娘を心配する両親の本音
校門を軽やかに滑り出した赤いプジョー308GTが向かったのは、街の洗練されたパティスリーだった。今週末の土曜日にセシルの家を訪問する際に持っていくお菓子を買いに行くためだ。
どんなお菓子を選ぶべきか――。セシルの家には料理人である兄や、パティシエールの兄の彼女がいるため、食に関しては非常に目が肥えている。それだけに、選ぶ品には確かなセンスが問われるところだった。
車がスムーズに大通りを進む中、助手席のアンドレは、昨夜クロードから受けた「男同士のマナー講座」の話題をイザベルに切り出した。
「そういえばさ、昨日クロード義兄さんと男同士の話をしたんだよ」
運転席でハンドルを握りながら、イザベルが横目で微笑む。
「あら、クロードと? 何か参考になった?」
「うん。義兄さんが言うには、やっぱり父親への挨拶っていうのは簡単じゃないってさ。その経験として、父さんと母さんに結婚の挨拶をしに行った時の話をしてくれたよ」
「あぁ、あの時ね……」とイザベルが懐かしそうに呟く。アンドレは当時まだ小学生だったため、挨拶の間は自分の部屋に行くよう言われたことを鮮明に思い出した。
「義兄さんも、今までにないくらい緊張したって言ってたよ。反対されるか、あるいは厳しい条件を出されるかって覚悟していたらしいんだ。それで、勇気を出して父さんと母さんに結婚の挨拶をしたら、父さんが『ぜひお願いします』って即答したから、すごくびっくりしたってさ」
それを聞いたイザベルも、当時を思い出してくすっと笑う。
「ふふ、私も同じ気持ちだったわよ。『えっ、父さん、そんなにあっさり?』って拍子抜けしちゃったもの」
「しかもその後、少し酒が入った時に父さんが義兄さんにこう言ったらしいんだよ。『イザベルはいつもアンドレの面倒を見ていてね、将来アンドレと結婚するんじゃないかと本気で心配していたんだ』ってさ」
その言葉を聞いた瞬間、イザベルは思わずハンドルを握る手に力が入り、故郷ワロン地方の訛り混じりに声を裏返らせた。
「なっ……! ほんま、父さんたらクロードに何てこと言わせるんよ……! はずかしすぎやろ……!」
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にするイザベルを見て、アンドレは昨日自分がクロードの前で全く同じリアクションをしたことを苦笑しながら思い出した。
「母さんも義兄さんに『イザベルをもらってくれて本当にありがとうございます』って深く感謝していたらしいよ」
「義兄さんによれば、父さんも母さんも、自分たちが忙しくて姉ちゃんがずっと俺の面倒を見ていたことで、姉ちゃんに申し訳ないって負い目を感じていたって義兄さんは言ってたよ」
イザベルは少しトーンを落とし、優しく微笑みながら首を横に振った。
「もう、父さんも母さんもほんま心配性なんやから。私はね、仕事で忙しかった二人に代わって、親孝行のつもりで、まだ小さかったあんたが可愛くて面倒を見てたんやよ。負い目なんてこれっぽっちも感じてへんかったわ」
そしてイザベルはふと助手席のアンドレに視線を向け、柔らかく尋ねた。
「それで、アンドレ。私が結婚するって聞いた時、あんたはどんな気持ちやったん?」
アンドレは少し照れくさそうに、子どもの頃を思い出しながらワロン地方の訛りを交えて答えた。
「そらぁ……当時はまだ小学生やったから複雑なことはよぉわからんかったけどさ、でも姉ちゃんに好きな人ができて、ほんまによかったって安心したで。やっと姉ちゃんも自分の幸せを掴めるんやな思って、すごく嬉しかったんやよ。」
その言葉を聞いたイザベルは、胸が温かくなるのを感じながら、愛おしそうに目を細めて微笑んだ。
少し間を置いて、アンドレは話を続けた。
「それにね、義兄さんはこうも言ってたんだ。父親が娘の結婚相手の男に対して警戒するのは、その男を嫌っているからじゃなくて、色んな心配の裏返しなんだってさ。『こいつに任せて娘は幸せになれるか?』『俺たちがいなくなった後、娘はあいつと幸せに暮らせるのか?』『こんな我が儘な娘をもらって、相手やそのご家族とうまくやっていけるのか?』ってね……僕も含めて、父親の心境ってそういうもんやって言ってたよ」
「ふふ、クロードらしい真面目な解説やね」
「それで俺が冗談で、『じゃあ義兄さんも、将来エマが彼氏を連れてきたら、父さんみたいに厳しい顔をするの?』って聞いたんだ。そしたら義兄さん、『最高に冷たい笑顔で、相手の男を気絶させる自信があるね』って真顔で答えてさ」
イザベルはそれを聞いて、声を立ててからからと笑った。
「ははっ、もう! クロードったら、エマはまだ3歳やのに、そんな何年も先の心配までして親バカやねぇ」
「姉ちゃんなら、そういう時どう対応するの?」とアンドレが面白がって尋ねる。
イザベルはフッと不敵な笑みを浮かべ、ワロン訛りを交えてこう言い放った。
「そうやねぇ……もしクロードがピリピリして怖がらせてたら、妻としてクロードを『落ち着きなさい』ってなだめてあげるわ。で、エマの母親として相手の男をめいいっぱい温かくもてなして安心させてあげるの。……そのあとで、こっそり耳元でこう囁いてあげるんよ。」
イザベルはハンドルから片手を離し、ゾッとするほど美しく、かつ凍てつくような冷徹なスマイルを作ってみせた。
「『もしうちのエマを泣かせるような真似をしたら……このプジョーのトランクに押し込んで、二度と日の目を見られないようにアルデンヌの森の奥深くに置き去りにするから、覚悟しなさいよね♡』って、とびきり優しく、めいいっぱい可愛がってあげる予定やわ。可愛い娘を持つ母親としては、それくらいの覚悟はしとかんとねぇ?」
それを聞いたアンドレは冷や汗をダラダラと流しながら、心の中で盛大にツッコミを入れた。
(……いやいや、それクロード義兄さんより何倍も怖いって……!)
しかし、アンドレ自身も、将来もし姪のエマに将来そんな日が来たら、自分も義兄や姉と同じように血眼になって彼氏を睨みつけるだろう――そんな未来の自分の姿を想像してしまい、苦笑するしかのなかった。
エマの将来気になりますね笑
それにしてもエマちゃんみんなに愛されていますね。
皆さんはどんな気持ちになりますか?




