「たわけ、この状況で嘘などつくか。村が襲撃された際に近隣の村に助けを求めるために1人逃がされたらしいのじゃ」
「・・・待て。アリシアの目の前にいるということは件のダークエルフはあの森にいるのか?」
「そうじゃ」
「ただのダークエルフがたった1人でその森にだと? 一体どうやって?」
「簡単な話じゃ。助けを求めに村を出たのは良いが案の定追っ手に追われてのう。一か八かでこの森に逃げ込んで追っ手を撒いて安心して気を失っているところを、熊殿に発見されておっさん宅に運ばれてきたのじゃ」
「それは幸運だったな。それでそのダークエルフから話は聞けたのか?」
「うむ、間違いなくヒューマンの部隊だったそうじゃ。しかも見たことのない異形の化け物同伴だったらしい」
「異形の化け物ね・・・あの王女の実験体だな。襲撃された村の住人の証言がある。これで行動に移せるな。取り急ぎヒューマンの国に抗議と拉致されたダークエルフ達の解放を要請する」
「奴等が素直に襲撃の事実を認めて謝罪して、ダークエルフ達を解放すると思うのか? 妾はあくまでシラを切ると思うぞ?」
「襲撃された村の住人の証言があっても、ヒューマンの国が襲撃を事実を認めないと?」
「認めんと思うぞ。考えてもみよ、生き残りの証言なぞいくらでも捏造できるしあくまで本人が「襲撃された村の生き残り」と言っているだけでそれが事実かどうかどう証明するのじゃ? 相手はヒューマンじゃぞ? いつも通りのらりくらりと屁理屈を並べてうやむやにするのが関の山じゃろう」
「そこまで性根が腐っていると?」
「腐るどころか性根すらもはやあやつらにはないじゃろう。それに拉致されたダークエルフが未だに無事か怪しいところじゃからな。あのマッド王女のことだからすでに3分の1くらいは実験材料にされていると思うぞ」
「だろうな。しかしそこまでだろう。少なくとも愚王と第1王子が襲撃の事実を知ったなら、それ以上の暴挙は許さんだろう。流石に手駒の勇者が戦力として育つまでは全面戦争は避けたいだろうからな」
「じゃな。ならばしばらくはダークエルフはこちらで保護しておいた方が良さそうじゃな」
「ああ、そうしてくれ。世界で一番安全なのはその森だからな。とりあえず強硬派には報復の準備をさせつつ、同盟国の助力を得ながら外交ルートでまず正式に抗議する予定だ」
「懸命な判断じゃな。おっさん殿には妾からことの次第を説明しておく。しかし報復の準備はするのじゃな?」
「強硬派を抑える名目が必要だからな。それに俺も自国の民が襲撃されて激怒しないほど温厚ではないよ」
「腑抜けておらんようで感心じゃ。しっかりと魔王しておるようで安心安心」
「魔王だからな。では進展があったら連絡する・・・と言いたいが俺はこんな長距離の念話は出来ないからな。さてどうしたものか」
「妾が3日ごとに念話すればよいじゃろう。午後イチくらいで良いか?」
「ああ大丈夫だ。ではまた3日後に」
「うむなのじゃ」
「あ。それとあの便座を試作したのだがどうにも上手くいかないのだ。おっさん殿に試作品を試してもらいアドバイスをもらい・・・」
「あやつはどれだけ温水洗浄便座に執着しとるのじゃ・・・もしかして痔にでもなったのか?」
「それでアリシア、魔王さんは何だって?」
「魔国は襲撃の事実をちゃんと掴んでおったよ。今は魔国内で今後についての議論の真っ最中だそうじゃ。まあ初めは外交ルートで抗議する線が濃厚じゃな」
「自国民が拉致られても流石にいきなり全面報復戦争はしないんだな」
「短絡的にそんなことをすれば襲撃した連中と同レベルになるじゃろうが。じゃが強硬派の連中はすぐにでも報復しろと吠えているようじゃがな」
確かに感情を優先すればすぐにでも報復だろうけど、魔王さんは穏健派だから最初は外交で抗議&圧力をかけていくつもりなんだろうけど・・・内心ははらわたが煮えくり返っているんだろうな。
はあ・・・森の外の世界はしがらみだらけで聞いてるだけで胃が痛くなる。
「おっさん殿、それでなんじゃが・・・」
「うん、良いよ」
「・・・妾まだ何も言ってないのじゃが」
「話の流れから察するに魔国がヒューマンの国に外交ルートで抗議するまたは武力による報復行動に移る間、彼女をここで保護して欲しいとかでしょ?」
おっさんがしれっとした顔で「お願い」の内容を口にすると、アリシアが驚きと何故か微妙(?)そうな表情をした。
「うむ、まあそうなんじゃが・・・いつもならもっとごねて嫌がるじゃろう。 何故今回はそんなにあっさりと受け入れたのじゃ?」
何だろう。周囲のみなさんがおっさんに対して驚愕の表情と未知の生物を見るような視線を向けてくるのだが。
何? その反応。おっさんが即OKしたのがそんなに意外なの!? 失敬な!
「みんなの反応に何か釈然としないものをおっさん感じるけど、とりあえずそれは一旦置いておいてと。だってこの流れ的にもう断るという選択肢ないじゃん! 退路を断たれているどころじゃなく、最初から退路がねーよ! そもそも熊師匠が保護した人を無下にできないからね。だったら最初から観念して揉める時間をなくした方が良いと考えた結果だよ」
おっさんの言葉を聞いたダークエルフ以外のみんなが「あのおっさんが・・・成長しましたね」とか言って、ハンカチで涙を拭っているんだけど。
「あーおっさんが勝手に保護することを許可しちゃったけど、みんなはそれで良い?」
保護するということはおっさん以外のみんなにも何かしらの不便を強いることになるから、しっかりとみんなの意見を聞かないとね。自己中はダメ!
「私は構いませんよ。ご主人様の奇行にはもう慣れました」
「うふふ、おーちゃんは優しいわね~」
キッチンでダークエルフの女性の食事の支度をしているシゼルとレヴィさんは、保護に賛成っと。
「私は私のご飯の量が減らなければ問題ない」
ティアさんはご飯以外興味なしっと。
「私も保護することに賛成だ。元王族としても心苦しいし流石に見過ごせない」
アリアも賛成。
「「わん!」」
虎鉄と小雪は・・・なんかわかってなさそうだけど楽しそう。
「おねいちゃんかわいそうだからくまさんかしたあげるの」
セレスは優しい子にすくすく育っているね♪
熊師匠は・・・あ、はい賛成ですね。
アリシアは聞く必要なし!
「おっさん殿、一応妾にも流れ的に確認のために聞いて欲しいのじゃ! 仲間外れは嫌なのじゃ!!」
「いやだって、アリシアから保護の提案がされたワケだし聞く必要ないでしょ?」
「まあそうなのじゃが・・・うーもう良いのじゃ!」
何で若干むくれているんだ? まあ気にしない方向で行こう!
さて、保護することは決定したけれど保護される当の本人が可哀想なくらいキョロキョロしているので、又聞きでもう大方の内容は聞こえているとは思うけど説明しましょう! アリシアが!!
「じゃあアリシア、彼女に今とこれからの状況を説明してあげて。さあ、どうぞ!」
「思いきり妾に丸投げじゃな。魔国との窓口が妾じゃから仕方ないが・・・まあ良い。ダークエルフよ、もう大方の状況は妾達の会話を聞いて把握しておると思うが現在魔国がお主の村襲撃の件でヒューマンの国に外交ルートで抗議し始めておる。ヒューマンの国の返答次第では武力行使も辞さない構えだそうじゃ。それとまだ期間は未確定じゃがお主の身柄はしばらくここで預かることになった。理由はこの場所が世界で一番安全じゃからじゃ。言わずもがなこんな恐ろしい森に近づく者はいないからじゃ」
おいコラ「恐ろしい」の部分でこっちを見るんじゃないよ。失礼な。おっさんは全く怖くない人畜無害の存在だよ。
「最後にお主には酷な話になるが先に言っておくのじゃ。拉致されたお主の村の住人達じゃが、必ず全員が無事に戻ってくる可能性は低いことを今から覚悟しておくことじゃ」
アリシアの残酷な一言にダークエフルの女性は歯を食いしばって俯いてしまった。
ダークエルフの女性も頭では理解しているとは思うけど、他者からその事実を突きつけられると中々堪えるよね。
確かに何らかの実験材料に使用するために拉致られたのなら、当然もう村の住人の3分の1くらいの人数は原型を保っていない状態になっている可能性が高い。
それくらい頭のネジが飛んでいるマッドサイエンティストがヒューマンの王族にいるらしい。
というか王族がそんなんでよく国として機能して維持できているもんだ。当の昔に国が滅んでいてもおかしくないと思うんだけど。
それに魔国やら隣国にも好戦的らしいし。それでも滅びないということは何か「タネ」があるのかな?
国民全員に強力な催眠(暗示)をかけて国のために働く奴隷にしているとか、はたまた人自体を原料にしたエネルギープラント施設みたいのがあるとか。
まあ何にせよホントろくな国じゃないな。
「・・・わかってはいます。現実的に考えて村のみんな全員が無事に戻ることはないことは。それでもみんなが戻ってくると信じたいんです!」
「気持ちはわからんでもないしお主が仲間の無事を祈るのも止めはせん。ただ最悪の事態は想定しておくことに越したことはないのじゃ。でなければ最悪の事態の際にお主の心が壊れてしまうからのう」
「はい・・・」
流石に年の功。最善は尽くすような言い方をしているが「絶対に助ける!」みたいな無責任かつ無理なことは言わない。
「希望」を持つなとは言わないけど「下手に大きすぎる希望」は持つもんじゃないからね。「希望」が大きいほど酷な現実を受け止められなくなるからね。
「一応現状把握とこれからの方針がわかったところで、もう沸いているはずだからお風呂に行ってきたら? おっさん宅の狭い浴槽で申し訳ないけど、汚れを落としてサッパリしてきなよ。その昔缶ビールを飲みながらとある女性が「風呂は命の洗濯よ!」って名言を言っていたよ。とりあえず湯船に浸かって温まっておいで」
おっさんの提案を聞いてアリシアが座り込んでいるダークエルフの女性を立たせて、脱衣場に一緒に向かって行った。
「ごめんねシゼル、レヴィさん。片付けが終わったのにまたキッチンに立たせちゃって」
一度片付けを終えた人をまたキッチンに立たせるという面倒な作業をさせてしまった。ちょっぴり申し訳ない。
「問題ありません。大した手間ではありません」
「そうよ~おーちゃんは気を遣いすぎよ。うふふ」
ダークエルフの女性の朝食を用意しつつ、おっさんに返答する2人。
本当に大した手間ではないのだろうが、一度綺麗に片付けたキッチンをすぐに汚すのはなんていうか・・・ね。洗いものがすぐに復活したときの何とも言えない気持ち・・・みんなわかる?
「それでご主人様は彼女をどうするおつもりですか?」
追加の朝食を準備しながらシゼルがそんなことを聞いてきた。
「どうするも何も現状は保護一択じゃない? 熊師匠が拾ってきたのもあるしアリシアというか魔王さんからも、魔国とヒューマンの国のゴタゴタが落ち着くまではうちで匿って欲しいらしいし。まあ、仕方ないから保護するしかないでしょ」
シゼルに返答しつつ玄米茶からシフトした冷えた紅茶を飲む。うむ、旨い・・・これはダージリンかな?
「いえ保護とかそういうことではなく新たな巨乳女性キャラの登場でしたので、てっきりご主人様のことですから憔悴状態の今のうちに自分好みに調教するのかと思いまして」
「あらあらシゼルちゃんもそう思ったの? 私もおーちゃんが彼女をどう調教するのか考えていたところよ。うふふ」
キッチンにいる2人の発言を無防備状態で聞いたおっさんは、思いきり紅茶を吹き出してしまった。
志村○んにも褒められそうな見事な吹き出しっぷりを披露してしまった。
おっさんの見事な吹き出しっぷりに虎鉄と小雪は驚いてビクンと反応し、アリアにはまるでおっさんを介護するかのように背中を優しくさすられ、熊師匠はセレスに「お行儀が悪いからマネしないように!」とおっさんを出汁に教育を施していた。
食後のデザートを堪能していたティアさんには無言で箱ティッシュを、まるで西部劇のバーでショットグラスをテーブルの上を滑らすかごとく渡された。あ、どうも助かります。すみませんねデザートを食べている最中に。
おっさんの目の前に人が座ってなくてホント良かったわ。もし誰かが座っていたら大惨事だわ。
え? 何が大惨事かって?? おっさんの生命が大惨事になるんだよ!
「子供の教育上よろしくないから公衆の面前で破廉恥な発言はやめなさいと何度も言っているでしょうが! なんか最近2人とも以前に比べてはっちゃけてない? 主にアダルト路線で」
おっさんが吹き出した紅茶をティッシュで拭きながら、2人の最近の変化について言及してみた。
「ご主人様を虐めて気分転換しているだけです」
「私はおーちゃんをからかって反応を楽しんでいるのよ? うふふ」
そう言って振り向いたシゼルは冷笑を浮かべ、レヴィさんは微笑を浮かべていた。
おっさんはあなた達の玩具ですか!? 理由がタチ悪いわ!
ティッシュでしっかりと吹き出した紅茶を拭き取った後で、念入りに「クリーン」の魔法をかけておく。
だっておっさんが一度口に含んだものだからね、普通にばっちいじゃん。
「90%の冗談はさておき、滞在中彼女はどうしますか?」
「まあ基本はアリシアに面倒を見てもらうとして、彼女の心が落ち着いてやりたいことがあるなら好きにやらせる感じでいいんじゃない? 心身ともに憔悴している彼女におっさん達が無理に絡む必要はないし、こういう場合は下手に行動するとろくなことがないからね。なので基本はアリシアに全投げの静観スタイルでおっさんはいくつもり」
そうなのだ。最近のおっさんは俗世にかかわり過ぎている。
日々平穏な引きこもりライフをこれ以上脅かされるわけにはいかんのです。
「Don′t touch me. Leave me alone.」状態です。
「90%の冗談の部分には反応してくれないのですね」
「だって反応したら更なるおっさんいじりが始まるでしょう。その手にはのらないよ」
「少し目を離した隙に成長したな、ご飯の人よ」
吹き出した紅茶の片付けが終わって椅子に腰かけたおっさんに、いつの間にかショートケーキを食べているティアさんがキリっとした表情でサムズアップしてきた。
・・・口の端に生クリームがついてますよ。あ、そっちじゃなくて逆側です。
箱ティッシュからティッシュを2枚ほど引き抜いて、ティアさんの口許を拭く。
「サンクス・・・」
流石に恥ずかしかったのか俯いてしまった。え、このなんとも言えない雰囲気はおっさんのせい?
とりあえず現状打破のためにティアさん前にアップルパイとザッハトルテをホールのまま置いてみた。
2つの新たな獲物を視認したティアさんは秒で顔を上げて、アップルパイとザッハトルテを自身の手元に引き寄せた。
余談だがその際の動きは予備動作もなく、まったく見えなかった。
「流石は私が見込んだご飯の人、空気が読める、私はご飯の人なら必ずどうにかしてくれると信じていた」
そう言うと食べかけのショートケーキを一瞬で口に収めて、ホールのままのアップルパイを食べ始めた。
そんなに恥ずかしかったんだ。さっきのショートケーキを一瞬で食べたのはもしかして照れ隠しか?
「ちなみにおーちゃん、彼女が村の仲間の復讐を望むとするじゃないその場合おーちゃんはどうするのかしら?」
ダークエルフの女性の朝食を準備し終えたレヴィさんが、おっさんの目の前の席に座り頬杖をつきながらそんなことを聞いてきた。
あ、ちなみに準備が終わった朝食はアイテムボックス(時間停止ver)に入れて、いつでも食べられるようにしてあります。
紅茶のおかわり? 欲しいです。ありがとうシゼル。あ、おっさんの隣に座るんですね。どうぞどうぞ。
「どうすると言われてもねえ・・・アリシアには復讐のアシストを求める可能性はあるけど、初対面の怪しいおっさんに復讐の片棒を担がせる異常者はいないでしょう。それに復讐するなら自分の手でやりたいじゃん。だから「鍛えてくれ」的な要求なら多少の助言はするかもしれないけど、復讐そのものには関与しないかな」
レヴィさんに答えながら新たに入れてくれた紅茶を飲む。ん、タオル? あーもう拭かないから大丈夫だよセレス。ありがとうね。
おっさんがまた紅茶を吹き出すと思ったのか、セレスがタオルを持ってきてくれた。優しい子に成長してくれておっさんは嬉しいよ。え、ロリコンじゃないよ?
「あらあら、関与しないと言いつつ求められれば間接的には手伝っちゃうのね~やっぱり彼女が巨乳だからかしら? 巨乳好きのおーちゃんとしてはほっとけないのかしらね。うふふ」
「もう巨乳好きなのは否定しませんけどそれが理由じゃないですよ」
「あらあら、じゃあ理由はなんなのかしらね~うふふ」
レヴィさん笑顔が何故か怖いです。何故か不倫を追求されている男の気持ちが少しわかった気がする。
「おっさんの個人的な意見ですけど「復讐」は別に悪いことではないし、その時の状況にもよるけど先に手を出した方が悪い。「やったらやり返される」ってとあるシャーマンキ○グを目指している少年も言っていましたしね。ただその場合は復讐を実行した自分にも「やったらやり返される」が適応されることを忘れないことですね。おー怖い怖い」
おっさんは聖人君主じゃないからね。復讐したけりゃすればイイさ。ただし自分の力でね。
まあアリシアが止めるとは思うけどこの森の住人達(おっさんを除く)が強者だからといって、安易に自身の復讐に巻き込んだり利用しようとしたら所属が魔国のアリシアと拾ってきた熊師匠には悪いけどおっさんが敵として処理しよう。
おっさん利用するのもされるのも嫌いなので。
「私も彼女は確実に復讐すると思うわ~ただ相手が国単位だからどの程度相手に被害を与えられるかは微妙なところね。魔国?が完全に武力行使路線にのって支援したらそこそこ復讐相手の国にはダメージを与えられるけれど、復讐相手本人には傷をつけるどころか出会うこともなさそうね。仮に復讐するとしても成功は望みが薄そうね、うふふ」
紅茶の入ったカップの飲み口を指でなぞりながらレヴィさんが微笑んだ。
レヴィさん達からしたらこの世界の生物たちの小競り合いはさぞ愚かで滑稽に見えるだろうな。
この世界の人間っておっさんから見ても何か微妙な種族だと思うからな・・・
神(?)だが悪魔(?)が何でそこそこ知能を持った生物を、多種族を作り出したのか是非とも一度聞いてみたい。
人間という1つの種族間でさえ仲良く出来ないのに、自分達と同等かそれ以上の知能を持った生物と手を取り合って共存できる可能性など皆無である。
出会った瞬間に以下の流れになるだけであろう。
① お互いの腹の探り合い
② どうやって相手を出し抜いて従属させ利用するか考える
③ 本格的な戦争の前に軽く相手の弱味を握って脅す
④ 醜い小競り合いから戦争に発展
大体この流れになって勝った方の種族に支配されるのがオチだろう。
生物の進化には知能が必要不可欠だが、下手に知能を持たせるとろくなことが起きない。
「それなら最初から生物に知能なんて与えなければ良かったのでは?」とおっさんは考えたが、おそらく生物に知能を与えた神だか悪魔だかがこう反論するだろう。
「それじゃあ面白くない」
神(?)や悪魔(?)にとっておっさんを含む生物の全ては、彼らの暇潰しの道具でしかないのだろう。
雲の上のそのまた上の方から下界を見下ろしながら、シミュレーションゲームをプレイしているようなものだ。
下界を見るのに飽きてきたらときたま文化的な要素を1ランク上げたり、チートアイテムを導入して世界のバランスをわざと崩して面白がっているに違いない。
おっさん達の存在と行動の1つ1つが、神(?)と悪魔(?)に娯楽を提供しているということなのだろう。
そう考えると腹立たしい限りである。
おそらく神(?)のような存在であるシゼル、レヴィさん、ティアさんはそれぞれ下界というか異なる世界の文化やら食に興味を持っていることから上の世界から覗いていたんだろうけど、さっきの要領で考えると彼女達にとっておっさんは娯楽を提供する存在ということになる・・・うん、ていうか最初からおっさんそんな扱いだったことを今思い出したわ。
チキショー真面目に考えて損した。
何やらお風呂場の方が騒がしい。何かあったのか?
リビングにいる全員がお風呂場の方に目を向けていると、タオル姿のアリシアが困り顔でこちらにやってきた。
え、ダークエルフさんがジャグジーと壁掛けモニターに驚愕してるって?
それはそれは・・・ちなみにモニターには何の映像が流れているの?
「イ○ディージョー○ズ」? タイトルは? 「最後の○戦」・・・あれは名作だ。是非そのまま最後まで見せてあげなさい。
あ、でも湯あたりには注意するようにね?
おっさんの言葉を聞いたお守り担当のアリシアがため息をつきながらお風呂場に戻っていく。
お、床に水滴が垂れていない。魔法ってこういうときホント便利♪
「鑑賞している作品が映画ですと、彼女の朝食は2時間後くらいでしょうか?」
シゼルが壁にかけてあるおっさん渾身の鳩時計を見ながら呟いた。
「そうなるね。追加で朝食を作ってもらった2人には申し訳ないけど」
「最後の○戦」を見ることを推奨したのはおっさんなので、とりあえず謝っておく。
「別にご主人様のせいではありません」
「そうね。おーちゃんは悪くないわ」
朝食がお流れになったことに対して2人は特に気にした様子はないようだ。
心が広いね~
「それじゃあ各々やることやりましょうか」
おっさんの合図でそれぞれが今日の生活を開始し始める。
魔王さんや、厄介ごとに発展する前に手早く彼女を回収よろしくです。
ちなみにダークエルフの彼女も例に漏れずにウォシュレットに感動していました。
やっぱりこの世界は痔持ちが多いのだろうか?




