規則を守ることとそれ以上に大切なこと
アンドレは鞄の底から紺色の表紙の冊子――『ルイ・ル=グラン高等学校リヨン分校・学生寮生活規則(Règlement Intérieur de l'Internat)』を取り出し、机の上に置いた。
モルヴァン先生は老眼鏡の奥の目を細め、静かにページを繰るよう促した。
「まずは第5条を開いてくれますか」
Article 5 - Horaires et couvre-feu
1. L’internat est en principe ouvert du lundi matin au vendredi soir, et fermé durant les week-ends ainsi que les vacances scolaires, sauf activités pédagogiques particulières.
2. Les internes sont tenus de regagner l’établissement avant l’horaire limite fixé. L’heure du couvre-feu est fixée, en principe, à 19 heures.
(第5条 生活時間および門限
1. 寮は原則として月曜朝から金曜夕方まで開いており、週末および長期休業中は閉寮する。ただし特別な教育活動がある場合はこの限りでない。
2. 寮生は、定められた門限時刻までに寮へ戻らなければならない。門限時刻は原則として19時とする。)
先生は第1項には触れず、第2項を指先でトントンと叩いた。
「第2項の通り、門限は原則として19時です。昨晩、君が焦っていたのはまさにこの規則があるからですね。では、次に第15条を開いてください」
Article 15 - Définition du découchage
1. Tout séjour d'un interne passant la nuit hors de l'internat est considéré comme un découchage.
2. Le découchage n’est autorisé que sous réserve de l’accord préalable du responsable de l’internat ou de son délégué. Tout découchage non autorisé constitue une faute disciplinaire grave.
(第15条 外泊の定義
1. 寮生が寮外で一夜を過ごす場合は、外泊とみなす。
2. 外泊は、寮長またはその代理者が許可した場合に限り認められる。無断外泊は重大な規律違反とみなす。)
「外泊とは何か、そして無断外泊が重い規律違反にあたることはここにある通りです。そして第16条がその正規の手続きですね」
Article 16 - Modalités de demande de découchage
1. Tout interne souhaitant bénéficier d'un découchage doit obligatoirement soumettre un formulaire prévu à cet effet, comportant les mentions suivantes :
(1) Les dates du séjour et l'heure prévue de retour à l'internat.
(2) L'adresse exacte du lieu de séjour.
(3) Le nom et les coordonnées du représentant légal ou de la personne d’accueil assurant l’hébergement.
2. La demande de découchage doit, en principe, être déposée au plus tard la veille. En cas de force majeure justifiant un dépôt le jour même, la décision relève de l’appréciation du responsable ou du surveillant général.
(第16条 外泊届の提出手続き
1. 外泊を希望する寮生は、所定の用紙により外泊届を提出しなければならない。外泊届には、次の事項を記載するものとする。
(1) 外泊日および寮への復帰予定日時
(2) 外泊先の住所
(3) 同宿する保護者等または受け入れ先の氏名および連絡先
2. 外泊届は、原則として前日までに提出しなければならない。やむを得ない事情により当日の提出となる場合、寮長または寮監の判断を仰ぐものとする。)
「前日までの提出が原則ですが、やむを得ない事情があれば当日の判断も仰げる。ここまでは理解できていますね?」
「はい、よく分かります」とアンドレは頷いた。
「では、肝心なのは次の条文です。君はこの第17条を、これまでどう解釈していましたか?」
Article 17 - Définition des « représentants et tuteurs légaux »
1. Au sens du présent règlement, l’expression « représentants et tuteurs légaux » désigne les personnes majeures assumant la responsabilité civile et la garantie de l'interne, parmi les catégories suivantes :
(1) Les parents ou tout autre tuteur légal.
(2) Les frères et sœurs majeurs.
(3) Les grands-parents.
(4) Les oncles et tantes.
2. Même s’ils appartiennent aux catégories susmentionnées, les mineurs ne peuvent en aucun cas être reconnus comme tels.
3. Lorsqu’il s’avère nécessaire de désigner une personne n’appartenant pas aux catégories précédentes, une dérogation individuelle peut être accordée sur décision conjointe du responsable de l’internat et du chef d’établissement.
(第17条 「保護者等」の定義
1. 本規則において「保護者等」とは、次に掲げる者のうち、寮生の生活および身元の保証を担う成人をいう。
(1) 父母その他の法定保護者
(2) 成人した実の兄弟姉妹
(3) 祖父母
(4) おじ・おば
2. 前項に定める者であっても、未成年者は「保護者等」として認められない。
3. 前各項に掲げる者以外を「保護者等」として扱う必要が生じた場合、寮長及び校長の判断により、個別に承認することができる。)
アンドレは第17条の文面を凝視し、思わず眉をひそめた。
(え……? 成人した実の兄弟姉妹……? 親じゃなくてもいいのか……?)
周りの寮生たちの間では「外泊や身元引受人は実の親じゃないと絶対にダメだ」と固く信じられていた。アンドレ自身もそう信じ込んでいたのだ。
モルヴァン先生はアンドレの表情を見逃さず、静かに身を乗り出した。
「まさにそこを尋ねたかったのです。君はこの条文を読むまで、『保護者等』をどう認識していましたか?」
「……父か母、つまり両親でなければ絶対に認められないと聞いていました。周りの寮生もみんなそう言っていたので……」
「やはりそうでしたか」
モルヴァン先生は深く溜息をつき、静かに首を振った。
「実は先週、ある一人の寮生から受けた相談で初めて気がついたのですが……驚くべきことに、寮生のほぼ全員がこの『保護者等』を両親だと勘違いしているのですよ」
先生は条文を指さしながら、噛み砕いて説明を始めた。
「第17条第1項に書かれている通り、学校側が定める『保護者等』とは、両親だけに限定されていません。成人した兄姉、祖父母、叔父や叔母も正式に対象に含まれます。なぜこれほど範囲を広く設けているか分かりますか?
もしこれを『両親のみ』に厳格に縛ってしまうと、様々な不都合が生じるからです。例えば、親御さんが遠方での出張や夜勤などの仕事でどうしても身動きが取れず、緊急時に寮へ駆けつけられない場合、事態が深刻化してからしか大人が介入できなくなってしまう。あるいは、両親の離婚や死別、病気での長期入院、または君のように実家が海外にあるといった様々な諸事情を抱えている家庭の生徒が、一切外泊も息抜きもできなくなってしまうからです」
先生は手帳のメモに目をやり、柔らかな口調を続けた。
「先ほどお母さまにお電話した際、君のご家庭の事情も詳しく伺いました。コレージュ時代はリヨンに住むお姉様のご家庭で暮らし、お姉様が君の親代わりとなって生活全般の面倒を見られていたこと。そしてちょうどその時期に娘さん――君にとっての姪御さんがお生まれになり、お姉様が育児に専念されるタイミングも重なったため、9月の入寮手続きにはベルギーからお母さまが駆けつけられたこと。……すべて筋が通っています」
モルヴァン先生は老眼鏡を外し、アンドレの目を真っ直ぐに見据えた。
「ランベール君。規則とは、組織の秩序を保つために原則として守らなければならないものです。しかし――『自分の身の安全や命を危険に晒してまで、盲目的に従うべき規則など、この世に一つとして存在しません』。門限に間に合わせようと焦るあまり、夜道の危険を顧みず無理に移動し、万が一事故や事件に巻き込まれて命を落としたり怪我をしたりすれば、規則を守る以前に取り返しのつかない問題になってしまいます。ですから、君のお姉様が下された『夜間に無理をさせず、自宅に泊めて安全を確保する』という判断は、保護を担う大人として極めて冷静で真っ当な判断だったのです」
胸を締め付けていた重圧がすっと解け、アンドレは心からの感謝を込めて深々と頭を下げた。
「先生……本当にありがとうございます。……そして、先生の貴重な休日にわざわざ寮へ足を運ばせてしまい、ご心配とご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」
「いいえ、生徒の無事を確認するのが私の役目ですからね」
モルヴァン先生は穏やかに微笑んだ後、少し表情を引き締めて提案を持ちかけた。
「そこでランベール君、もし差し支えなければ……近いうちに一度、お姉様とお会いすることはできないでしょうか?」
「姉と、ですか?」
「ええ。今日の一連のやり取りを見る限り、お姉様は9月の説明会に出席されていないため、この学生寮の詳しい規則をご存じないはずです。
……実は先週、ある寮生からの指摘を受けて痛感したのですが、第17条に限らず、この規則集自体の文章表現があまりにも形式的で難解かつ曖昧な箇所が多く、そのせいで多くの寮生が勝手に誤った解釈をしてしまい、今や寮生だけでなく通学生も含めた学校全体の根拠のない噂として広がってしまっているのです。
私は寮長としてこの現状を看過できないと考え、すでに男子寮担当のルフェーヴル先生や女子寮担当のジラール先生とも協議を重ねています。来週の職員会議でこの規則の誤解について正式に取り上げ、生徒への正確な周知と、必要であれば条文自体の改訂を進める予定なのです。
この問題を放置すれば、学校組織としての信頼に関わるだけでなく、保護者の皆様が誤った認識を持ったまま学校と衝突してしまう懸念もあります。だからこそ、君の身元引受人たるお姉様にも、正しい規則の内容をしっかりと共有しておきたいのです」
先生の誠実で真摯な教育者としての姿勢に感銘を受けたアンドレは、迷うことなく頷いた。
「よく分かりました。姉に今日のことを伝え、先生のご都合と合わせて連絡してみます」
「ありがとう。よろしくお願いしますね」
こうして面談室での長い対話は終わり、アンドレは晴れやかな気持ちで自室へと戻っていった。
このモルヴァン先生の言葉はどう思いましたか?
これは私が伝えたかったことであります。
今日の投稿はここまでにします。
次回は明日の朝に投稿する予定です。




