37.7話 ~勇者脱走 side 加藤涼太~
「途中で衛兵と戦闘したせいで、合流時刻に間に合うか微妙だな・・・」
今俺は最低限の隠密行動をしつつ、傭兵との合流地点に急いでいる。
「それにしても予定外の出来事に弱いな、俺は・・・」
合流地点まであと少しというところで、俺は変態ギルマスの忠告を忘れて戦場で気を抜いてしまった。
俺の視界には地面に生えているはずの雑草が見えていた。
一体何が起こったのか? 一瞬理解できなかったが、頭上からの侮蔑の声で自分が地べたに倒れていると認識した。
「おいおい、こんなヤツ1人捕まえるのに正規兵どもは一体どんだけ時間かけてんだよ。無能か? 無能の集まりなのか?」
「私たちを基準にしたら、正規兵などクズの集まりでしょう。それに成長途中とはいえ賢者ですから、クズ達では苦戦もするのでしょう」
頭上からの声から察するに確認できる敵は2人のようだ。
静かに手足が動くことを確認して、動き出すタイミングを見計らっているといきなり両手足に激痛がはしり、さらに頭に強い衝撃があった。
「おいおい、ずいぶんと寝たふりが下手な賢者だな。そんなんじゃー立派な狸になれないぜ?」
横目で自分の右手を見て何が起きたか把握する。氷の槍が俺の両手足を地面に縫いつけているのだ。
激痛の正体はこれか。頭の衝撃は・・・シンプルに踏まれている。
この2人は今の俺よりも遥かに強い。脳内で逃げる算段を何パターンか考えたが、どれも俺の実力不足で上手くいくビジョンが浮かばない。
「確かに随分と静かな狸ですね。痛みに耐えかねて悲鳴をあげたり、助けを求めて泣き叫んでもよいのですよ? その方が面白いですし」
正直、俺は積んだかもしれない。命乞いをしてもこいつらを喜ばせるだけだろう。だったらいっその事ここで自ら命を絶つか・・・
「があっ!?」
「おいおい出来ないことをやろうとするもんじゃないぜ、狸賢者ちゃんよ」
頭に乗せられた足にさらに力が加えられ、俺の頭が地面にめり込み頭蓋が悲鳴をあげ始める。
「どうせ捕まるくらいなら自害しようとか考えてたんだろう? やめとけやめとけ、お前みたいなあまちゃんは他人の命どころか自分の命も絶てやしないさ」
「ううう・・・舐めるなよ」
馬鹿にされて頭に血が上り、その勢いで舌を噛みきろうとしたが・・・
「ようやく口を開いたか狸賢者。で、舌を噛みきろうとしたんだろうが出来ねえーだろう? 簡単に考えてるかもしれねえーが自殺ってやつは案外難しいんだぜ。ぶっちゃけ誰かに殺される方が数段ラクなんだよな。自分の中では固い決心をして死ぬつもりでも、奥底にある生存本能が直前で邪魔をする。それにプラスお前はあまちゃんだ。自殺なんて天地がひっくり返っても出来ねえーよ」
「流石、経験者の言葉には説得力がありますね。感動しましたパチパチ」
「うるせえ!!」
頭上で楽しそうに掛け合いをする敵を尻目に、俺は自分の覚悟の無さに絶望した。
しかもその事実を敵に指摘された。俺は・・・弱い。
「ほら、あなたが体だけでなく精神まで痛めつけるから狸ちゃんが完全に諦めちゃったじゃないですか。罠にかかった野生の狸でももう少し抵抗するのに・・・やっぱり温室で育った狸は平和ボケしているみたいですね」
もう反論する気力すら失った俺は、完全に諦めていた。
「とりあえずあの人体実験大好きっ子王族のところに連れていくか。それで大金が貰えるなんて随分と楽な仕事だぜ」
「そうですね。今夜は朝まで晩酌ですね。大金も入りますし、少し奮発してイイつまみで1杯やりましょう」
もう俺のことなど眼中にない敵は、仕事終わりの打ち上げの話をしだした。悔しいがもう抵抗しても無意味だろう。
「あーこのまま連れてってもいいが、途中で最後の抵抗をされても面倒だから四肢を切り落としておかねーか? 傷口をこんがり焼いておけば出血死はねーだろう?」
「脳筋のあなたにしては名案ですね。ただし言い出しっぺはあなたですから、胴体はあなたが運んで下さいね。私は切り落とした四肢を運ぶので♪」
「プシュッ!」
奇妙な音がしたかと思うと地べたにはりつけになっている俺の視界に、額に穴が開いている男の死体が飛び込んできた。
「敵!? どこから・・・」
「プシュッ!」
再び奇妙な音がしたかと思うと、俺のすぐ後ろで何かが倒れる音と衝撃を感じた。
一体何が起こっているのか理解できずに俺が混乱していると、背後に気配を感じた。
「指定された時間になっても姿を現さないから、念のため周囲を見回って正解だったみたいね」
聞き覚えのない女性の声がしたかと思うと、両手足に液体をかけられた。
「痛っつ!!」
一瞬の激痛の後に傷が治ったことを確認して、かけられたものがハイポーションだと認識した。
立ち上がろうとしたが体に上手く力が入らずに、後ろに転倒して尻餅をつく形になってしまった。
「大丈夫?」
目の前の女性から手を差しのべられ、その手を掴んで立たせてもらう。
「念のためハイポーションを飲んでおいて。この後の脱出に支障がでると困るから」
言われた通りハイポーションを飲むが、相変わらず不味い。
「ギルマスの言う通りね。あなたはもう少し緊張感と危機感を持った方がいいわよ。今のハイポーションに毒が仕込まれていたら、あなたは死んでるわよ?」
指摘されて気づいた。さっき死にぞこなったのにもう俺は・・・なんで何の疑問を持たずにハイポーションを口にしたんだ? 目の前の女性が確実に味方であるとは限らないのに。
「へこんでいるところ悪いけれど、予定が押しているの。動けそうなら今すぐにでも行動を開始したいのだけれど?」
「まさか・・・君が傭兵ギルドの?」
「カナメよ。よろしく護衛対象さん」
変態ギルマスから18歳の女性だとは聞いていただが、見た目はもっと幼く見える。
肌は色白で目はアメジストのような紫色。
背は女性にして高く、引き締まった鍛えられた体をしている。腰まで伸びたくすんだ銀髪をゴムで結んで纏めている。
上は黒のTシャツにサバイバルベスト、下はダメージジーンズのような服を着ていた。
しかしそれより気になっているのが・・・
「君が右手に持っているのは銃じゃないか?」
「ええ、銃ね。それが?」
「何故銃を持っているんだ? この世界に銃は存在しないはずだ。まさか俺達と同じ・・・」
「ストップ。それ以上の個人的詮索は契約違反にあたるけれど、それでもいい? あなたの護衛任務は今ここで終了になるわよ? その場合は今ここで私はあなたの敵になる可能性があるけれど?」
確かにあの契約書には「傭兵に対する個人的詮索は禁止」という記載があった。
あのときはそこまで深く考えなかったが、あれは「傭兵の中にいる異世界人に対する詮索の防止」が本当の意味合いだったのか。
「すまなかった。契約は破棄しないから護衛を続けてくれ」
「わかったわ」
詮索したい気持ちはあるが、今は国外脱出が優先だ。
「こっちよ、ついてきて」
カナメが先導して魔法障壁に穴を開ける予定の場所へと案内を始める。
走り出したカナメに俺も必死についていこうとするが、信じられないことにカナメの走るスピードに全くついていけずそれどころか息が上がり足を止めてしまう。
地面に手をついて呼吸を整えていると、視界にカナメの足元が入る。
「確認のために聞くけれど、それで全力?」
「ああ」
悔しさから返事がぶっきらぼうになってしまう。
「そう。時間が惜しいからあなたを担いでいくことにするわ」
「はあ?」
俺がカナメの言葉の意味を理解する前に、カナメに抱きかかえられ視界が高速で流れ始めた。
いわゆる「お姫様だっこ」の状態だが、羞恥よりも驚きの方が大きかった。
速い。ただただ速いのだ。
俺が全力で移動した時とは比べものにならない速度で、周囲の景色が流れていく。
そして流れていく景色の中に、幾人もの王国兵と思われる人間が倒れているのが見えた。
「あの倒れている兵士達は・・・」
舌を噛みそうになりながらも、どうしても聞いておきたかったので聞いた。
「移動の支障になりそうだったから、先に処理しておいたわ」
そう言った彼女の表情に変化はなく、そんなことに興味はないという感じにみえた。
「何を考えているか知らないけれど、この世界では人の命は下から数えた方が早いくらい軽いものだからあまり気にしない方がいいわよ」
カナメなりの気遣いなのか、そんなことを言われた。
「ああ、わかっている。それでも慣れないものは慣れないんだよ」
「そう。でも今はあなたが感じている感情はお門違いよ。あなたは「わかっているつもり」なだけ。そもそもあなたが国外脱出をしようとしなければ、さっきの兵士達は死ぬことはなかった。彼らが死んだ原因を作ったのはあなたなの。仮に直接手を下してないとしてもね」
「それは・・・」
「そんな感情を抱くようなら、最初からこんなことをしないことをオススメするわ。もう遅いけれど」
「・・・そんな簡単に割りきれないさ」
「そう。無駄話はここまでにしましょう。そろそろ魔法障壁に着くわ」
そう言われて前を向くと数人の男女が俺たちを待ちわびていた。
「おい、カナメ遅刻だぞ!」
「私のせいじゃないわ。護衛対象がヘマをしたから時間に間に合わなかったの」
カナメのその一言で、その場にいる全員の視線がお姫様だっこ状態の俺に注がれた。
「・・・確かにヘマしそうだな」
「お姫様だっこ逆バージョン・・・ぷっ」
「男児としてなんと恥ずかしい!」
「ぷっ・・・さあ、仕事仕事♪」
・・・何も言い返せない分、俺が一番恥ずかしいよ。
魔術師と思われる女性2名が魔法障壁に手をかざし、詠唱を開始する。
するとものの1分たらずで魔法障壁に人が1人通れるほどの穴が開いた。
「じゃあ、行くわ」
「俺たちもすぐに撤収するが、ヘマすんなよ」
「しないわよ」
カナメはそう言うと再び加速して先に進み始めた。
「魔法障壁を出たがこの後はどうするんだ?」
「どうするって?」
「いや、獣国にはこのまま徒歩で移動するのか?」
「いいえ、この森を抜けて国境の城壁を越え次第乗り物を使うわ。それともあなたはこのまま移動したい?」
「遠慮したい」
確かに俺よりも遥かに移動速度が速いため、この移動方法は効率的だが・・・俺のメンタルがもたない。
「そう・・・止まるわ」
そう言ったかと思うといきなりその場で立ち止まり、木の影に隠れた。
「どうしたんだ? 急に?」
「敵よ」
「どこだ!?」
「静かにして。迎撃するから一旦降ろすわ」
「ああ、わかった」
俺が地面に足をついていつでも降りられる体勢になったのだが、いっこうに降ろされる気配がない。何故だ?
「おい、どうして早く降ろさない?」
「降りたいなら私の首にまわしている腕を解いてくれないかしら?」
そう指摘されて初めて自分が彼女の首に腕をまわして、しがみついている状態であることに気づいた。
「す、すまない!!」
自分の現状にようやく気がついた俺は、すぐに腕をほどいてカナメから離れる。
自分の顔が赤面して熱くなっているのが自覚できる。
これでも健全な年頃の男子だ。女性のしかも美人の顔が間近にある状況に何も感じないわけでなはい。
「片づけてくるから、あなたはここにいて」
右手にハンドガン左手に大型のナイフを装備したカナメは、まるで近所に気軽に散歩し行くような口調だった。
「俺にも何か手伝えることは?」
「ないわ。あなたはここで気配を消して待機していて。すぐに戻るわ」
そう言い残しカナメは俺の視界から一瞬で消えた。
確かに足手まといの護衛対象に下手に動かれたら迷惑か・・・
「しかし暗い森だな・・・月明かりがかろうじて木々の間から漏れていなければ本当に暗闇だな」
することもなく暗闇を見ていると、思考がマイナス方向に引っ張られるような気がする。
俺が国外脱出をするせいで、今も敵味方問わず多くの兵士達の命が失われている。
俺の個人的事情で・・・まあ俺自身もこの世界の人間の身勝手な事情で強制召喚された被害者なわけだが。
そのことを差し引いても俺の選択は本当に正しかったのだろうか? もっと他に良い方法があったんじゃないか? さもなければ最初から間違っていたのか?
「頭を抱えて何を後悔しているのか知らないけれど、片付いたわ。行くわよ」
自分でも自覚のないうちに頭を抱え込んで俯いていたようだ。視界にカナメの足が映る。
もう戻ってきたのか・・・時間にして3分も経っていないと思う。流石プロだな。
「何してるの? 早く立って」
「・・・何人殺したんだ?」
「26人よ」
「そうか・・・」
また俺が原因で敵とはいえ間接的に人が死んだ。
「時間が惜しいから、あなたの意思は無視して仕事をすることにするわ」
俺の葛藤などをお構いなしに、お姫様抱っこ状態で再び運ばれる。
次に気がつくと暗い森を抜けて、重厚な壁が見えていた。
「あれは?」
「正気に戻った?」
「ああ・・・」
「あの壁がヒューマン国の最西端、西の国境を守るジュール砦よ」
「あの砦も突破するのか?」
「いえいえ、砦の横に転移陣があるの。それで国外の中継地点まで飛ぶわ。いまだに騒ぎが王城付近に集中しているのに、今ここで騒ぎを起こす意味はないわ」
そういうとカナメは俺をお姫様だっこした状態で、砦付近の大きな滝に足を向けた。
実に見事な滝に見えた。いわゆる直瀑というやつだろうか? こんな時でなければゆっくりこの光景を眺めていたいくらいだ。
「それで転移陣はどこにあるんだ?」
ざっと付近を見回したがそれらしいものが無いようだが・・・
「そこよ」
カナメの視線の先には深い滝壺しかない。
「・・・まさかとは思うが、この滝壺の中か!?」
「いくわ」
「え、ちょっと待っあああああああ!」
カナメはそういうと俺をお姫様だっこしたまま、滝壺に飛び込んだ。
「臭うな、ここは・・・」
「王都から垂れ流された汚物が溜まっている場所だから、当然ね」
滝壺に飛び込む瞬間に反射的に目をつむり、次に目を開いたら悪臭が漂うヘドロが溜まった湖にいた。
ここはヒューマン国と獣国のちょうど中間地点にある、通称「最湖」。
ヒューマン国から垂れ流された汚物やら異物、死体が流れ着く終着点だそうだ。
ちなみに獣国は汚物などは垂れ流さずに、自国できちんと処理しているらしい。
「なんでこんな場所を転移陣の出口にしたんだ?」
カナメが滝壺に飛び込む瞬間、魔法障壁を展開してくれたおかげでずぶ濡れにならずに済みまたこのヘドロの上を平気で歩けているが、わざわざ何故こんな場所を選んだのか。
「ヒューマン国と獣国の中間地点でどちらの国にも行きやすいから。それと「こんな場所」だからよ」
ようやくお姫様だっこから解放された俺の前を歩くカナメがそう言った。
「確かに「こんな場所」には誰も近づかないな。そういう意味では転移陣の設置場所には最適なわけだ」
「そういうことよ。もうじき湖を出るわ」
5分ほど暗闇の中を歩くと、何もない荒野に出た。
「それでこの後の乗り物というのは?」
「これよ」
カナメが右手を前にかざすと、車が出現した。
「な!? 車!!」
「ええ、車ね」
俺の目の前にはこの世界では存在しない、しかも三○デ○カのような車がある。
「やっぱり君は俺達と同じ異世界からの・・・」
「契約を破棄したいの?」
「・・・すまない、忘れてくれ」
カナメに色々と聞きたいのは山々だが、ここで護衛契約を破棄されたら困る。
「なら早く乗って」
「ああ」
すでに運転席に乗っていたカナメに急かされ、助手席に乗る。
「酷い悪路はないれど、一応シートベルトはしてくれる」
「わかった」
「じゃあ、出発するわ」
カナメがアクセルを踏んだのか車が徐々に進み、加速しだす。
車内は沈黙しかない。
俺としてはカナメに聞きたいことが山ほどあるのだが、契約違反になるので聞けない。
こんなことならもっと契約書の内容を吟味し、疑問を持つべきだったな。
「ヘッドライトを点けてないが、こんな暗闇の中で前方が見えているのか?」
沈黙に耐えかねて話しかけていた。
「心配ないわ。夜目はきくし暗闇に適応するスキルをいくつか持っているから。それにヘッドライトをつけたら目立つわ」
「そうだな・・・じゃあタイヤ痕は? 万が一追手に追跡されたら?」
「それも心配ないわ。あと数分で大雨が降るから、消えるわ」
「はあ? 雲なんてないぞ。その証拠にこんなに月明かりが明るい・・・なんだ、アレは?」
数分前まで星が輝き、月が煌々と輝いていた夜空が真っ黒い巨大な雲に覆われていく。そしてフロントガラスに「ぽつぽつ」と数滴の雨粒が落ちてきたかと思うと、数秒で土砂降りになった。
「信じられない・・・さっきまで雲はなかったのに。何で大雨が降るとわかったんだ?」
「わかっていたんじゃないわ、「知っていた」だけ」
カナメの言っている意味がわからない。「知っていた」というのは一体どういう意味だろうか? ・・・まさか。
「この天候の急激な変化は人為的に起こされたものなのか?」
「ええ」
カナメはこともなさげに返答したが、これは恐ろしいことである。
空は全ての大地の上に存在する。天候を操作できるということは作物に被害をあたえ食料難を招いたり、大雨を継続的に降らせ土砂崩れを引き起こしたりと間接的だが回避できない攻撃をあたえることができるということだ。
そんなことができる人間が異世界召喚されたもの以外にいるのか。
カナメに聞きたいこと、これからのこと、葵のこと・・・色々なことを考えていたら瞼が重くなってきた。
「眠いなら寝て構わないわよ。起きていてもやることはないもの」
ハンドルを握り視線をこちらに向けないカナメに、そんなことを言われてしまった。
確かに車内で俺に出来ることはないし、正直眠い。
言い方にトゲを感じるのは気になるが、ここはお言葉に甘えて眠らせてもらおう。
少なくとも「契約期間」の内は、カナメが俺の敵になることはないはずだから。
「そうだな。すまないが少し眠らせてもうらうよ。かなり疲労が溜まっていたみたいだ」
寝ると決心すると心と体は正直なようで、すぐに猛烈な眠気が襲ってきた。
「そう。おやすみなさい」
カナメのその一言を最後に俺は意識を手放した。
「ううう・・・」
最初に感じたのは眩しさだった。瞼を閉じていても眩しさを感じる。
次に感じたのはコーヒーの匂いだ。この世界に召喚されてからは一度も嗅いだ記憶にない懐かしい香りだ。
元の世界にいた頃は毎朝飲んでいたコーヒーの香ばしい香り。
ようやく意識が覚醒してくる。どうやら眩しさの正体は朝日の光だったようだ。
「夜が明けたのか・・・」
「ええ、明けたわね。おはよう、よく眠れた?」
独り言のつもりだったので、隣から返答が返ってきたことに寝起きだったので驚いてしまった。
「ああ・・・そういえば雨は上がったんだな」
「ええ、獣国に近づくにつれ止むように調整してもらったから」
「そうなのか。ところで俺はどれくらい眠っていた?」
「約3時間ほどね。ちなみに、あと30分くらいで獣国の国境砦に着くわ」
そう返事をしたカナメの左手には元の世界ではお馴染みの「U○Cの缶コーヒー」が握られていた。
「あなた、朝食は?」
「アイテムボックスに食料が入っているから、適当に済ませるよ」
すぐに食べられそうなものを見繕い、口に運んで早々に朝食を済ませる。
「お手洗いは?」
「正直に言えばいきたい」
「小の方? それとも・・・」
「小の方だよ!」
「そう。20メートル先に背丈ほどの岩が転がっている場所があるわ。車を止めるから済ませてきて」
今のやり取りのおかげで完全に目が覚めた。お手洗いと言えば・・・
「不躾なことを聞くが、君はお手洗いは大丈夫なのか?」
「あなたが寝ている間に済ませたから問題ないわ」
「そうか・・・」
一体どこで済ませたのだろうか? これ以上は深く聞かない方がいい気がする。
「止めるわ。済ませてきて」
車から降りて背丈ほどの岩がゴロゴロと転がっている場所で、放尿する。
「護衛対象をこんな見通しの悪い場所に1人にして大丈夫なのか?」という疑問が浮かんだが、カナメほどの実力者ならば問題ないのだろう。
放尿から戻ってみると、カナメが車から出て体をほぐしていた。
運転しっぱなしは疲れるだろうから当然か。
懐かしさからか、つい車の上に置いてあるコーヒーの缶に目がいってしまう。
「あなたも飲む?」
俺の熱烈な視線に気がついたカナメが、なんとコーヒーをくれそうだ。
「くれるのか?」
「いらないの?」
「欲しいです」
「そう。ブラック、それとも微糖?」
「・・・ミルクコーヒー缶でお願いします」
「わかったわ」
ほんの一瞬だけ微妙な表情をされたが、気にしないことにしよう。
なんにもない空間からお馴染みの「U○Cミルクコーヒー缶」がカナメの手に現れた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
手渡された缶は絶妙に冷えており、まさに飲み頃の温度であった。
プルを開けて飲み口を口に運ぶ。旨い。このちょっと甘めの感じが懐かしい。
気づけば一気飲みしてしまったようだ。
俺が空になった缶を見つめていると「もう1本飲む?」とカナメが言ってくれたので、俺はノータイムで頷いていた。
今度はゆっくりと味わうように飲む。この甘さが疲労した体に染み渡る。
ゆっくりと残りを飲み切ったタイミングで「そろそろ出発したいのだけれど、大丈夫かしら?」と聞かれたので「大丈夫だ」と、幾分回復した頭と体で答えた。
「見えてきたわ。あれが獣国の国境砦よ」
カナメの視線の先にはヒューマンの国で見たものに負けず劣らず、重厚な城壁が佇んでいた。
流石に国境を守護する砦だけあって、多数の武器が搭載され兵士の数も多いようだ。
段々と近づいてくる城壁の門の前に数人の人影が見える。
「あの人達は・・・」
「獣国の兵士ね。彼らにあなたの身柄を引き渡して仕事が完了するわ。もう話はついているから」
「そうなのか」
「安心して、少なくともヒューマンの国よりまともな考えの人達ばかりだから」
「それは本当に安心していいのか?」
俺はヒューマンの国以外の他の国を知らないから、ヒューマンの国よりまともなだけで実は異常な国とかだったりしないかかなり心配だ。
車が俺達を待っていたと思われる人達の数メートル手前で停車する。
「着いたわ。降りるわよ」
「ああ、わかった」
車から降りてカナメの後についていく。万が一があるかもと警戒はおこたらないようにする。
そして俺達を待っていた獣人達の前までくると、一番先頭で腕を組んでいた獣人の女性がいきなりカナメに抱きついた。
「あ~カナメ久しぶりだにゃん♪ くんくん・・・カナメの匂いだにゃん♪」
「2ヶ月前に会ったばかりだと思うけど。それと暑苦しいから離れてくれるかしら?」
「ダメにゃん! カナメ成分をMAXまで補給してマーキングしてからじゃないと、離れないにゃん!」
「私からそんな特殊な成分は出てないわ」
はたから見ていると温度差があるやり取りに見えるが、周囲の獣人達が笑っていたのでいつもこんな感じなのだろう。
「はいこれ。裏傭兵ギルドからの魔法契約書とギルマスから女王宛の手紙よ。確認してもらえる?」
「確かに受け取った。手紙の方は勝手に開けられないので、魔法契約書の中身を確認する」
魔法契約書を受け取った獣人の男が、中身を確認しだした。
「これからあなたの身柄の引き渡しをするから、準備しておいて」
獣人の女性に抱きつかれながら、カナメがそう言ってきた。
「わかった」
準備と言っても手持ちの荷物は全部アイテムボックスに入れてあるから、特にすることはないな。
「うむ、魔法契約書に不備は見当たらないな。仕事完了だな、お疲れさん」
獣人も男性がそう言うと、俺とカナメの体が淡く輝いた。そして自分の中にさっきまで感じていた魔術契約が解除されたことが何となく認識できた。
「ええ、お疲れさま。そろそろ離れてくれるかしら?」
「むむむ・・・仕方ないにゃ。今回はこれくらいで勘弁してやるにゃん!」
「何を勘弁してくれるのかわからないわね」
物凄く名残惜しそうにカナメから離れた獣人の女性は、俺の方を見た。
「この男が今回召喚された賢者にゃん? この前うちの国に亡命してきた賢者は女だったから、男女交互に召喚されるにゃん?」
「別にそういうシステムではないと思うわよ。召喚の男女比は神頼みらしいから」
おい待て。カナメと獣人の女性の会話に無視できない内容があったぞ。
「ちょっと待ってくれ。この国には俺の他にも亡命してきた賢者がいるのか?」
「何言ってるにゃん。召喚者の亡命なんて何年も前からあるにゃん。みんなヒューマン国に愛想を尽かせて各国に亡命しまっくてるにゃん」
「そうなのか・・・」
「そうだにゃん!」
俺以外に前の召喚者達が亡命していたことは何となく知ってはいたが、そんなに頻繁に亡命していたのか。
「さっきの話だと俺の前にこの国に亡命してきた賢者がいたらしいが、その人は今もこの国にいるのか?」
「う~ん、いると言えばいるにゃん」
「どういう意味だ?」
なんだその要領を得ない回答は。俺が真意のほどを考えていると、獣人の男性から助け船が出された。
「もう亡くなって墓の中にいるって意味だよ」
「それは・・・なんで亡くなったんだ?」
回答次第ではいつでも逃げられるように臨戦態勢をとる。
「おいおい、変な勘違いをするなよ。亡くなった原因は自殺だよ。あーなんて説明すりゃいいんだ? あのアレだよ、アレ!」
流石に異世界の「アレ」には心当たりはないぞ。
「精神を病んで自殺したのよ」
獣人の男性が説明に苦しんでいると、カナメが端的に結論を言った。
「精神を病んだって・・・それは何でだ?」
「獣人国まで亡命してきたまではよかったのだけれど、ヒューマンの暗殺者達に狙われて返り討ちにしたの」
「真っ当な正当防衛じゃないか。それのどこに精神を病む要素があるんだ?」
「暗殺者がみんな年端もいかない子供たちで、しかもそのうちの数名がヒューマンの王城で自分の世話をしていたメイドだったのよ。そして死に際に「助けて、死にたくない」って涙を流して目の前で絶命したそうよ」
「それは・・・」
「人の生き死になれていない世間知らずな召喚者には、非常に効果的な精神攻撃ね。たとえ賢者が力や知識を持っていても、心が壊れた人形同然の状態なら流失してもさして脅威にはならないもの」
カナメが淡々と当時の出来事を語っている。
「念のために言っておくけれど、ここまでにヒューマン国からの追手はなかったわ」
俺の心情を読んだのか、カナメがそんなことを言った。
「追手の心配はまずないにゃん! 凄腕のカナメが追手に気づかないことはまずないにゃん!」
「そこまで評価してくれるのは嬉しいけれど、物事に絶対はないわよ」
カナメが腕を組んで、車に背を預けている。
「まあ、安心してくれ賢者殿。女王陛下から貴殿を国賓扱いで迎えるように言われている。窮屈かもしれないが数名の護衛が24時間体制でつく。2度と以前のような悲劇は起こさん」
獣人の男性が力強く拳を握って力説してくるが「それは軽い軟禁状態なのでは?」という不安がよぎるが、それでもヒューマン国よりはマシ・・・なのかな。
「私の仕事はここでお仕舞いね。じゃあ、あとはそちらでお願い」
カナメがもうここには用はないと言わんばかりに車に乗り込む。
「え~もう行っちゃうにゃん?」
「もうここには用はないもの」
「むう・・・相変わらずサバサバしてるにゃん」
明らかにしょんぼりして耳と尻尾が下がった獣人の女性。
「今度休暇をとって遊びにくるわ。それでいいでしょう?」
「ホントにゃん!?」
「ええ、約束するわ」
数秒前までの暗い雰囲気はどこにいったのかというくらい、耳と尻尾が「ピーン!」っとなって車の周囲を駆け回っている。犬か、犬なのか?
カナメがそのまま帰ってしまいそうだったので、俺も声をかける。
「ありがとうカナメさん。ここまで護衛してくれて。あなたがいなけれな俺は昨日の晩に死んでいただろうから」
命の恩人に頭を下げて感謝の意を表す。
「仕事だもの。気にしなくていいわ」
この人は最初に会ったときから、サバサバしているというかどこか掴み所がない。
表情も無表情というわけではなく、どこか柔らかい。
しかし何を考えているのかわからない。
「それでもありがとう」
「そう、律儀ね」
「最後に1つだけ教えてくれ」
「何?」
「君も異世界人なんだろう? もしかして俺達のように以前にヒューマン国で召喚されたのか?」
「答える義務はないわ」
「だが契約が完了した今なら、俺から聞くのはルール違反ではないだろう?」
「そうね。でも私が答えるかどうかも自由よ」
「まあ、そうなんだがな」
正直俺自身、カナメが素直に答えてくれるとは思っていない。ただ会うのが最後になるかもしれないから僅かな可能性にかけて聞いてみただけだ。
「私の出自なんてこの世界で生きていくにはさして重要ではないと思うわよ」
「そうだな」
答える気がなく話はここで終わりと言わんばかりに、車のエンジンをかけ窓を閉め始めた。
「私はあなた達とは違うわ。誰からも召喚されてないもの」
「え、ちょっと待ってくれ! それはどういう意・・・」
カナメの独り言のような返答に真意を確かめようとしたが、カナメはとっとと車を走らせて彼方に消えていった。
「誰からも召喚されていない」とはどいうことなんだ? 召喚される以外にこの世界にくる方法があるのか? だとすれば同じ原理で帰る方法があるのでは? しかしカナメが今もこの世界にいるということはやはり帰れないのか?
カナメの去り際の一言が気になって、頭の中がグチャグチャだ。
「あの・・・賢者殿。大丈夫ですか?」
俺がいきなり黙り込んだので、獣人の男性に心配されてしまった。
「ええ、大丈夫です。すみません」
「では、女王陛下のもとに案内します。そして改めて、ようこそ獣国へ! 歓迎します」
「お世話になります」
そうだ。時間はあるんだ。ヒューマンの国では得られなかったこの世界についての情報がこの国に山ほどあるはずだ。考えをまとめるのはそれからにしよう。
賢者を乗せていた助手席に生活魔法クリーンをかけ消臭除菌スプレーをまいて、車のドアを開けて換気していると胸元のポケットが振動した。
「はーいカナメちゃん♪ お仕事は終わったかしら?」
「それがわかっているから、かけてきたんでしょ」
スマフォから喉太い声が聞こえてくる。
「用があるなら念話ですれば?」
「いやよ。カナメちゃん念話で話しかけると、不機嫌になるんですもの」
「不機嫌になっているつもりはないけれど?」
「あらやだ、本人に自覚はないのねえ。カナメちゃんに念話するときはみんな緊張してるのよ?」
「そう・・・それでその「緊張している人達」の名前を教えてもらえる?」
「キャー怖い! スマフォ越しでもほんの一瞬殺気を感じたわよ。それとみんなから愛されているピンキーゲンは残念ながら密告はしないわよ♪」
「別に名前を聞いたからといって何もしないわ」
「ホントかしらねえ~カナメちゃん、意外に根にもつタイプだから」
「不機嫌かどうかは知らないけれど、脳に直接声が響く感覚が苦手なのよ」
「まあ私も最初は嫌だったわ。でもそれも慣れれば快感に変わるわよ♥」
「用がないなら切るけど?」
「あん♪ 待って待って。ちゃんと用はあるわよ」
「それで?」
「今回の賢者君はあなたから見て生き残れそうかしら?」
「8:2で早死にするわね」
「あらやだ、厳しい意見ね」
「ギルマスだって大体同じ意見でしょう? 元賢者として気になるのはわかるけれど、あまり情を抱いたり過度な干渉はしないほうがいいわよ」
「確かに今回召喚された賢者君は好みのタイプだけれど、いかんせん甘々ちゃんだからね。なにかきっかけがあれば化けそうだけれど、その前に死んじゃいそうなのよね~」
「化ける方向がサイコパスやシリアルキラーでないことを祈るわ」
「相変わらず辛辣ね、カナメちゃん」
「現実的なだけよ」
「うふふ・・・」
「何よ、気持ち悪い」
「酷い言われようね。ただカナメちゃんはイイ女ね~と思っただけよ♪」
「今の会話の流れのどこに私がイイ女扱いされるところがあったの?」
「だって・・・さりげなく私のことを気遣ってくれたじゃない? そのさりげなさがイイ女の条件の1つよ♪」
「そう・・・ちなみに他のイイ女の条件はなんなの?」
「残念、教えてあげないわ♪ 女はね、常に自分を磨きあげていく生物なの。その過程でイイ女の条件がおのずと理解できるのよ♪」
「深いわね。一種の哲学かしら?」
「まあ、そんなところよ♪」
何気ない会話で場を和ませているギルマスに、こちらから切り出す。
「それで、本題は?」
私がわざとスマフォ越しでもわかるほど、雰囲気を鋭くしたからギルマスがため息をついた。
「気を使わせてしまったかしらね。相変わらずカナメちゃんは鋭いわね」
「面倒な仕事?」
「ある意味ではね。だから断ってもらっても構わないわ」
「そう。それで仕事の内容は?」
「ある人物の殺害よ。簡単に経緯を説明すると・・・」
「受けるわ。あとでスマフォに詳細を送っておいて。ええ、じゃあ」
スマフォを切って、雲が増えてきた空を眺めながらブラック無糖の缶コーヒーを飲む。
「これ・・・ブラック無糖のわりに甘いわね」




