33.6 ~勇者たち~
「ふっ!」
薙刀の刀身が風を切る音がする。毎朝の日課となっている訓練だ。これは異世界に強制召喚される前から行っている日課だ。
私、神崎葵の自宅は代々薙刀の道場を営んでおり、幼い頃から強制的に薙刀術を仕込まれたおかげで今では日課となっている。
幼い頃は嫌々行っていた訓練は、肉体の活性化と精神統一にもなるので今では欠かせないものとなっている。まさに継続は力なりといえる。
城内の訓練所には私を含め、この世界に召喚された他の3人が各々訓練を重ねている。
私のこの世界での立場は、異世界から召喚された聖女・・・らしい。全く実感が湧かないし聖女というイメージもない。
私が聖女だとわかると教会の連中が群がってきて、自分達の陣営に取り込もうと必死だったけれど派閥争いに興味はないし教会のマスコットキャラになるつもりはないので、丁重にお断りした。
あとでみんなに聞いてみると、私以外の3人も同じような感じだったらしい。
私たち4人はどこにでもいる平凡な高校生だ。ある日生徒会室で登下校時刻ギリギリまで学園祭の打ち合わせをしていたら突如強烈な光に視界を奪われ、次に目を開けると体が縮んでいた・・・というのは冗談だ。普段冗談を口にしない私が思わず冗談を口にしてしまうくらい、突拍子もない状況だった。
光が収まり目を開けると、そこには見知らぬ光景が広がっていた。
真っ赤な絨毯、煌びやかな装飾が施されたシャンデリア、映画などでよく見る中世の騎士甲冑を着た兵士とおぼしき者、機能性を無視した無駄に豪華な衣装を着た男女。どれも私たち普通の高校生には無縁のものばかりだ。
「なんだ!? ここはどこだ?」
「私たち生徒会室にいたよね? てか誰この人たち?」
私の幼馴染み兼生徒会副会長の真壁達也が、私たちが最初に感じた疑問を真っ先に口にした。
小鳥遊天音も追随するように、周囲を取り囲んでいる甲冑姿の者たちを見て感想を述べた。
「どうやら新手の人さらいにあったようだな」
人差し指で眼鏡をクイっと上げて、冷静に現状を分析し始める加藤涼太。
ちなみに私は生徒会長だ。立候補したのではなく気がついたらこの立場を押し付けられていた。
「静まれ! 国王陛下の御前だぞ!」
偉そうに大きく豪華な装飾のされた椅子に座る男の横で、お年を召した神経質そうな老人が声を張り上げた。
私たち4人以外の人たちが姿勢を正す。神経質そうな老人がこちらを睨んでいるが、私たちには関係がないので無視することにする。今は状況の把握と、何かあったらすぐに動けるように周囲に気を配ることが先決だ。
「貴様ら国王陛下の御前だぞ! 頭が高いぞ!」
「俺たちにとっては国王でもなんでもない。人さらいの犯罪者が喚くな、耳障りだ」
涼太が酷く正しい意見を抑揚のない淡々とした声で述べた。
おそらく涼太の機嫌が悪い原因は涼太は生徒会では会計担当で、ようやく学園祭の予算関係の目処がつきそうだったところで訳の分からない場所に強制的に召喚され、あまつさえ被害者である私たちに加害側の人間が横柄な態度をとったからだろう。まあ普通の人間なら怒りの感情が芽生えるのが普通だろう、私もそうだ。
「な!? 貴様!」
「よい、止めよ。彼らの言い分は正しい。それに俺は臨時の国王代理だ、正確には国王ではない。大臣もそのあたりの表現は誤解を招かないように気を付けてくれ」
「はい、わかりました」
神経質そうな老人に注意を促した玉座に座る男は、私個人の感想だが臨時の国王代理にしては年若く見えた。まだ20代半ばくらいに見える。金髪に甘いマスク、世間的に言う「イケメン」なのだろうが現状の私にはどうでも良いことだ。
「申し訳なかったね。こちらも緊急を要していたため失礼な態度をとってしまった。私は臨時国王代理のアーヴィング・フォン・シャングリ・ラだ。異世界からの勇者諸君、良ければ名を聞かせてもらえないだろうか?」
一応礼節のある態度に私たちはそれぞれ名前を述べる。
「オレは真壁達也だ」
「あたしは小遊鳥天音だよ♪」
「俺は加藤涼太」
「私は神崎葵です」
「ありがとう。それでだ、簡潔に説明すると君たちは我が国が魔王軍を討伐するために召喚した。異世界から召喚されたものは類いまれなる才覚があり、等しく勇者として扱われた。つまり我々は君たちに勇者として魔王を倒してほしいのだ」
自分達に出来ないことを他人に押し付けられるとは、随分と不実かつ他力本願な連中だ。
「ねえねえ葵聞いた! 異世界召喚だよ! あたし達勇者だって! オレつえープレイができるよ!」
私に抱きついてはしゃぐ天音。何故そこまで楽観的なのか不思議でならない。
「魔王か・・・困っている人がいるなら、俺の出来る範囲で助けないとな」
達也の「困っている人を助けないと病」が発病した。昔から達也は自分の近くで困っている人がいると放っておけないタイプなのだ。それが良いか悪いかは置いておいて困っている人が善、その原因が悪と頭ごなしに決めつけてしまう非常に厄介な性格なのだ。
「自分達に出来ないことをこの世界とは無関係な人間に押し付けるのはどうかと思うのですが、それに単純に言ってしまえば戦争の道具になれということでしょう? 俺はお断りします」
私の周りではしゃぐ二人とは対照的に、自分の意見をはっきりと述べる涼太。
ついでなので私も自分の意見を述べておく。
「私も涼太と同意見です。私も赤の他人のために自分の命をかけるつもりはありません。ですので私達を元いた世界に戻してください」
私と涼太の意見を聞いたこの部屋にいる何人かの者たちは、しかめっ面をして何やら喚いていたが無視した。
「残念ながらそれは出来ない。我々は勇者召喚の方法は知っているが、帰還方法は知らないのだ」
「国王代理ともあろう方が随分と無責任なんですね」
私が率直な感想を述べると、また周囲から罵声が飛んできた。
「君の指摘は正しい、確かに無責任だ。だが帰る方法がないとは言ってはいない」
私と涼太は半ば呆れた表情で、「帰還方法は魔王が知っているから、魔王を倒せばわかる」というのだろうなと予想していた。
「過去の文献によると勇者の帰還方法は、魔王と獣王がそれぞれ秘匿しているらしい。この2名を倒すことが出来たなら帰還できると言われている」
魔王だけでなく獣王とかいう者も倒さないと元の世界に帰れない。胡散臭い情報だな。
「よーし、さっそく魔王と獣王を倒しにいこう!」
「異世界ものの定番だね♪」
この2人は本当にその意味を分かって発言しているのだろうか? 「倒す」とはすなわち「殺す」と同義なのだぞ。私たちみたいな戦争を知らない子供が命の奪い合いを本当にできると考えているのだろうか?
「質問をしても良いか?」
私の隣で人差し指で眼鏡をクイっとあげて、臨時国王代理に視線を向ける涼太。
「ああ」
「先程過去の文献ではと言ったが、つまり本当に元の世界に帰れる確証はないということだろう? そもそも何故勇者の召喚方法を知っている国が帰還方法を知らない。そいうものは普通セットで伝承されているものだろう。情報に矛盾が多すぎる。それに先程の説明で魔王軍という単語がでてきたが、軍を編成出来るほどの軍備があるなら国も存在しているということだろう? つまりしっかりとした文明を築いているということだ。ならばコミュニケーションも可能だろう。 極論を言ってしまえば魔王と獣王に連絡を取って自分達が勇者で元の世界へ帰還したい旨を伝えることができれば、帰還方法を教えてくれるのではないか? 魔王と獣王からすれば勇者自身が争いを望まず、元の世界に帰還を望んでいるのだから厄介者には帰ってほしいだろう。俺はこう考えたが臨時国王代理としてはどうなんだ?」
先程まで私と涼太を侮辱していた人間達は、金魚のように口をパクパクとさせている。
「君は面白いことを考えるな。確かにそれも元の世界への帰還を可能にする1つの方法と言えるだろう。だが君の考えには2つほど穴がある。1つ目は我々人間と他種族との仲はかなり険悪だ。もう何年も直接の会合はおろか、連絡も取り合っていない。例え他種族と連絡が取れたとして「召喚された勇者自身が元の世界に帰りたがっているから、帰還方法を教えてほしい」などと言って素直に信じてもらえると思うかね? 何らかの罠と勘繰られるだろう。2つ目は我が国に有益にならないからだ。例えば君たち4人が丸腰で敵の前に行き、誠意を見せて帰還方法を教えてもらうという方法もあるが・・・悪いがせっかく苦労して召喚した勇者にそんな自殺行為をさせるわけにはいかない。その際は拘束させてもらう」
「つまり俺たちがあんたらの駒として働かないと、自由すら叶わずにこの場で拘束される・・・ということか」
その瞬間、私はすぐに臨戦態勢をとり周囲に薙刀サイズの武器がないか探した。実戦経験がないからどこまで立ち回れるかわからないけれど、後悔のないようにやろう。
「すまない冗談だ。落ち着いてくれ、特にそこの彼女。いきなり雰囲気が豹変したから驚いたよ。先程までとはまるで別人だ。拘束という強めの表現を使用したのは、それだけ我々に余裕がないからだと思ってくれ。行動の制限はつけるが基本的に国の中であれば、自由に動いてもらって構わない。お目付け役兼監視はつくがね」
臨時国王代理はああ言っているが、私はまだ臨戦態勢を完全には解除せずに集中して周囲に気を配る。
「それと魔王と獣王に元の世界への帰還方法を尋ねるという件だが、君たちはこの世界のことをまだ何も知らない。それにいくら勇者といえど今の状態では、野生の弱小モンスターにすらすぐに殺されてしまうほど弱い。そこで提案だがまずこの国でこの世界についての知識を得て、ある程度のレベル上げと鍛練を行ってからもう一度元の世界への帰還方法について議論するのはどうかな? もちろんその間は我が国の国賓として丁重に対応させてもらう。強制的に召喚した側が言うセリフではないが、まだ状況が飲み込めずに混乱していると思うからね」
「本当ですか!? よーし早く強くなって魔王と獣王を倒してみせる」
「やったー! 豪華なお城から異世界ライフスタートだ!」
もはや何も考えていないであろう達也と天音は無視して、私自身の思考をまとめる作業に入る。
確かにこの世界の知識が何もない状態で行動は出来ない。それに力を身に付けることは悪いことではない。特にこの世界においては。玉座に座る男の言うこうも納得はできる。しかし国賓として扱ってくれるのはその期間だけだ。知識と力をつけた後で再び帰還方法についての議論をして、また対立した場合はその瞬間国賓ではなくなるわけだ。何をされるのかわかったものじゃない。私からすればその期間でいかに効率よく力をつけて、この国から逃げる準備を整えるかが重要だ。
「そちらの2人も今はそれで良いかね?」
達也と天音のように明確な返事をしない私と涼太に、返事を催促する臨時国王代理。
「俺はその結論で意義はない」
「私もありません」
ここは大人しく従っていた方が最善策だろう。
「そうか。では部屋に案内するから今日はゆっくり休んでくれ。色々と混乱しているだろうからね」
臨時国王代理のその言葉で異世界強制召喚初日は幕を閉じた。
強制召喚されてどれくらいの月日が経ったのだろう? 私の体感では少なくとも1~2年は経過していると思う。
その間にこの世界のことを出来る限り調べ、吸収した。
各国の配置、情勢、種族、軍事力、文明のレベル、重要人物、スキルなどを調べたがあくまでこの国の資料室にあった文献から得た知識なので、それが正しいかは怪しいところだ。
他の3人はどうなのか知らないけれど、私はこの国の特に王族と呼ばれるいる連中を全く信用していない。何故か彼らと話していると生理的嫌悪を感じる。常にこちらを見下しているかのような目、こちらの質問を煙に巻く言動、私たちが力をつける度に監視の目とお目付け役の人数が増えていく。まるで猛獣か何かと思われているようで気分が悪い。
この世界に強制召喚されてから、私たち4人は一緒に行動する機会が減った。
特に達也は王族の第一王女ソフィアと、天音は第二王子ヴィンセントと一緒にいることが多くなった。
私の個人的意見なのだけれど、達也の方は第一王女ソフィアが色仕掛けで達也を陥落させようと頑張っているように見える。
天音の方はただ単に波長が合っているだけように見えた。
最初に反抗的な態度をとった私と涼太には、王族はほとんど接触してこなかった。
そのおかげで邪魔が入らずに知識と力を蓄えることが出来たので、私としては万々歳だ。
スキル選択の際も達也と天音は王族からのアドバイスを厳格に守り、おすすめばかりを習得していたようだ。
一方の私と涼太は王族からのアドバイスを程々に聞き入れ、あとは自らの感覚と得た知識で選択した。
だからなのか、ここでも王族を始めとする国の連中は良い顔をしなかった。
私が最初に習得したスキルは「状態異常耐性」、「精神異常耐性」、「治癒魔法」、「薬学知識」、「付与魔法」、「鍛冶」、「光学魔法」の7つだ。他にもいくつかは習得したけれど、特出すべきものはこの7つだと思う。
戦闘関連のスキルや魔法関連のスキルより何故これらのスキルを優先して習得したのか? 理由は至極単純なもの。私がこの国の人間を全く信用してないから。
この国の連中に何か薬を盛られたり、精神干渉系の魔法を使用されたとき用の対抗策。
帰還方法の議論で再び揉めることは明白だから、揉めた後で私がどのような扱いを受けるのかはわからないけれどろくなものじゃないだろう。薬漬けや魔法で傀儡にされることに対する防衛策として、早い段階でこれらのスキルは必要になると判断した。備えあれば憂いなしだ。
「治癒魔法」に関しては怪我をしたときに必要になるから。あと一応「聖女」だから周囲の声が煩かったから習得した。
「薬学知識」も「治癒魔法」と似たような理由。
「鍛冶」スキルはこの世界に薙刀がなかったので、「なければ自分で作れば良いじゃん」という理由で習得した。この世界には剣や槍はあるけれど刀や薙刀は存在しないのだ。
最初のうちは妥協して槍を使っていたけれど、やっぱりシックリこなかった。振り回していて気持ち悪いくらい違和感バリバリだった。
一念発起して「鍛冶」スキルを使用して薙刀を作ろうとしたのだけれど、失敗の連続だった。いかに聖女だろうが鍛冶の経験がない小娘が、スキル頼みで簡単に作れるわけがない。
そこで城下町に行く許可をなんとか取り付けて、町の鍛冶屋に教えを乞うことにした。でも鍛冶屋に教えを乞うよりも、私が城下町に行く許可を取り付ける方が大変だった。
教会の連中曰く
「聖女様が武器を持って戦うなどはしたない!」
「聖女様は清純で清らかなイメージなのです。武器など必要ありません」
「護衛の者を増員すればよいではないですか」
などと教会の連中が喚き始めたので「煩い黙れ!」と一喝して、「臨時国王代理に教会が私の自由を束縛しようとしている。客人でいる間は自由を保証するという文言は嘘だったのか?」とこれから直接臨時国王代理に直談判しに行くと私が言ったところ静かになり、これたま忌々しそうな表情をして私の元から去っていった。
その後は城下町の鍛冶屋と付与術師に土下座する勢いで、薙刀作りに協力してもらうように頼み込んだ。御付きがついていたからか最初はどこぞの貴族の娘と思われたらしく、話すら聞いてもらえなかった。でも薙刀の構造について説明し始めると筋骨隆々で強面の鍛冶職人の親方が興味を持ってくれて、何度か試作品を作ってもらい苦労の末、満足するものが完成した。変人(?)だと思われた挙げ句に何故か親方に気に入られ、鍛冶の基礎もみっちり教えてもらった。
付与術師の方も同じような感じだった。こちらも最初は適当に私の話を聞き流していたが、鍛冶屋で作ってもらった薙刀を見せて強化関連の付与をしてもらいたいとお願いすると、どうやらこの付与術師は鍛冶屋の親方の弟さんらしく同じように興味がわき協力してくれた。そして鍛冶屋の親方と同じように付与術の基礎をみっちり教え込まれました。
ちなみに付与術師の店主はドレスを着て化粧をした筋骨隆々のオネエサンでした。
薙刀作りで気に入られた私は定期的に鍛冶屋と付与術師のところに通い、教えを乞うている。
「光学魔法」は「光学迷彩的なものができる気がする」という安易な理由で習得したけれど、試行錯誤の末に何とか実現できた。これでこの国から脱出する際の手札が増えた。
あの悲報が伝えられたのは昨日の夜だった。
「アリア・フォン・シャングリ・ラ様が任務中に魔族に殺された」
私がはじめその言葉の意味が理解できなかった。アリアは私が唯一王族の中で信頼していた人物だ。他の王族とは違い他人を見下さずに私たちにも誠実に対応してくれた。
どうやらアリアも他の王族からは疎まれていたらしく、その理由を尋ねたら「私の母はハーフエルフでな。私は純潔のヒューマンではないんだ。それに私だけ他の王族とは違って妾の子なのだよ」と苦笑しながら教えてくれた。
王族から疎まれているのも同士、私とアリアは頻繁に会って話していた。アリアから聞く話は他の王族やこの国の文献から得た知識とは異なるものばかりだった。
まず魔王は平和主義者で民に慕われている。人間側が一方的に戦争を仕掛けているだけで、魔族側からはこれまで一度も戦争を仕掛けていない。むしろ和平交渉を望んでいるということ。
多少の違いはあるが獣王の方も似たような感じで、戦争の引き金を常に引いているのは人間の方らしい。
アリアが他の王族から疎まれている最大の理由もここにあるようで、無駄な血を流さないために何とか和平交渉に持っていきたいようなのだが、肝心の身内である人間側が協力してくれないので難航しているらしい。
私が聞いていた話とは真逆なのだけれど。やっぱりこの国の王族は信用ならない。
この時、私はこの国を脱出しようと決意したのかもしれない。
もし国を脱出するときは私1人ですると決めている。大人数で動くと目立つのもあるし、それにもう達也と天音は王族の傀儡になっている可能性が高い。迂闊に相談もできない。
涼太はたぶん独自になにか考えているだろうから、あえて私からは接触しないでおこう。
幼馴染みや友人のわりには酷く冷めた考え方に思われるかもしれないが、極めて特殊な環境下で意見が異なるものと行動を共にしても大抵ろくなことが起こらない。私だって普通の女子高生だ。他人の命より自分の命が惜しい。
私が王族で唯一信頼していたアリアが亡くなったと聞いたとき、かなりのショックを受けたけれど不思議と涙は出なかった。
どうしてなのか? 私は本当にアリアが亡くなったのか疑問だったからだ。
アリアが亡くなったとされる最後の任務である、とある人物の捜索はアリア曰く「奈落の樹海付近での長期捜索になるが大丈夫だろう。あの樹海は中に入らなければ害はないからな。油断はできないが比較的簡単な任務だ」と言っていた。私はその任務の出発直前にアリアに会って直接そう聞いた。
奈落の樹海は化け物の巣窟で、一歩でも足を踏み入れたら即死すると文献に書いてあった。
冗談かと思いアリアに確認したら、事実らしい。
それ故に各国の暗黙のルールとして、奈落の樹海付近での戦闘行為は禁止されている。
もし戦闘行為の騒音で奈落の樹海のモンスターが外に出たら甚大な被害が及ぶとされているからだ。
この国のバカな王族はともかく、アリアの話を信じるなら他国がそんな危険な場所で襲撃をしかけるだろうか? しかも1人の生存者もなく、遺体だけがあったらしい。
そんなことがありうるだろうか。アリアは仮にも王族だ。しかも姫騎士と呼ばれる程の腕をもつ。もし魔族が襲撃したと仮定して、後々交渉材料になりそうなアリアをみすみす殺すだろうか? 万が一謝って殺害したとしても遺体をそのまま放置するメリットがあまりない。それに人間側の遺体だけあって、襲撃者側の遺体がないこともおかしい。襲撃者の正体を判明させないためという理由も考えられるけど、それなら何故アリアを殺害したのが魔族と断定できたのか?
あまりに疑問点が多すぎるので、私たち4人はアリアの遺体と対面させてほしいとお願いしたのだけれど、すぐに却下された。
理由を尋ねたところ「遺体の損傷具合が酷く、とても見られたものではない」と説明された。
それでも見たいとしつこく食い下がると、担当者が渋々といった感じでアリアの遺体と対面させてくれた。
確かに遺体の状態は酷いものだった。全身が焼けており、その他にも致命傷とおぼしき深い傷があった。
アリアの遺体を見た天音は泣き崩れ、達也は魔族にさらなる怒りを覚えていた。涼太は静かに黙祷を捧げた後、私の方を見て何かを察したのかすぐに視線を逸らした。
ここまで酷い損傷具合で、何故この遺体がアリアだと断定できたのだろうか? 解剖らしきことはしたらしいのだが、この世界にはDNA鑑定も歯の治療痕で遺体を特定する技術はおそらくないだろう。じゃあどうやって身元確認をしたのだろうか? 魔法だろうか?
疑問に思ってお目付け役に聞いてみると「アリア様の鎧を着ていたから」という返事が返ってきた。
私は一瞬耳を疑った。なんてずさんな確認方法なのだろう。鎧のみで判別したのなら、遺体の取り違えがあってもおかしくない。いや、むしろこの遺体がアリアであって欲しいのか?
私はいくつかの疑問点を臨時国王代理に直に確認しようと部屋を出たところで、後ろから涼太に肩を掴まれ止められた。
「やめておけ。現状でこれ以上揉め事を起こすと後々面倒になるぞ。葵が何を考えているかはそれとなくわかるが、今は冷静になって機会を窺うんだ」
涼太に「冷静になれ」と言われて自分が興奮状態であったことを自覚したので、感情を落ち着かせるために深く深呼吸をする。こういうとき武道を嗜んでいると気持ちを落ち着けやすくなる。
「ごめんなさいね、ありがとう。冷静さを欠いていたわね。それにしても「機会を窺う」って涼太も私と同じことを考えているのかしら?」
「さあな。同じかどうかはわからないが、似たようなことだと思うぞ」
言動から察するに涼太もいずれこの国から脱出するようだ。
「さあ、早く部屋に戻ってアリアかもしれない遺体の前で悲しんでいるフリでもしておけ。その方が周囲から怪しまれないだろう」
「そうね。女優じゃないから演技は苦手だけれど今はそれが得策ね」
涼太と部屋に戻ると天音に「どうしていきなり部屋を飛び出したの?」と聞かれたけれど、「気が動転していたのよ」と適当に返事をしてあしらった。
アリアもどきの遺体に黙祷を捧げ、私のこの国からの脱出のカウントダウンが始まった。




