37.6話 ~勇者脱走 side加藤涼太~
「葵の方はどうやら見つかったようだな。彼女は一見するとしっかりしているように見えるが、意外に抜けている部分があるから心配していたが・・・悪い予感が見事に的中してしまったか」
賢者である俺は聖女の葵とこの国からの脱出計画を企てていた。
計画といっても別に協力して一緒に脱出しようというわけではない。
各々がそれぞれのプランで脱出し、その後で情報収集した内容を定期的に連絡し共有しようというものだ。
唯一合わせたのは脱出の決行日と時間だけだ。
冷たいようにも感じるかもしれないが、俺と葵はその方がお互いに都合が良い。
実際、葵が王国兵士に発見されたことで俺への注意はそれた。
各々で脱出することにしたのはこういう利点があるからだ。どちらが先に発見されても恨みっこなし。
もちろん両者ともに発見されずに無事に脱出できるのが理想だが、世の中そう自分の思い通りにいくことはまずない。
「葵には悪いが他人の心配をしている余裕はない。早く協力者との合流地点に急がなければ」
俺は暗闇と事前に調べた兵士の配置と巡回経路を行動の軸にしようと考えていたが、葵があっさり見つかったことで少々予定が狂った。
賢者である俺は魔法全般には非常に適正があるが、肉体的な強度や体力は普通の人間よりちょっと強化されたくらいだ。
つまり何が言いたいかというと・・・すぐにバテてしまうのだ。
「はあはあ・・・身体強化に大半の魔力をつぎ込んでこのザマか。賢者は魔法に秀でている代わりに他の基礎能力が低いのは承知していたが・・・ここまで脱出の足を引っ張る要因になるとは」
今日3本目になるマジックポーションを煽る。もう腹が水分でタポタポだ。しかも味が不味いだけに2本目からは吐き気とも戦っている状態だ。
そんな状態でも何とか兵士達の捜索をかいくぐる。
発見されないことがベストだが、相手もそれなりに修練を積んだ王国兵。
実はもうすでに2回発見されている。
その際は身体強化を一時解除して、詠唱破棄による遮音障壁を展開して状態異常魔法「スリープ」で戦闘音をたてないように終わらせる。
ただし眠ったままの兵士達を目立つ場所に放置しておくわけにはいかないので、風魔法「浮遊」をかけて草の影まで運んで隠しておく。
「全く予定通りにはいかないものだな。お陰で合流地点に到着するのが遅れそうだ。これは追加で協力者には料金を支払わないと、裏切られる可能性もあるな」
俺はこの国から脱出するにあたり、その筋のプロに仕事を依頼した。
監視の目をかいくぐって城下町で情報収集をしている際に、酒場の裏路地にいた浮浪者風の男に多額の仲介料を払い裏の傭兵を紹介してもらったのだ。
そもそも何故浮浪者風の男に話しかけたのか? 格好だけみれば浮浪者だが、身の内に内包している魔力量が賢者の自分よりも遥かに多かったからだ。
「この国からできるだけ秘密裏に脱出したい。だからその筋の人間と話がしたい」と切り出すと、意外にもあっさりと仲介してくれた。
仲介者曰く「仲介料さえ貰えれば他に興味がないそうだ」
仲介者に紹介されたのは裏の傭兵ギルドだった。いわゆる「闇ギルド」というやつだ。
国からの公認を受けたギルドは「表」と表現され、地上で活動している。
一方で国からの公認がないギルドは「裏」と表現され、地下で活動している。
表のギルドは国からの多額の援助を受ける代わりに、多くの貴族と癒着している。
基本的に国のお偉いさんと上流階級には完全な「イエスマン」だ。
逆に裏のギルドは国からの援助がない。故に国に縛られてはいない。
依頼内容によっては国との対立も厭わない。その分多額の金額を要求されるが、逆を言えば金さえ払えばどんな依頼でも受けてくれるのだ。
闇ギルドにも色々と種類があるらしいのだが、今回国から脱出するにあたり仲介者から紹介されたのは「傭兵ギルド」だった。
完全に戦闘になることを前提にしていることに文句を言ったが「傭兵と一口に言っても色んな能力を持ったヤツがいる。特に裏の世界じゃ戦闘能力だけが傭兵の良し悪しを決めるものさしじゃないのさ」と仲介者に言われた。
「それにしても凄い光景だな。とても地下とは思えない」
天井はかなり高くしかもそこには巨大なLED照明のようなものが、複数あり地下という空間でありながら十分な光量を確保している。
建物は何らかの金属を使って建てられ、一角には巨大な水田と畑が存在している。それに遠くに見えるあれは・・・
「ビニールハウスか? 材質は俺が知っているものとは異なっていそうだが、用途は同じものだろう。あの天井付近にあるのは巨大な空気洗浄機なのか? 人工ではあるがあ小川まであるのか・・・しかも水質が地上のものより遥かに良い。うん? あれは・・・レンタルビデオ屋? 「水曜日は準新作が半額!」・・・一体何なんだこの場所は」
「おい、あんちゃん大丈夫か?」
眼前の光景が信じられずに頭を抱えていると、通りすがりの人に声を掛けられた。
「あ・・・はい、大丈夫です」
「もしかしてあんちゃんここに来るのは初めてか? あんちゃんは・・・裏の人間じゃないな。大方、表で頼みづらい依頼を闇ギルドに依頼しにきたくちか」
あっさりと俺がここに来た理由を当てられた。だが別に驚くことではない。
おそらく俺のように裏に仕事を依頼しにきた初見のヤツは、この光景を見てみんな同じリアクションをするのだろう。
「ええ、そうです。あのちょっとお伺いしたいのですが、地下空間なのに明らかに地上より生活水準が高く機械文明が発達しているのは何故ですか?」
「ああ、そのことか。この地下空間というか世界を作ったのが何代か前の異世界から召喚された勇者様と賢者様で、ここで暮らすために色々とやらかした結果らしいぜ」
やはり自分と同じ異世界人が関与していたのか、しかし何のために?
俺の疑問が表情に出ていたのか、通りすがりの人はその疑問にも答えてくれた。
「何でも強制的にこの世界に召喚された挙げ句に、国のお偉方が勇者様と賢者様に隷属の魔道具を使って奴隷にしようとしたかららしい。ついでに地下世界の広場に石碑があるんだが、そこに勇者様と賢者様が亡くなる際に言った言葉が刻まれているんだ」
やはりこの国の上層部は腐っているようだ。しかも昔から異世界から強制的に召喚した者を、隷属させようとしていたのか。端的に言ってクズだな。
しかし勇者と賢者の最後の言葉か・・・
「「あの忌々しいクソ国王とビッチ王女はマジで許さねえ! 俺らが死んでも末代まで呪ってやる。ケツの穴に聖剣突っ込んでやれなかったのが心残りだ」だったな」
・・・なんか予想からかなりかけ離れた遺言だな。
「あーそれと「もし俺らのように異世界から強制召喚されたヤツがここに来たら、出来るだけ面倒見てやってくれ。きっと俺らのように王族が大嫌いなヤツだろうから」とも書いてあったな」
明らかに重要なのは後者の遺言だな。しかしその遺言をどこまで信じて良いか。
その遺言からかなりの年月が経っていると考えると、勇者や賢者に対する感情が昔のままかどうか怪しい。
過去の勇者の中には人格的に問題があり、王族側についたもの達も少なからずいただろう。
それを加味すると現状で俺が賢者だということは伏せるべきか。
どうしても正体を明かすにしても、切り札としてだな。
「ところであんちゃんは勇者か? それとも賢者か?」
いきなり自分の正体を看破されたことで、背中に嫌な汗が流れた。
「いきなり何を言ってるんですか? 俺はただここに依頼を・・・」
俺が弁明をすると、目の前の男は右手を前に突き出してから俺がさっき入ってきた入り口の方を指差した。
「正体を隠したいのかもしれないがもう手遅れだぞ。あんちゃんが入ってきた入り口と隠し通路には異世界人センサーが配置されていてな、異世界人がそのエリアを通過すると地下世界全てに伝わるようになってんだよ」
そんな装置が配備されていたのか? 魔法で常に周囲を警戒していたが気がつかなかった。
賢者だからといって魔法関係に頼りすぎるのも良くないな。
「もうバレているなら白状するよ。俺は賢者だ」
「賢者だったか~」
男は俺の目の前で右手を顔において天を仰いだ。
「何だ? 俺が賢者では問題があるのか?」
男の行動が理解できずに、少し語気が荒くなってしまう。
「すまんすまん。気を悪くしたのなら謝る。いやな、地下ぐるみで賭けをしていてな。今度来るのはどの職業の異世界人かでな。俺は聖女に賭けていたからな・・・」
どうやら目の前の男はその賭けに負けたらしい。
「そうなのか。こちらも語気が荒くなってしまってすまない」
「律儀だね~あんちゃん。ついでだ、どこに用があるんだ? そこまで案内するぜ」
一瞬この男を信用していいものか考えたが、こちらの正体が地下世界中にバレていることを考えればすでに俺に対して何らかの監視がついているはずだ。信用がどうとか今さらだな。
それにこの入り組んだ空間を闇雲に動いて、時間と体力を無駄に浪費したくはない。
「傭兵ギルドに仕事を依頼したいんだが、どの傭兵ギルドがおすすめかな?」
「あんちゃん・・・どの傭兵ギルドって傭兵ギルドは1つしかないぜ」
「そうなのか?」
「あー確かに地上には傭兵ギルドはいくつかあったかもしれないが、ここじゃどの業種のギルドも1つしかないぜ」
地上ではどの業種のギルドもかなりの数が乱立していて、初見の者には良し悪しがわからず選ぶのが大変なのだ。かくいう俺も最初に地上の傭兵ギルドで情報収集を行った際は、かなり苦労させられた。
前を歩く男曰く「ここは国の庇護下にないから、みんなで協力しているのさ。依頼が入ったらギルドに登録されているメンバーから、その依頼に適した人材を選出して依頼にあたらせる。まあ、金銭の取り分なんかの割合は言えないがそこまで不当なものじゃない。もちろん依頼内容によっちゃー中々依頼にありつけないようなヤツもでてくる。そういうヤツには救済措置として最低限生活に困らない金を配布しつつ、表の仕事を紹介したりしているな」
生活保護制度みたいなものがあるのか、手厚いな。
歩きながら周囲に目を向けると子供達が公園の遊具で遊んでいたり、バスケットボールをしていたりと平和な光景が目に映った。
通りに立ち並ぶ一軒一軒にはきちんと表札があり、ゴミなども路上に放置されていない。
その通りを抜けると、今度は様々な業種の店の看板が目に飛び込んできた。まるで商店街みたいな雰囲気だな。
イメージしていた地下世界とはかなり異なったものだったので驚いたが、同時に地上よりもこちらの世界の方がよっぽど人間らしい暮らしをしているように感じた。
ふと、目の前にある看板に目が止まる。
「死体回収場ラウラ2号店。どんな状態の死体でも回収処理します! 臓器販売もやっています! 今週の目玉商品は肝臓です。その場で移植なら3割引き!」
裏社会だからこういう店があることは覚悟していたが、その看板の横を子供達がスケボーに乗って何の疑問も持たずに通りすぎているのはどうなのだろうか?
「地上から来た連中はみんな今のあんたみたいな顔するぜ。平和そうに見えるがここは裏世界だからな。
表の世界じゃ犯罪になることや汚いことをやらないと、ここでは安定して生きていけないのさ。ここの子供達も幼いながらもそれは理解しているよ」
そう言う男の背中からは、ほんの少し哀愁が感じられた。
「さて、あんちゃん。ここからはこいつに乗って移動だ」
男が指差した先にはトラム(路面電車)が普通に駅に停車していた。
「トラムまであるのか」
「ああ、何代か前の賢者様が作ったらしい。年寄りや体の不自由な人が少しでも快適に移動できるように・・・というのは後付けの理由でホントは「地下世界は広いし歩くと疲れるから」だそうだ」
ここに到達した先代の異世界人達は、変人の割合が高かったのか?
男に促されトラムに乗る。トラムが発車するとゆっくりと景色が流れていく。
車内はそれなりに混んでいて、俺はつり革を掴んで立っていた。
速度はそれほどではないが揺れが少ない。立っている人にはありがたい。
流れていく景色を見ながら、もとの世界での電車通学を思いだした。
元の世界に帰れるかわからないだけに、何も感じなかったありきたりの生活さえ懐かしく尊く感じる。
柄にもなくホームシックに浸っていると、男に「ここで降りるぜあんちゃん」と言われたので降りて駅名を見た。
『全ての道は筋肉に通じる駅』
もう突っ込むのも面倒なのでスルーした。ちなみにトラムに乗り降りの際の清算には、専用のカードが必要だったので購入した。 Sui○aやPA○UMOみたいなものだ。
男の後を歩くこと約5分。「着いたぜ。あれが傭兵ギルドだ」と指差した先には、安土城のような建築物が存在していた。
「一応確認なんですが、あの建築物が傭兵ギルドなのか?」
「ああ、そうだ。ちなみにあっちに見えている高い塔みたいな建物が魔術師ギルドだ」
ピサの斜塔にしか見えない。男曰くこれも何代か前の勇者と賢者の仕業らしい。
多分元の世界が恋しかったのだと思いたい。
「じゃあ、幸運を祈る」と言い残して、俺をここまで案内してくれた男は駅に向かって歩いて行った。
「案内してくれたのは助かったが、何か裏があるように勘ぐってしまうな。親切心からの行動だったと信じたいが、どうだろうな」
男の姿が見えなくなるのを確認して、傭兵ギルドに向かう。
城の前に門番がいたので依頼をしに来た旨を伝えると、インカムのようなもので誰かと連絡を取り始めた。
インカムがあるのならもしかしたらスマホも存在しているのかな?
スマホ自体はこの世界に召喚された際に自分の物を持っていたが、バッテリーが切れてしまいそれ以来バッグにしまったままだ。
もしバッテリーの代わりになるものがあるなら、ぜひ手に入れたい。
電話やSNSは使えないが、カメラやライトは使えるので万が一の時に役に立つ。元の世界で購入した電子書籍も読みたい。
それにもしかしたら以前の召喚勇者達が、スマホに似たものを開発している可能性もある。
そうすれば連絡手段が格段に便利になる。
そんな希望を考えていると門番から入場許可が降りた。
カードキー型の入場許可証を渡され重厚な城の門に向かう。
門番の話だとこの奥に受付があるそうだ。門番に礼を言い歩き出すと「グッドラック賢者様」という渋い声が聞こえたので振り返ると、門番がこちらに背を向けて立っている。
幻聴か? 微妙に後ろ髪を引かれながらも門の前に立つと、門の扉に張り紙が貼ってあることに気がついた。
『依頼をしたけりゃ自力でこの扉を開けてきな! どんな手段を使っても構わねえがオススメは筋肉だ。苦楽を共にした筋肉は決して裏切らねえー!!』
何だこの脳筋的な書き置きは。理解に苦しむな。
とりあえず両手で扉を押してみる。ビクともしない。
今度は全魔力を身体強化に振り分けてチャレンジしてみる。結果は変わらなかった。
次に今自身が持てる最大威力の攻撃魔法を扉に放った。轟音と爆風が止んだ後には無傷の扉が存在していた。
「物理的な手段では効果なしか。門の構造に何かヒントはないだろうか?」
門の隅々まで調べたが、仕掛けのようなものは存在しなかった。
「あくまで依頼人の実力で押し通れということか」
ギルド側が依頼人を選ぶ、もしくは試すシステムは裏ギルドでは普通なのか?
まあ依頼人もギルドを選べるわけだから、その逆もまた然りか。
念のため魔法ギルドにも確認に行ったが、同じようなシステムだった。
「厄介だな。あまり時間を無駄にしたくないんだが・・・別の方法を検討するか?」
俺は傭兵ギルドの門の前で立ち尽くし、熟考した。
結論だけ語ろう。
俺は2ヶ月かけて門を開くことに成功した。それも筋トレによる基礎体力の向上と身体強化魔法の会わせ技でだ。
『苦楽を共にした筋肉は決して裏切らない』不覚にもこの言葉に納得し、深い感銘を受けてしまった・・・屈辱だ。
この2ヶ月間、自重トレーニングと様々な筋トレマシンでトレーニングをした俺の体は一回り大きくなっていた。腹筋もシックスパックとまではいかないが、多少は割れた。
一体どこに筋トレマシンがあったのか? ご丁寧にも門のすぐ横に筋トレジムが鎮座してたよ。
自身の分身を王城に置いてきているが2ヶ月も地下世界に足しげく通うことで、脱出に支障をきたさないかと心配したが、それは今のところ杞憂に終わっている。
あとで判明したことだが王城の中にも闇ギルドの工作員が数名潜伏しており、俺の地下世界での2ヶ月間の筋トレの日々の間、色々とフォローしてくれていたらしい。
門を開けて傭兵ギルド内に入ると意外にも、外観から想像するような和風ではなく洋風な内装だった。
一体誰の趣味が反映された結果なのだろうか?
2ヶ月間熟成させた依頼書を受付の女性に渡す。
女性は「拝見します」と言って封を開け依頼内容を確認すると、俺に番号札を渡し「お呼びしますので、お待ちください」と告げてきた。
番号札を持って近くの椅子に腰を下ろして周囲を見回すと、ロビーには結構な人数がいた。
この人達すべてが依頼人なのだろうか? 中々繁盛しているようだ。
しばらくロビーを観察していると俺の番号が呼ばれたので、指定された部屋に向かう。
俺が指定された部屋は城の頂上。天守閣だった。
しかも部屋の扉に「ギルドマスターの部屋♥」と書かれていた。
念のため目頭をほぐしてからもう一度確認したが、誤字脱字もなかった。
「傭兵ギルドのマスターは女性の方なのだろうか?」
このときすでに俺の中では何となくだが答えが出ていた。しかし真実から目を背けたくて正常な思考を放棄していた。
意を決して扉をノックすると「どうぞ~♥」という喉太い声が返っていた。
唾を飲み込みゆっくりと扉を開くと、ピンクのブーメランパンツを履いた筋骨隆々のスキンヘッドの男が物凄いスピードで懸垂をしていた。その光景を見て俺はそっと扉を閉めて受付に引き返した。
が、後ろから首根っこを掴まれ強制的に先程の変態がいた部屋に連れ込まれた。
そのままソファの上に投げ飛ばされ、正面を向くとイイ汗をかいた変態が仁王立ちしていた。
「酷いじゃな~い。私のあられもない肉体美を見ておいて何も言わずに帰るなんて・・・今回の賢者もシャイなのね♥」
目に前の状況が理解できずに頭が混乱している。ここはギルドマスターの部屋のはずだ。
そうなるとこの目の前の変態がギルドマスターということになる。
「あら~? 私の美しさに見とれて声もでないのかしら。カワイイわね、うふ♥」
この世界に来てから感じたことのない、得体のしれない恐怖を感じる。
ふう・・・落ち着くんだ。いくら変態でも言葉は通じるんだ。手早く用件を伝えてこの部屋から脱出しよう。
「失礼ですが、あなたが傭兵ギルドのマスターで間違いありませんか?」
ソファに浅く腰を掛けつつ聞いてみた。
「そうよ~私が現傭兵ギルドのマスター、ピンキーゲンよ♥」
「そうですか。さっそくですが依頼についてお話し・・・」
「その前にシャワーを浴びさせてちょうだい。初対面の男性との会話だもの、レディとして身だしなみは整えないとね♥」
俺の話を途中で遮り、去り際にウインクをしてシャワーを浴びにいく変態ギルマス。
しかも無駄に部屋にガラス張りのシャワールームが完備されている。見たくねえ・・・
何の躊躇もなく自然体でシャワーを浴び始めた変態ギルマス。しかも上機嫌に鼻歌を歌っている。
いきなり取り残されて暇になってしまったので、部屋を見渡して時間を潰すことにする。
感想としてはコメントに困るファンシーな内装だ。
部屋全体がピンク系統で統一され、至るところにフリフリレース加工がされている。
ぬいぐるみもところ狭しと置かれている。
そして部屋の一角にはこれまたピンクで統一された筋トレ器具が置かれている。
そして気がついた。先程まで変態ギルマスが懸垂していた器具の床に、巨大な汗の水溜まりが出来ていることに。
あの変態ギルマス、一体どれだけの時間懸垂をしていたんだ?
「お待たせ♥」
俺が床の水溜まりを凝視していると、喉太い声とともに化粧をバッチリし全身ピンクのフリフリレースで装飾された服を着た変態が出現した。
「いや、さほど待ってはいない」
「あら、イイ男の返答ね♥」
いちいち悪寒が走るな。
「俺の依頼内容は把握しているのだろう? 出来ればすぐに脱出の段取りと料金について話を進めたいのだが、構わないか?」
「せっかちさんね。まあイイわ。そういうところも嫌いじゃないわ♥」
せっかちにもなるさ。当初の予定だともうこの国を脱出しているはずだったのに、2ヶ月もオーバーしているのだから。葵にも事情を説明して脱出の日程を調整してもらっているのだ。
「まず脱出の段取りだが決行は深夜。王城で俺にあてがわれた部屋には分身体を寝かせておく。警備兵の巡回ルートは調べてある。それと王城の城壁の1ヶ所を破壊して幻影魔法で壁に見せてある。あなた方に依頼するのは城壁から出た後、ヒューマンの国の勢力下にない土地までの護衛だ。可能なら獣国まで護衛をお願いしたい」
俺の脱出プランを無言で聞いていた変態ギルマスは、いつの間にか煙管に火をつけて優雅に吸っていた。
「はあ・・・甘いわね。そんなありきたりなプランじゃ既にバレてるんじゃない? それに2つ程無知な坊やに教えといてあげるわ。まずこの2ヶ月間、王城から何の妨害もなくこの地下世界に来られているのがまさか坊やの分身体と小賢しい策のおかげだとは思っていないわよね? 王城で坊やの監視担当の兵士の中に、私のギルドの息のかかった人間が何人もいるのよ。その子達が情報操作や裏で色々と暗躍していたおかげで、坊やはまだ自由に動けるのよ。それと城壁を破壊? 城の守りが未熟な成長段階の賢者ごときに破壊できるワケないでしょう。それは坊やみたいな脱走者の動向を探るためのデコイよ。本当の城壁は透明な魔法障壁よ。魔法障壁はドーム型で城全体を覆っているわよ。今の坊やの実力じゃ傷1つつけられない強度のね」
城全体が見えない魔法障壁で覆われていた? まさか!? 俺は城から出る際に毎回魔法で周囲をチェックしていた。
「魔法障壁に気がつけないのはね、それだけ坊やが未熟で弱いからよ。坊や程度の実力者なら表の世界にも腐るほどいるわよ。さて、ショックを受けているところ悪いんだけど他国までの護衛料金ですら結構値がはるのに、城からの脱出のお膳立てまでこっちで受け持つことになるとかなり高額になるけれど・・・坊やに払えるのかしら?」
自分の未熟さを指摘され悔しさと羞恥に耐えているところに、金銭の話題を振られ思考を現実に引き戻された。
「ちなみに見積もり金額はいくらになるだろうか?」
「さっと見積もって1億5000万くらいかしらね」
その金額を聞いた瞬間に目の前が真っ暗になった。正直かなり想定外の高額金額だ。
今の俺が払える金額はせいぜい5000万程度。それ以上は脱出先での生活を考えると厳しいところだ。どうするか・・・
「深刻そうな表情も中々素敵よ♥ そうね・・・私からの条件を1つ飲んでくれたら5000万にしてあげてもイイわよ」
俯いていた顔を上げ「その条件とは?」と藁にもすがる思いで聞いていた。
「私と一晩ベッドで熱い夜を過ごすこと♥」
よし、諦めて別の方法を模索しよう。きっと何か妙案があるはずだ。そうと決まればここにはもう用はない。早く撤退しよう。
「その条件は受け入れられないから、別の方法を考えることにする。時間をとらせてしまってすまなかった。俺はこれで失礼する」
ソファーから立ち上がろうと腰を浮かせたところで、急に体が動かなくなった。
突如として体全体にとてつもない重圧がかかる。原因はわかっている。
これは俺の前に座っている変態ギルマスから発せられたただの「威圧」だ。ただの威圧だけで体が震え汗が吹き出し、呼吸も満足にできない状態に陥っている。
「この程度の威圧で動けなくなるようなら、どのみち坊やは早死にするわね。そうそう、ちなみにさっきの条件は冗談よ? 坊やが自分を安売りする男か試しただけよ。それに坊やの話は終わったのかもしれないけれど、私の話はまだ終わってないのよ。だから座りなさい。せっかちで女の話を聞かない男は嫌われるわよ?」
威圧から解放された俺は力なくソファに崩れ落ちた。何とか意識は保てているが平常心に戻るまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
呼吸を整えていると目の前のテーブルほどよく冷えたハーブティーが置かれた。俺の状態を心配して目の前の変態ギルマスが気を使ってくれたのだろう。気遣いのできる男(?)だ。
置かれたハーブティーをゆっくりと飲む。程よく冷えたハーブティーが乾いた喉を潤し気分を落ち着かせてくれる。
「すまない。見苦しい姿を見せてしまった」
「あら、すぐに冷静さを取り戻したことは好感度upよ。それに苦悩している表情も中々そそるわ~♥」
右手を顎に当て鼻息荒く恍惚の表情を浮かべている。
「そうだわ! 坊やこれで汗を拭きなさい。まだ顔から汗がかなり出ているわよ」
変態ギルマスからこれまたピンクのファンシーなハンカチを渡された。
確かに未だに全身から汗が少量だが出ている。ここはお言葉に甘えてハンカチを借りて、顔とうなじを拭く。
「ありがとう。おかげてスッキリした。このハンカチは後日きちんと洗って返却す・・・」
俺が感謝とハンカチの返却について言い終える前に、手から使用済みのハンカチをふんだくって自らの顔面に押し当てて深呼吸を繰り返す変態ギルマス。
「これよこれ! まだ成熟しきっていない豊潤な青い果実のような香り♥ はあ~テンション上がってきたわ!! もうビンビンになっちゃうわ♥」
またもや全身がゾワっとなる。これが貞操の危機というやつなのか?
「半分冗談の話はこれくらいにして、脱出プランについて1から練り直しましょうか」
俺の汗がついたハンカチを真空パックに入れて、宝石箱のような物に入れた変態ギルマスがようやく話を本題に戻してくれた。
しかしあのハンカチの今後の行く末が非常に気になるが、世の中には知らない方がいいことの方が多い。きっとあのハンカチの行く末もそのうちの1つなのだろう。
「想定される見積もり金額を払えない俺に協力してくれるのか?」
「坊やももう知っているとは思うけれど、代々の異世界から召喚されてここを訪れた方々からのお願いですもの。できる範囲で協力してあげるわ」
「俺としては助かるが、ここの連中は何故そんなに代々の異世界召喚された者達の言葉を律儀に守っているんだ?」
ここに来てからずっと疑問に思っていたことを、聞いてみた。
「それだけここの人間達が彼らの世話になったからよ。掃き溜めのような地下世界を整備して豊かな生活と異世界の文化や科学技術の普及、そして地上に対抗できる力を授けてくれたわ。それも代々の異世界召喚者のほとんどがよ。そこまでしてもらって恩を感じないクズはこの地下世界にはいないわ」
先程までのどこかふざけた雰囲気は影を潜め、何かを懐かしむような表情でそう語った変態ギルマス。
この人も以前の異世界召喚者に何らかの形で救われたのだろうか。
「はいはい、湿っぽい話はここまで。ここからはビジネスのお話よん♥ まず金銭面での補足だけれど坊やがMaxで出せる金額は5000万くらいでしょ? 金額については今回はそれで手を打ちましょう」
俺の懐具合はすでに把握済みだったか。
「次にこの国からの脱出方法と手順だけど、まず坊やの部屋には変わり身を置かなくていいわ。すぐにバレるでしょうし魔力の無駄だから。次にダミーの城壁にあと数ヵ所抜け道を開けておきなさい。坊やの魔力なら自身の分身を最大で3人までは作れるわね? 分身をダミー城壁から同時に出してとりあえず練度の低い一般兵士を撹乱、誘導しましょう。その他の練度の高い兵士に関してはうちから何人か手練れを出して、少しでも数を減らしておくわ。本命の魔法障壁に関してもこっちで何とかしてあげるわ」
「強力な魔法障壁なのだろう? 何とかなるのか?」
「頂いた代金分の仕事はきっちりするわよ。なーに、人ひとりが通れるくらいの穴は開けられるわよ」
流石はその筋のプロというべきなのだろう。もう頭の中では作戦の具体的なビジョンが出来上がりつつあるのだろう。
「坊やは魔法障壁を通り抜けたら全速力で指定されたポイントに行くこと。魔法障壁まで突破されたとなれば、敵もそれなりの部隊を投入してくるはず。うちの子達に犠牲は出したくないのよね。だから坊やが魔法障壁を抜け次第、傭兵ギルドの部隊は撤収行動に移るからそのつもりでいてね」
「逃げ切るまで撹乱はしてくれないのか?」
「人様の善意の好意に甘えすぎるんじゃないよ、坊や。言ったでしょう? これはあくまで坊やの前任者達の「お願い」でしかないのよ。むしろ「お願い」でここまでしてもらえることに感謝しな」
目の前の変態ギルマスの雰囲気が鋭いものに変化した。
「確かにその通りだな。すまない」
変態ギルマスの言ったことがあまりに正論だったので、少し堪えた。
「わかればいいわ。それで合流地点からは坊や専属の護衛が国外まで逃がしてくれるわ」
俺がポカンとした表情をすると、変態ギルマスは話を続けた。
「何を面白い顔をしているのかしら? 坊やを魔法障壁から逃がすまでが「お願い」の範疇で、その後の国外脱出がいただく金額分の仕事よ」
「そうなのか」
「坊やにつける護衛だけれど、正直誰にしようか迷ってるのよね・・・何せうちの子達は実力は折り紙つきだけれど、個性的な子達ばかりだから。坊やと波長があう子がいるかしら?」
それって端的にいうなら武力以外はからっきしの連中というのでは? 護衛としてそれはいかがなものか。
「決めた! カナメちゃんにしましょう!」
変態ギルマスが勢いよくソファから立ち上がり、仕事用と思われるデスクでパソコンらしき端末を操作し始めた。パソコンもあるのか。
「カナメちゃんの予定は・・・1週間後には戻ってくるわね。坊や、この国からの脱出は1週間後でいいかしら?」
「俺は構わないがもう1人同時にこの国から脱出しようとしている者がいて、その者と脱出の日程だけは合わせているんだ。だから返事はそいつに日程の確認をとってからでいいか?」
葵とは脱出日だけは合わせる約束だからな。
「あらそうなの? 察するにその子も異世界からの召喚者かしら? その子とは一緒に脱出しないのかしら?」
「お互い脱出した後の目的が違うので、各々で行動することにしたんですよ」
「ふーん・・・まあいいわ。坊やもその子も念話スキル持っているでしょ? 今連絡して脱出日程の確認をしてちょうだい」
確かにその方が効率的だな。
葵に念話で脱出日程を確認すると1週間後で問題ないということだったので、この国からの脱出決行日が正式に1週間後になった。
「変・・・ギルマス、1つ聞きたいのだが」
「何かしら?」
俺の話を聞きながら何やら端末を操作している。
「あなたが選んだカナメという傭兵についてなんだが、どんな人物なんだ?」
金銭的な問題もあるが国から脱出するのに、護衛が1人だけというのは正直心もとない。
それとも1人でも問題ないほどの実力者なのか?
「気になる~カナメちゃんはね、うら若き18歳の女の子よ♥ 美人でスタイルも抜群! ただちょっと容赦がないのがたまに傷だけれど」
「そんなに若い女性1人で護衛は大丈夫なのか?」
不安が大きくなったので、再度確認のために聞いてしまった。
「坊や、この世界じゃ人を殺すのに性別も年齢も関係ないの。おわかり? 男だから強い、女だから弱い、歳を重ねているから経験豊富、若いから信用できないなんて古臭い考えは捨てな。ここじゃ5~6歳の子供でも凄腕の暗殺者は何人もいるのよ。その中でもカナメちゃんは超一流の部類に入る傭兵よ。たとえ追手の中に勇者がいたとしても、カナメちゃんなら確実に勝利するほどの力を持っている。そんな子が5000万程度で護衛についてくれるのだから、坊やは幸運なのよ」
最後にウインクをした言葉を締め括った変態ギルマス。
勇者にすら確実に勝利する程の実力者・・・確かに頼もしいが逆に敵に回った時を想像して鳥肌がたった。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、変態ギルマスが1枚の紙を持ってソファーに戻ってきた。
「これが契約書よ。ちゃんと目を通しておいてね。結構細かく注意事項なんかが書いてあるから、わからないところがあったら質問してね♥」
「わかった」
元の世界の一般的な契約書よりは遥かに合理的に見やすい契約書を、隅から隅まで目を通す。
特に気になった点やこちらに対して不条理な内容はなかった。双方の妥協点を上手く詰め込んだような契約書だ。
「この契約内容で問題ない。契約は魔術契約で行うのか?」
「ええ、そうよ。その方がお互いに安心だし、あとでつまらないことで揉めることもないしね」
契約書にお互いの名前を書いて、契約書の上に出現した小型魔方陣に血を垂らす。
すると魔方陣が一瞬輝き、契約書に同化していく。
これで依頼者が契約内容に違反、または死なない限りはその依頼が完了するまで契約は維持される。
俺が想定していたよりも遥かに時間がかかってしまったが、これで国外脱出の手筈は整えられた。
「ふう・・・」
深く深呼吸をすると同時に、緊張の糸が途切れたのか全身から力が抜ける。
まだ本番はこれからだというのにな。
「坊や、あなたはもっと平時においても適度な緊張感を持つようにしなさい。私が敵だったらならもう死んでるわよ?」
気を抜いた一瞬で背後をとられ、首を両手で軽く絞められた。
「異世界から来た子は最初はみんな平和ボケ状態だから、すぐに人を信用して騙されて殺されちゃう子が多いのよ。坊やもこの世界で生き抜くつもりなら、常に適度な緊張感を持って他人を信用しすぎないことね」
変態ギルマスは俺の首から手を離し、仕事机に戻っていった。
「忠告感謝する。心にとどめておくよ」
「年長者のアドバイスを素直に聞いておく姿勢、かわいいわね~仕事の話しも終わったことだし改めて今晩どうかしら?」
「いえ、遠慮しておきます。俺もまだ色々と準備しないといけないので、これで失礼します」
身の危険を感じたので、礼を欠かないように速やかに部屋から退出した。
「つれない坊やね。さて、今回の召喚者達は何人生き残れるかしらね・・・」
煙管の紫煙を吐いた変態ギルマスの表情は、どこかうろんげだった。




