家族それぞれの対策
プジョー308GTがスムーズに街路を駆け抜ける中、前方を見据えたまま、イザベルが唐突に尋ねた。
「なあ、アンドレ。土曜日の対策のために、セシルちゃんの家族構成についてちゃんと聞いてるか?」
アンドレはマニキュアが乾くのを待つように少し姿勢を正し、知っている情報を整理して答えた。
「うん、聞いてるよ。お父さんとお母さんと、あとお兄さんがいるんだ。セシルは小さい頃からお兄さんと仲が良くて、よく一緒に遊んでたらしい。今はプロのコックをやっていて、セシルいわく家の料理もたまに作ってるんだって。それと、お兄さんの彼女さんも一緒に住んでるみたい。パティシエール志望の大学生で、確か日本から来ている子なんだってさ」
「日本から……?」
それを聞いた瞬間、イザベルは思わず(――ん? それって、なんだかナナミみたいな人やね……)と、最近友人になったナナミの面影を頭の片隅に思い浮かべたが、今は弟の特訓が最優先である。彼女はすぐに頭を切り替え、前方に視線を戻した。
「よし、今の情報をもとに、家族それぞれの接し方と対策を授ける。しっかり耳の穴かっぽじって聞きなさい」
イザベルは指を折りながら、厳かなトーンで解説を始めた。
「まずはお父様、一家の大黒柱であり、大事な娘を持つ父親や。ここが一番の難関やからな。とにかく礼儀正しく、誠実に接すること。隙を見せたら一巻の終わりやと思うんやな。次にお母様、家の中をしっかりと見守っている方や。お茶やお菓子を出された時は、形式的なお礼じゃなくて、心からの感謝を込めて美味しくいただくこと。それが最大の好印象を与えるコツや、次にお兄様、妹であるセシルちゃんを大事に大切に育ててきた人やからな。お父様に次ぐ難関や。せっけど、コックをしているお兄様や。あんたの『食』に対する誠実な気持ちや知識を見せつければ、お父様とあんたの間の最強のクッションになってくれるはずや。料理の話題は必ず武器になるで、お兄様の彼女さんについては、パティシエール志望ということは、彼女が手作りのお菓子を振る舞ってくれる可能性が高い。その時は必ず感想を言うことや。ただし、『美味しいです』だけの小学生みたいな感想は論外! 『甘さのバランスが絶妙で、生地の焼き加減が素晴らしいですね』と具体的に褒めるんや。逆に『ちょっと甘すぎますね』とか無神経なダメ出しをするなんてもってのほかやからね。それと、彼女の母国である日本に対しても、常に敬意を持つ姿勢を忘れたらあかんよ」
アンドレは教本に目を落としつつ、姉の的確すぎる分析とアドバイスを必死に頭へと叩き込んだ。
そんなアンドレの様子を横目で確認しながら、イザベルはふっと口元を緩め、満足そうに言った。
「ふふ、今の情報だけでも、これからの指導がめちゃくちゃ楽しみになってきたわ。いいか、準備を制する者が勝負を制するんやからね」
そうこう話しているうちに、プジョー308GTは滑らかに減速し、イザベルの自宅の駐車場へと到着するのであった。




