実家へ電話
イザベルとの通話を終えたアンドレは、スマートフォンの画面をぼんやりと見つめた。
姉から送られてきた「父さんと母さんにも写真を送った」というメッセージを思い出し、胸の中に懐かしさが込み上げてくる。ベルギーを離れ、リヨンのリセに入学してからというもの、目まぐるしい毎日に追われて実家とゆっくり話す機会も減っていた。
(……たまには、父さんと母さんの顔を見とくか)
アンドレは通話アプリを立ち上げ、ベルギーの実家へ向けてテレビ電話を発信した。
数回の呼び出し音の後、画面がパッと切り替わり、実家のリビングの風景と共に見慣れた両親の顔が映し出された。家族が揃った瞬間、自然と全員の口から温かなワロン訛りが溢れ出す。
「おっ、アンドレやないか! 元気にしとったか?」
画面に大写しになった父親は、嬉しそうに目尻を下げたのも束の間、すぐに唇をへの字に曲げて悔しそうに唸り声を上げた。まさにアンドレの予想通りの反応だった。
「……っちゅうか、アンドレ! イザベルから送られてきた写真、わしもさっき見せてもろうたんやけどな! あんな可愛いエマの笑顔を独り占めして、ぬいぐるみで仲良う遊びおってからに……! わしはな、あの子の親であるクロード君とイザベル以外で、エマが一番最初になついて満面の笑顔を見せてくれる相手は、祖父ちゃんであるこのわしやと信じて疑わんかったんや! なんで先にお前に越されなあかんのや! わしゃショックで飯も喉を通らんわ!」
本気で孫娘へのジェラシーを燃やす父親の横から、母親が呆れ果てた顔で肘鉄を食らわせた。
「あんた、ええ加減にしなさい! 15歳の息子相手に大人気ない嫉妬して、みっともないわ。孫バカもそこまで行くと病気やで」
夫を一喝して画面の正面に座り直した母親は、慈愛に満ちた目でアンドレを見つめた。
「アンドレ、元気そうな顔が見られて安心したわ。昨日のことはイザベルから全部聞いたよ。リセの先生からも今朝ベルギーに確認の電話がかかってきてな、私からもしっかり事情を説明しておいたからね」
「うん、ありがとう母さん。実は今日の午後に、寮長の先生がわざわざ休みやのにロビーで待っててくれてな。事情をぜんぶ正直に話したら、『生徒の安全を考えたらお姉さんの判断は保護者として至極当然や』って言うてくれて、お説教も処分も一切なしで済んだんよ」
「そうか、そうか……! ほんまに話のわかる立派な先生で良かったなぁ」
母親は胸を撫で下ろし、父親も腕を組んで「うむ、筋が通った先生でお父さんも安心したわ」と頷いた。
すると母親は、手元の端末でイザベルから送られてきた写真をもう一度眺め、柔らかく微笑んだ。
「それにしてもアンドレ……この写真のエマちゃんとの顔や、三人で並んでる顔を見たらよう分かるわ。あんた、リヨンでちゃんと前を向いて、ええ顔して毎日を過ごしとるね」
父親も深く頷き、ふっと真面目な父親の顔になって切り出した。
「せやな。……それとな、アンドレ。お前が入学の時に『リセの寮に入りたい』って言い出した本当の理由、わしらには最初からぜんぶバレとったんやで」
「えっ……バレてたん?」
アンドレが目を丸くすると、母親が優しく微笑みながら言葉を継いだ。
「当たり前やないの。あんた、コレージュの3年間ずっとイザベルの家でお世話になってただろ? ちょうどエマちゃんが産まれて、イザベルも子育てでてんてこ舞いになっとるのを見て……『これ以上、自分が姉ちゃんの家に居座ったら負担をかけてしまう』『姉ちゃんには自分の新しい家庭を一番に優先してほしい』って、そう思って寮生活を選んだんやろ?」
図星を突かれたアンドレは、照れくさそうに頭を掻いた。
「……あはは、やっぱり父さんと母さんには敵わんわ。まあ、せやな……姉ちゃん、エマの育児と仕事で本当に大変そうやったし。俺ももう高校生なんやから、いつまでも甘えてちゃアカンと思ったんよ」
息子の真っ直ぐな言葉に、父親は頼もしそうに目を細め、力強く頷いた。
「それでええんや、アンドレ。お前が姉ちゃんに遠慮した部分もあったやろうけどな、自分の力で立とうとして動いたその決断は、男として絶対に正しい。イザベルにはイザベルの家庭があるし、クロード君とエマを一番に大事にせなアカン。そこはお前と同じ気持ちや。……せやけどな、お前が一人で抱え込んで無理しそうになった時は、いつでもわしら実家やイザベルやクロード君を頼るんやで」
「分かってるよ、父さん。……あ、でもエマと遊ぶのは俺の方が先やったけどな!」
「なっ、この生意気な小僧が〜〜!!」
画面越しに悔しがる父親と、それを笑って窘める母親。
遠く離れたベルギーの実家から届く温かな愛情に包まれながら、アンドレの心はぽかぽかと満たされていくのだった。
次回からは新章に移ります。
アンドレと両親とのやり取りはいかがでしたか?




