13.5 幕間~魔王side~
奈落の樹海から運よく脱出でき平原を疾走して自国に急ぎ帰国しているのだが、奈落の樹海での出来事が今も頭をよぎる。
焚き火の煙からある程度知性がある生物が活動していることは予想していた。だがまさか異世界人のおっさんが一人で生活していたとは・・・予想を遥かに越える事態だ。
おっさん自身が我らより遥か上の実力を有していることは驚きだった。しかし何より驚愕だったのは神熊が存在したのだ。伝説上の存在としては知られていたが、まさか生きているうちにこの目で見ることが出来るとは・・・
おっさん、神熊共に遭遇した瞬間に自身の死を覚悟させられる程の存在だが、彼らが無用な争いを好まない人格者であったことは我らにとって非常に嬉しい誤算だ。
ただでさえシャングリラでの勇者召喚というヒューマンの暴挙の影響で各国が殺気だっている状況だ、万が一奈落の樹海にいる存在がヒューマンよりの考え方の者だった場合、魔国に被害が及ぶ最悪のケースになりかねない。それを回避できることがわかっただけでも、命がけで奈落の樹海に足を運んだ甲斐があったというものだ。
少なくとこちらから故意に関わらずに、おっさん殿の生活を害さなければ彼らが魔国の敵になることはない。それだけでも私の心労がかなり緩和される。
「おっさん殿があまちゃんで助かったのう」
いつの間にやら隣を並走していたアリシアが話しかけてきた。
「どういう意味だ?」
アリシアが放った言葉の意味が最初よく分からずに思わず聞き返してしまった。
「本気で言っとるのか? いかに異世界人でこの世界の情勢に疎いとはいえ普通初対面の魔族、それも魔王を自宅に上げたりはせんじゃろう」
アリシアがかなり呆れ顔で嘆いた。
「確かにそうだが・・・それはおっさん殿にとって我らが脅威ではなかったからではないか? 実力ではあちらの方が遥かに上なのだから。それに異世界人だから魔族に対しての先入観がなかったのであろう。私自身も聞かれるまで自ら魔王とは名乗ってないしな」
私がそう返答すると、アリシアが並走しながら器用にジャンプして私の額にデコピンをかましてきた。
結構痛い。あとで痣になるなこれは。デコピンに対して抗議をしようとアリシアを見た途端になにも言えなくなった。それほどの凄みが今の彼女にはあった。
「阿呆が・・・長らく戦場から離れ机上の作業ばかりで平和ボケしたか」
そう言った彼女の雰囲気は普段の他人をからかって楽しむ悪戯っ子のようなものではなく、周囲の空気すら凍りそうな程冷たいものだった。まるで出会った当初の彼女を彷彿させるものだった。
「妾があまちゃんと言うたのはおっさん殿の気配と立ち振舞いに関してじゃ。いかに己のレベルが高かろうとあそこまで無防備な状態を初対面の魔族に晒すまい。これは推測じゃがおっさん殿がもといた世界では人間、それも生き物同士の命のやり取りはなかったのでないか? 仮にあったとしてもおっさん殿とは無縁なものだったのではないかとな」
確かにもといた世界が平和でその中で平穏に暮らしていたが故のあの無防備な状態だと解釈すれば、我らに対しての対応も納得できる。
「もう1つ言うておくが、おっさん殿はお主が意識を取り戻す前から魔王だと知っておうたぞ。妾のエクストラスキルを忘れたワケではあるまい?」
アリシアのエクストラスキルの1つ、「過去視」。過去に起こったことを自分以外の生物、無機物、事象であろうと覗き見ることが可能なスキル。「過去視」を持つアリシアが断言するのだ、間違いないのだろう。
「懸念材料は他にもあるのじゃ。あの焚き火の煙を目撃したのは妾達の国だけではあるまい。精霊どものところは問題ないにしても、他の2国が動かぬわけはないじゃろう」
一国の王なら奈落の樹海の異変は看過できない。探索部隊を派遣するのは当然だ。
「まあ、ヒューマンのところは勇者召喚後で国の上層部がごたついておるだろうからしばらくは動かんじゃろう。が、獣人国のあの女はどうかのう? あやつは堪え性がないからのう」
確かに彼女の性格なら周囲の反対を押しきってでも自分で確かめに行くと、行動を起こすだろう。だがそれがどうしたというのだろう?
「はあ~わからんか。可能性としては極めて低いじゃろうが万が一獣人国、あの女が妾達のように奇跡的に深層のあの場所に辿り着いたとする。でじゃ、簡潔に結論だけ言うぞ・・・あの女の性格じゃぞ、もしおっさん殿を怒らせるような事態になったらどうなると思う? 仮にあやつらだけが殺されるだけなら構わん。しかし友好国である妾達の国にも火の粉が飛んでくる可能性があるのじゃぞ」
アリシアに言われたことを理解して血の気が引いた。もし友好国である獣人国がおっさん殿に攻撃され敵対した場合、条約に基づいて魔国としては支援せざる負えない。おっさん殿達を敵に回す? 背筋が凍る。全滅の未来しか浮かばない。
「奈落の樹海に探索部隊を出さないように獣人国を説得するにしても、深層での出来事を全てではないが話さざるをえまい? まあ、すべてを包み隠さず話したところであの女は興味が沸いたとか抜かして逆に猪突猛進で奈落の樹海に特攻しそうじゃがな」
非常に面倒くさそうにアリシアはため息を吐きさらに続けた。
「この際だから白状するが妾はあの時、シンの意識が戻らなくて本当に良かったと思うとる。仮に意識が戻って再びおっさん殿に無礼をはたらいたとしても、おっさん殿は許してくれるじゃろう。じゃが他の者達はそうとは限らん」
他の者達とは一体誰のことだろうか、2匹の魔狼と神熊のことだろうか?
私が誰のことかと考えていると、アリシアはまたもや大きなため息をついた。
「やはり気づいておらんかったか。あの時、妾達のいた建物の周囲を感知できただけでも5体の気配が囲んでいたのじゃ。それも全てが神熊クラスの次元の怪物達じゃ」
疾走している足はかろうじて止めなかったが、一瞬理解が追い付かなかった。
「つまりおっさん殿が許す? というか見逃してくれたとしてもじゃ、他の面々はそんなつもりは毛頭なかったということじゃ。生きて帰れて良かったのう」
この年になって久しぶりに寿命が縮んだのじゃ~と苦笑いしている。
戦場から長らく離れた故かアリシアの言う通り平和ボケ、いや腑抜けていたのかもしれん。こんな情勢なのに物事を楽観的に捉えすぎていたのかもしれん。これで魔王か・・・何とも情けない限りだな。
「すまない、アリシア。ありがとう」
並走している友人にそう言うと、彼女は私の顔を見て満足そうな表情をした。
「ふむ、少しは魔王らしい表情に戻ったの。妾の小言くらいで渇を入れられるなら安いものじゃ。魔王に説教なんぞ妾くらいにしか出来ぬからな。これも年長者のつとめじゃよ」
そう言う彼女の表情はようやくいつのも悪戯っ子の表情に戻っていた。
平原を抜けた、もうすぐ城壁が見えてくるだろう。魔国に戻ったらやること、考えることが山積みだ。
でも合間をぬって技術開発部に温水洗浄便座について相談しよう。




