相互補完
声をかけてきたのは、同じクラスの女子生徒だった。
女子にしてはすらりと背が高く、166センチほどあるだろうか。プラチナブロンドの長い髪を高い位置でポニーテールにまとめ、快活そうな青い瞳がキラキラと好奇心に輝いている。
「ねえ、さっきの数学の練習問題……3番の因数分解、どうやって解いたの?」
急に女子から、それもこんな眩しいほどの存在感を持つクラスメイトから声をかけられ、アンドレの心臓は激しく跳ねた。戸惑いのあまり喉が引きつりそうになる。
彼女は困ったように笑いながら、自分のノートを指差した。
「先生の解説が速すぎて写し損ねちゃって。ノートを見回したら、あなた、誰よりも早く解き終わって先生に小さく頷かれてたでしょ? だから、思い切って聞きに来ちゃった」
理数科目の授業中、アンドレが完璧に数式を解き進めていたのを彼女はずっと見ていたのだ。
アンドレは息を整え、ベルギー訛りが出ないよう、頭の中で言葉を一度組み立ててから口を開いた。
「……あ、うん。僕でよければ……。僕は、アンドレ。アンドレ・ランベール」
「私はセシル・サルヴェールよ。よろしくね、アンドレ!」
セシルは人懐っこい笑みを浮かべ、机の横に屈み込んでノートを広げた。アンドレは極度の緊張で耳を熱くしながらも、慎重に言葉を選び、数式の論理的な展開を順序立てて説明した。言葉数は決して多くないが、紙にサラサラと書かれた解説は驚くほど明快で、セシルの表情がパッと明るくなった。
「わあ、すごい! そこをそう変形するんだ……! すごく分かりやすい、ありがとうアンドレ!」
セシルが屈託なく笑い、お礼を言ったその時、ふと彼女の視線が机の端に置かれた別のノートに留まった。
そこには、赤ペンで容赦なく修正が入れられたフランス語の課題プリントと、何度も消しゴムで擦られて紙が擦り切れそうになった歴史の論述ノートがあった。先ほどの滑らかな数式とは対照的に、酷く思い悩み、迷いながら書かれた跡が痛々しいほど残っている。
「……ねえ、もしかしてフランス語や歴史の記述、ちょっと困ってる?」
「えっ……」
図星を突かれ、アンドレは慌ててノートを隠そうとした。しかし、セシルはからかう様子もなく、青い瞳に優しい気遣いを宿して言った。
「さっきからノートを何度も書き直してるのが見えてたの。それに、あなたの書く文章、すごく真面目で正確なんだけど、フランスの授業で求められる『論理的な言い回し(定型表現)』にちょっと苦戦してるみたい。……よかったら、さっきの数学のお礼に、私が文系の書き方のコツを教えようか?」
セシルは文系科目が得意なようで、ペンの後ろでトンとプリントを指しながら、フランス語の論述で評価されやすい構成や、スムーズな接続詞の使い方をいくつか軽やかに教えてくれた。その説明は的確で、アンドレの目の前の霧が晴れていくようだった。
「……あ、ありがとう……サルヴェールさん」
ほっとして、思わずぎこちなくそう呟いたアンドレに、セシルは目を丸くしたあと、悪戯っぽくクスリと笑った。
「『サルヴェールさん』なんて堅苦しいわ! 『セシル』でいいよ。ねえ、これからもお互いに教え合ったりして、仲良くしない?」
まっすぐに向けられた屈託のない笑顔と提案に、アンドレは息を呑んだ。
自分の訛りやぎこちなさを気にされるどころか、こんなに自然に踏み込んできてくれたことが信じられなかったのだ。驚きと安堵、そして気恥ずかしさが一気に押し寄せ、アンドレの頬は一気に赤く染まった。
彼は灰がかったヘーゼルの瞳をわずかに揺らしながら、それでも嬉しさを隠しきれずに、小さく、けれどしっかりと頷いた。
「……うん。よろしく、セシル」




