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35. 5話 ~魔国側最前線ダモクレス~

防壁の上から見る戦場の景色は、いつ何度見ても気分が悪い。じゃあ、見なければ良いと言われてしまえばそうなのだがオレはこの景色から目を背けるわけにはいかない。あの記憶を忘れないために。痛みと悲しみ、怒りを冷めさせないように。

「な~に戦場を眺めながら黄昏てんだよ」

「痛て!?」

後頭部に衝撃を感じて振り返ると、そこにはルー先輩が右手をチョップの形にして立っていた。

「いきなり何をするんですか! ルー先輩」

「戦場を眺めながらどこぞの物語の主人公チックなことを考えていそうな後輩に、ついちょっかいを出したくなってな」

「何ですかそれは! それにルー先輩のチョップは結構痛いんですから、やるにしてももう少し加減してく下さい!」

「十分手加減してるぞ? 痛いと感じるのはお前の鍛え方が足りないからじゃないか?」

「はいはい、どーせオレは貧弱ですよ。ルー先輩と違ってね」

「悪かったて、だからそうひねくれるなよ。あとで昼メシ奢ってやるからさ」

「・・・ブラッディバードの半身揚げ(大盛り)で手を打ちますよ」

「お前、それ一番高いメニューじゃねーか! お小遣いが少ない俺の財布事情を考えろや!」

「ええ~男気溢れるルー先輩がまさかそんなケチ臭いこと言うんですか? いつも「男に二言はない!」って言っているのに。オレ幻滅しちゃうな~」

「く、わかったよ。奢ってやるよ!」

「おー流石後輩思いのルー先輩。ゴチになります」

よし、これで今日の昼メシ代が浮いたぞ。財布の中を見つめるルー先輩の背中に哀愁が漂ってるけどオレは気にしない。

「はあ・・・それでヒューマン側に何か動きはあったか?」

「いえ、相変わらず仮で設営した陣地から出てきませんよ。こっちが斥候部隊を出したときだけ、軽めの遠距離武器と魔法で牽制してくるだけです。一体何を考えているんだか・・・もうこっちから攻めて倒しちゃいましょうよ」

「血の気が多いね~若い証拠だな。気持ちはわからんでもないがな、俺たちは軍人だ。基本的に命令で動いているんだから自分勝手な判断で動くなよ」

「わかってますよ」

「なら良いけどな。昔と違って今のお前さんには立場があるから、しっかりしてくれよ」

「わかってますって! オレのことよりルー先輩こそどうなんですか? ほんとは面倒くさいから今すぐに敵陣地に攻め込みたいんじゃないんですか?」

「それが出来れば苦労しねーよ」

ルー先輩は盛大に疲れたようなため息を吐いた。オレよりも上の立場で妻子もちとなればルー先輩も昔みたいに無茶はできないんだろう。年齢を重ねると色々と苦労が増えるんだろうな。

「そろそろ昼メシ食いに行くか。あんまり隊長格2人が好き勝手出歩いてると、副隊長をはじめとする隊員達に捜索されそうだしな」

ルー先輩・・・また何も言わずに出歩いているんですか。

「あんた今自分で立場がどうこうの話をオレにしておいて、それで良いのかよ! 副官のタチアナさんの苦労が心配になるわ!」

「うん? お前さんだって俺と同罪だろう?」

「俺はちゃんと席を外すときは、副官のナツキに一言言ってから出歩いているんでルー先輩と一緒にしないで下さい」

「何!? シン、お前は俺と同類だと思ってたのに裏切りやがったな。いつからそんな真面目野郎に成り下がった!」

「隊長格の立場になったら否が応でもきちんとするでしょうが。そんなんでさっきよくオレに立場云々の話ができましたね。あんたがもっと自分の立場を理解してください!」

「クソ、俺だけがタチアナに説教パターンかよ。あいつの説教長いんだよな・・・」

タチアナさんの心労が本気で心配になってきた。あとでナツキに様子をこっそり見てきてもらおう。

「とりあえず昼メシ行くか」

「切り替え早いですね。まあオレは奢ってもらえるから良いですけど」

城壁の上にいる見張りの兵士に労いの言葉をかけて階段を下りようとしたとき、その気配を感じ取った。

「残念だが今日の昼メシは抜きになりそうだな」

「みたいですね。じゃあ夕食を奢ってもらうということで」

オレ達の会話を聞いていた見張りの兵士は頭上に「?」を浮かべていた。まあ普通はこの距離から敵の気配には気づかないからな。

「おい、そこの若いの。警鐘を鳴らせ! 敵襲だ」

「え。はい!」

まだ状況を飲み込めていない若い兵士は、ルー先輩に言われるがままに警鐘を鳴らしに走った。

「それにしても妙な気配ですね。敵陣近くの気配はいつもと同じなのに、こっちに進行してくる連中の気配が何て言うか・・・」

「気持ちが悪いか?」

「はい。こんな気配はオレは今まで感じたことがなくて」

「そうか、シンはアンデットとの戦闘経験はなかったな。じゃあ丁度よい覚えておけ、今お前が感じている気持ち悪い気配がアンデットのものだ」

これがアンデットの気配。はじめて感知したけど死者の気配はこんな感じなのか。

「シン、お前アンデットとの戦闘訓練は受けているよな?」

「ええ一応はですけど。魔法戦闘の場合は聖属性か火属性の魔法で消滅させる、近接戦闘の場合は同じく聖属性か火属性の魔法を武器に付与して首を飛ばすでしたよね」

「正解だ。だが近接戦闘はなるべく避けろ。最近のアンデットはどうやら進化したらしく首を切り飛ばすくらいじゃくたばらない。それこそ粉みじん切りにするか高出力の魔法剣で消し飛ばすくらいじゃなきゃ何度でも立ち上がってくる」

「アンデットって進化するんですか? もう死んでるのに?」

「ああ、おかしな話だろう? でも実際に最近戦ったヤツからの証言だからかなり信憑性はあるぜ。だからもし近接戦闘する場合はやりすぎくらいのオーバーキルをしろ」

「わかりました」

「ついでにお前のとこの副官にも伝えてアンデット対策をしておけ。お前がアンデットとの戦闘経験がないということは、部隊の兵士もないだろう。敵さんがこっちの射程距離圏内に入るまでまだ時間がある。見張りは俺の部隊でやっておくから、行ってこい」

「わかりました。あとをお願いします」

駆け足で階段を下りていくシンを見送ったところで、あえてシンには教えなかった気配に考えを巡らせる。

「アンデットの気配に混じって妙に小さい気配がいくつもあるな。アンデットではなさそうだが・・・気配の大きさからすると子供くらいなんだが、まさか少年兵か? だとするとシンにはキツイ戦いになるかもな。最悪の場合は俺と俺の部隊が汚れ役を引き受けるしかないか。その場合は魔王様に特別手当請求しねーとな」



「アンデットとの基本的な戦闘については以上だ。何か質問があるものはいるか?」

副官であるナツキがさっきルー先輩から教えてもらった、アンデットとの基本的な戦闘方法について部隊の兵士達に説明している。

オレが説明しても良かったのだが、ナツキ曰く「シンの説明は直感的すぎて他の人には理解できない。だから兵士達には私が説明する」と言われた。ちょっとムッとして言い返そうとしたけど「なにか文句が?」と睨まれたので、引き下がりました。隊員たちはオレとナツキのそんなやり取りを微笑ましい様子と勘違いして見ている。

本来なら隊長であるオレの方が立場が上のはずなんだけど、ナツキは孤児院時代からの幼馴染みだからオレに対して一切の遠慮がない。そして何故かオレもナツキに強く言われると逆らえない。ガキの頃からの主従関係が今でも継続している感じだ。

ナツキは深い青色の髪を腰の辺りまで伸ばしている。少し切れ目なため初見の人にはキツい感じに見られがちだが、見た目に反して意外に優しいらしい。何故「らしい」なのかと言うと周囲のみんなの感想であって、オレはそう思わないからだ。オレからすれば口うるさいだけだ。でも部隊の兵からは「あんな美人な幼馴染みがいて羨ましい」、「隊長は将来安泰ですね」、「早くも尻に敷かれてる」とか言いたい放題言われている。最近「オレって隊長だよね?」と思う機会が多い。

「シン隊長、兵士達への説明は終了しました。部隊配置の号令をお願いします」

オレってこのまま永遠にナツキに付きまとわれるのかな・・・逃れられない運命的な感じか?

「私の話を聞いていますか? 隊長」

誰かに相談しようにも一体誰にしよう? オレの周囲に相談できそうな人いないんだよな。ルー先輩は絶対茶化すだろうし、ディーバ先輩はなんか相談しづらいし・・・魔王様はどうだろう? この任務が終わったら真面目に相談しに行こうかな・・・

「私の話を聞・い・て・い・る・の・かシン!」

考え事をしていたら側頭部を分厚い資料の束で叩かれた。

「痛って! いきなり何すんだ、ナツキ!」

「いきなりじゃない! 部隊へのアンデットに対する戦術説明の最中に考え事なんてしているからだ。それでも隊長かお前は!」

「ああ、それでも隊長だよオレは! その隊長の頭を何かある度に毎回叩くなよ。戦いに出る前にダメージが溜まるだろうが!」

「この程度のことでダメージがどうこう言うようなやわな鍛え方をしているお前が悪い。そもそも戦術説明の最中に考え事をしていたお前がどう考えても悪い! 何か申し開きがある、シン?」

「・・・ありません」

クソ、正論言いやがって。そして何でオレがナツキに言い負けると隊の兵たちは「また夫婦漫才で隊長が負けたよ」とか「ナツキお姉様素敵」とか「ナツキの姉御、一生ついていきます」だの「ナツキWin!」って書かれた大段幕が広げられるのか・・・もう一度念のために確認だけど、オレ隊長だよね?

「ナツキの説明にもあったように、各自基本的に魔法による遠距離戦メインで戦うこと。仕方なく近接戦闘を行う際は必ずスリーマンセルで行動してフォローしあうこと。間違ってもアンデットに噛まれたりするなよ。万が一ワクチンが魔国に保管されていないタイプだった場合は人に戻れなくなるからな。毎回出撃前に言っているけど・・・死ぬなよ 」

オレは最終確認を言い終わり、窓の外に向いていた視線を兵達に戻すと・・・

「隊長~話が長いです! その説明はさっきナツキの姉御から聞きました。それより早くヒューマンどもの息の根を止めにいきましょうぜ!」

「ヒャッハー! 皆殺しだ!」

「隊長、緊張で腹下したんでうんこ行ってきてイイですか? ぶっちゃけ説明の途中から漏れそうで、話半分にしか聞いてませんでした! う、出る・・・出る~!!」

隊員達はすでに部屋を出る寸前で、その中の一人の隊員が両手でケツを押さえながら、駆け足で部屋から出ていった。うん、間に合うと良いね。

「まだそんなところにいたのか、シン? みんなもう城壁の上に向かったぞ。」

振り返った先には部隊の兵達はおらず、片手をドアにかけて今まさに部屋から出ていこうするナツキの姿しかなかった。

「ああ、わかった・・・今行くよ」

みんな、オレ一応この部隊の隊長だから、置いてかないでくれよ。



「すみません。遅くなりました」

「おう。て、どうした? 何か酷く疲れた顔してるが。何かあったのか?」

「いえ・・・ルー先輩。オレ隊長格ですよね?」

「いきなり何だ? ナツキに頭を叩かれ過ぎてついにおかしくなったか? 当てにしている戦力に抜けられるのは痛手だが、医務室に行くか?」

「もういいです・・・」

「え? 何だって?」

「オレは大丈夫です! さっさと敵を迎撃しましょう!」

何か無性に腹が立ってきた。この何とも言えないモヤモヤをアンデットにぶつけてやる。

「気合いが入ってるとこ悪いがよ、シン、お前は中遠距離魔法苦手だろ? わかってると思うけど無駄撃ちすんなよ」

「はい・・・」

アンデットに攻撃してこのモヤモヤを解消しようと思ったのに、阻止された。

「敵アンデット部隊射程距離圏内に入りました!」

城壁の更に上の見張り台にいる兵士が敵の接近を大声で下にいるオレ達に伝えた。

「敵さんがお出ましだぞ! よしお前ら、日頃溜まりにたまったストレスを敵に向けてお見舞いしてやれ! 今なら無礼講だ。何を叫んでも軍法会議にはかけられない。思う存分思いの丈をぶちかましてやれ!」

ルー先輩がおそらく兵士達を鼓舞(?)するつもりで言い放った言葉に、兵達は歓喜した。

「勝手に攻撃開始の合図のようなことを言わないで下さい。刺し殺しますよ? ああ、もう手遅れそうですね・・・もう良いです。全軍攻撃開始!」

ルー先輩の副官のタチアナさんが方天戟の先で、ルー先輩を刺しながら声を張り上げて攻撃開始の合図をした。

すると兵達は「待ってました!」と皆日頃の鬱憤を吐き出し始め、興奮は最高潮に達した。

「「休日だからって昼間から酒飲んでぐうたらするな!」って、俺は休日だからぐうたらしてるんだー! 休日なんだから別にいいだろ~!!」

巨大な火球をアンデットに部隊に放ちながら、1人の兵士が叫んだ。きっと所帯持ちなんだろうな・・・ 

「「家事を手伝ってやるよ」じゃないわよ! 上から目線も腹立つしあんたが中途半端にやるから、結局私が後始末するんだから中途半端に手伝うならむしろやるなー!!」

今度は女性の兵士が手から高出力の雷撃を放ちながら叫んだ。周囲の女性兵から「そうよそうよ!」と数多くの同意の声が上がった。アンデットに雷撃魔法って有効だっけ? まあ、焦げるから効果はあるのか?

「デートの時に何が食べたいか聞いたときに「なんでもイイよ♪」とか言っておいて、いざ店決めたら「今これが食べたい気分じゃないのよ」って、何でもよくねーじゃねーか! だったら初めからメニュー指定しろや!!」

若い男の兵士が叫びながら火球を連射する。周囲の兵士から「あれマジで意味わかんないよな」と声があがる。

「「今日はデビルフロッグのステーキが食べたいから作ってくれ」じゃないわよ! こっちはバランスよくメニュー考えて組んでいるんだから、いきなり食いたいもんぶっこんでくるなー! それと暇そうに出歩いているんだったら、作って欲しいメニューの材料くらい自分で買ってこいよ!!」

女性の兵士が魔族では使い手が少ない、聖属性の魔法の矢を撃ちまくりながら叫んだ。

「タチアナ副官! 初めて会ったときから好きです。俺とつき合ってください!!」

どさくさ紛れに渾身の火球を放ちながら、ルー先輩の部隊の男性兵士が告白した。

「お断りします。あなたの稼ぎでは将来に不安しかありません。別の女性を探して下さい」

ノータイムでタチアナさんが断った。返事を聞いた告白した男性兵士は吐血し倒れた。周囲にいた者達が「大丈夫か!?」とか「お前はよくやった!」、「誰か衛生兵を、早く!」などと叫んでいる。あの人、この後同じ部隊で気まずくなるだろうな・・・

それぞれの強い思い(?)が込められた魔法の数々は、弾幕になってアンデット達に着弾していく。

アンデットの移動速度は遅いため、魔法の着弾地点が多少ずれてもダメージを与えられる。

だがアンデット達に装備された対魔法鎧の効果で、直撃してないものが変わらずにこちらに向かってくる。

「撃ち漏らしにこれ以上距離を詰められたくありません。各員中距離戦移行準備。弓兵部隊とバリスタ部隊はナツキの指示に従い攻撃を開始して下さい」

タチアナさんが城壁の上から戦況を確認しつつ、次の指示を出す。

「ナツキ、城壁の上は任せましたよ。私は下に降りて近接戦闘の準備をします。城門と城壁にはとりつかれたくないので」

「わかったわ。こっちは任せて。タチアナも気を付けて」

ナツキと軽いやり取りをしてタチアナさんは愛用の方天戟を手に取り、30名ほど引き連れて城壁から飛び降りて行った。

「ルー先輩、オレ達戦闘が始まってからまだ何もしてませんけど良いんですかね?」

「良いんだよ。俺たちは言わば最終兵器。戦況がヤバくなりそうになったら嫌でも出撃するハメになるんだからよ。それまでは力を温存だ温存。それによ、俺達は隊長なんだからどっしり構えてなきゃな」

そう言うとルー先輩はオレの肩を叩いた・・・お菓子の食べかすのついた手で。

そう、戦闘が始まってから今までの間ルー先輩はオレの横で地べたに胡座をかいた状態で、持参したお菓子を食べているのだ。しかもその行動に誰も突っ込まない。オレがおかしいのか? 流石に緊張感なさすぎじゃないだろうか?

「敵に動きあり! アンデット部隊後方に大型の投石器を10基確認!」

見張り台の兵士が敵陣に動きがあったことを、大声で伝えた。

「投石器?何でそんな原始的なものを持ち出したんだ? アンデットでも飛ばす気なんですかね?」

「わからねーな・・・おい、見張りのアンちゃん! 投石器の発射台に何が乗せられてるか見えるか?」

「えーと、アンデットが一体とそれから・・・そのアンデットが何か布包まれたものを抱えています」

布で包まれた何かって曖昧な報告だな。でもオレの目じゃそこまで見えないから、貴重な情報か。

「ありがとよ、アンちゃん。また何か妙な動きがあったら報告してくれ」

「はい! わかりました」

ルー先輩からの労いの言葉を貰った見張り兵士は、鼻息荒く再び見張りに集中し始めた。

「おーい! タチアナ。兵達に指示を・・・」

「城壁にいる部隊で魔力に余力のあるものは、威力よりも射程距離を重視した魔法を使用して投石器を攻撃。撃たせるな」

ルー先輩の言葉を遮り、タチアナさんが城壁の魔道師部隊に的確な指示を出す。もうタチアナさんが隊長で良いんじゃないか?

城壁の部隊が魔法を放つ準備を始める。射程距離を伸ばすために魔力をチャージしていく。威力を上げるにも射程距離を伸ばすにもチャージタイムが長くなるのが欠点だ。これがあのアリシア婆さんならノータイムで撃てるんだろうけど、今の魔王軍にそんなことが出来るのは魔王様と魔妃様の二人だけだろう。

「敵投石器、5基が発射体勢に入りました!」

見張り台の兵士が悲痛な叫びをした。こちらが魔法を放つ前にどうやら敵の攻撃が、城壁に着弾しそうだ。

「シン、俺らの出番だ。着弾する前に撃ち落とすぞ」

「わかりました」

「撃ち落とし割り当ては俺が2個でお前が3個な」

「なんでオレの方が撃ち落としの数が多いんですか!? そこは年功序列でしょ!!」

「だって俺の戦闘スタイル、モロ脳筋の近接格闘スタイルだから遠距離魔法苦手なんだもん!」

「「なんだもん!」じゃねーよ。あんたが可愛く言っても全然可愛くないわ! それにオレだって遠距離魔法は苦手ですよ。だからナツキが副官についてるんですから!」

「はあ? ナツキちゃんがお前の副官についてるのは結婚を前提としたお付き合いみたいなもんだろう。 お前とナツキちゃんの関係は 魔王軍の一般常識だぞ? 軍規の最初のページに書いてある暗黙の了解だ」

「何でみんなオレとナツキをくっつけたがるんですか!? ナツキとオレはただの幼馴染みだって何回言ったらわかるんですか!?」

変なやり取りをしてるから集中できないじゃないか。ただでさえ遠距離魔法苦手なのに。このままだと命中精度が落ちそうだ。

「ここまで素直じゃねーとな・・・ナツキちゃんが苦労するわけだな。シン、お前も今にナツキちゃんの有り難みにひれ伏す日がくるぞ」

「何ですかそれは? そんなことより集中して下さい。自分で遠距離魔法が苦手とか言っておいて、そんなに無駄口叩く余裕があるなら5つ全部撃ち落として下さいよ」

若干イラっとしたので、八つ当たり気味にルー先輩に言ってみる。

「それは無理だ。ここは伸び盛りの後輩に花を持たせるぜ」

コノヤロウ。

「発射されました! 数は5つです!!」

魔術師部隊の投石器への迎撃はどうやら間に合わなかったようだ。

「魔術師部隊は引き続き投石器への迎撃準備をしてください。魔力のチャージが完了し次第、残りの投石器へ攻撃。次弾を撃たせるな」

初弾を防げなかったことに全く動揺せずに、タチアナさんがすぐに次の指示を出す。

「シン、いけるか?」

「いけなくてもやるんでしょ。こんな状況下で得手不得手を理由に出来ないは通用しないでしょうが!」

投石器から発射された物体が目視出来る距離まできたので、チャージした魔力を解放する。

質より量を選んだ魔力量任せの火炎弾の広域連射。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。以前に召喚された勇者が残した名言だ。

そもそも遠距離魔法が苦手なオレが、飛んでくる物体を正確に撃ち落とすなんて芸当は無理だ。隣を見るとルー先輩も同じことを考えていたようで、火炎弾を広域に連射している。

そのかいあってか、なんとか5つのうち4つまでは迎撃に成功したが最後の1つを撃ち落とし損ねた。

オレとルー先輩はすぐさま着弾地点から距離をとり、防御姿勢をとる。

轟音と共に城壁の上に着弾し、アンデットは「ぐちゃり」と不快な音をたててただの腐った肉の塊に姿を変えた。

肉塊の中から布にくるまれた「何か」が立ち上がった。オレは鞘から剣を抜き盾を構えて臨戦体勢をとる。

城壁の上にいるので風が強く、立ち上がった物体の布が風で飛ばされた。その姿を見てオレは言葉を失った。

子供だった。それもまだ幼い。武器も何も持っておらず、それどころか服すら着ていない。

ただ1ヶ所、普通の子供と異なる部分があった。胸部の肉が不自然なくらいに盛り上がり、赤く点滅しているのだ。明らかに胸部に異物を埋め込まれている。

オレが放心状態で言葉を失っていると、その子供はおそらく先程の着弾の際に折れたであろう手を伸ばしてオレに「助けて・・・痛いよ、お母さん・・・」と涙と鼻水、涎を垂らしながら呟いた。明らかに正気じゃない。しかしオレは武器を下ろしその子供に無意識に手を伸ばしていた。

「バカ野郎! 早く離れろ!!」

怒号と共に強い力で片方の肩を掴まれたかと思うと、後方に吹っ飛ばされた。

オレが吹っ飛ばされながら見た光景は、子供が爆発して焦げた肉片となる姿だった。

動揺していたせいで受け身をとれずに、城壁の壁に背中から激突した。

「がはっ!」

ほんの一瞬呼吸がしづらくなる。

「大丈夫か? シン」

いつの間にかオレの前にはルー先輩が立っていた。どうやら爆風から守ってくれたようだ。

「はい・・・でもさっきの子供は一体?」

「見たところ胸部に爆発物を埋め込まれていたようだな。爆発の条件は・・・わからんな。時限式なのかそれとも魔法での遠隔起爆式なのか・・・」

「そんなことより、子供ですよ! 少年兵とかじゃなくてただの子供が何であんな!! 爆発物なんてアンデットにでも仕込めば良いじゃないですか。何でこんな!!」

「その方が効果的だからだろうな。考えてもみろ俺達はさっきまでアンデット、つまり死人と戦っていた。そこにいきなり生きている子供を投入してみろ。さっきのお前のように一瞬でも動きが止まるだろう? 戦場での一瞬の硬直は死に直結する。全く人の弱味に漬け込んだえげつない戦術だな」

「ルー先輩はなんか平気そうですね。子供が目の前で爆発したのに」

あまり動揺せずに淡々と説明をしたルー先輩に、つい嫌みな物言いをしてしまう。

「俺が平気そうに見えるだと? だとしたらお前の目が節穴な証拠だな」

そう言われてよくルー先輩を観察すると、全身の毛が逆立ち強く握りすぎた手からは血が滴っていた。

「すみません・・・オレ・・・・」

また自分のことばかりで回りが見えていない。無神経で最低だな、オレ。

「気にしてる暇があったら何としても次弾を撃たせない方法を考えろ」

そうだ、へこんでいる場合じゃない。これ以上こんなことは許されない。

「進行中のアンデット部隊の後方に、同じような布にくるまれた物体を背中に背負いながら進行してくる別のアンデット部隊を多数確認!」

見張り台の兵士がまたもやこちらにとっては良くない報告をしてきた。

「ルー先輩。同じ布にくるまれた物体って・・・」

「十中八九さっきの胸部に爆発物を埋め込まれた子供だろうな。全く戦場とはいえ人の良心や善意に漬け込むいやらしい戦術だな」

「でもフェイクの可能性もあるでしょ? それにそんなに子供を集められないでしょう。自国の未来を担う大事な命ですよ」

「どうだかね。ヒューマンの国は結構な格差社会らしいぜ。どんな国にもスラムはあるし裏道に入ればストリートチルドレンなんて山ほどいる。しかもストリートチルドレンだから、突然いなくなっても誰も不思議に思わない。人数を確保するのはそれほど難しい問題じゃない。ついでに言えば密偵からの報告で、貧しい家庭では国からの裏取引で多額の金銭と引き換えに子供を売り渡す親もいるらしいぜ」

オレはその話を聞いて頭がカッとなった。自分達の子供を金で売り渡す? それでも親か! 子供の、人の命を何だと思っているんだ。

「どうするんですか?」

オレの本音は助けたい。でも今のオレは軍人だ。自分勝手な行動は許されない。

「このまま構わず迎撃する」

「ルー先輩!」

「が、一番正しい判断なんだろうがな・・・タチアナ!」

何故かルー先輩がタチアナさんの名前を呼んだ。城門前のタチアナさんを見ると方天戟を頭上で回転させて、勢いそのままに地面に突き刺した。その直後タチアナさんの足元に水色の魔方陣が出現し、一瞬にして大地と進行中のアンデット部隊の大半が凍りついた。

「すげ・・・」

思わずそんな感想が口からこぼれた。タチアナさんの実力は明らかに隊長格クラスだ。なのに何でルー先輩の副官なんてやっているんだろうか?

そう思いながらタチアナさんを見ると、肩で息をしながらマジックポーションをあおっていた。

流石にここまでの広域大魔法はかなり消耗するようだ。

「流石、器用貧乏のタチアナ! どんな局面でも最高の仕事をする・・・うお、あぶねー!!」数秒前までルー先輩の頭部があった場所を、氷の矢が貫いていく。


「はあ、はあ・・・無駄口を叩いている暇があるのなら、状況を分析して報告して下さい。はあ・・・例の後方のアンデット部隊はどうなりましたか?」

消耗しながらもしっかりとルー先輩への殺意のこもった攻撃と、状況分析をしようとするタチアナさん。「わーたよ。後方の部隊までしっかり氷漬けになってるよ。これでとりあえずはさっきのようなことにはならねーか」

みんながひと安心した瞬間、後方のアンデット部隊が全て爆発した。

「な!? 何で!」

これで一時的にでも救えたと思ったオレ達の心情を嘲笑うかのように、氷漬けになった全てのアンデットと布にくるまれた物体が跡形もなく爆発した。

爆発したということは、あの布にくるまれたものは全部先程と同じく体に爆発物を埋め込まれた子供の可能性が高い。もちろんただの爆発物である可能性もゼロじゃない。

でも、そんなことは今のオレには関係なかった。また目の前で無力な戦いとはおよそ無縁である者が死んだ。

「「マタマモレナカッタナ」」

「おい、シン! どうした!?」

頭の中に過去の記憶がフラッシュバックする。燃え盛る炎に包まれる家々。親しい人々の悲鳴。目の前でヒューマンに助けをこうも無惨に殺される両親。おもちゃのように痛め付けられ殺された妹。

「「ナンデコンナコトスルンダ」」

「「ボクタチガナニカワルイコトシタノ?」」

妹を痛め付けていたヒューマンのげひた笑みが、今も目に焼き付いている。

「シン! 落ち着け!」

「「ボクタチハタダヘイワニクラシタイダケナノニ」」

視界が歪む。頭の中がグチャグチャする。喉が乾く。体中が熱い。

「「ソウダ、アイツラガゼンブワルインダ。アイツラサヘイナクナレバ・・・」」

ドロドロした得体の知れない何かが、心の奥底からわき上がってくる。

「これはやべーな。ナツキちゃん!!」

遠くでルー先輩の声が聞こえた気がした。でも今はそんなことはどうでも良い。

「「ゼンブアイツラガワルインダ。ダカラダカラダカラ・・・」」

「「ヒューマンドモハミナゴロシダ」」

「あ″あ″あ″ー!!」

シンの全身が真紅の高密度な魔力に包まれる。シンを中心に強風が吹き地面がすり鉢状に抉れ、城壁に亀裂が生じ始める。

普段エメラルドグリーンの髪は真っ赤に染まり、瞳も血走った赤に染まった。

思考がまとまらない。でもやるべきこと、やらなければいけないことははっきりわかっている。

一人でも多くのヒューマンを殺す。アイツらさへいなくなれば世界はきっと平和になる。

足に力を込めて城壁の上から敵陣に向けて跳躍する。

「メザワリダ、キエロ」

氷漬けになっている進行していたアンデット部隊に無造作に剣を振るう。すると過剰な魔力が剣に纏わりついている影響で、軽く剣を振っただけで全ての氷漬けのアンデットが砕け散る。

「シビトノオマエラニヨウハナイ。ハヤクテキジンノヒューマンドモヲミナゴロシニシナイト」

憎悪と殺意のままに敵陣に突っ込んでいくシンを見ながら、頭をポリポリとかくルー。

「あのバカ、またキレて本能のままに独断先行しやがって。アイツの過去には同情はするがそれとこれとは話が別だ。隊長格があれじゃ他の隊員に示しがつかねえ。おーい! ナツキちゃん」

「ですからその呼び方は何度もやめてくださいと、お願いしているでしょう!」

「わりーわりー。ナツキちゃんの旦那が暴走してるから子守唄でも歌って、素早く尻に敷いてきてくれ。 あとシンとナツキちゃんの恋の進展を見守る隊と一緒にフォローもしてやってくれ。アイツあの状態だと能力的にはかなりのものだが、如何せん感情的になってるから力任せで動きが単調で直線的過ぎる。万が一同クラスの敵に出会っちまったら殺されるかもしれない。今のアイツはチョロい単細胞状態だからな。お守りよろしくな、近い将来の奥さん♪」

「「シンとナツキちゃんの恋の進展を見守る隊」なんて名称の部隊は存在しません! 悪質なデマを流さないで下さい。はあ・・・シンの件に関しては了解しました。私の方で対処に当たりますので、ルー隊長は城壁で部隊の指示をお願いします」

俺にそう言い残すとナツキちゃんは数名の隊員を引き連れて、シンのフォローのために敵陣に向かって行った。

「こりゃ~結婚後もナツキちゃんの苦労が絶えなさそうだな。ストレスで禿げないと良いけど。さて、お前ら! 状況が変わって人数が減ったがやることはかわらねえ。各自自分の仕事を全うしろ!」

「「了解!」」

兵士たちを鼓舞するとタチアナから念話が入った。

「意外ですね」

「何がだ?」

「私の知っている単細胞かつ直情型のルー隊長なら、シンが暴走する前にいち早くキレて敵陣に殴り込みに行くはずなんですが。まさか精神的に成長したのですか!?」

「タチアナ、お前いちいち俺のことを蔑む趣旨の発言をわざと盛り込んでないか? お前がドSなのは周知の事実だけどな、あんまりキツ過ぎると婚期を逃すぞ?」

「・・・この戦闘の報告書をご自分で書くのと、今この場で私に誠心誠意謝罪するのとどちらが良いですか?」

「誠に申し訳ありませんでした」

「わかればよろしい。話を戻しますがよく我慢しましたね」

「まあ・・・な。これでも一応隊長格だしキレやすいポジションのキャラは後輩に譲ることにしたんだよ。でもまあ、シンのヤツがキレてなければ間違いなく俺がキレてたけどな」

「これはある意味、シンには感謝ですね」

「あ? 何でだよ」

「シンがキレて暴走するのを止めるよりも、ルー隊長が暴走しているのを止める方が私の苦労が増えるからです。ついでに言えば報告書を書いた後に、ルー隊長が書いた始末書を校閲するのも手間ですし」

「返す言葉もございません」

「気配から察するに敵陣にはそれほどの強者はいないようなので、シンが蹂躙して問題なく終わるでしょう。しかしこの出来事は強硬派の連中に、穏健派の魔王様をイビる格好の材料を与えることになりますね」

「だろうな。これだけの兵士に箝口令を強いても、事実を黙殺することは難しいだろうからな。また魔王様の眉間に皺が寄って心労が増えるな。過労で倒れないか心配だぜ」

「あなたはその心配を私にするべきだと思います」

「おほん! まあなんだ、あとはシンとナツキちゃん達に任せて俺らはここの防衛に専念しようや」

「話題を逸らしましたね? まあ良いでしょう。後輩達には無理しない程度に戦果を挙げてもらいましょう。私たちは後輩達がやらかすであろう事後処理を頑張りましょう」


剣を振るうとオレの目の前で数体のアンデットが灰塵と化す。

「ジャマダ、オマエラニヨウハナイ」

敵の本陣はまだか? 視界が赤く染まる。体が灼熱のように熱い。アンデットごとき何体切ってもこの衝動は満たされない。

「ハヤクヒューマンドモヲミナゴロシニシナイト・・・」

衝動に突き動かされるまま一点突破で敵本陣に突き進んでいるのに、敵に包囲される状況に陥らない。きっとナツキと部下達がサポートしてくれているんだろう。キレて自分勝手な行動をして、部下たちに尻拭いしてもらうとか隊長失格だなオレ。

でもこの感情だけは、ヒューマンどもへの憎しみの感情だけは我慢できないし偽れない。

この感情がなくなったら殺された両親や妹のことを、なかったことにしてしまうのでないかという恐怖にかられる。それはダメだ。だから、ヒューマンハミナゴロシダ。

敵本陣が見えてきた。発射体勢に入っている投石器が視界に入る。もちろんアンデットと布にまかれた物体を砲弾として使用しようとしている。

自軍の砦から投石器に向かって魔法が飛んできてはいるが、牽制程度で投石器の破壊には至っていない。いくらキレて理性の大半を失い感情で動いているといっても、仲間の命を危険にさらすものを排除することぐらいはできる。

両手で剣を握り膨大な魔力を纏わせ、地面を蹴って跳躍する。上段から剣を振り下ろし投石器を両断する。着地と同時に剣を地面に突き刺し両腕を左右に広げ、威力重視の巨大な火球を他の投石器に放ち破壊する。

これで砦への遠距離攻撃の心配はもうない。あとは・・・

ヒューマンヲミナゴロシニスルダケダ。

再び剣を握りしめ、心をドス黒い感情に染める。

敵本陣であろう大きなテントが見える。アソコニシキカンガイル。

ゆっくりと歩みを進めると待ち伏せをしていたのだろう、大盾を持った兵士達が物陰から現れてオレを包囲した。簡易的に作られたであろう城壁の上には多数の魔導師がすでにオレに狙いをつけていた。

兵士の後ろから指揮官らしい戦場ではまったく役に立ちそうにない、無駄に豪華な甲冑を着た肥えたヒューマンが現れた。

「フン、愚かな魔族だな。単身で敵本陣に突撃してくるとはな。これだから魔族は野蛮なのだよ、自覚はあるかいキミ? まあ、これからなぶり殺されるゴミに何を言っても時間の無駄か。お前達、あとは好きなようにあの魔族を処理しておけ。終わり次第私に報告するように。それまで私はお楽しみだ」

そう言い残すとオレへの興味がなくなったのか、天幕に戻ろうとする指揮官。

「マテ。キサマニキキタイコトガアル」

オレの言葉を聞いた指揮官は、あからさまに見下した表情をしてこちらに振り返った。

「何だね? 私はお前ら下等種族と違って忙しいのだが?」

「ナゼアンナコトヲシタ?」

「あんなこと? 何のことだ??」

「トボケルナ。コドモタチヲヤクブツヅケニシタアゲクニ、カラダニバクダンヲウメコミトウセキキノホウダンニシタコトダ」

オレの言葉を聞いたヒューマンの兵士達が驚愕の表情を浮かべ、指揮官を見ている。この反応からすると一般兵士は知らなかったようだな。

「あ~あの特殊砲弾のことか。中々の出来映えだろう? 敵に物理的なダメージだけではなく精神的なダメージ、それに敵の動きを止め一瞬の隙を作り出すだすことができるまさに効率的な兵器といえる」

「キサマハナントモオモワナイノカ? オナジシュゾクノ、シカモコドモヲギセイニシテ」

「フン、スラム街の小汚ないガキが何人いなくなろうが誰も気にしないだろう? 実の親から金で買い取ったガキだっている。私たちはそんな使い道のないゴミを有効活用してやっているんだ。非難されるどころかむしろ感謝されるべきだと思うがね」

「ソウカ・・・モウイイ」

「フン、最後にこれだけの人間に遺言を聞いてもらえてよかったな。ではな低俗な魔族君」

オレにそう言い残すと指揮官の肥えた男はニヤニヤしながら天幕へと帰って行った。

それと同時に武器をもったヒューマンの兵士たちが、オレを包囲する輪を徐々に狭めていく。

「ヤハリヒューマンハコノセカイカラキエルベキナンダ!」

オレは憎悪とともに魔力と妖力を放出した。あまりに強大な魔力と妖力の放出を受けたヒューマンの兵士達は浮き足だった。

オレはその隙に眼前の大盾を蹴っ飛ばして、兵士の体勢を崩す。

間合いに入り左手のバックラーで、敵の顔面を力任せにぶん殴る。

「ゴキ、グシャ」と不快な音を奏でつつ兵士が壁に激突する。顔面は無惨に潰れ本来正面にあったであろう首はあらぬ方向を向き、大量の血が流れ出した。

兵士がオレに吹き飛ばされて壁にぶつかった影響で、城壁の上にいた魔導師がバランスを崩し地面に落下した。

落ちた魔導師が体勢を建て直す前にすかさず剣を投擲し、一人の魔導師を後方の壁に串刺しにした。

両手に魔力と妖力をブレンドした力を集約し、炎をドラゴンのブレス状にして放ちつつその場で回転する。

精度はともかく単純な威力ならオレの魔法は高ランクに属する。しかもいまのオレはキレて魔力が暴走しているような状態だ。そんなオレが超高温の炎を金属の甲冑を着たヒューマンに浴びせたらどうなるか?

「熱い! 助けてくれ!!」

「鎧が溶けて脱げない!? 熱い、嫌だ死にたくない!」

「喉が焼ける、呼吸が出来ない・・・」

阿鼻叫喚の地獄絵図の出来上がりだ。オレは馬鹿だしキレたら感情のままに行動するが、こと戦闘に関しては頭の回転が速いとルー先輩に言われたことがある。自覚したことはないがその可能性は高いのかもしれない。

溶けた鎧が脱げずに皮膚に張り付き高熱に耐えきれずに死ぬもの。喉が焼かれて呼吸困難で息絶えるもの。それ以外の者たちはみんな黒焦げだ。

回転をやめて辺りを見回すと、動いているヒューマンは一人もいなかった。

あとは指揮官を始末するだけか。さっき魔導師に投げつけた愛剣を回収する。

亡骸から剣を無造作に引き抜いたが、血は溢れ出てこない。おそらく剣から放たれる超高熱で傷口が焼かれたからだろう。

剣を手に指揮官がいる天幕に足を進める。少し理性が戻ってきたのか頭がスーっとする。

あとでナツキにまた長々説教される自分の未来を想像して、背筋が震える。

考え事をしつつ地面に剣を引きずりながら歩いていると、気がつくと天幕の前に立っていた。

そして目の前にはひときわ頑丈そうであったであろう、鎧を着た肉塊が横たわっていた。周囲にも先程とは異なった鎧を着た肉塊が転がっている。

たぶんオレが思考に浸っている間に攻撃されたので、無意識に迎撃して始末したのだろう。

「アンナゴミノヨウナシキカンヲマモッテシヌトハ、アワレナレンチュウダ」

オレは手土産として目の前の一番大きな肉塊を左手で掴んで、天幕の中へと歩みを進める。

眼前の光景を一言で表現すれば不快極まるものだった。

拷問されて殺されたであろうヒューマンの子供の亡骸、その横のベットではさっき見た指揮官とおぼしき男が複数の若い女と行為に勤しんでいた。

「おい、俺様が楽しんでいるときは入ってくるな言ってあったよな? ああ、あの愚かな魔族が死んだという報告か」

侵入してきた相手がオレだと気づかずに、状況確認を怠り行為にふけりながら独り言を言う緊張感のない指揮官。

行為に勤しんでいる姿とこの空間の反吐が出る空気に耐えかねて、左手で持っていた肉塊をわざと大きな音がするように地面に落とす。

「おい! 報告があるなら早くし・・・な!?」

ようやくその不細工な面をこちらに向けたかと思うと、驚愕の表情を浮かべていた。

「貴様は!? 何故ここにいる!! ええい、護衛の連中は何をしておるのだ!!」

未だにベッドの上で首だけこちらに向ける愚かな豚。天幕にいた数名の女達は命の危機を感じたのか、脱ぎ散らかした服をかき集め胸に抱きながら不安そうにオレと豚指揮官を交互に見ている。

「ゴエイ? ソトニイタレンチュウナラミナタダノニクカイニナッタゾ。コイツノヨウニナ」

地面に投げ捨てたかつて人間であった肉塊を豚指揮官に蹴りつけてやる。

先程まで豚指揮官の上で腰を振っていた女は、豚指揮官の上から間一髪で飛び退きベッドから転げ落ちた。

女が避けたことにより当然肉塊は、豚指揮官の上に押し潰す形で落下する。

「ぐええ!? 何だこれは、汚らわしいし臭い! ええい、重くて身動きがとれん! 女ども、早くこの物体をワシの上からどかさんか!!」

それは無理な相談だろう。最後の頼みの綱である女達は服を胸に抱き、天幕の隅に固まって怯えているのだから。

豚指揮官はあの状況から自力で脱出することはまず不可能だろうから、さきに女達に質問をする。

「シニタクナケレバオレノシツモンニコタエロ」

オレの言葉に女達はすぐに首を縦にふった。

「ソノコドモタチヲナブリゴロシタノハオマエタチカ?」

オレは左手でボロ雑巾のように成り果てた、子供達の亡骸を指差した。

「それは・・・」

オレの質問に対して女達全員がしたを向き、目をそらした。

「ソウカ、オマエタチガコロシタンダナ・・・」

右手の魔剣に魔力を込めて、上段に振りかぶる。

「待って!! 待ってよ。確かにアタイ達がその子供たちを殺したよ。でも仕方なかったんだ! アタイらはそこの将軍様に命令されて、仕様がなく子供達を拷問したんだ。アタイらはただの娼婦だ。そこの将軍様はうちの店の上客で金の払いもイイし、国のお偉いさんだ。そんな人間に一介のただの娼婦のアタイらが逆らえるワケないじゃないか! もし逆らったら次はアタイらの番になる。そんなのは御免だよ!!」

一人の女がそう主張すると、他の女達も彼女の主張に同調するように声をあげた。

「ツマリオマエタチハ、ジブンノイノチカワイサニコドモタチヲギセイニシタトイウコトカ?」

オレが軽蔑の眼差しを最初に声をあげた女に向けると、女は開き直ったかのように言った。

「フン、そりゃー誰だって自分の命が惜しいに決まってるじゃないか。それも見ず知らずの人間より自分の命がカワイイに決まってるじゃないか。アンタだってそうだろう? それとも何かい? アタイらの主張は間違いで罪のない子供を殺したことが許せないとかかい? それこそ冗談じゃない。自分の命を最優先にして何が悪い? あんたは正義の味方かなにかで自分の命を優先して、罪のない子供を殺したアタイたちは悪だとでも言いたいのかい?」

感情的になった女はオレへの恐怖心より怒りが勝ったようだ。感情的になって己の言いたいこと言いまくった。だからオレも言いたいこと言う。

「イヤ、アンタノシュチョウハヒドクマットウダシオレハセイギノミカタジャナイ。タダ・・・」

「ただなんだい?」

「オレモムカシキサマラミタイナクズニカゾクヲメノマエデコロサレテナ。ダカラ・・・オマエタチノヨウナヤツハユルセナイ! コレハオレノコジンテキナシエンダ・・・ダカラオマエタチハココデシネ」

オレが再び上段に振りかぶった魔法剣を、振り下ろそうとすると女達は命乞いをし始めた。だからオレはこう告げて魔法剣を振り下ろした。

「イマノオマエタチノヨウニ、イノチゴイヲシタコドモタチニ・・・オマエタチハドウコタエタ?」

魔法剣を振り下ろした後には何も存在していなかった。全て灼熱の炎で蒸発させた。

最後に見た女の表情は・・・泣きながら笑っているようだった。

さて、ようやく豚指揮官とご対面だ。豚指揮官はいまだに肉塊の下敷きになりながら喚いている。どうやら完全に自力で現状を打破できる能力はないようだ。部隊の指揮官でありながらなんたる体たらく。魔王軍だったらまず許されないだろう。

未だに喚き散らしている豚指揮官と肉塊をベッドから力任せに蹴り上げる。ベッドは粉々に砕け散り、全裸の豚指揮官と肉塊は宙に舞ってから地面に激突した。

頭を打ったのか軽く出血しているが、その程度の痛みは子供たちが受けた拷問の痛みに比べれば何でもない。

「キサマニキキタイコトガアル」

オレが声をかけると怒りと憎しみを込めた目で、全裸の豚指揮官はオレを睨み付けた。

「貴様! こんな事をしてただで済むと思っているのか!? 私を誰だと思っている! 私はがあああ!?」

自らがおかれている状況を理解できていないのと、オレの質問答えなかったので右足首を魔法剣で切断した。

「ぎゃあああー!!!」

大声で「私の足が、足がー!!」とまた喚きだした。まったく耳障りだ。

灼熱の魔法剣で切断し傷口で焼いたので、出血死はありえない。それと同時に豚指揮官の右足首が完治することはなくなった。切断される部位があり、切断面が綺麗ならまだ接着の可能性はあっただろう。しかし切断面がここまで焼かれてしまっては接着の可能性はない。

それこそ再生能力を持つ種族か、かつて存在したと言われる伝説の聖女くらいしか人体欠損は完治できまい。

「ダマレ、ミミザワリダ。オレノシツモンニコタエロ。ムダグチヲタタクナ」

ようやく自分の置かれている状況を理解できたのか、豚指揮官は怯えた目でオレを見た。

「コドモタチヲヘイキニカイゾウシタノハオマエカ?」

「違う!! 私ではない! アレは「研究好きのタチアナ王女」から頂いたものだ。攻撃力もあるし敵に精神的ダメージも与えることができる代物だと・・・それに素材は腐るほどあるからと」

やはりあのクソマッドサイエンティストが絡んでいたか。あの女は自分以外のものを全て実験材料としか認識していない狂人だ。早い段階で始末しないと犠牲が増えるな。

「コドモタチガヘイキニカイゾウサレタスガタヲミテ、オマエハナニモカンジナイノカ?」

ずっとオレが一番気になっていること。どんな生物にも心と呼ばれるものが存在していると、オレは考えている。しかし同族の子供にこのような残虐な行いをするヒューマンどもに本当に心と呼ばれるものは存在するのか? オレはそれが知りたかった。

「有象無象のガキどもがどうなろうが知ったことではないわ! むしろスラムでゴミ漁りをしているより、国のために死ねるのだから本望だろう! それにたとえ可哀想などと感じたとしても、どうしようもない! 考えてもみろ、将校とはいえただの一軍人が国の王族に反対意見など説いてみろ一族朗党拷問の上で斬首されるのが関の山だ。誰だって自分が一番かわいいんだ。見ず知らずの他人のために自分の命を犠牲になんてできるか! もしそんなヤツがいたとしたら、そいつは狂った狂人だ!!」

オレからすれば今のお前の方が狂った狂人に見えるが。

「ナルホド、オマエノイイブンハリカイシタ。ダガオレジシンハナットクデキナイ。ソレナラオレハクルッタキョウジンデイイ」

もう話すことはないので、豚指揮官の首を切り落とした。切断と同時に焼いたため血は流れでてこない。敵の大将を討ち取ったことで心が落ち着いてきたようだ。

改めて天幕の中を見渡すと酷い惨状だ。首なしの全裸の豚指揮官、護衛の兵士の死体、娼婦達が燃え尽きた黒い影、拷問された子供達の遺体が散乱している。血の臭いと淫臭が混ざりあった不快な臭いが充満し、外からは肉や木材が焼ける匂いが流れ込んでくる。

敵の陣地は壊滅することができたが、子供達は救えなかった。

また救えなかった。年を重ね修行と鍛練に明け暮れ、昔より確実に強くなっているはずなのに救えない。何故だろう? 目の前の光景を見ると無力さと虚しさが込み上げてくる。

「ーーーーっ」

叫んだ。どこにぶつけたらいいかわからない感情を声にのせて空に解き放った。

「うるさい!!」

突如、後頭部をひっぱたかれた。

「いてえな!? 何すん・・・あ、ナツキ」

振り向くとそこには汗で顔に髪がはりつき、息が上がっているナツキがこめかみをヒクヒクさせて仁王立ちしていた。あ、俺死んだかも。

「ナツキ副隊長、シン隊長はご無事でしたか?」

ナツキと共に駆けつけた兵士がオレの安否の心配してくれている。お前ら・・・

「今のところは無事です。しかしこの後どうなるかは本人次第ですが・・・各員、周囲を警戒しつつ残党がいないか確認してください。それと本隊への連絡もお願いします。その間に私はこの馬鹿にお説教をするので」

ナツキの最後の「お説教」という単語を聞いた兵士達はすぐに回れ右をして、駆け足で周囲の警戒に向かった。お前らさっきまでオレの安否を心配してくれてたじゃん! 今が一番生命の危機だよ。見捨てないで、助けて~

「シン、正座!」

「はい!」

条件反射でジャンピング正座をする。

「これで何度目でしたっけ? 単独行動作戦無視。シン、あなたには隊長としての自覚はありますか?」

正座の状態で下から見上げるようにナツキの顔をゆっくりと見ると、笑顔なのだがこめかみと頬が小刻みにヒクヒクと動いていた。

「申し訳ありませんでした!」

100パーセントオレが悪いので、即座に土下座で謝罪する。

隊長が同じ部隊の副隊長に、地面に額を擦り付けながら土下座をするというシュールな光景。オレの部隊では毎度お馴染みの光景である。

「はあ・・・あの出来事が原因なのはわかるけど、もう少し自分の感情を制御する術を身に付けてよね。あんたの行動で部隊の隊員の命が危険に晒されるのだから、隊長という肩書きは飾りじゃないのよ? 部隊全員の命を預かっているという責任と自覚をもって」

ナツキは子供に言い聞かせるように、静かに説教をした。

正直、怒鳴られたり罵倒されるよりも数倍堪える説教だ。

情けないな、オレ。

「それにしても酷いわね」

もう説教は終わりとばかりにオレの横を通りすぎて、拷問された子供の遺体の前で膝をついた。

「怖かったね、痛かったね、苦しかったね、もう大丈夫だからね。安心してゆっくり眠ってね」

子供の亡骸の頭を撫でて、そう呟くナツキ。その姿を見ていると改めて自分の無力さを痛感する。

「シン、あまり自分を責めないでね。一人で出来ることには限りがあるのだから。一人で背負わないでもう少し周りに目を向けてみて。そのための部隊であり仲間なのだから」

はあ~ナツキには敵わないな。オレの心の中までお見通しか。

「わかったよ。肝に命じておくよ」

「素直でよろしい」

「それで状況報告も重要なのはわかるけど、まずこの子達を手厚く葬ってやりたいんだ。良いかな?」

「いいわよ。私もそうしたいし」

副官の了承も得たので拷問された子供達と兵器にされた子供達の少しでも残っている体の部位を集めて、祈りを捧げながら炎でともらった。

周囲の警戒を終えた隊員達も祈りを捧げた。どうか安らかに。

「さて、今夜は徹夜を覚悟してね? シン」

祈りを終えた直後にナツキが物凄くいい笑顔でオレにそう言ってきた。

周囲の隊員からは「ヒュ~お盛ん♥」、「若いっていいわね」とか「ワシらも昔はああじゃった」、「戦場の火照りをさらなる火照りで解消するのか!?」など身勝手な言動が数多く聞こえたが、オレは・・・オレだけが理解している。この後にナツキが何を言うのかを・・・

「報告書と始末書、なるべく早く作成して上層部に提出しましょうね。特に始末書の方を♪」

やはりな。うん、わかってたよ。自業自得だしね。

ナツキの言葉を聞いた周囲からは「だよな~」、「あの2人、中々進展しないわね」、「もっとこう、ぐっといくんじゃ!」、「あ~ケツが痒い、もどかしい!!」というお前らの個人的な本音が口から駄々漏れてるぞ~

「報告書の下書きは私がやっておくから、あなたは安心して始末書を書いてね。ちゃんとあとで校閲もしてあげるわ。内容が濃いのはもちろんだけれど、申し訳なさが文章から存分に伝わるものに仕上げてね♪」

うん、今夜は徹夜が確定したな。オレ、報告書とか文章つくるの物凄く苦手なんだよな・・・しかもナツキから「OK」が出るまで終わらないし。無限地獄の始まりだ。

絶望してナツキの前で膝をついてうちひしがれるオレを、部隊の隊員達は指をさして腹を抱えて爆笑していた。おまえら、後で覚えておけよ。

ちなみに、敵本陣に到着したルー先輩に出会った瞬間、脳天に拳骨を落とされました。

反省してます。

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