33.5~幕間 シャングリ・ラにて~
「以上が捜索隊第二陣からの報告です」
「ご苦労。下がってよし」
「は、失礼します」
青と銀の甲冑を着た兵士が拳を心臓の位置に当て、礼をして退出していく。
「皆様、聞いての通り兵からの報告ではアリア・フォン・シャングリ・ラとおぼしき焼死体が発見されたそうです。アレス・ギルバートの所在、生死に関しては目新しい報告はありませんでした。いかがなさいますか?」
若い騎士からの報告を聞いた壮年の騎士は、まるでどっしりと地面に根を下ろした大樹のような風格がある男だった。年齢はそれほど若くはないが鍛え抜かれた肢体と、数々の戦場を潜り抜けたであろう古傷がその経験を物語っていた。
オールバックにした白髪混じりの髪が、年齢を重ねることではじめて醸し出される渋さを際立たせている。
「予想通りアレス・ギルバートの所在と生死は不明のままか。できれば今回の捜索で生死だけははっきりさせておきたかったな」
先程の騎士を除けばテーブルに座っている人物の中では、一番年上であろう男が手を組んで落胆した様子で言った。年上といっても見た目は25歳くらいの金髪のイケメンである。
「アーヴィング兄~これだけ探しても見つからないんだからもう諦めたら? きっとその辺のモンスターのエサにでもなってもう腹の中で消化済みだよ。あとは茶色く香ばしい物体になって排泄されるだけってね。あはは!」
他の者が紅茶を嗜む中、1人だけ何皿もの異なる肉料理をパクパクと食べている男が言った。見た目は少年のようでアーヴィングとは異なり、オレンジ色の髪をしていた。
「口に食べ物を入れた状態で話さないでいただけます。品性に欠けるだけでなくわたくしの方に飛んできますのよ」
豪華なドレス、高価な宝石類を身に纏った金髪ウェーブの容姿端麗な女性が、扇で口元を隠しつつ食事をしている男に侮蔑の眼差しを浴びせながら批難した。
「おっとこれは失敬。いや~今日の肉がここ最近の中では中々美味しくてさあ~。やっぱり若い子の肉は脂がのっていて弾力があって歯応えが最高だよね。年寄りの肉は筋張っててパサついて微妙なんだよね~」
フォークにブロック肉を刺したまま、手をブラブラさせて、肉の好みについて語りだす男。
「人間の肉を好んで食するなど、あなたくらいのものです。このイカレ食人鬼が」
「最高の誉め言葉をありがとうソフィア姉~。この味を知ったらもう他の肉には戻れないよ。みんなもいっぺん食べてみれば良いのに~メチャクチャ美味いよ」
上機嫌で手に持った肉の刺さったフォークを自分以外の面子に向ける男。
「俺は結構だ」
「わたくしも遠慮致しますわ」
「わわわたしもいらない・・・」
「あーらそ。残念・・・美味しいのに」
「話を戻すぞ。アレス・ギルバートの件に関しては捜索部隊を縮小し、暗部のみで構成された部隊で引き続き捜索を続けろ、ヴィンセント」
「えーまだ探すの? あーはいはいそんなに睨まないでよ、怖いな~。捜索部隊なら昨日のうちに再編成して出発させてあるよ。もうホント暗部使いが荒いんだからさ~そんなにアレス・ギルバートに世に出ちゃマズい案件やらせてたの? 腹黒いなアーヴング兄は~」
「仕事が早いのは結構だがそろそろ口を閉じろ。お前の部署だけでなくお前に対する援助を打ち切られたいのか?」
視線だけでなく紡がれた言葉にも冷気を感じさせる雰囲気に、流石のお喋りなヴィンセントも口を閉じた。
「コホン。アレス・ギルバートについて進展がなかったことは残念でしたけれど、あの忌まわしいアリアを予定通り始末できたのは上々でしたわ。わたくしあの女が視界に入るたびに不快な思いをしておりましたから」
邪魔な存在が消えたことで上機嫌で、晴れ晴れとした表情のソフィア。
「全てがソフィア姉の上位互換だったからね~美人で民衆から人気があって何より巨乳。歩けば国の男性陣の目を釘付けにしてたからね~例えるなら山脈と絶壁みたいな! あはは~」
「誰の胸が絶壁ですって!? 胸なんてなくとも他の部分が優れていれば良いのです!」
腹を抱えて爆笑するヴィンセントに、口元をひくつかせながら反論するソフィア。
「タチアナ! あなたも何か反論してやりなさい。同じ絶壁仲間として!」
テーブルに座っている中で最年少とおぼしきオレンジ色の髪を、ツインテールにした白衣を纏った少女に反論を求める。
「わわ私はソフィア姉さんよりむむ胸はあるから・・・そそそれに私はまだ成長のかか可能性があるから・・・」
俯きながらたどたどしく自分の胸はお前と違って、まだ可能性が残っていると主張するタチアナ。
「なんですって!」
「お前たちいい加減にしろ。脱線ばかりで話が進まん」
先程に引き続き2度目の注意で流石に黙る一同。
「ソフィア、喜ぶのはまだ早いだろう。報告では「アリアとおぼしき焼死体」だ。本人であると確定したわけではない。タチアナ、身元の照合はどうなっている? 遺体はもう回収して研究所に運び込んだのだろう?」
「しし死体は運び込んでかか解剖はしてみたけど、あああそこまで損傷がひひ酷いと誰かは判別がつつつかない・・・」
まるで叱られている子供のように、白衣を着たタチアナは小さくなりながら報告した。
「そうか・・・アリアの死が確定できないのは不確定要素になるが、致し方ないか」
「胸の大きさで判断できないの~?」
「ひひ皮膚だけじゃなくて、きき筋肉繊維が見えるまでやや焼けていたから・・・むむ胸の脂肪もやや焼けちゃって・・・」
「あらま、残念」
おどけた様子でメイドに肉のお代わりを注文するヴィンセント。
「それでも計画は実行に移すのでしょう? アーヴィング兄様」
「ああ。そのためにアリアを切り捨てたのだ。アリアの死を最大限利用させてもらう、魔族を殲滅するためにな」
その身に宿る憎しみを隠そうとせずに、組んだ手に力が入るアーヴィング。
「それでいつアリアの死を国民に知らせるのですの?」
「魔国に送る増援部隊の装備と物資の調達が済んでからだな。「アリアは魔族に殺された」という情報を国民に流せば、アリアを慕っている連中の魔族に対する憎悪を引き出し団結させ、復讐か敵討ちのために戦場に出たがるものが増えるはずだからな」
「そこで臨時徴兵制度を発動させるわけだね~普段戦争反対の連中も、自分が慕っていた穏健派のそれも王族が殺されたとなれば、怒りと憎しみで冷静な判断ができなくなってるしね~楽に捨て駒の増員ができるね~情報操作は任して。」
「任せたぞ。情報操作の際に障害となる者がいればどんな手段を講じても構わん、排除しろ。多少の犠牲は誤差の範囲内だ」
「了解~あ、でももし「勇者」が障害になった場合は~? あいつら最近こっちのこと疑い始めてるし~本当に魔王と獣王が元の世界への帰還方法を秘匿してるのかって~」
「それについても考えてある。タチアナ、強力な睡眠薬と精神異常をきたす薬物の準備はどうなっている?」
「いい言われた通りゆゆ勇者の状態異常耐性をうう上回るものを作った。でででも長時間効果はつつ続かないから・・・」
「ご苦労、上出来だ。タチアナ、いつも言っているがお前はもっと自信を持て。タチアナの仕事ぶりには皆感心しているのだ」
「ああありがとうございます」
思わぬ誉め言葉に顔を真っ赤にさせて、さらに俯いてしまうタチアナ。
「ソフィア、奴隷紋の準備はどうなっている?」
「わたくしのお抱えの魔道師達と共同開発して、すでに試験済みですわ。それと奴隷紋だけですと万一がありますから、奴隷紋の効果を組み込んだ腕輪も準備しておきましたわ」
自慢げにない胸を張りながら、自らの成果を高らかに話すソフィア。
「流石に手慣れているだけあって用意が良いな」
「さあ、なんのことでしょうか?」
扇で口元を隠しながら妖艶な笑みを浮かべるソフィア。
「まあ、良い。聖騎士団長、勇者達はアリアの死は知っているのか?」
聖騎士団長と呼ばれた男は、先程騎士から報告を聞いていた壮年の男だった。
「詳細までは知らされていないようですが、亡くなったということは知っているようです」
「そうか・・・国民へのアリアの死についての報告は予定通り3日後に行う。勇者に奴隷紋を刻む計画は前倒しして、明日決行に移す」
急な予定変更に戸惑う一同。
「別に構わないけど~アーヴィング兄~なんでそこだけ予定を早めるワケ~?」
「勇者達はアリアとの接触の回数が多かった。流石の俺もその際にどんな内容の会話をしていたかまでは掴めていない。万一これ以上こちらを警戒されても困る。それ故の計画の前倒しだ」
「なるほど~でも万が一薬の効果に耐えて、奴隷紋つけるの失敗したらどうすんの~?」
大量にあった人肉料理を全て完食して、ナプキンで口を拭きながらヴィンセントが面白そうに質問する。
「いくら異世界召喚された勇者で潜在能力が高かろうと、まだ発展途上だ。現状、単純な戦闘能力なら各騎士団長の方が上だろう。それに所詮は戦場を知らず自らの手で命を奪ったことのないガキどもだ、純粋な兵士とは経験値が違う。それにいざとなったら人質でもとって脅迫すれば攻撃の意思が削げ隙も生じるだろう。最悪の場合、殺してしまっても構わん」
「殺してしまっても構わない」という言葉に場の空気が凍った。
「アーヴィング兄様、しかしそれでは魔国との戦争において、戦力に不安が残ります」
「構わん。殺してしまった場合は死霊術でアンデットにして、戦場に放り出せば良い。通常のアンデットよりは戦力になるだろう。勇者はまた召喚すれば良いだろう。生け贄はいくらでも調達できる、そうだろう?」
冷たい笑みをこぼす男に、一同は流石に恐怖を覚えた。
「あああの・・・」
殺伐とした空気の中、白衣を着たタチアナが遠慮がちに手をあげた。
「タチアナ、どうした? 何か疑問点があったか?」
「いえ、そそそうではなくて・・・お願いがあああります」
これでもかというくらい小さくなって、要望があることを伝える。
「なんだ、言ってみろ」
「捜索隊がかか回収した死体をいい頂けないでしょうか? 実験にしし使用したいので・・・」
俯きがちの状態で目だけをチラチラ動かして、アーヴィングの顔色をうかがう。
「構わん、好きにしろ」
「やったー! ああありがとうございます。あ、痛!」
嬉しさに興奮状態になり、お辞儀でテーブルにおでこを強打するタチアナ。
「大丈夫か? あとで念のため手当てしてもらえ」
「はい・・・」
「今後の方針は話した通りだ、何か質問はあるか?」
会議を締めくくろうとすると、絶壁ソフィアの手が上がった。
「なんだ? 何か不満な点でもあるのか?」
「何故わたくしが挙手すると、否定的な意見を述べることが前提なのかは気になりますが今は置いておきます。お父様、国王陛下にはこの計画はお話になりましたの?」
「寝たきりの老人に話して意味があると思うか? 歳を取ってから父上は牙を抜かれた獣のようになった。ボケも進行している。役目の済んだ老いぼれにもう用はない」
自分の父親に対するものとは思えない冷酷な言葉を述べる。
「さっすが次期国王候補ナンバーワンは言うことが違うな~」
「茶化すなヴィンセント。お前たちだって次期国王候補だろう」
「あ。オレはパスで。国王なんかになるつもりないんで~そういう面倒くさいことはアーヴィング兄に任せるよ~」
「わたくしも遠慮しておきますわ。今の優雅で自由な生活を阻害されたくないですし、何よりアーヴィング兄様と敵対して勝てる気がしませんもの」
「わわ私も無理。ひひ人前で話すの苦手だから・・・」
比較的楽に次期国王になれることは喜ばしいが、この国の王族は大丈夫だろうかと柄にもなく心配に思うアーヴィング。
「では会議を終了する。皆、それぞれ計画実行日まで準備と警戒を怠らないでくれ」
アーヴィングの閉幕の言葉で、皆椅子から立ち上がり部屋をあとにする。
王族達がいなくなった会議室で、壮年の聖騎士団長はため息をつく。
「この国と国王に忠義を尽くしてきたが、国王が老衰されて寝たきりになられてから国の内情は酷くなる一方だな。次期国王候補の方々もあの様子では、この国は近いうちに滅ぶかも知れんな。果たして今のこの国に忠義を尽くすだけの価値があるだろうか・・・」




