温かい写真と就寝
『ただいま』と玄関を開けると、暖かな室内の空気と美味しそうな料理の匂いと共に、クロードとエマが出迎えてくれた。
「おかえり、二人とも。無事にセシルさんを送れたかい?」
「おかえりなさい! おじちゃん、ママ!」
「クロード義兄さん、ただいま戻りました」
「ふふ、道も混んでなくてスムーズだったわよ」
外の冷気で冷えた体を温めるため、四人は順番にシャワーを浴びてさっぱりと汗を流した。そしてリビングのテーブルには、イザベルがセシルを送っている間にクロードが手際よく作ってくれた温かな夕飯が並んでいた。
アンドレにとって、姉の家で夕食を囲むのはおよそ1ヶ月ぶりのことだった。寮の決まりきった食事とは違う、家庭料理の優しい味付けに、思わず箸が進む。
「おじちゃん! ごはんがおわったら、いっしょにあそぼうね!」
スプーンを置いたエマが、目をキラキラと輝かせながらアンドレの服の裾を引いた。
「うん、もちろんいいよ。お腹いっぱい食べたし、いっぱい遊ぼう」
夕食の後片付けを終えると、リビングのカーペットの上にエマのお気に入りの8匹のぬいぐるみが勢揃いした。昼間に世界地図や図鑑を使って学んだ生態、動き方、大好物を早速ごっこ遊びに取り入れて、エマとアンドレの楽しい動物園劇場の始まりだ。
ゾウ(アフリカゾウ)
「ぱおーん! 赤ちゃんゾウさん、お水をのむれんしゅう中だよ!」
エマが鼻を不器用にぷらぷらと揺らしながらゾウを動かす。アンドレは「上手上手、最初は鼻をうまく丸められないんだよね。お母さんゾウが見守ってくれてるよ」と声をかけ、親子で鼻を絡め合わせる挨拶を再現した。
キリン
「首がながーいキリンさん、お腹がすいたよ〜」
エマが背伸びをしてキリンを持ち上げると、アンドレは本棚の上の段を指差した。「あそこの高いところにあるアカシアの葉っぱを、長い舌でクルッと巻き取って食べるんだ。首の骨が人間と同じ7個だから、ぐーんと伸ばせるね」と教え、エマは嬉しそうに葉っぱを食べる真似をさせた。
クマ(ヒグマ)
「のっしのっし! クマさんはちからもち!」
腕を大きく振って歩かせるエマに、アンドレは「冬眠する前に、川で跳ねるサケや森の甘い木の実をいっぱい食べて、体に栄養を蓄えるんだよ」と身振り手振りを交え、豪快にサケを捕まえるポーズをとってエマを笑わせた。
アルパカ
「もふもふアルパカさん、お山をぽてぽて歩くよ」
エマが毛並みを撫でながら動かすと、アンドレは「アンデス山脈の冷たい風が吹いても、このふわふわの毛のおかげで全然寒くないんだ。でも、怒るとツバをペッと飛ばしちゃうから気をつけてね!」とおどけて見せ、エマは「キャー、ペッしないで〜!」と大はしゃぎした。
キツネ
「キツネさんはあたまがいいから、かくれんぼが大とくい!」
エマがクッションの影にキツネを潜り込ませると、アンドレは「耳をピクピク動かして、雪の下に隠れているネズミの音を正確に聞き分けて……せーの、ジャンプして頭からダイブ!」と図鑑で見たダイナミックな狩りの動きを再現して見せた。
ウサギ
「ぴょんぴょん! お耳をピンと立ててパトロール!」
軽やかにウサギを跳ねさせるエマ。「長い後ろ足で力強くジャンプして、天敵が来ないか周りをよーく見張っているんだね」とアンドレが合わせると、エマはウサギをぎゅっと抱きしめた。
ヘビ(ボア)
「くるくる〜! ヘビさんはあったかいところで丸くなるの!」
エマがヘビの体を器用にぐるぐると巻いてとぐろを作ると、アンドレは「正解! 自分で体温を上げられないから、こうやって熱を逃がさないように保温しているんだ。いざ敵が来たら、バネみたいにビヨーンって飛び出すぞ〜!」とぬいぐるみを伸ばして見せ、エマは大喜びで歓声を上げた。
ネコ
「ネコちゃん、おふろに入ってお水あそびする?」
エマがネコのぬいぐるみを洗面器に見立てた箱に入れようとした瞬間、アンドレが優しく手首を止めて教えた。
「あ、エマ。実はね、ネコちゃんはお水に入るのがすっごく苦手なんだよ」
「えっ、そうなの? なんで?」
エマが不思議そうに首を傾げると、アンドレはネコのぬいぐるみの体を撫でながら分かりやすく説明した。
「ネコさんのご先祖様は、砂漠のようなとても乾燥した場所で暮らしていたんだ。だから体が水に濡れることに慣れていないんだよ。それに、ネコちゃんの毛は油分が少なくて水を弾きにくいから、一度濡れると重くなって体が冷えちゃうし、素早く走れなくなっちゃうんだ。だから水が怖くて苦手なんだよ」
「そっかぁ……! 濡れたら寒くなっちゃうんだね。よしよし、ネコちゃん、お水ぽちゃんはやめようね」
エマは優しくネコの頭を撫でてあげた。
カシャッ――。
ふと横を見ると、スマートフォンを構えたイザベルが柔らかな笑顔で二人を撮影していた。
「ふふ、すごく楽しそう。いい写真が撮れたわ。もちろん、家族のアルバム用よ」
「姉ちゃん、またアルバム増やす気かよ……」
アンドレが苦笑いすると、イザベルは「当たり前でしょ、こんな素敵な時間、残しておかないともったいないわ」と嬉しそうにウインクした。
「さあエマ、そろそろ寝る時間も近づいてきたから、みんなで記念に写真を撮ろうか」
クロードがソファーを指差して声をかけた。
エマはぬいぐるみを両脇に抱え、ソファーの真ん中にちょこんと座った。その両隣にアンドレとイザベルが腰を下ろし、仲良く顔を寄せてエマを囲みこむ。
「エマ、おじちゃんとママの真ん中でハイ、チーズだよ」
「はーい!」
エマは満面の笑顔を浮かべ、小さな指を一生懸命に立てて元気いっぱいにピースサインを作った。
ソファーの正面に立ったクロードが穏やかな笑顔でカメラを構え、カウントダウンの声をかける。
「いくよー。はい、チーズ!」
カシャッ。
温かなリビングの照明の下、幸せいっぱいの家族の笑顔が、四角いフレームの中に鮮やかに切り取られた。
叔父と姪の温かな記念写真が撮れ、リビングには満足そうな笑みが広がった。時計の針はすでに進み、幼いエマにとってそろそろ夢の世界へ旅立つ時間となった。今夜、急遽姉の家に泊まることになったアンドレは、コレージュ時代に暮らしていた懐かしい自分の部屋で眠ることになった。
「エマ、そろそろ寝る時間だよ。遊んだ動物さんたちをお部屋に戻してあげようか」
アンドレが声をかけると、エマは小さくあくびをしながら「うん、みんなをおうちに連れて帰る!」とうなずいた。二人は散らばっていたぬいぐるみたちを一台のおもちゃワゴンに優しく乗せ、エマが小さな手で先頭を案内しながら子供部屋へと向かった。
部屋に着くと、エマの指示のもとで8匹のぬいぐるみたちを一つひとつ「いつもの定位置」へと戻していく。
ネコ:エマのベッドの上にある、お気に入りの小さな座布団の上にちょこんと座らせた。夜中にエマがぎゅっと抱きしめられる場所だ。
ゾウ・キリン・ヘビ:部屋の隅にある木製トランクの上に並べた。ヘビ(ボア)は、昼間に勉強した通り体を冷やさないよう、アンドレが手際よく綺麗にとぐろを巻いた状態にして寝かせてあげた。
クマ(ヒグマ):部屋を見守る頼もしい番人のように、木製のおもちゃ箱のフタの脇にどっしりと腰掛けさせた。
アルパカ:ふわふわの毛が擦れないよう、絵本ラックの横にあるクッションの上に柔らかく置いた。
キツネ:賢く周囲を観察できるよう、小さな勉強机のランプの隣にちょこんと立たせた。
ウサギ:長い耳で静かな夜の音を聞き守れるように、ベッドサイドテーブルの目覚まし時計の隣に並べた。
「みんな、ちゃんとおうちに帰れたね」
エマの誘導で見事に元の場所へ収まった動物たちを見届け、アンドレはベッドに入った姪の小さな頭を優しく撫でた。
「エマ、今日はいっぱい遊んでくれてありがとう。おやすみ」
お気に入りのネコのぬいぐるみを引き寄せたエマは、とろけそうな笑顔で布団から手を振った。
「おじちゃん、いっぱいあそんでくれてありがとう。おやすみなさい!」
部屋の明かりを豆球にして静かにドアを閉めたアンドレは、廊下を進み、かつて自分が使っていた部屋へと足を踏み入れた。
机や本棚、使い慣れたベッド――そこには、1ヶ月前まで過ごしていたコレージュ時代の記憶がそのまま静かに息づいていた。学生寮での緊張感や試験勉強の疲れ、そして今日一日の温かな賑やかさが、心地よい眠気となって全身を包み込んでいく。
アンドレはベッドに倒れ込むと、懐かしい毛布の温もりに包まれながら目を閉じた。
およそ1ヶ月ぶりに戻ってきた姉の家、そして自分の部屋で、アンドレは朝まで深く穏やかな眠りに就いたのだった。
1ヶ月ぶりの実家と温かい家族写真、初めて姪と遊んだアンドレ。
アンドレはこれからどんどん変わっていくと思います。
楽しみにしていてください!!
次回からは新章に入ります!!




