37.5話 ~勇者脱走 side神崎葵~
普段ならみんな寝静まり喧騒とは無縁の時間帯のはずだが、今夜ばかりは違っていた。
「いたか?」
「いや、こっちにはいないようだ」
「クソ! 何としても探し出せ。手足の1本くらいなら構わん」
数人の足音が遠ざかっていく。
「はあ・・・何とかまけたみたいね。それにしてもミスったわね」
応急処置で破った上着を巻いた右腕をさする。巻いてある上着にはすでに血が滲み始めていた。
聖女である私、神崎葵がヒューマンの首都から脱走を計画し実行にうつした。
あらかじめ私の脱走を勘繰られていることは折り込み済みだったけれど、まさか決行日がバレているとは思わなかった。
深夜、暗闇に紛れて光学魔法「疑似光学迷彩」で城内からの脱出を試みたのだけれど、私が予想していたよりもこの国の裏の戦力は高くそして腐っていたようだ。
以前王城を探索中に偶然発見した隠し地下通路を使って脱出する計画だったのだが、脱出決行日にいざ地下通路に到着するとそこには下見をしたときにはいなかった王国兵と異形の生物達がたむろしていたのだ。
疑似光学魔法の効果で王国兵には私の存在が気づかれることはなかったのだけれど、異形の生物達には通用しなかった。
何故バレたのかはわからないが、生きてここから脱出できたら今後の参考にしたいな。
バレたからには強行突破しか手段は残されていない。これでも聖女の力を有しているし鍛練にも精を出していたから、それなりに戦える自信はあったのだけれど・・・甘かった。
王国兵の方は問題なく無力化できたのだけれど、異形の生物達にはまるで歯がたたなかった。
見た目が生理的嫌悪を催すだけでなく、その姿ゆえに攻撃モーションが読めなかったのだ。
爬虫類のような動きをしているが体の見た目は人間の生物。
頭部だけが人間の狼(?)のような生物。
両腕のみミノタウロスのような剛腕の人間。
人間の頭部に多数の眼球を移植され、頭部のみに直接蜘蛛のような脚をつけた生物。
そして全ての異形の生物に共通していることがある。頭部が顔の真ん中から左右に開くのだ。
目を疑ったがどうやら共通仕様らしい。ご丁寧に開いた断面が口のようになっていた。
初見でこれらの生物の攻撃モーションを読めというのは、いかに勇者であろうと酷だと私は思う。
祖父に聞かれたら「実戦でそんな言い訳が通用すると思っておるのか!」と激怒されそうだけれど。
それ以前に私はその異形の生物の姿を見た瞬間、思いきり吐いてしまった。
距離がある物陰だったから良かったものの、敵を目前にしてこのザマはまたまた祖父に激怒されるな。
それにしても・・・吐いたのなんていつ以来かしら? 己の吐瀉物を眺めながらボンヤリと思った。
子供の頃に電車に酔って以来かしらね。口の中が酸っぱいわね。
異形の生物達の戦闘力は凄まじく薙刀は破壊され、右腕を深く切り裂かれてしまった。
それでも光学魔法で閃光を発生させて、何とかその場から逃げ出すことには成功した。
「マズいわね。逃げることに必死だったから現在位置がわからないわ・・・それに物資を入れたリュックを落としてしまった」
先程戦闘で負傷し武器を破壊されただけでなく、脱出後に必要になる物資を入れたリュックを落とした。その中には事前に調べて製作したこの地下通路の見取り図も入っている。
完全ではないけれど地下通路の構造は記憶しているからその点は問題ない。問題なのはその見取り図が敵の手に渡った可能性だ。
その場合。私の逃走ルートや出口の位置まで把握されてしまう。
出入り口での待ち伏せは勿論のこと、見取り図を使われて地下通路をしらみ潰しに捜索されたら終わりだ。
リュックを落としてからまだそう時間は経っていない。
「もう後戻りは出来ないんだし、悩んでいる時間もない。多少の無理は仕様がないわね」
覚悟を決めて行動を開始する。疑似光学迷彩は使用せずに全ての魔力を身体強化に回す。
今は何よりもスピードが必要。
狭い地下通路を目的地に向けて全力で疾走する。
途中哨戒中の兵士に何度かでくわしたけれど、相手が人間のみだったので左腕のみで無力化できた。
「おかしいわね・・・ここまで1度もあの異形の生物達に遭遇していない。これは確実に出口で待ち伏せされているわね。本当は正規ルートで脱出したかったけれど、贅沢を言ってはいられないわね」
見取り図にはあえて記載しなかった非常ルートに進路を変更する。
右腕に応急処置で巻いた布に血が滲み始めている。私の体力的にもこれ以上血を流すと行動に支障がでるし、血が垂れたらそこから追跡されかねない。
一旦足を止めて右腕の布を外し傷口に回復魔法をかけるが、治りが悪い。あの異形の生物には回復を妨げる何かがあるのかもしれない。今は考えても仕方がないけれど。
再び上着を破って右腕にに巻く。外した布は血の匂いで追跡される可能性があるから燃やしておく。
「はあはあ・・・行こう」
地下通路を記憶を頼りに進み、6畳ほどの小部屋に辿り着く。
「行き止まり・・・に見えるわよね、普通なら」
歩みを進めてある1ヶ所の壁の前で立ち止まり「開けゴマ」と言うと、目の前の壁の一部が動きだしさらなる隠し通路が現れる。
すぐさまその隠し通路に入り「閉じよゴマ」と言って扉を閉める。
「壁が動いたことで地面に擦れた跡が残ったから、スカウト特化の兵士が追跡者の中にいたらこの通路もバレるわね。それにしても「開けゴマ」ってこの隠し通路の制作者は私と同じ日本人だったのかしらね?」
しばらく隠し通路を進むと、鼻を摘まみたくなるような悪臭が漂ってきた。
「無事に下水道に出られたみたいだけれど、長居はしたくないわね」
この世界の他の国を知らないけれど、ヒューマンの国のトイレと下水事情はあまりよくない。
拭く紙があるだけマシなのだけれど、その紙はとにかく固い。魔法による水洗トイレではあるけれどこの下水道を見ればわかるように、下水道からそのまま何の処理もせずに汚水を川に垂れ流している。
以前城下町で聞いた話では王城や貴族街から垂れ流される汚水が原因で、スラム地区や川辺で生活している街や村では体調を崩すものが多く伝染病も蔓延しているらしい。
当然その件に関して一般市民が王族や貴族に意見できるわけもなく、もしそんな勇気のある行動に出ようものならその場で処刑されるのがオチである。
「この酷い匂いのおかげで私の血の匂いは少しは誤魔化せるから、それがせめてもの救いね」
再び身体強化をして下水道を慎重かつ高速で進んでいく。
緊張と疲労で喉が乾いたけれど、リュックをなくしたため飲料水がない。
水魔法で出すことも考えたが自身の魔力の残りが少ないので、完全な安全圏に脱出するまでは我慢することにした。
ふっと視線を足元を流れている下水に落とす。
「ないない。汚水を飲むなんて選択肢は本当に水分が枯渇した時の最終手段よ。はあ・・・こんなことなら浄化魔法と簡単な小型のろ過装置でも作っておけばよかったわね」
背後を確認しつつ下水道の終着点を目指す。
「ようやく到着ね。はあはあ・・・早く脱出してどこかで本格的な傷の治療をしないと」
下水道の終着点はトンネルのようにポッかりと外に向かって口を開いている。
出口ギリギリまで歩みを進め、下を覗き込む。
「まるで滝壺ね。下の水が黒く見えるのは夜だからかしら、それとも汚水のせいかしら?」
私が今立っている地点から水面までは、高さ約50メートルくらいだと思う。
何故水面までそんなに距離があるのか? 無駄に王城が大きいからよ。
「馬鹿と煙は高いところが好きとはよく言ったものね」
身体強化をしたとしてもこの高さを飛び降りるのは自殺行為だし、そんな無謀なことをするつもりはない。
事前に緊急事態の際にこちらのルートを使うことを想定して、隠しておいた縄梯子を設置する。
「お願いだから私が下に着くまで誰もここに辿り着かないでよ」
そんな祈りを捧げて膝を折り縄梯子に手をかけようとした瞬間、首筋にチリッとした感覚がしたので即座に横っ飛びをして縄梯子から離れた。
体を起こして縄梯子の方を見ると、下水道の床の一部が鋭利な刃で切り裂かれたような跡がある。
そして最悪なことで今の攻撃で縄梯子が落ちた。
「よよようやく追い詰めたのでです」
声がした方に振り向くと、そこには王族の1人であるタチアナが異形の生物とアンデット達に守られるように立っていた。しかし王国兵士の姿はない。見聞きされたら困ることをするのかしらね?
「王族自ら私の追跡とはね。こんな夜更けにこんな場所で何か用かしら?」
タチアナから視線を外さずに、現状からの脱出案を考える。
戦闘は論外。この戦力差を覆すような奥の手を私は持っていない。つまり逃走一択なんだけれど問題はどうやって逃げるかよね。
「あああの逃げる算段を考えているところわわわるいんですが、絶対にににがしませんよ」
タチアナが「逃がさない」と宣言すると、その言葉を聞いた異形の生物とアンデット達が前進し始めた。
万事休すね。それにしても一応礼儀として触れておいた方がいいわよね。
「同じ女性として助言しておくけれど、両鼻にティッシュを詰め込んだまま人前にでるのは如何なものかと思うわよ?」
そう、この緊迫した状況に似つかわしくない両鼻にティッシュを詰めた状態でタチアナは私を追い詰めているのだ。
「しししかたないのです。まさかげげ下水道がこんなに臭い場所だとはしし知らなかったのです。しし知っていれば事前にたた対策をしてきのです」
下水道は一般的なイメージで「臭い場所」と相場が決まっているのにね。
そんなに悪臭に耐えられなければ、兵士と異形の生物、アンデットに任せれば良かったのに。
それに元をただせば私やタチアナの体から出た排泄物も混じっている。
それが集まって流れている場所だもの、悪臭がして当然。
願わくばタチアナ自身がこの下水道を体感して、下水道から流れる汚水が近隣の街や村に与える影響を考えてくれる・・・はずないわよね。
「それであなたは私をどうするつもりなのかしら?」
ジリジリと後退して、ついにはトンネルの際まで来てしまった。もう後がない。
「あああなたの処理法方は私に一任されていいいるのです。はは初めての異世界の人間、それも聖女なのです。こここんなに心踊る素体は初めてなのです! ささ最終的は切り刻んで色んな生物と合体させる・・・あーでもアンデットにするのも捨てがたい!」
もう完全にタチアナの頭の中では私をモルモットにした、人体実験の予定が立てられているようだ。
「うーんでもその前に異種交配も試してみたい。わわ私が作った戦闘生物とかアンデットは人間ベースだから、ここ高確率で人型が生まれるのがよよ予想できる。やややっぱり純粋なモンスターと交配させて、どどどんなものが生まれるのかみみ見てみたい!」
見た目は少女だけれど、頭の中はとんでもないマッドサイエンティストね。
「よくもそんな非人道的なことを考えついて、実行に移そうとするわね。あなたイカれてるわ」
「そそそうですか? 私は一研究者としてせせ生物の多様性と限界に挑戦しているだけなのです。そそそれに異種交配はもう何度も試しているのです。でででもこれまでは母体の強度不足で満足いく結果が出ていないのです。でででも聖女なら母体の強度はきっと大丈夫なはずです。ででですのであなたは切り刻む前に、異種交配のぼぼ母体になってもらうのです。とってもたた楽しみなのです」
全く本人を目の前によくそんなことが言えるわね。天才と馬鹿は紙一重と言うけれど、異常者は一体何と紙一重になるのかしらね。
それはさておき、覚悟を決めましょう。
「勝手に盛り上がっているところ悪いのだけれど、生憎と私はあなたの人体実験の道具になるつもりはないわ。だからそろそろお暇させてもらっていいかしら?」
「そそそれは困るのです。貴重な素体はにに逃がさないのです」
タチアナの言葉を聞いた異形の生物とアンデットは、いよいよ私を捕縛しようと迫ってくる。
「アクション映画とかではよくあるシチュエーションだけれど、成功するかしら?」
残り少ない魔力の8割りを込めた光学魔法「レーザー」を腕をあげるように足元を流れる下水から天井に向けて放ち、汚水による水しぶきと天井の崩落で相手の視界を奪い同時に動きを制限する。
私が放ったレーザーの射線上にはタチアナが立っており、当然タチアナを守ることを優先する異形の生物とアンデット達はレーザーを防ぐために肉壁になる。
その一瞬の隙に残存魔力で身体強化をしてトンネルから飛び出し、50メートル下の汚水の滝つぼにダイブする。
身体強化しているとはいえ、予想していたよりも激しい衝撃に意識が遠退く。
何とか意識を保って視界ゼロの水中を、川との合流地点まで無我夢中で泳ぐ。
途中頭上から何度か遠距離攻撃をされたが、深夜の暗闇かつ汚水の中にいる私の位置を把握できるはずもなく幸運なことに一発も当たらずに済んだ。
どれくらい泳いだかわからないけれど、段々と水が澄んで視界が確保できた。
上方からの遠距離攻撃も止んだので、息継ぎのために水面に顔を出そうと思ったけれど気が抜けたのか私の意識は水中で途切れてしまった。
ダモクレス防衛の任を終えたので、ルー先輩の部隊とオレの部隊は後続で到着した部隊に警戒を引き継いで帰路についている途中だ。
「はあ・・・帰りたくない」
深いため息と本音が口から漏れたオレの後頭部をナツキがチョップした。
「隊長であるあなたが帰りたくないとか言わない。そもそも今回もキレて暴走したシンの自業自得でしょうが。必要書類を提出したら一緒に怒られてあげるから我慢しなさい」
「わかったよ」
オレとナツキの会話を聞いていたオレの部隊の連中は、みんなニンマリしてオレ達を見ている。
それも何故か生暖かい目で・・・何その「わかってるよ」見たいな顔は? 腹立つ~
「あの2人は相変わらず楽しそうですね。若いというのはそれだけで素晴らしいことです」
馬に乗りながら、タチアナが年 寄りめいたことを呟いた。
「お、ついに自分がババアになったことを認めたのか! 観念した・・・うお!?」
「今すぐその口を閉じて先程口走ったことを即時撤回しないと、刺しますよ?」
「もう刺してるだろうが! あぶねーな」
馬上でそんなやり取りをしているルー先輩とタチアナさんを客観的に見て思った。
オレとナツキもあんな感じなのか・・・なんか今になって恥ずかしくなってきた。
そりゃー周囲のみんなが生暖かい目を向けるわな。腹立たしいけど、納得した。
自軍領地内の帰り道だからか、部隊の雰囲気は和やかだ。
魔族の領地内だからといって油断しすぎるのはマズいのだが、血生臭い殺伐とした戦場から生きて帰還できた喜びと安堵感は理解できるから特に注意はしない。
小鳥の鳴き声と、川のせせらぎが聞こえる。平和だな~視線を水面がキラキラ光る川に向ける。
魔族領の川は綺麗だ。オレが子供の頃に川遊びをしていた頃のままだ。
いくら魔法で水を生み出せるとはいえ、水源は貴重な資源だ。
代々の魔王様は自然保護に力を入れる方が多く、その政策に関してだけは強行派の連中も反対意見は
述べずに協力している。
馬上からでも水質が良いから川の底まで見える。大きな魚が群れをなして泳いでいる。
もうすぐ産卵の季節だしな。うん? 岸辺に何か打ち上げられているぞ。
何だろう、ゴミか? よーく打ち上げられている物体を凝視して、それが何であるか理解した瞬間にオレは馬から飛び降りて駆け出した。
「こらシン! また単独行動するつもり? あなたいい加減に隊長としての自覚を・・・」
「ナツキ、川辺に人が倒れている。ルー先輩とタチアナさんに連絡してくれ。オレは先に行って様子を見てくる」
オレがそう言うとナツキは真剣な表情になり、ルー先輩とタチアナさんに状況を伝えて部隊に周囲警戒の指示を与えているようだ。ホント頼りになる副官だよ。
オレが川辺に到着して流れ着いた人を見た途端、正直どうしようか判断に迷った。
何故ならヒューマンの女性だったからだ。
オレはてっきり同族が何かの拍子に溺れて流れ着いたと思っていたから、助けようと慌てて駆けつけたのだ。
どうする? とりあえず生死を確認するか?
うつ伏せの状態の女性を仰向けにして、口元に手を当てて呼吸を確認する。
呼吸はしているがかなり浅い。よくよく全身を観察してみると、身体中に細かい切り傷が無数にあり右腕には深い傷があり少し化膿している。左足の骨も折れているようだ。
個人的にヒューマンに対しての深い恨みはあるが、この人がオレに何かしたわけではない。
目の前に助けられる命があるなら、助けないと。
そんな決心をしたところで、背後からいくつかの視線を感じた。しまった、敵か!
「いや~シン、気を失っている女性のスケスケ状態の体を凝視するのは流石にどうかと思うぞ」
「そうですね。いくら血気盛んで若い性欲を持て余しているとはいえ、それ以上は犯罪ですよ?」
「シン・・・あなたがそんな人だとは思わなかったわ。私だって言ってくれれば少しは協力したのに・・・」
ルー先輩、タチアナさん、ナツキが意味不明なことを口走り始めやがった。
周囲を警戒している部隊の連中も聞き耳を立てているのか、笑いをこらえていやがる。
「あんたらこの状況でよくそこまでふざけられるな! 逆に尊敬するわ!!」
数秒前のオレの葛藤を返せよ、マジで!
「わりーわりー。で、実際どうするかね・・・」
「発見してしまったのです。流石にこのまま放置していくわけにはいかないでしょう」
オレの怒り(?)を完全に無視して、話を進めるルー先輩とタチアナさん。
「そうですね。とりあえず衛生兵を呼んで傷の治療に当たらせます。その後は手足を拘束してうちの部隊の女性兵達に監視護送させるという流れでいかがでしょう?」
ナツキもすでに仕事モードに戻り話に参加している。第一発見者のオレはおいてけぼりかよ。
「だな。とろあえずあとの判断は魔王様と総隊長殿に丸投げしようぜ」
「責任回避ですね? まあ、最初に発見したのはシンですから隊長として報告してもらいましょう」
ルー先輩とタチアナさんがオレに向かって、めっちゃイイ笑顔を向けてくる。
ナツキはため息をついてオレを睨んでいる。
「どうせ色々とやらかしたことを報告に行くんだ。今さら1つ面倒事が増えたところで変わらんだろう。ついでだよ、ついで」
もはや部外者面のルー先輩。クソ~人命救助したのに何この貧乏くじを引いた感じ。
「タチアナ、口輪はどうする? 魔法詠唱の可能性があるから本当はした方が良いとは思うのだけれど・・・」
ナツキがタチアナさんに口輪の有無で判断を仰いでいる。何でだ? 呼吸が弱かったから阻害しないようにか?
「そうですね・・・本来ならする規則ですが呼吸器にも若干のダメージがあるようですから、止めておきましょう。ただし意識を取り戻した際に魔法を発動する兆候がみられた場合、それなりの対処をする方針にしましょう」
タチアナさんの言葉を聞いた部隊の兵士達は、一瞬顔を強ばらせた。
端的に「こちらに敵対の意思をみせれば処理する」とタチアナさんが言ったからだ。
数年前までオレはナツキとタチアナさんは、どこか似ているなと思っていた時期があった。
しかしルー先輩に言わせると「全然似てない」らしい。
当初はそう思わなかったオレだが、とある出来事をきっかけにその認識を改めた。
ある戦場でルー先輩とオレの部隊は仲間の裏切りにあい、窮地に陥ったことがあった。
なんとか窮地を脱しその戦いには勝利したのだが、オレ達を裏切った同族の部隊とヒューマンの部隊を捕虜にした際に両部隊の隊長が降伏するとみせかけて、魔術を放とうとしたのだ。
オレもナツキも捕虜の状態でまさか反抗するとは思ってなくて、初動が遅れてしまった。
しかしタチアナさんは両部隊の隊長2人の首を、方天戟ではねていた。
まるで予め反抗することがわかっていたかのように。
さらに捕虜の半数の首をはねたのだ。オレは抗議しようとしたがルー先輩に制止された。
「あなた方は自分の立場を正しく理解できていないようでしたから、理解しやすくしました。流石に理解してるとは思いますが今のはみせしめです。捕虜の立場でいることを感謝しなさい。特に同族の裏切り者達は。私個人としては今この場であなた達を処理してしまいたい。ですが私の一存ではこれ以上の捕虜の処理はできません。理解したのなら拾った命を無駄にしないことです」
その一件以来、オレはタチアナさんがわからなくなった。
しかも捕虜の半数を殺害したにも関わらず、魔王様や総隊長からは何のお咎めもなかった。
個人的に納得いかなかったので、ルー先輩に相談したら「じゃあ、お前はあの状況で何かしたのか? 捕虜の不意打ちに咄嗟に反応できたのは俺とタチアナだけだった。シン、お前は軍人であり部隊の隊長としての自覚が本当にあるのか? お前やナツキちゃんは不意打ちをくらっても多少のダメージで済むだろうが、他の一般兵士は違う。最悪死者が出たかもしれん。部隊の隊長は実力だけじゃねえ、部隊の仲間全員の命を背負ってんだ。仲間の命を守るためなら、進んで必要悪を演じて罵詈雑言くらい受ける覚悟で常にいろ。敵と仲間の命を天秤にかけるんじゃねーよ」と真剣な表情で言われた。
ルー先輩にはああ言われたけど隊長になりたての頃は、頭では理解していたけど感情の部分では納得いってなかった。
でも隊長になって数年が経ち、いくつかの戦場を経験したことであの時のタチアナさんの判断は正解とまではいかないが、自分の中で納得いくものに変化していた。
そしてこうも思った・・・もうタチアナさんが隊長でイイんじゃない?
オレがボーッと過去の若かりし思い出に浸っていると、口輪に関してタチアナさんが最後に一言付け加えた。
「万が一捕虜の女性の拘束した姿、それも口輪までした姿を目の当たりにしたシン隊長が新たな性癖に目覚める可能性を私は否定できる材料を持ち合わせていません。この女性を発見した際の淫・・・ん、不審な行動の件もあります。それにもし間違いがあったら、ナツキが悲しみます」
タチアナさんの言葉を聞いた兵士達は「そうですね・・・」、「くっ! 隊長」、「私達でナツキお姉様の心をケアするのよ!」、「シン隊長! ついに俺達と同じ世界に・・・ようこそ! 同士よ!!」とか何とか盛り上がっている。
アレだよね。戦場での高揚感がまだ残っているからテンションが高いだけだよね? みんなちゃんとタチアナさんの冗談だってわかっているよね?
「おーい、お前らシンをからかうのが楽しいのは分かるがそろそろ出発するぞ。でないとかみさんの晩飯に間に合わなくなっちまう」
物凄い個人的な理由で早く帰りたい様子のルー先輩。
「そうですね。捕虜の体調も芳しくないですし、休憩はこれくらいにしておきましょう」
これ休憩だったの? タチアナさん。
「全部隊は迅速に騎乗したのち帰還準備をして、捕虜の監視は怠らないように。2分後に出発します。いいですね?」
「「了解」」
ナツキが声を張り上げて全部隊に指示を出す。
どうやらもうオレをイジるのは終了らしい。なんか納得いかねえー! 魔王城に帰ったら魔王様と総隊長に抗議してやる。
「シン、あなたも早く騎乗して。隊列が組めないから」
すでに騎乗していたナツキがオレの馬を連れてきてくれた。
「わかっているよ」
愛馬に飛び乗り隊列に入ろうとすると、ナツキが真横に並んだ。
「なんだよ」
「・・・スケベ」
そう言い残してナツキは隊列に戻った。理不尽だ・・・




