仲間たちとの最高の朝
金曜日の朝。スマートフォンの電子音がけたたましく鳴り響くのと同時に、アンドレは素早く目を覚ました。ベッドから抜け出して手際よく制服に着替え、布団を畳むと、そのままリビングへと足を向ける。
キッチンからは香ばしい匂いが漂っていた。姉のイザベルが手際よく朝食の準備をしており、夫のクロードはすでにダイニングテーブルに座って静かにコーヒーを傾けている。少し遅れて、子供部屋から姪のエマが目をこすりながらトコトコとやってきた。
賑やかな朝食のテーブルで、アンドレは今日のスケジュールを家族に伝える。
「それじゃあ、今日もエマの送り迎えは、行きはママが送っていくけれど、帰りはパパがお迎えに行くからね」
イザベルがエマに優しく微笑みながら告げた。エマは元気よく「はーい!」と返事をする。
今日の放課後、アンドレは来週からの学生寮での生活をスムーズにするため、一足早く荷物を運び込んで部屋を整える予定だった。
朝の冷たい空気を吸い込みながら家を出たアンドレは、近くの駅から電車に乗り込んだ。15分ほど心地よい揺れに身を委ねると、ルイ・ル=グラン高等学校(リヨン分校)の最寄り駅に到着する。
駅から校舎へと向かう並木道を歩いていると、前方に同じ制服に身を包んだ同級生の姿が見えた。ルイ・シャルボニエだ。アンドレが声をかけると、ルイは振り返ってニッコリと笑った。
「うん、そうなんだ。来週から慌てないように、俺の荷物を寮に搬入するんだ。」
ルイは少し照れくさそうに頭を掻きながら、口を開いた。
「へえ……イザベルさん、今日も来るんだな。あのさ、こないだ渡した、俺が革で作った手作りのバラの飾り……あれ、イザベルさんどう思ってるかなって、ちょっと気になってさ」
アンドレはクスリと笑って、友人の肩を軽く叩いた。
「あぁ、姉ちゃんすごく喜んでさっそく車のダッシュボードに飾ってるよ。すごく気に入ってるみたいだった」
「本当かよ!」
ルイはパッと顔を輝かせ、胸をなで下ろした。
「よかったぁ……。昨日の放課後、午後の美術の授業で、必死こいて作った甲斐があったぜ!」
安堵した様子のルイに、アンドレはふと思い出したように昨日の話題を持ち出した。
「そういえばさ、昨日姪のエマが家で『おままごと兼マナー講座』をやったんだよ。土曜日の勉強会の練習のためにって言ってさ。お気に入りのぬいぐるみたちも総動員してたよ」
それを聞いたルイは目を丸くし、それからこらえきれないといった様子で吹き出した。
「ははっ、なんだそれ! エマちゃん、すげえ気合入ってんな! セシルの家族に褒めてもらうための予行演習ってわけか? いやあ、なんか想像しただけで可愛いな……!」
ルイが楽しそうに笑っていると、前方の校門付近から聞き慣れた声が聞こえてきた。ふと視線を向けると、同じく同級生のセシル・サルヴェールとマリア・ルッセが楽しげに談笑しながら歩いているところだった。
「おっ、セシルとマリアだ。おーーい!」
アンドレが声を上げると、二人は足を止め、こちらに振り返って手を振った。
校門の近くで足を止めたセシル・サルヴェールとマリア・ルッセは、こちらに向かって歩いてくるアンドレとルイの姿に気づき、嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「あ、アンドレ、ルイ! おはよう!」
セシルが爽やかな笑顔で声をかけると、マリアも静かに微笑みながら小さく手を振る。
二人の元へ追いついたアンドレたちも「おはよう!」と笑顔で挨拶を交わした。
少し立ち止まって他愛のない会話を交わしていると、マリアがふと思い出したように美しい灰色の瞳をアンドレに向けた。
「そういえばアンドレ、さっきセシルから聞いたんだけど……明日、セシルのお家で一緒にテスト勉強をするんだって?」
「うん、そうなんだ。明日のお昼過ぎにお邪魔することになってさ」
アンドレが少し照れくさそうに答えると、セシルがくすっと笑いながら、昨日自宅で起きた「小さな事件」を打ち明けた。
「あのね、昨日お母さんとお父さんに『土曜日にアンドレ君が勉強しに来るの』って話したら、お兄ちゃんが急に大慌てしちゃって……。『どんな格好で迎えたらいいんだ!』って家中をバタバタ歩き回るもんだから、お父さんとお母さんに『落ち着きなさい、いつも通りの格好で出迎えなさい』って、珍しくすごく怒られてたんだよ」
セシルのその言葉を聞いた瞬間、アンドレは心の中で深く納得した。
(――そっか。緊張しているのは僕だけじゃなくて、セシルのお兄さんやご家族のみんなも同じなんだな。昨日、クロード義兄さんが『父親や兄っていうのはな、こういう時はけっこう気負いするものなんだよ』って教えてくれた通りだ……!)
自分だけではないという気づきに、アンドレは胸の緊張がスッと和らぐのを感じた。
しかし、その話を聞いて別の方向へテンションを爆発させた男がいた。ルイである。
ルイは目をキラキラさせ、面白そうにニヤニヤしながらアンドレの肩をバシッと叩いた。
「おっ、おいマジかよ! じゃあ明日、テスト勉強に行ったついでにご両親に『娘さんを僕にください!』って本格的に結婚の挨拶でもかましたりするのか!?」
その瞬間、隣に立っていたマリアが、スッと美しい灰色の瞳を細めた。
まるで彼女が大好きなカメレオンが獲物を捉えるかのような、冷ややかで隙のない――しかしどこか呆れたような、完璧に冷静なツッコミがルイへと繰り出される。
「……そんなわけないでしょう、ルイ。私たちまだ高校生よ? 結婚なんて、さすがにまだその話は早すぎるわよ」
マリアのあまりにも的確で冷徹なツッコミに、ルイは「うっ……そ、そうだよな……」と頭を抱えてたじろいだ。
セシルはそんなやり取りを見て恥ずかしそうに頬を染めつつも、クスッと楽しそうに微笑んでいる。
朝の穏やかな光に包まれた校門の前で、賑やかな仲間たちの笑い声が響き渡り、明日へと向かう期待と緊張が心地よく入り混じる最高の朝のワンシーンであった。




