利き手判定講座
男子生徒たちに一喝した後、マリアは思い出したように友人たちに駆け寄った。
「ねえ、アンドレの件ですっかり忘れてたけどさ……先週の金曜日の体育で話した『ロシュフォール』の件、週末に調べてみたんだよね」
黒髪のボブヘアーを軽く揺らしながらマリアがそう切り出すと、お調子者のルイが「お、マリア探偵の調査報告か!」と身を乗り出す。プラチナブロンドのポニーテールを揺らすセシルも、興味深そうにマリアの顔を見た。
マリアは手元のノートを軽く叩きながら、少し拍子抜けしたような、しかし納得したようなトーンで続ける。
「うん。でもね、ネットや新聞のアーカイブで調べても、体力測定でセコンデ1位をとったっていうベアトリス・ロシュフォールに関する情報は全然出てこなかった。当たり前か、ただの生徒だしね。ただ、その代わりと言っちゃなんだけど……教育省関連の行政文書や官報の類いで、同じ『ロシュフォール』という名前の役人を見つけたの。私が聞き覚えがあったのは、どうやらこっちの方みたい」
土曜日の件が解決して心底ホッとしているアンドレは、穏やかな笑顔でマリアを見る。「そっか、わざわざ調べてくれたんだ、ありがとう。教育省の役人か……。じゃあ、学校にいるベアトリスとは、名字がたまたま同じだけなのかもな」と、目の前の平穏な日常を噛みしめるように落ち着いた反応を見せる。
セシルは少し小首をかしげ、青い瞳をパチパチと瞬かせる。「教育省の役人……? それって、お堅いお仕事の人よね。学校のロシュフォールさんと何か関係があるのかな、それとも全くの別人?」と、偶然の一致なのか気にかかる様子でマリアのノートをのぞき込もうとする。
ルイは机に両手をつき、ニヤリと軽快に笑ってみせる。「なんだ、大泥棒とか秘密組織のボスじゃなくてお役人様かぁ! ちょっとサスペンスっぽく期待しちゃったじゃないの。でもマリア、相変わらず調べ物が早いよな〜。もしかして将来は国家機密を暴くスパイでも目指してるのか?」とお調子者らしく場を和ませる。
マリアはそんなルイにあきれたような目を向けつつ、「まさか、ただの好奇心よ」と冷静に返し、学校にいるベアトリスと役人のロシュフォールに血縁関係があるのかどうかまでは分からないまま、4人は他愛のない朝の雑談へと戻っていくのだった。
マリアの調査の話題が一区切りつくと、ルイはふと思い出したように琥珀色の髪を揺らしながら、クラスメートたちに向き直った。
「そういえばさっきの話ですけど、1位の『ベアトリス・ロシュフォール』って、結局どっちだったんだろうな」
突然の振りに、アンドレとセシルは顔を見合わせる。
「どっちって、何がだ?」と、アンドレが灰色がかったヘーゼルの瞳をパチパチさせれば、セシルも青い瞳を向けて首をかしげた。
「ほら、先週の彼女の体力測定の結果についてマリアが言ってただろ? 右が女子平均並みで、左が男子と同じかそれ以上あるってさ」
ルイの言葉に、アンドレとセシルも「ああ、思い出した!」と納得の声を上げる。先週の体育の授業のあと、あの時は彼女が左利きか、あるいは両利き(アンビデクストラス)なのだろうと推測して話が終わっていたのだった。マリア自身は「体育のデュポワ先生に今度聞いてみる」と言ったまま週末を迎えていたが、まだ直接確認はできていない。
「で、結局のところベアトリスはどっちだと思う?」とルイが首をかしげると、カメレオン好きで冷静なマリアは、灰色のボブヘアーを揺らしながら淡々と答えた。
「まだデュポワ先生に聞いていないから確証はないわ。けれど、この前見た握力やハンドボール投げの数値を冷静に分析するなら、彼女は『左利き』の可能性が高いと思う。右が女子平均並みで、左が男子と同等かそれ以上の数値を出していたわけだしね。もし両利きなら、普段から両方を同じように鍛えていないかぎり、片方だけがそこまで突出して男子並みの数値になるのは不自然よ」
マリアの説得力のある推理に、アンドレが腕を組みながらふと疑問を口にする。
「言われてみれば……そもそも、相手の利き手って普段どうやって判断するんだ? よく考えたら、他人の利き手をじっくり観察したことなんてないかもな」
セシルもそれにすぐ同感する。「確かに! 鉛筆を持つ手やハサミを使う手なんて、授業のたびに毎回じっくり見てるわけじゃないし、いざ言われると見分けるのって難しいわよね」
ルイも「だよな! 利き手をごまかそうと思えば、普段から両方使って煙に巻くこともできそうだしさ」と相槌を打つ。
三人の疑問に、マリアは「ふふっ」と小さく笑うと、黒髪のボブヘアーを整えながら、得意げに解説を始めた。
「ふふ、甘いわね。人間の利き手というのは、無意識の動作にこそ出るものよ。それに、両利き(アンビデクストラス)でもない限り、完全に利き手をごまかし続けるのはまず困難だわ」
そう言ってマリアは、利き手を判定するための基準を五つの段階に分けて説明し始めた。
S(確実)
内容: ペンを持って文字を書く、またはスプーンを持って食事をする動作。幼少期からの刷り込みが最も強く、意識しても正確にごまかすことがほぼ不可能な決定打。
実演と反応: アンドレたちが思わず目の前のペンを手に持って書いてみる。「これは誰がどう見ても利き手だな」と3人も納得する。
A(間違いない)
内容: ボールを投げる、またはハサミやカッターで紙を切る動作。瞬発的な力の発揮や、利き目の方向と連動しやすいため、ほぼ偽りようがない。
実演と反応: ルイがその場でエア・ボール投げのポーズをとる。「あ、これ自然と右が前に出るわ」と納得顔。
B(可能性はある)
内容: ドアノブを回す、鍵を開ける、あるいはコップを持って水を飲む動作。日常生活の癖が混ざるため、利き手とは逆の手で行うことも比較的多い領域。
実演と反応: セシルが机の上のマグカップを持ち上げてみる。「こっちは言われてみれば、たまに左手で取ることもあるかも」と首をかしげる。
C(根拠としては弱いので参考程度)
内容: ほうきで掃くときの上の手・下手の位置や、腕組みをしたときに上に来る腕の左右。運動神経の癖はあるが、利き手と直接直結しないケースも多い。
実演と反応: アンドレが腕組みをしてみる。「お、右が上に来たけど、これだとどっちが利き手かまでは分からないな」と苦笑い。
D(あまり意味がない)
内容: 足を組んだときの上にくる足や、どちらの肩からバッグをかけるかといった、ファッションや体のバランス感覚、偶発的な習慣に基づくもの。
実演と反応: ルイが足を組み替えてみて、「これはもう完全にその時の気分次第だわ」と笑う。
五つの段階の例を聞きながら、その場で実際に真似をしてみた4人。上の段階(SやA)に進むほど真っ先に自分の右手が反射的に出てしまうのに対し、下の段階(CやD)に進むほど「あ、こっちは左も使うことがあるな」と、自分の体の無意識の癖に気づいていく。
「なるほどねぇ、奥が深いな……」とルイが感心し、セシルも「なんだか心理テストみたいで面白い!」と目を輝かせる。
新しい豆知識を得てワイワイと盛り上がっているうちに、チャイムが鳴り響き、朝の授業が始まったのだった。
マリアが抱いている疑問を解決させなくて急遽内容を差し替えました。
他に人間の利き手を見分ける方法があれば教えてもらえると助かります。




