姉からの贈り物
モロー家を後にして街を歩くうちに、ちょうど正午を回り、昼食の時間を知らせる鐘の音がリヨンの街に響いた。アンドレは駅前のブーランジェリーに立ち寄って昼食用のサンドイッチを買い、最寄り駅のホームへと向かった。
ベンチに腰を下ろし、昨日セシルと一緒に勉強したこと、夜にエマと全力で遊んだこと、そして明日リセの先生へどうやって事情を説明するか――色々な出来事に思いを巡らせていると、ポケットの中でスマートフォンが軽快な通知音を立てて震えた。
画面を開くと、イザベルからのメッセージだった。
添付されていたのは2枚の写真。
昨晩、リビングでエマと一緒にぬいぐるみを並べて夢中で遊んでいるアンドレの写真と、ソファーの真ん中でエマが満面の笑みでダブルピースをし、その両隣をアンドレとイザベルが優しく囲んでいる3人の写真だった。
写真のすぐ下には、姉らしい茶目っ気たっぷりのメッセージが添えられていた。
『セシルちゃんやクラスメイトたちにも見せてええよ。あんたの好感度アップの宣伝になるしな! ほんま、ウチってできた姉やと思わへん?』
さらに続けて、もう一文。
『あ、ちなみにこの写真、ベルギーの父さんと母さんにも送っといたからね〜♪』
メッセージを読んだアンドレは、思わず吹き出しそうになりながら、頭の中でそれぞれの顔を思い浮かべた。自然と心の中の呟きは、慣れ親しんだワロン訛りになっていく。
(セシルに見せたら、きっと『エマちゃんすっごく可愛い!』って目を輝かせて喜んでくれるやろな。……でもルイに見せたら絶対アカン。『お前、めちゃくちゃ良いお兄ちゃんぶってんじゃねえよ!』って盛大にからかわれてネタにされるに決まっとる。マリアなら『家族想いで素敵じゃない』って真っ直ぐ褒めてくれそうやけどな。
……それにしても、実家にも送ったんか。母さんなら『まあ、アンドレもすっかり頼もしいお兄ちゃんになって』って目を細めて喜ぶやろうけど……父さんはエマにメロメロやからな。『わしの可愛い孫娘と仲良く写真に収まりおって、生意気な奴め!』って、絶対ジェラシー燃やして悔しがるに違いあれへんわ)
想像通りの家族や仲間たちの反応がおかしくて、アンドレの口元には温かい笑みがこぼれた。
送られてきた2枚の写真を大切にアルバムフォルダへ保存すると、アンドレは買ってきたばかりのバゲットサンドを包み紙から取り出し、秋晴れのホームで満足そうに頬張るのだった。
滑り込んできた電車のドアが開き、心地よいアナウンスと共にアンドレは車内へと乗り込んだ。
日曜日の昼下がりの車内はほどよく空いており、窓際のボックス席に腰を下ろすと、列車は静かに滑るように動き出した。
窓の外を流れるリヨンの街並み。秋の柔らかな光がガラス越しに差し込む中、アンドレは再びポケットからスマートフォンを取り出し、先ほど保存した写真を開いた。
エマと並んでぬいぐるみを動かしている自分の姿。そして、ソファーで満面の笑みを浮かべるエマを真ん中に、三人で寄り添った写真。
画面を見つめるアンドレの口元には、自然と穏やかな笑みが浮かんでいた。
『あんたの好感度アップの宣伝になるしな! ほんま、ウチってできた姉やと思わへん?』
からかい混じりではあったけれど、あの言葉の裏にあるイザベルの深い優しさと、自分の背中を押してくれようとする温かな想いが、じんわりと胸の奥に染み渡っていく。
門限を過ぎてしまった時の不安も、厳しい学校の寮生活への緊張も、姉一家と過ごした温かい時間とこの写真のおかげですっかり解きほぐされていた。
(……明日、セシルにこの写真見せてみようかな)
画面の中の幼い姪の笑顔を指先でそっと撫でながら、アンドレは電車が学生寮の最寄り駅へ近づいていく間も、ずっと愛おしそうにその写真を見つめ続けていた。




