勇気を出した一言
教室の扉を開けて足を踏み入れると、朝のホームルーム前らしく、クラスメイトたちはそれぞれの時間を自由に過ごしていた。ざわめく室内の空気を吸い込みながら自分の席へと向かうアンドレに、ふと声をかける人物がいた。
「あ、あのさ……アンドレ君」
声をかけてきたのは、同級生のテオ・ルサージュだった。ダークブロンドの前髪が少し長めで、その美しい瞳を隠すように前髪の隙間からこちらを覗き込んでいる、小柄な男子生徒だ。昨日、ほんの偶然から初めて言葉を交わしたばかりだったが、彼は大の車好きだったようで、昨日の放課後にイザベルの愛車である赤のプジョー308GTを目撃した際、まるで宝物でも見つけたかのように目を輝かせていたのをアンドレもよく覚えていた。
テオは首から高そうな一眼レフカメラを下げており、緊張しているのか少しどもりながら、恥ずかしそうに切り出した。
「そ、そのさ……今日、もお姉さん来る、の……?」
「あ、うん、今日も来るよ。今日は家にある俺の荷物を学生寮に運び入れるために、昨日より少し早めに学校に来る予定なんだ。」
アンドレがそう答えると、テオはゴクリと唾を飲み込み、さらに勇気を振り絞るようにカメラをギュッと握りしめた。
「あのさ……! もし迷惑じゃなかったらでいいんだけど……お、お姉さんのプジョー308GTの写真を、と、撮らせてもらえる、かな……っ!」
テオの熱意と緊張が入り混じった願いに、アンドレはパッと顔を輝かせて笑顔で頷いた。
「もちろん! 姉ちゃんにお願いすれば、喜んでOKしてくれると思うよ。昨日、テオが車を褒めてくれた時、姉ちゃんすごく喜んでてさ。『この子のことを本当に分かってくれる素敵な子がいて嬉しいわぁ』って、ずっと機嫌が良かったんだから。来週から俺は寮生活に戻るから、写真を頼むなら今日がチャンスだぞ。」
「ほん……本当……!? よ、よかったぁ……!」
テオはホッと胸をなで下ろし、嬉しそうに小さくガッツポーズをした。
そのやり取りをすぐ隣で聞いていたルイ・シャルボニエが、ニヤニヤしながらひょいと割り込んできた。
「おっ、テオじゃねえか。なあ、それより昨日言ってた車図鑑、今日持ってきてんだろ? ちょっと見せてくれよ!」
ルイに声をかけられたテオは「う、うん……!」と頷き、カバンから分厚い外国製のスポーツカー図鑑を取り出して手渡した。
ルイがページをめくり、アルピーヌ・A110やルノー・メガーヌR.S.といったフランスが誇るスポーツカーの写真を見つけて「うおっ、かっけえこれ……!」とテンションを爆上げさせると、テオは自分のことのように目を輝かせた。
「そ、その、アルピーヌ・A110はね……! 伝統的な軽量コンパクトなボディを受け継ぎながら、ミッドシップレイアウトで驚異的なハンドリング性能を誇る、フランスの至宝なんだよ……! ルイ君も、この美しさと走りのロマン、わかる……?」
テオは少しどもりながらも、大好きな車の魅力について熱っぽく、嬉しそうに語り始めた。
そんな二人を、少し離れた席からセシル・サルヴェールとマリア・ルッセの二人が温かい眼差しで見守っていた。
マリアが美しい灰色の瞳を細めながら、ふっと小さく微笑む。
「ふふ、テオ君、車のことになると普段の引っ込み思案が嘘みたいに生き生きするわね」
「うん……!」
セシルも愛おしそうにうなずきながら、隣で楽しそうに車の談義に花を咲かせる男子たちを眺めるのだった。




