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リヨンの高校生たちの群像劇  作者: Red Baron
イザベルお姉さんのマナー講座(前編)
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テーブルマナーの歴史

リビングのテーブルをレストランの席に見立て、いよいよテーブルマナーの特訓が始まった。


「まずは基本の『持ち方』からや。見てきなさい」

イザベルは手本を見せながら、厳しくも情熱的な指導を飛ばす。アンドレは言われた通りに実践しながら、一つひとつの動きを言葉にした。


「ナイフとフォークの持ち方は……人差し指を柄の背にまっすぐ伸ばして、柄を手のひらのなかにしっかりと隠すように軽く握るんだよな。よし……」

アンドレはフォークを左手に、ナイフを右手に持ち、緊張した面持ちでテーブルの上の皿を見つめる。


「そうや! 次は『切り方』と『置き方』や。食べる時はお皿の向こう側に肉や魚を置いて、左手のフォークで軽く押さえ、右手のエッジで手前に向かって優しく引き切るように肉を一口サイズにカットする。そして、口に運ぶ時は――」

「フォークを右手に持ち替えて、口へ運ぶ……っと」


「完璧や。じゃあ次は、途中で飲み物を飲んだり、少し会話をしたりする時の『休止のサイン』はどうする?」

「えっと、ナイフとフォークの刃を内側に向けて、お皿の上で『ハの字』の形に置くんだよね……こう、だな」

アンドレはカトラリーを綺麗に皿の上に置き、イザベルの顔色を伺った。


「その調子や! じゃあ、食事がすべて終わった時の『終了のサイン』は?」

「お皿の右側に、ナイフとフォークを並べて置く。柄を下にして、時計の4時か5時の方向に向ける……これで合ってるはずだ」

「よし、合格や! 最後に、途中で席を立つ時の『立ち上がる時の姿勢』は、椅子を引く時にガチャガチャ音を立てず、背筋をスッと伸ばしたまま優しく立ち上がる……ふぅ、基本の動作はだいぶ板についてきたやないか」


一通りの動きを終えて息をついたアンドレだったが、ふと手元のカトラリーを見つめながら、ずっと気になっていた疑問を口にした。


「なあ、姉ちゃん……一つ聞いていいか? 何でフォークは左手で、ナイフは右手で持たないといけないんだ? 利き手である右の方が、フォークで刺したりすくったりする方が断然やりやすいと思うんだけどさ」


その質問を聞いた瞬間、イザベルはふっと不敵な笑みを浮かべた。


「ふふっ……よくぞ聞いてくれたわ、アンドレ。さすが我が弟、いい着眼点やね。実はそれ、誰もが一度は疑問に思うことやし、私もマナーを徹底的に調べた時にすごく気になって自分で調べまくったところやねん」


イザベルは紅茶を一口飲んでから、得意げに理由を語り始めた。


「理由はいくつかあるんやけど、一番の歴史的な背景は『ヨーロッパの歴史と騎士道』に関係しているんや。昔のヨーロッパでは、食事の席というのはいつどこで争いが起きるか分からない危険な場所やった。もし晩餐の途中で敵が襲ってきた時、右利きが大多数の人間は、とっさに利き手である右手で武器――つまり『剣』を抜けるように備えておかなあかんかったんや。だから、食器の中でも殺傷能力の高い『ナイフ』をあえて利き手ではない左手ではなく、常に『右手』で持たなければならんというルールが生まれたんやで。そして、左手には補助的な役割として『フォーク』を持つようになったというわけや」


「へえ……! そんな昔の物騒な名残が、今のテーブルマナーのルールになってるのか……」と、アンドレは妙に納得した。


「それだけやない。『ナイフの刃の向き』にも意味があるんやよ」とイザベルは続ける。「食事の席で、ナイフの刃を他所の人や隣の人に向けて置くのは、相手に対して『私はあなたに敵意を持っています』という宣戦布告になってしまう。だからこそ、ナイフの刃は常に自分の側、つまり内側に向けて置くのが絶対のルールなんや。道具の扱い一つに、相手への敬意と平和のメッセージが込められているんやで」


その解説を聞いたアンドレは、「なるほどなぁ……」と呟きながら、ふと実際に試してみたくなった。

「じゃあ、もしこれを逆にしたらどうなるんだろ……?」

試しに、利き手である右手にフォークを持ち、不慣れな左手でナイフを持ってステーキ肉を切ろうとしてみた。


「うわっ……!」

ガタガタと皿の上でナイフが滑り、肉の繊維を押しつぶすだけで、ちっともうまく切れない。切り口はボロボロになり、お世辞にも綺麗とは言えない状態になってしまった。


「うわ、全然きれいに切れないや……。利き手じゃない左手でナイフをコントロールするのって、こんなに難しいんだな」

アンドレが苦笑いすると、イザベルは満足そうにうなずいた。


「そうやろ? 不慣れな左手でナイフを美しく使いこなし、肉をスマートにカットする――それ自体が、長年培われた『訓練の成果』であり、食事を共にする相手へのスマートな気配りになるんや。どうや、身をもって実感できたか?」


「うん、すごくよく分かったよ」と頷きながら、アンドレの脳裏には、昨日の夜に男子寮の舎監であるルフェーヴル先生で言われた言葉が鮮やかによみがえっていた。


――『いいかランベール、マナーとはな、ただの堅苦しい形ではない。一番大切なのは、目の前の相手を敬い、心地よく過ごしてもらうための心遣いなのだよ』


形を覚えることだけに必死になっていたが、そのルールに込められた歴史や相手への配慮を知ったことで、マナーというものの本当の意味が、アンドレの胸に深く染み入るのであった。

ナイフとフォークの持ち方が固定されていることに誰もが疑問に思ったことだと思います。

私もこんな理由があったことを知り、確かに利き手ではない手で細かく切ることは難しいものだと作者も痛感しました。

皆さんはどう思いますか?

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