可愛い勉強会
食後のテーブルが片付けられ、リビングは勉強スペースへと早変わりした。
アンドレとセシルがノートや問題集を広げていると、「エマもいっしょにおべんきょうするー!」と元気な声が響いた。
見ると、エマがおもちゃの白い木製ワゴンを懸命に押してリビングにやってくるところだった。ワゴンの中には、お気に入りの動物のぬいぐるみたち――クマ、ゾウ、キリン、キツネ、ウサギ、アルパカ、ヘビ、ネコ――の計8匹がぎっしりと乗っかっている。
エマはみんなが見守るテーブルの周囲や足元にそれらをちょこんと配置し、自分も分厚い動物図鑑を抱えてアンドレたちの隣の席に座った。
愛らしい動物たちに囲まれる空間は、いつもリセの無機質な教室で机を並べているのとはまるで違う、どこか絵本の世界に入り込んだような温かな安心感に満ちていた。
(こんなに賑やかで優しい雰囲気の中で勉強するの、なんだかすごく落ち着くかも……)
セシルが思わず頬を緩めると、アンドレも柔らかい表情で頷いた。
エマは図鑑を開き、大好きな動物たちの名前を見ながら、小さな指先でクレヨンを握ってアルファベットをノートに書き写し始めた。「G・I・R・A・F・E……キリンさん!」と声に出しながら文字を覚え、さらに「いち、に、さん……」と自分のぬいぐるみを指差して、全部で8匹いることを一生懸命数えている。大好きな動物たちを通じて、文字や数字の世界を楽しそうに吸収していく姿は実に微笑ましかった。
その時、リビングのソファーにいたクロードに、エマがトコトコと駆け寄った。
「パパ、きいて! キリンさんのおくびのホネね、エマやパパとおなじで7つなんだよ!」
キリンのぬいぐるみを高く掲げて教える娘に、クロードは「えっ、本当に?」と目を丸くした。
「あんなに首が長いのに、僕たちと同じ数なのかい? それは知らなかったなぁ。エマは物知りだね」
「あとね、ゾウさんはおはなをこうやって使うの!」
エマが近くの赤いクッションをリンゴに見立てて床に置くと、クロードが「おや、あそこに美味しそうなリンゴが落ちているぞ。ゾウさん、取れるかな?」と笑顔で応じた。エマはゾウのぬいぐるみの鼻を器用に巻きつけるようにしてクッションを抱え上げ、「ぱくっ!」と得意げにみせる。
「すごいぞ、本物のゾウさんみたいだ!」
さらにエマはヘビのぬいぐるみを床に置き、さっきアンドレに教わった通りにクネクネと体を波打たせて滑らせてみせた。
「見て、ヘビさんのおさんぽ!」
「おお、足がないのに上手に進んでいるね! クネクネさせるのがすごく上手だ」
クロードの優しい褒め言葉に、エマは満面の笑顔を咲かせた。
微笑ましい親子のやり取りがひと段落したところで、テーブルでは本格的な勉強が始まった。
セシルが苦手としているのは数学と理科だ。来たる定期テストに向けて、アンドレが家庭教師役を買って出る。
「セシル、この関数の問題だけどね。公式を丸暗記しようとするから難しく見えちゃうんだ。まず、ここのグラフの傾きが何を意味しているかを考えてみよう」
アンドレはノートの端に分かりやすい図を描きながら、穏やかで理路整然とした口調で解きほぐしていく。
「あ……! そっか、この変化の割合って、さっきの傾きと全く同じことなんだ!」
「そう、正解。じゃあ、その数値をこの式に代入してみると?」
「ええと……ここがプラスになって……解けた! 合ってる、アンドレ!?」
「うん、完璧だよ。解き方のコツさえ掴めば、セシルは計算がすごく速いんだから自信を持って」
アンドレが優しく微笑みかけてペンを置くと、セシルはぱっと表情を明るくして「ありがとう、アンドレ! すっごく分かりやすい!」と感謝の笑みを返した。
二人が真剣かつ息の合った様子で机に向かっているのを、キッチンから温かいお茶を運んできたイザベルが目を細めて見つめていた。
(まあまあ、二人ともいい雰囲気じゃない……あんなに丁寧に教えてあげて)
弟の意外な頼もしさに口元を緩めるイザベルの横で、クロードもまた「アンドレ君は教え方が上手だね。面倒見がいい」と義弟の成長を温かな眼差しで見守る。
ふとノートから顔を上げたエマが、セシルにペンを走らせるアンドレをじっと見つめて言った。
「アンドレおじちゃん、ほんとの先生みたい! かっこいい!」
イザベルがトレーを置きながら、エマの頭を優しく撫でる。
「ふふ、そうよ〜。アンドレおじちゃんは計算も動物のこともすごく得意なんだから。エマも分からないことがあったら何でも聞いていいのよ」
姉に立てられてアンドレは少し照れくさそうに頭を掻いた。
するとエマは、手元でくねくねと動かしていたヘビのぬいぐるみを持ち上げ、不思議そうにアンドレを見上げた。
「ねえ、アンドレおじちゃん。ヘビさんって、おみみがないのに音はきこえているの?」
アンドレは「おっ、いいところに気がついたね」と自信たっぷりに頷いた。
「実はね、ヘビには人間みたいな外側の耳はないんだ。でも、ちゃんと音を感じているんだよ。ちょっと貸してごらん」
アンドレはエマからヘビのぬいぐるみを受け取ると、その顎の部分を床にぴたっと密着させた。
「ヘビはね、地面から伝わってくるブルブルっていう『振動』を、下あごの骨でキャッチして頭の奥の耳に伝えているんだ。だから、近くで誰かが足音を立てると――」
アンドレが机を指先でコンコンと軽く叩く。
「――この下あごから『誰かが歩いてきた!』ってわかるんだよ。だから耳の穴が見えなくても、ちゃんと音に気づいて逃げたりできるんだ」
ヘビのぬいぐるみを床に這わせ、音に反応してピクッと顔を上げる仕草を実演して見せると、エマは「ほねでおとをきくの!? すごーい!」と目を輝かせて拍手した。
「ふふ、やっぱりアンドレの説明は分かりやすいね」
隣でノートを取っていたセシルが楽しそうに笑いかける。
アンドレはエマの無邪気な笑顔を見つめながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
両親と姉という家庭環境で育ち、ずっと「末っ子」だったアンドレにとって、これまで年下の子どもと深く関わる機会はほとんどなかった。
自分を慕って目を輝かせ、教えたことを夢中で吸収してくれるエマの存在は、まるで急に小さな妹ができたかのようで、なんとも言えない愛おしさと嬉しさが湧き上がってくるのだった。
勉強会スタート。セシルに得意である理系科目(数学や理科)を教えながら、エマも身近なものを使って二人と一緒に勉強していきます。
セシルやエマ、年代に合わせてわかりやすく教えていくアンドレについてどう思いましたか?




