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リヨンの高校生たちの群像劇  作者: Red Baron
間違ったルールの覚え方
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33/89

可愛い起床と思い出

小鳥のさえずりと共に差し込む柔らかな朝の光に包まれ、アンドレは1ヶ月ぶりとなる実家のベッドで心地よい微睡(まどろみ)の中にいた。今日は日曜日でリセの授業もない。イザベルが寮に「今日の午後に戻す」と連絡してくれたおかげで、焦って早起きする必要もない。このまま温かい毛布にくるまって、心ゆくまで二度寝を決め込もうとしていた。


すると突然、枕元から小さな衣擦れの音と、可愛らしい鈴を転がしたような声が響いた。

「アンドレおじちゃん、おきてー!」

エマが小さな手でアンドレの肩をぽんぽんと叩き、起こしにやってきたのだ。

アンドレはまだ重い瞼を閉じたまま、布団の中に顔を半分潜り込ませてくぐもった声を返した。

「ん……あとすこし……あと5分だけ寝かせて……」

するとエマは、ぷくっと頬を膨らませてとんでもない一言を放った。

「あ! はやく起きないと、あさごはん無くなっちゃうよ!」

「……っ!? なくなる!?」

その瞬間、アンドレの眠気は一気に吹き飛んだ。ガバッと跳ね起きるように上半身を起こし、「俺の朝ごはんが取られるわけにはいかない!」とばかりに目を血走らせる。


そんな叔父の慌てふためく様子を見て、エマは満足そうに小さな胸を張った。

「えへへ! ママがね、『おじちゃんを起こしてきて』って言ったの。あさごはんだよー!」


必死に目をこすりながら、アンドレの脳裏にふと懐かしい光景が鮮やかに蘇ってきた。

それはまだ小学生の頃、ベルギーの実家で暮らしていた日々の記憶だった――。


(回想:ベルギーの実家にて)


「デデ! はよ起きんかい、学校に遅刻してまうで!」

ベッドの掛け布団を勢いよく剥ぎ取られ、中学生くらいのイザベルが容赦なくアンドレを叩き起こしにかかる。

「うぅ……あと少しや……あとちょっとだけ寝かせてぇな、姉ちゃん……」

眠気に負けて毛布を取り返そうとする幼いアンドレに、イザベルは腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべた。

「ほーん、起きひんの? ほな、あんたの分の焼き立てパン、ウチが全部ペロリと平らげたるからな!」

「あかん! それだけは絶対にアカン!!」

大好物のパンを奪われまいと、幼いアンドレは飛び起きてキッチンへ猛ダッシュしたものだった。


(……あの時と、まったく同じじゃないか)

目の前で「はやく、はやく!」と嬉しそうに手招きしている姪の姿を見つめながら、アンドレは思わず苦笑いを漏らした。

人をベッドから引きずり出すための弱点の突き方まで、母親そっくりだ。

(やっぱり、姉ちゃんの娘だな……血は争えないよ)


アンドレはどこか温かい気持ちになりながら、エマの頭を優しく撫で、美味しい朝ごはんの待つリビングへと向かうのだった。


アンドレがエマと手を繋いでリビングへ向かうと、部屋の中には香ばしくトーストされたパンと淹れたてのコーヒーの匂いが満ちていた。テーブルにはすでに美味しそうなパンとフルーツが並び、クロードとイザベルが揃って席についていた。


「ママ! ママの言った通りの『じゅもん』を唱えたら、おじちゃん本当にすぐ起きたよ!」

エマが誇らしげに報告すると、イザベルはいたずらが大成功した子どものように「ふふっ、大成功〜!」と少女のような無邪気な笑みを浮かべた。


二人のやり取りを不思議そうに見ていたクロードが、微笑みながら首を傾げた。イザベルと結婚する前のベルギー時代の話ゆえ、彼にはその「呪文」の正体が分からないのだ。

「呪文……? エマ、一体どんな魔法の言葉をかけたんだい?」

「えへへ、あのね! 『はやく起きないと、あさごはん無くなっちゃうよ!』って言ったの! そしたらおじちゃん、おめめパッチリになって飛び起きたんだよ!」


「なるほど、食いしん坊の弟には一番効く特効薬というわけだね」

クロードが納得したように破顔すると、イザベルは得意げに故郷のワロン訛りで言葉を継いだ。

「せやろ? ウチがベルギーにおった頃から、アンドレを起こす時はこの呪文が一番手っ取り早かったんよ。なんせこの子、食べ物の恨みだけは人一倍強かったさかいな!」

「姉ちゃん、人聞きが悪いこと言うなよ……」

アンドレが苦笑いしながら席に着く。


するとイザベルは、思い出し笑いをしながらさらなる昔話を披露し始めた。

「まあ、これくらいは序の口よ。休みの日にいつまでも起きへんかった時は、もっと強烈な起こし方も試したことあるんやから!」

「……え、待って、姉ちゃん。まさかあの話をする気か……!?」

青ざめるアンドレをよそに、イザベルは楽しそうに懐かしい記憶を語り出した。


「あん時も休みの日の朝でな、何回呼んでもアンドレが全然起きへんかったんよ。せやからウチ、ベッドの横にしゃがんで言ったんや。『おとぎ話ではな、お姫様は王子様のキスで目を覚ますんやで〜?』って言って、そのままアンドレのベッドに潜り込もうとしたったんよ!」

「ちょっ……! 俺、必死で毛布抱えて『やめろォォ!!』って全力で抵抗したんだぞ!」

「あはは! あんたの叫び声があまりにもデカかったもんやから、階下から父さんと母さんが『何事や!?』って血相変えて階段駆け上がってきてな。結局、朝っぱらから二人揃ってこっぴどくお説教くらったんよ〜」


その時の両親の雷のような説教を、アンドレも鮮明に思い出した。

父親は目を丸くして怒鳴りつけ、

『馬鹿者! 朝っぱらからギャーギャーと何をみっともない騒ぎをしとるんや! イザベル、お前は年上の姉の自覚を持たんかい! 弟のベッドに無理やり潜り込むようなアホな真似して起こす奴がどこにおる! アンドレもアンドレや、起こされる前にシャキッと自分で起きんかい! 二人とも朝食抜きにして廊下に正座させるぞ!』

と一喝し、母親も後ろから呆れ果てた顔で、

『ほんまに……あんたたち、小学生と中学生にもなって何をやっとるんよ。近所中に声が響き渡っとるやないの。ほら、二人ともさっさと顔を洗ってきなさい!』

と溜め息をついていたのだった。


話の一部始終を聞いたクロードは、珈琲カップをカタリと置き、腹を抱えて笑いながら見事なツッコミを入れた。

「あはは! それはお義父さんとお義母さんも腰を抜かすほど驚いたはずだよ! ……というかイザベル、普通そのおとぎ話のパターンは逆だろ! 眠っているお姫様を起こすのが王子様の役目であって、眠っている弟に姉がキスして起こすおとぎ話なんて世界中どこを探してもないよ!」

「え〜? 細かい設定なんてどうでもええやん。結果的にアンドレは飛び起きたんやから大成功やったわ!」

ケラケラと笑うイザベルの横で、エマは「おとぎばなし〜? キス〜?」と不思議そうにパンをかじっている。


そんな自由奔放すぎる姉と、その母親の血を引いてすくすくと育っているエマの無邪気な笑顔を見つめながら、アンドレは温かいミルクティーを啜りつつ、心の中で深いため息をついた。

(……エマが大きくなった時、まさか姉ちゃんみたいに規格外で破天荒な性格になったりしないよな……? いや、頼むからクロード義兄さんの穏やかで紳士的な性格をしっかり受け継いでくれよ……!)

姪の輝かしい将来にほんの少しの不安と祈りを抱きつつも、どこまでも賑やかで温かい家族の朝食に、アンドレの口元は自然とほころんでしまうのだった。

新章に突入です!

親子は受け継がれるものですね。

皆さんはこんな経験はありましたか?

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