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自宅に戻ると熊師匠がお眠になったセレスを、太ももにのせてあやしていた。

セレスを起こさないように熊師匠達に「ありがとうございました」と小声でお礼を言うと、みなさん「いいってことよ」と寛大な返事をしてくれた。

おっさん達の気配に気がついたセレスが、眠い目を擦りながら「おかえりなしゃい」と出迎えてくれた。どうやらおっさん達の帰りを待っていてくれたようだ。

「ただいま」

「ただいま戻りました」

「ただいまなのじゃ」

「「ワオーン!」」

お昼寝タイムを削ってまでおっさん達の帰りを待っていてくれたセレスに、感謝と労いの言葉を返す。


「熊師匠、ノーライフキング先生、蟹さん申し訳ありません。また人が増えてしまいました」

おっさんが深く謝罪して頭を下げると、お三方は「別に構わないよ。また楽しくなりそうだ」と仰ってくれました。本当にこの森のみなさんは心が広い。

「そのおねいしゃんだーれ?」

おっさんが抱きかかえている女性が気になったのか、セレスが寝ぼけ眼で聞いてきた。

「ヒューマン国の王族らしいよ。でも今は傷ついているから、治るまではそっとしておいてあげてね」

「うん、わかったの!」

とは言ったものの、心の傷がどのくらいで癒えるのかは未知数だな。長期間の治療も考えないとな。その時はシゼルとアリシアに協力してもらわないとな。流石におっさんが年頃の女性の世話をするのは犯罪臭がしそうだ。

「とりあえず家に入ろう。おっさんなんか疲れたわ」

庭にいた全員が家の中に入ったので、空いている部屋のベッドに彼女をそっと下ろす。

今は気を失っているが、目覚めたときの状態が気になるな。すでにうなされているし汗も結構かいている。

「シゼル、アリシア。申し訳ないけど彼女の体を拭いてからラフな感じの服に着替えさせてくれる」

「わかりました」

「わかったのじゃ」

さて、おっさんはこの間に治癒魔法か精神干渉系の魔法で、精神的苦痛を少しでも緩和できそうなものを探しておくか。それと軽い精神安定剤の開発に着手して、それから部屋で使えるアロマオイルでも作るか。どうせならアロマ加湿器にするかな。

とりあえず今すぐに出来そうな「アロマ」関係に最初に着手しよう。

アイテムボックスから「ラベンダー」、「クラリセージ」、「ローマンカモミール」を取り出す。

畑にあるビニールハウスで育てている薬草が、ついに日の目を浴びるときがきた。

まずは水蒸気蒸留法で精油を作る。時間があればちゃんと器具を製作してやりたいが、今は少しでも早く作りたいので魔法に頼ることにする。

何故おっさんがアロマに詳しいか、疑問に思っている人もいるだろう。それはね・・・おっさんだって心が病んでいた時期があったんですよ。心療内科に通うほどではなかったけれど、会社のストレスでどうにかなりそうなとき、ネットでアロマを知ってからお世話になっていた時期があったのです。だからそれなりの知識は持っているんです。

配合はラベンダー3:クラリセージ2:ローマンカモミール1の割合にした。おっさんが元いた世界でいつも使っていた割合だ。

次にアロマオイル専用の加湿器の製作に取りかかる。これも時短でアイテムクリエイションに頼ることにする。小型で見た目も綺麗なものにしよう。

「ちょちょいの~ちょいっと」

おっさんの中で及第点のものが完成したので、シゼル達がいる部屋にもどる。

コンコン。ノックをして中の状況を確認する。仮にノックをしないで部屋に入ったりしたら、着替え中だったりして事故が起こってしまう。円滑な人間関係と信頼関係を築くうえで、ノックはエチケットの基本です。

「どうぞご主人様。残念ながら彼女の着替えはもう完了していますよ」

相変わらずおっさんの心のうちをよむね、シゼルは。

「一体何が残念なのかは触れないけど、入るよ」

扉を開けて部屋に入ると、ベッドにパジャマ姿の女性が寝かされていた。

脱がした装備はベッドの横のテーブルに置かれていた。アレ? 装備はあるけど服がないぞ。

「彼女の服はどうしたの?」

「例の一件で破損していたので、修復と洗濯のために回収しました」

「なるほどね」

ちょっとした疑問が氷解したので、ベッドに横になっている女性の顔を見てみる。

今のところ安らかに眠っているように見える。え? 死んではいませんよ。

しかし目覚めたときが心配だな。意識がはっきりして記憶の整理がついたときが勝負だな。

はてさてどうなることか。

「アリシア、この女性とは知り合いなんだっけ?」

「まあ知り合いと言えば知り合いじゃな。何せ公式の場でヒューマンの王族の中で、唯一まともな会話ができる相手じゃったからな。自然と関係性ができるわけじゃ」

「その言い方だと他の王族には話が通じないように聞こえるんだけど」

「その認識で間違いないのじゃ。ヒューマン国の他の王族とは会話がなりたたないのじゃ」

「つまり他の王族は奇人変人ばかりだと?」

「そういうことじゃ。付け加えるなら「狂人」もじゃな」

おい、本当にこの世界の人間はどうなっているんだい! てか王族がそれでよく国が回るな。

おっさんが呆れた表情をしていると、アリシアが複雑な表情でこちらを見ていた。

「まあ、なんじゃ。おっさん殿が何を考えているかは想像できるが今はいったん忘れるのじゃ。それよりアリアのことじゃ。おっさん殿はアリアを今後どうするつもりじゃ?」

若干不安そうな表情でアリシアがおっさんの様子を伺っている。

「とりあえず要経過観察かな。肉体的ダメージは問題ないけど精神的ダメージがちょっと心配だからね。彼女が目覚めた時の状態しだいかな。意識を取り戻したときに発狂するようなことがあれば、治療に専念。精神的に大丈夫そうなら記憶改竄して国にお帰り頂きたいんだけど、暗殺対象にされたうえに信頼されていた者に裏切られた彼女が国に帰るかな・・・」

おっさんが同じ立場だったら確実に国には帰らんね。帰ったところで何されるかわかったもんじゃない。

「現時点でのおっさんの考えはこんな感じかな。あとは彼女が意識を取り戻してからかな。会話ができる状態なら彼女自身の意思も確認しときたいしね」

あとはついでに情報収集。厄介ごとをまた拾ってしまったからね。トホホ・・・

「「ようけいかかんさつ?」がよくわからんが、アリアをしばらく保護するということじゃな」

「簡単に言えばそうなるね」

「そうか・・・」

アリシアは顔見知りと言っていたが、友達のような関係なのではないだろうか? でなければこれだけしつこく彼女の身を案じないだろう。

「このまま彼女を一人にしておくのは、得策ではありません。交代制で看病兼監視を提案します」

おっさん達の会話が終わったタイミングで、シゼルが実に現実的な提案をしてきた。

「確かにその方が良いだろうね。意識が戻って見知らぬ場所で一人ぼっちなのも心細いしね。正直に言ってしまえば勝手に家の中を出歩かれたくないというのが本心です。万が一精神に異常をきたした状態で熊師匠達に遭遇したら、敵として処理されてしまう可能性もあるしね」

おっさんの中では彼女の命よりも熊師匠達の平穏が優先という事実。

「それは明案じゃな。よし最初は妾が付き添うのじゃ」

アリシアが一番手をかってでたので後の順番は2番手がシゼル、最後がおっさんという順番に決まった。

「じゃあ、あとはよろしくアリシア。おっさん達は夕食の準備と家事をしてくるから」

「任されたのじゃ」

そう言い残しておっさんとシゼルは部屋をあとにして、夕食の準備をこなすためにリビングに足を進める。

リビングに戻ると熊師匠はソファーに体を預けて玄米茶を飲みながらクルミを食しており、ノーライフキング先生は蟹さんと大好きな将棋を指していた。

お昼寝三人衆はもちろん寝ています。ん~素晴らしいのんびりとした光景。

「じゃあ、おっさんは洗濯物をしまってくるわ」

「では私は夕食のメニューを考えることにします」

「シゼル、一応お粥も作れるように準備しておいてくれると助かる」

「彼女の分ですね。わかりました」

おっさんはせっせと庭に干してある洗濯物をしまいに籠を持って庭に出る。

日差しは比較的良好なのだが森という環境上、湿度が高くそしてよく虫が飛んでいるのでタリスマンを作る要領で簡易的な範囲結界発生装置を製作した。

エンチャントしたのは単純に「湿度管理」、「虫除け」、「風力調整」の3つだ。「風力調整」は洗濯物が早く乾くようにと、強風で洗濯物が飛ばされるのを防止するためだ。

ちゃんと乾いているかどうかチェックしながら、洗濯物を回収していく。

「はあ~ここから魔の領域だ。気をしっかり持つんだおっさん」

自分自身に気合いを入れて、魔の領域の洗濯物を回収する。なんで魔の領域かって? うちの女性陣の下着ゾーンなんですよ。

実は洗濯物関連ではひと悶着あった。そもそもおっさんの服と女性陣の服を一緒に洗濯するのはいかがなものだろうか? ほら、年頃の娘さんはお父さんと一緒の洗濯は嫌だという伝説があるし。そう考えるとおっさんが女性陣の洗濯物を取り込んで畳むのも倫理的に大丈夫なのだろうか? おっさんが女性陣にその事に関して聞いてみたところ。


シゼル曰く「私は特に気になりませんが、一体何が問題なのですか? ご主人様としてはむしろ好都合なのではないのですか。洗濯物当番の際に脱ぎたての下着をクンカクンカできるチャンスですよ。良かったですね」


アリシア曰く「妾は別に気にせんのじゃ。その程度のことを気にする年頃でもないしのう。ところでおっさん殿はどんなタイプの下着が好みなのじゃ? 色は? 形は?」


セレス曰く「セレスはだいじょうぶだよ。それよりシゼルがいってたくんかくんかってな~に?」


アレ、おっさんが神経質すぎるのかな? お願いだからうちの女性陣はもっと恥じらいを持って下さい。おっさんの方が恥ずかしい~

女性陣はああ言っているがおっさんが気になるので、洗濯は女性専用の洗濯機を新たに新調してちゃんと分けて洗っています。

洗濯物を取り込んで丁寧に畳んでから、それぞれの洋服ダンスに閉まっていく。もちろんアイテムボックスに入れれば済む話のなのだが、世の中何が起こるかわからないので分けてしまっています。

おっさんが今日担当する家事があらかた終了したので、キッチンにいるシゼルのアシスタントに入ることにする。

「そういえば今日の夕食のメニューは決まったの?」

「メインは魚のホイル焼きにしました。あとはタケノコご飯、副菜はにんじんしりしりにしました。味噌汁の具材はなめこです」

「今日は和食だね」

「はい。最近和食の登場回数が少なかったので」

キッチンに食材をまな板の上で切る音、フライパンで具材を炒める音が響いている。

「ご主人様、彼女の今後についてですがどうするおつもりですか?」

「いきなりどしたの? どうするもなにも基本方針はさっき話した通りだけど」

「では基本でない部分についてはどうなのですか? 彼女の意見を聞くと仰っていましたが、意思を尊重するとは言っていませんでしたよね。アリシアがあの場にいたので言及はしませんでしたが、本当のところはどうなのですか?」

「目ざといな・・・もし彼女がおっさん達に敵対するようなら敵として処理。心身ともに回復して祖国に復讐を考えているようなら、この森の記憶を完全に消去して放り出す。己の復讐のために助力を願い出てきても記憶処理して放り出す。万が一ここで平穏に暮らしたいというなら、妥協に妥協を重ねて受け入れるという感じが本音かな」

「仮に彼女を敵として処理する際に、アリシアが立ちはだかる場合はどうするのですか?」

「ここでの記憶を全て抹消して、セレスと一緒に魔国に返す」

「意外に冷酷な意見ですね。ご主人様はあの二人に少なからず、愛着のような感情を持っていると思っていたのですが」

「確かに一緒に暮らしてみて楽しいことは多かったよ。それでも悪いけどおっさんは自身のスローライフの維持を最優先にするよ。そのためなら多少の犠牲は否めない。要するに自己中心的なんだよ、おっさんは」

「自己中心的ですか・・・まあ、そういうことにしておきましょう」

え、何その含みのある言い方。気になるな・・・おっさんと反対方向を向いているから確認できないけど、若干笑っていませんか?

「きゃあああー!」

突如リビングまで響くほどの甲高い絶叫が、女性がいる部屋から響き渡った。

「予想通りのお目覚めのようだね」

「そのようですね」

一旦料理を中断して手を洗ってタオルで水気をとり、音の発生源の部屋に向かう。

熊師匠達には事前にこうなるであろうことを説明していたので、みなさん一瞬音の発生源の方を見るがすぐに無関心になる。

お昼寝三人衆は・・・微動だにしていない。

部屋に辿り着いたので一応エチケットとしてノックをしてみたが、絶叫と物音がこだましているだけで反応がない。それどころじゃないよね~

ドアを開けるとベッドの上で叫びながら暴れている彼女を、アリシアが必死に抑えながら説得していた。その状態の人間に話しかけても無駄な気もするが、気持ちの問題ですね。

「落ち着くのじゃ! ここは安全じゃ。アリア! 妾じゃ、アリシアじゃ。ええい妾を見るのじゃ、落ち着くのじゃ!」

アリシアが暴れる彼女に、殴られ蹴られながらもなんとか必死になだめようとしている。

流石に見ていられないのでおっさんが手伝おうと、部屋に足を踏み入れようとすると後ろにいたシゼルの姿が消えた。

「あああ・・・」

絶叫が鳴りやみ彼女の体が前のめりに倒れるのを、アリシアが慌てて受け止める。

倒れた彼女の後ろにはシゼルが立っていた。どうやら物理的に手刃で黙らせたらしい。

シゼルの判断はおっさんも正しいと思うけど、ベッドに土足で乗るのはやめようね。いくら部屋用の靴とはいえ靴だからね。

「いきなり何をするのじゃ!」

「絶叫が耳障りだったので黙らせただけですが?」

少し感情を高ぶらせているアリシアに対して、シゼルは淡々と行動の意味を説明した。

「もう少し穏便なやり方があるじゃろう!」

「そうですか? 私はこの方法が迅速かつ最善だと判断しますが。では穏便な方法とはどのようなものですか? 具体的に提示してください」

「はいはい二人ともそこまで。意見のぶつけ合いは良いけど状況を考えてね。まずは彼女をベッドに寝かせようね」

おっさんが間に入ったことで、アリシアが徐々にクールダウンしてきたようだ。シゼルの方は・・・問題なさそうだね。

「多少手荒かったとは思うけど、シゼルの判断は正しいとおっさんは思うよ。発狂状態の人間を説得して落ち着かせるのはほぼ不可能だよ。彼女の身を案じるのはわかるけど今回はシゼルの判断が正しいよ。だから落ち着けアリシア、どうどう~」

発狂状態の彼女を押さえていたために負った擦り傷や打撲痕に、治癒魔法をかけながらアリシアを説得する。

「すまないのじゃ・・・少し感情的になって取り乱したのじゃ。すまなかったのじゃシゼル。それからありがとうなのじゃ」

「いえ、私ももう少し配慮すべきでした。以後気を付けます」

ハイ仲直り~人類みな兄弟・・・は流石にありえないけど同居人同士のトラブルはやめてください。おっさんの心労がたまるから。

「シゼル、彼女に精神干渉魔法の応用とかで少しでも精神的ダメージを軽減できないかな? おっさんが開発するつもりだったけど、目覚めるたびにあの状態だと流石に彼女自身だけじゃなく周りも大変だから」

「かしこまりました。やってみます」

そう言いうとシゼルは横たわる彼女に魔法を使用し始める。

おっさんとアリシアはその間に、彼女が暴れた際に倒れた家具や小物をもとの位置に戻しておく。

「ご主人様、終了しました」

シゼルに声をかけられて横たわる彼女の顔を見てみると、ここに運ばれてきた当初と比べると幾分穏やかな表情になったように見える。

「ありがとう、シゼル」

「いえ、どういたしまして」

「さて、今の状態なら少し離れても大丈夫だろう。もうすぐ夕食もできるから10分くらいしたらアリシアも来てくれ。一緒に食べよう」

「わかったのじゃ」

「あと彼女を1人にする際は、念のため部屋の外から結界で隔離しておいてね」

「オーケーなのじゃ」

「じゃあ、おっさん達は夕食の準備に戻るから、もし何か変化があったら教えてね」

一段落ついたので部屋から出ようとしたとき、おっさんは重要なことを思い出した。

いきなり立ち止まったおっさんにシゼルが怪訝な顔をする。

「ご主人様、どうかなさったのですか?」

「ああ、せっかくアロマ加湿器を作って設置したのに・・・電源をONにするの忘れてた」

「・・・そうですか」

シゼルに酷く冷めた感じの反応をされ、アロマ加湿器の電源を入れ忘れたことに「もう歳かな?」と、老いを感じつつおっさんのスローライフはかろうじて維持されているのであった。


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