偶然の再会ー彼らが知らないこと
夕方の16時頃、レストランでの仕込みと仕事を終えたフレデリックは、愛車を走らせて大学の講義を終えたナナミを迎えに行き、市内中心部にある大型スーパーマーケットの駐車場へと入った。
「ふふっ、明日の手土産のお菓子、絶対に美味しく焼き上げてみせるんだから!」
助手席から降りたナナミは、両手で拳を握りしめて気合いをみなぎらせていた。食材売り場へ向かってカートを押しながら歩き出した、その時――。
「あ〜っ! ナナミおねえちゃん、フレデリックおにいちゃんだぁ〜!」
鈴を転がすような、無邪気で愛らしい声が青果コーナーの向こうから響いてきた。
二人が笑顔で振り返ると、そこには金色の髪をふわふわと揺らしながらトコトコと駆け寄ってくる、天使のような小さな女の子の姿があった。
「エマちゃん! 久しぶり!」
フレデリックとナナミがしゃがみ込んで目線を合わせると、女の子――エマは満面の笑顔でナナミの足元にしがみついてきた。するとすぐ背後から、慌てたような女性の凛とした声が追いかけてくる。
「こら、エマ! お店の中で勝手に走り回っちゃダメでしょ!」
小走りでやってきたのは、エマの母親であるイザベル・モロー(24歳)だった。
すらりと伸びた177センチの高身長に、艶やかな明るいブラウンのロングヘアー。灰色がかった涼しげなヘーゼルの瞳を輝かせ、驚きに目を見開いた。
「あらっ、ナナミ! それにフレデリックさんまで! お久しぶりじゃないの!」
「イザベル! 久しぶり!」
ナナミがフランスへ渡ってきたばかりの頃、まだ言葉もおぼつかず、異国の生活に不安を抱えていた彼女に真っ先に温かく声をかけてくれたのがイザベルだった。パワフルで面倒見が良く、底抜けに明るいイザベルの優しさに何度も救われ、二人はすぐに親しい友人同士になり、当時まだ赤ん坊だったエマも自然とナナミに懐いていたのだ。
フレデリックも穏やかに頭を下げ、恋人の大切な友人に礼儀正しく挨拶をした。ちなみにフレデリックは22歳で、イザベルより二つ年下である。
「イザベルさん、お久しぶりです。お元気そうですね」
「ええ、元気いっぱいよ! 二人はお買い物? デートの買い出しかしら?」
イザベルがからかうように尋ねると、フレデリックが苦笑しながら答えた。
「今日の夕飯の食材と、ナナミがお菓子作りの材料を買うのに付き合っているところなんです」
そこでナナミは、イザベルが押している大きなショッピングカートに目を留めた。中には新鮮な果物や小麦粉、最高級のバターやチョコレート、大きな肉のブロックなど、驚くほど大量の食材が山積みにされている。
「わあ……すごい量! イザベル、何かパーティーでもするの?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれたわ! 実はね、明日はうちにとって特別な日なのよ。――弟が帰ってくるの! しかも、お友達を連れてね!」
誇らしげに胸を張るイザベルは、嬉しさを抑えきれない様子で身振り手振りを交えた。
「弟が学校ですごくお世話になってるお友達をうちに連れてくるのよ。となれば、姉として最高のおもてなしをしなきゃ腕がすたるじゃない!? 明日は腕によりをかけて、特製の手作りケーキやお菓子を振る舞おうと思ってるのよ!」
ナナミは以前イザベルから「弟がいる」という話を聞いていたが、その言葉に少し首を傾げた。
「……あれ? 弟さんって、前にお話しした時は確かイザベルたちと一緒に暮らしてたんじゃなかったっけ? 帰ってくるって……?」
「ああ、そうなのよ。今年度……この九月から高校生になったんだけどね、学生寮で暮らすことになったの。私はもう心配で心配で絶対に反対したんだけど……ベルギーにいる両親や夫のクロードから『あいつの自立したい気持ちを尊重してやれ』ってこんこんと説得されて、泣く泣く認めたのよ」
イザベルが大きくため息をついて見せると、フレデリックは心底共感したように深く頷いた。
「ああ……その気持ち、すごくよく分かりますよ、イザベルさん。実は僕にも、今年リセに入学したばかりの妹がいるんです。もしあいつが突然『学生寮に入る』なんて言い出したら……僕だって心配で夜も眠れなくなって、全力で引き留めると思います」
「でしょ!? 分かってくれる、フレデリックさん!? 家族なんだから一緒にいればいいのにって思っちゃうのよね!」
意気投合して熱く語り合う二人を見ながら、ナナミはふっと微笑んだ。
(ふたりとも、年の離れた弟や妹を小さい頃から親代わりのように大切に面倒を見てきたから……考えることがそっくりなんだな)
微笑ましい光景に目を細めつつ、ナナミはカートの脇でちょこんと立っているエマにしゃがみ込んで優しく声をかけた。
「エマちゃん、明日は弟さ……ううん、叔父さんが帰ってくるんだね。叔父さんのこと、覚えてる?」
エマは小さく首を横に振って、指を一本口元に当てた。
「ううん……エマ、よくわかんない。でもね、あしたあうの、すっごくたのしみ! ママがね、エマのだいすきなどうぶつのえほんをプレゼントしてくれるって言ってたの!」
「あらまあ! 絵本のプレゼントなんて嬉しいね、エマちゃん」
ナナミが微笑むと、イザベルが苦笑いしながらフォローを入れた。
「弟が家にいた頃にエマが産まれたから、まだ赤ちゃんだったエマには弟の記憶がほとんど残ってないのよ。だからエマにとっては、明日が事実上の『初めまして』みたいなものね」
そう言って笑ったイザベルは、ふとナナミを見つめて感嘆の声を漏らした。
「それにしてもナナミ、フランス語が本当に上手になったわね! 初めて会った頃が嘘みたい。私より綺麗な発音で話してるんじゃない?」
「えへへ、本当!? ありがとう、すごく嬉しい!」
褒められたナナミがパッと顔をほころばせると、周囲の空気もいっそう明るくなった。
「さて、それじゃあお互い、明日のためにしっかり材料を買い揃えましょ! ナナミ、フレデリックさん、良い週末をね!」
「はい、イザベルさんもエマちゃんも、素敵な週末を過ごしてくださいね!」
「バイバーイ、エマちゃん!」
「ばいばーい、ナナミおねえちゃん!」
互いに手を振って売り場を分かれた四人。
――まさか、イザベルの楽しみにしている「弟とお世話になっている友人」と、ナナミとフレデリックが送り出そうとしている「妹と勉強を教えてくれる同級生」が、同一の二人であるとは夢にも思わないまま、それぞれの手土産とごちそうの準備へと向かうのだった。
次回からいよいよアンドレ訪問の日です!!
まさか、親友が作ったお菓子を食べることになるとは、驚きですね。
お互い知らぬままそれぞれ朝を迎えることになります。
本章はここで終了します。次回から新章に入ります。タイトルと下書きができたら投稿していきますのでお楽しみにしてください。




