父親の心理
ネクタイを外し、ジャケットを脱いでリラックスした格好になったクロードは、ソファに腰掛けると、いつもの爽やかな笑みを浮かべてアンドレに向き直った。
「さて、アンドレ君。イザベルからバトンタッチも受けたことだし、ここからは男同士のマナー講座、そして『父親の心理』について話を始めようか」
クロードは紅茶を一口飲んでから、ゆっくりと語り出した。
「君も薄々感じていると思うが……『娘を持つ父親』というのは、そう簡単には一筋縄ではいかない生き物なんだ。そう心構えしておいた方がいい。……ということで、参考までに僕自身の体験談を話そうか」
「僕がイザベルと結婚の挨拶をするために、ベルギーにある彼女の実家へ行った時のことだ。当時、君はまだ小学生だったね。初めて会った後、ご両親から『大人の話だから、アンドレは部屋にいてね』って言われて君は退室させられたから、あの時僕たちがどんな話をしていたのか、君は知らないはずだ」
「当時の僕はそりゃあもう極度の緊張で、頭が真っ白になりながら君のご両親の前に立ったよ。『娘さんと結婚をさせてください!!』とね。挨拶を終えてしばらく沈黙があった後、お義父さんが『クロードさん、顔を上げてくれたまえ』と言ってくれてね……恐る恐る顔を上げたら、満面の笑みで『ぜひお願いします!』と、すごく温かく迎えてくれたんだ」
「えっ……!? 父さんがそんなにすんなり認めてくれたの!?」と、アンドレは驚いて声を上げた。
クロードは苦笑いしながら頷いた。
「そうなんだよ。僕も当時は『きっと厳しく反対されるか、とんでもない無理難題な条件を突きつけられるんだろう』と覚悟していたから、本当にびっくりしたよ。その後お酒が入りながら色々お義父さんやお義母さんと話したんだ」
「お義母さんは『うちのイザベルをもらってくれて本当にありがとうございます』って優しく言ってくれて、お義父さんはこう言っていたよ。
――『うちのイザベルは、弟のアンドレの面倒ばかり見ていてね。将来、この子はアンドレと結婚してしまうんじゃないかと、本気で心配していたんだよ』ってね」
その言葉を聞いた瞬間、アンドレは「はぁっ……!? 父さん、何アホなこと言ってんだよ!」と、恥ずかしさのあまり真っ赤になって頭を抱えた。
クロードは楽しそうに笑いながら続ける。
「お義父さんもお義母さんも、こう言っていたよ。君が生まれた頃は仕事がものすごく忙しくて、君の毎日の学校の送りとお迎えや面倒は、ほとんどイザベルが見てくれていたってね。だから二人は、『イザベルは自分の青春を弟の面倒に捧げてしまったけれど、これから先、本当に素敵な人に出会って幸せになれるのだろうか……』って、ずっと本気で心配していたらしいんだ」
その話を聞いて、アンドレは幼い頃の記憶をふと思い出した。
(そういえばあの時、姉ちゃんから『アンドレ、姉ちゃん結婚するからね』って告げられたっけ……。あの時は子供だったからよく分からなかったけど、心のどこかで『姉ちゃんに好きな人ができて本当に良かったなぁ』って、心からほっとしたっけな……)
その後、小学校を卒業したアンドレは、リヨンのコレージュに3年間通い、イザベルやクロード、そして生まれたばかりのエマと一緒に暮らすことになるのだが、当時の温かい記憶が鮮やかによみがえってきた。
クロードは真剣な眼差しに戻り、アンドレに語りかけた。
「以上が、僕が身をもって体験してきた『娘を持つ父親の心理』だ。最初に話した通り、父親というのは娘の人間関係、特に『男の匂い』にはどうしても敏感で、過剰に排他的になってしまう生き物なんだよ」
「だが、勘違いしないでほしい。それは決して君という人間を嫌っているからではない。『この男に大切な娘を任せて本当に大丈夫だろうか』『この先、娘は幸せになれるのだろうか?』『僕たち親がいなくなった後、娘は一人で……いや、この男とやっていけるのか?』『こんな我が儘かもしれない娘をもらって、相手のご家族は本当に大丈夫なのか?』――そういう、言葉にできない無数の心配や葛藤が入り混じっているからこそ、どうしても頑なになってしまうんだよ……まあ、僕も含めてね」と、クロードはどこか自嘲気味に、しかし父親としての深い愛情を込めて笑った。
その言葉を聞いたアンドレは、ふっと緊張が解け、クスッと笑いながら質問した。
「ふふっ……義兄さんも、将来エマに彼氏ができたら、うちの父さんみたいに心配性でピリピリしちゃうんですか?」
それを聞いたクロードは、少し目を丸くしたあと、苦笑いを浮かべてこう答えた。
「そうだね……想像しただけでも今から胃に穴が開きそうだよ。もしエマが大きくなって、見知らぬ男を家に連れてきた日には、絶対に猟銃……じゃなかった、最高に冷たい笑顔でその男をイスに座らせて、無言のプレッシャーで気絶させてやる自信があるね。……父親ってそういう生き物なんだよ、アンドレ君」
クロードのユーモア交じりの本音を聞き、アンドレは心底納得するとともに、父親や義兄が持つ娘への不器用な愛情を深く理解するのであった。




