教官のバトンタッチ
窓の外から、聞き覚えのある車のエンジン音が響いてきた。プジョー308GTとはまた違う、静かで上品なセダンの停まる音がガレージの方から聞こえる。
それを聞いたイザベルは、パッと顔を輝かせて微笑んだ。
「あっ、車の音が聞こえたわ。クロードが仕事から帰ってきたのね! さあ、みんなでお迎えに行くわよ、アンドレ!」
「うん、分かった!」とアンドレもすぐに立ち上がり、義兄を迎える準備をする。
イザベルはリビングを出て、部屋のドアを軽くノックした。
「エマ、お部屋にいる? パパがお仕事から帰ってきたから、みんなでお迎えに行こうね」
中から「はーい!」と元気な返事が聞こえ、すぐにトコトコと可愛い足音を立てながら、3歳のエマが嬉しそうな顔をして部屋から飛び出してきた。
玄関のドアが静かに開き、鍵が回る音がした。
ドアが開き、そこに立っていたのはスーツをスマートに着こなした夫のクロードだった。仕事帰りの疲れを見せつつも、妻や娘の顔を見ると優しい笑みを浮かべる――その瞬間、クロードの視界に飛び込んできたのは、妻のイザベル、愛娘のエマ、そして緊張の面持ちをした義弟のアンドレの3人が綺麗に並んでお出迎えする姿だった。
「ただいま、皆さん」とクロードが穏やかな声で言うと、エマが「パパ、おかえりなさい!」と真っ先に駆け寄り、クロードは嬉しそうにしゃがみ込んで娘を優しく抱きしめた。
その微笑ましい光景を見たイザベルは、ふふっと笑みをこぼすと、クロードにアイコンタクトを送り、バトンタッチの合図を出した。そして、夫と弟に向かってこう告げた。
「クロード、お疲れ様。実は今週末の土曜日に向けて、この子に徹底的なマナー特訓をしているところなのよ。玄関の作法や面接は一通りクリアしたんだけど……ここからは、男性目線でのリアルなアドバイスをあなたからバトンタッチして教えてあげてほしいの」
そう言うと、イザベルはエマの手をそっと取り、優しく声をかけた。
「さあ、エマ。パパはお仕事でお疲れだから、私たちはエマのお部屋に戻りましょうか。エマの得意な動物図鑑を見せて、動物さんたちの鳴き声や勉強の成果をママに聞かせてくれる?」
「うん! 動物さんたちのお勉強、いっぱい聞いてね、ママ!」とエマは嬉しそうに母親の手を握り、二人で楽しそうに子供部屋へと歩いていく。
イザベルがその場を離れたことで、リビングにはクロードとアンドレの男二人きりが残された。
ここからはいよいよ、義兄クロードによる「男の目線からの実践的なアドバイスと心理戦の極意」の指導が始まるのであった。




