イザベルのロールプレイング面接
リビングの中央に置かれた椅子にアンドレが背筋を伸ばして座ると、イザベルは一度深く息を吸い込み、冷徹な「教官モード」から一転して最初の役へと切り替えた。
1. お父様役(一家の大黒柱・一番の難関)
イザベルは腕を組み、鋭い視線をアンドレに向けた。低く威厳のある声でお父様を演じる。
「……ほう、アンドレ君と言ったね。娘のセシルがお世話になっているようだが。君は勉強を教えてもらっている代わりに理数科目を教えていると言ったね。だがね、それだけで娘の時間を貰い受ける十分な理由になるとは思えんのだがね。君自身の人間性や、我が家に対する誠意を、私はまだ見極められていない。……君にとって、セシルとは一体どういう存在なのだね?」
アンドレは冷や汗をかきながらも、「セシルさんはいつも優しくて頼りになる大切な存在です……っ!」と必死に誠意を絞り出す。
2. お母様役(家の中を見守る母)
続いてイザベルは優しげでありながらも品のある微笑みを浮かべ、お母様に変身した。
「まあ、アンドレ君、そんなに緊張しなくていいのよ。いつもセシルから仲良くしてもらっているって聞いてるわ。それでね、今日は遠いところまで来てくれたのにお腹は空いていないかしら? さっき焼いたばかりのパウンドケーキがあるんだけど、召し上がる?」
アンドレは教わった通り、「ありがとうございます! ぜひいただきます。とても美味しそうな香りがします……!」と心からの感謝を伝える。
3. お兄様役(妹を愛するプロのコック)
イザベルは少しラフな立ち方に変わり、厳しい職人のような眼差しでお兄様を演じた。
「……アンドレと言ったな。さっき理数科目が得意だって言ったな。だったら聞くが、料理っていうのは数学的な比率や科学的な火加減の連続なんだよ。君がセシルに勉強を教えてるっていうなら、料理における『科学』についてどれだけ分かってるんだ? ちょっと説明してみろよ」
アンドレはタジタジになりながらも、「えっと……食材の旨味を引き出す塩梅や、火を通すタイミングの計算は、理科の実験と一緒で大切だと……!」と懸命に食の知識で食らいつく。
4. お兄様の彼女さん役(日本から来たパティシエール志望)
最後にイザベルは慣れない片言のフランス語を少し意識し、上品で明るいお兄様の彼女を演じた。
「こんにちは、アンドレくん! 日本から来ました。セシルちゃんからいつも君のこと聞いてるよ。フランスのスイーツも美味しいけど、もしよかったら私の故郷の日本の抹茶を使ったお菓子を食べたことある? どう思う?」
アンドレは緊張しながらも、「はい! 抹茶の苦みと甘みのバランスが絶妙で、とても奥深い味わいで素晴らしいと思います……!」と、教えられた通りに具体的な感想と日本への敬意を伝える。
すべてのロールプレイングが終了すると、イザベルはゆっくりと拍手をしながらいつもの姉の顔に戻った。
「そこまで。お疲れ様、よく頑張ったわ」
イザベルは優しい笑みを浮かべ、アンドレに向かって的確なアドバイスを始めた。
「良かったところは、お母様に対して心から感謝を伝えられたことや、お兄様の彼女さんに対して日本の文化と味にしっかり敬意を払えたことやね。あれはすごく好印象やったよ。
逆に改善点は、お父様の鋭い質問をされた時に、少し言葉が詰まって視線が泳いでしまったことや。一番の難関であるお父様の前では、どんなにプレッシャーがかかっても、相手の目をまっすぐ見て堂々と胸を張るんや。それとお兄様の料理の質問に対しては、もう少し具体的に『食へのリスペクト』を言葉にできれば完璧やったね。
でも、今のやり取りで十分合格点に近い手応えは感じたわ。この調子で本番もいけば大丈夫や!」
姉の温かい言葉に、アンドレは大きな達成感と自信を深めるのであった。




