寛大な処置
17時20分。イザベルは車を駐車場に停め、弟のいるルイ・ル=グラン高等学校リヨン分校の学生寮へと足を踏み入れた。面談の約束時間である17時半の10分前だった。
玄関を抜け、受付のカウンターに歩み寄ると、イザベルは落ち着いたトーンではっきりと告げた。
「こんにちは。アンドレ・ランベールの姉の、イザベル・モローです。本日の17時半に、寮の先生方との面談の件でお伺いしました」
受付係の職員が対応している間、イザベルはふと周囲を見渡し、思わず目を丸くした。
そこに広がっていた光景は、彼女が想像していた厳格な修道院のようなイメージとは全く違っていたのだ。ロビーや通路には、男子の寮生だけでなく、女子の寮生の姿もある。それぞれがそれぞれの方向に歩き、出入りをしていた(もっとも、男女がグループで楽しげに談笑しているわけではなく、あくまでそれぞれの用事でが行き交っているようだったが)。
――男子と女子が、同じ建物の中に普通に出入りしている……?
夫のクロードが言っていた言葉が、イザベルの脳裏によみがえる。
「男子寮と女子寮が完全に別々の建物というわけじゃない。同じ一つの大きな建物の中で、フロアや区画ごとにエリアが分かれているんだ」
それなら、アンドレが言っていた「異性を学生寮の中に入れたら即退学」という規則は、果たしてどういうことなのだろうか? 居住エリアや個室への立ち入りが厳禁という意味だったのか、それともアンドレの勘違いや誇張だったのか。
(このあとの面談で、先生に直接確かめなければならないわね……)
イザベルは心の中でそうつぶやきながら、指定された面談場所へと案内されるのを待った。
案内された面談室に入ると、そこには初老の男性と、筋骨隆々とした体格の男性の二人が待っていた。どうやら今回面談を担当する先生方のようだ。イザベルは背筋を伸ばし、丁寧に挨拶をした。
「初めまして、イザベル・モローです」
初老の男性が穏やかな笑みを浮かべて名乗った。
「これはご丁寧に。私はこの寮の寮長をしております、モルヴァンです」
(あぁ、日曜日にアンドレと面談をしてくださった寮長先生ね)と、イザベルは心の中で合点がいった。
続いて、もう一人の筋骨隆々な男性が低く落ち着いた声で続く。
「私は男子寮で舎監を務めております、ルフェーヴルです」
二人とも、態度は威圧的ではなく非常に丁寧な口調だった。
席に座ったイザベルは、まずは弟が日頃お世話になっていることへの感謝を述べてから、深々と頭を下げた。
「その……先日は、弟の件で大変ご迷惑とご心配をおかけしました。土曜日の夜、暗い道を未成年者が一人で歩くのは危険だと思い、私の家に泊まるよう言ったのですが……今思えば、学校側の都合や規則を考えず、いきなり私の判断だけで『泊まりなさい』と言ってしまったのは軽率だったと反省しております。本当に申し訳ありませんでした」
イザベルが頭を下げると、モルヴァン寮長が優しく声をかけた。
「顔を上げてください、モローさん」
続いて、ルフェーヴル先生が腕を組みながら、真摯な表情で言った。
「そのお気持ちは、保護者として極めて真っ当なご判断です。我々としても、未成年の生徒を夜遅くに見知らぬ夜道に出歩かせるのは危険なことだと認識しておりますから」
イザベルは少し表情を和らげ、続けて切り出した。
「アンドレから連絡を受けてはいたのですが……日曜日にお話しして、今回は規則違反にはならなかったと聞きまして。差し支えなければ、もう一度詳しくお話を伺えますか?」
その問いに、日曜日も面談を行ったモルヴァン先生が、穏やかにうなずきながら説明を始めた。
「なぜランベール君が無断外泊にならなかったのか、その理由ですね。本来の規則では、外泊をする際は事前に正式な届け出を出していなければなりません。ですから、今回のランベール君の件も、形式だけを見れば無断外泊に該当します」
モルヴァン先生は一区切り置くと、さらに言葉を続けた。
「しかし、あなた様から学校へご連絡があったこと。そして、当時の時間では門限である19時に間に合う交通手段がなかったこと。夜道を未成年者が歩かせるのは危険であると判断し、ご家族として保護されたこと。何より、あなた様が実のお姉様であることが、後にお母様からの連絡でしっかりと確認が取れたこと――。これらはすべて、規則における『やむを得ない事情』に該当します。これらを総合的に考慮し、我々は『規則を無視した悪質な無断外泊』ではなく、『生徒の安全を最優先に考慮した上での緊急の外泊』であると判断したのです」
それを聞いたイザベルは、胸のつかえがスッと降りるのを感じた。学校側がただ頭ごなしに規則を振りかざすのではなく、状況を汲み取って柔軟に対応してくれたことに深く安堵し、頭を下げた。
「……そこまで考えてご判断いただき、本当にありがとうございます。適切なご対応に、心より感謝いたします」




